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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●こちらファイ、聞こえる?

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第73話 リーゼが、帰ってきた




 “不死のエナリア”第20層。ニナの執務室。


「ただいま戻りました」


 (スカート)の裾をつまみ折り目正しくお辞儀をしたリーゼがエナリアに帰還したのは、ファイがエナリアに帰還して5日後のことだった。


 リーゼのお辞儀に合わせて流麗に流れる深い金色の髪に、思わず見とれてしまうファイ。一方で慣れた様子なのは、ファイと話していたニナだった。


「おかえりなさいませ、リーゼさん! 今回はお早いお帰りでしたわね?」


 前回が恐らく数年越しの再開であったことを思うと、今回は1か月足らずで帰ってきたことになるのだろうリーゼ。ニナも前回のように抱き着くようなこともなく、至って冷静に――とはいえファイから見れば少しソワソワした様子で――リーゼを迎えたのだった。


 そんなファイとニナを、淡い青色の瞳で順に見たリーゼ。ファイがここに居ることを確認したらしい彼女は、ニナに優しい顔を向けた。


「ニナ様。ファイ様が戻っていらして、よろしかったですね」

「はい! あっ、で、ですが! 決して無理やりではありませんわっ。きちんとファイさんの意思で戻って来ていただきました。……そう、ですわよね?」


 上目遣いにおずおずと聞いてくるニナに、ファイもためらいがちに頷く。返答に少しだけ困ったのは、“自分の意思”でというところを強調しなければならないことに抵抗があったからだった。


「そ、そう……。ちゃんと自分で、選んだ……」

「ご自分で……。そうですか」


 頷きながらファイを見るリーゼの瞳はどこか、慈愛に満ちたものだった。


 と、そうしてファイに向けられていたリーゼの視線が少し下。ファイの背後で揺れている黒毛の尻尾に向けられる。そして、ファイの背後に隠れているもう1人の人物へと向けられたのだが、


「あっ、うにゃ……」


 そう言って完全にファイの背後に隠れてしまったために、ひとまずは触れてあげないことにしたらしい。


「ニナ様。嬉しいご報告と、喜ばしいご報告。どちらから申せばよろしいですか?」


 そう言って、ニナに帰還した理由を明かすことを示す。


 リーゼがこのエナリアで担っている役割は、主に2つ。1つは第19階層にあるという“大空の階層”の階層主として、やって来る探索者を歓迎すること。もう1つがガルンに赴き、“不死のエナリア”の居住者や従業員を募ることだ。


 そのどちらか。あるいは両方に進展があったのかもしれない。そう予想しながら見守るファイの目の前で、ニナは“長”としての顔で応えて見せた。


「では、嬉しい報告からでお願いしますわ」

「かしこまりました。――他国からの亡命者と思われる職人の集団、計4名をブイリーム家で保護しました」

「職人さん!」


 ニナが歓喜する理由を、ファイもなんとなく察している。


 現状、このエナリアに最も足りていない人材こそ、その「しょくにん」と呼ばれる人々だろうからだ。というのも、エナリアの魅力を語る上で武器や道具などの“人工物”は欠かせない。宝箱から産出するそれらの武器・道具こそ、色結晶に次ぐ探索者たちの目的でもあるからだ。


 また、探索者への報酬という面だけではない。


 居住者たちが魔獣たちから身を守るための武器・防具の作成。あるいは扉や罠などの機構の修理などにも、専門的な技術が必要になってくる。


 それら、エナリアを魅力的かつ安全に保つためには職人が欠かせない。宝箱の補充や設備の修繕の際にニナ達が語っていたことを、ファイはきちんと記憶していた。


「こ、コホン……。ゲイルベル様はなんと?」


 思わず歓喜してしまった自分自身をたしなめるように咳払いをしたニナが、表情を取り繕ってリーゼに尋ねる。ファイの知る「ゲイルベル」は、“不死のエナリア”のガルン側の管理国『アイヘルム』の国王だったはずだ。


「『リーゼが捕まえたのだろう? ならばブイリーム家の好きにせよ』と。ただし、国外への流出は許可しないともおっしゃっていました」

「まあっ! でしたら……っ!」

「はい。本人たち次第でもありますが、ここで働いていただくことも可能かと。そして彼女たちも、自分の技術を磨けるのであればどこでも良いと、そう申していました」

「や……やりましたわぁぁぁ~~~!」


 ニナの歓喜の声が、執務室に響く。もうそこにエナリアの長としての威厳などない。素直に喜びを表にする、ファイのよく知る“ただのニナ”だった。


「前の職人の皆様がここを去られて以来、ずっと、ずっと探しておりました方々が……ついに………っ!」

「ニナ、おめでとう」

「はい! ありがとうございますわ、ファイさん! リーゼさんも! 本当に、ありがとうございます……っ!」

「いえ。お嬢様のお望みとあらばこのリーゼ。地の果て空の果て。ウルンにまでも行ってみせます」


 思わず涙ぐむニナに、優しい笑みを向けるリーゼ。ニナに尽くそうとする彼女の心意気は、ファイの道具としての矜持にも深く通ずるものがある。


(やっぱりリーゼ、すごい……っ!)


 彼女を見習って、自分ももっと働かないと。静かに鼻を鳴らすファイだが、残念ながらとある事情ですぐにとはいかない。


 ニナに尽くせない現状を歯がゆく思うファイが黙って見守る先で、リーゼからの報告は続く。


「そ、それでリーゼさん。もう1つの『喜ばしいご報告』とは?」

「はい。そちらについては、こちらを」


 そう言ってニナとファイの方に歩み寄ってくるリーゼ。彼女がニナの目の前――執務机の上に置いたのは、青色の音声通信用のピュレだった。


「ユア様。よろしくお願いします」

『了解です、リーゼ様。あー、あー……。聞こえますか、ニナ様?』


 ピュレから聞こえてきた可愛らしいその声は、ファイも先日知り合ったばかりの桃色髪の獣人族の少女・ユア・エシュラムだった。白い毛並みの耳とフサフサの黒い尻尾を揺らす愛らしい姿を脳裏に再生するファイ。


 と、ファイの服の裾を強くつかんだのは、これまでリーゼを怖がって借りてきた猫のようになっていたミーシャだ。


「こ、この子がユア……。泥棒(ガルル)……!」


 そうつぶやきながら、ピュレを見つめている。その緑色の目つきは鋭く、今にもフシャーと威嚇しそうな勢いだった。


「はい、聞こえておりますわ、ユアさん! それでご報告とは?」

『はい、ニナ様。頼まれていた緑ピュレの開発ですが――』

「完成したのですか!?」

『――きゃぅ!?』


 先ほどの嬉しい報告の余韻を引きずっているのだろう。食い気味に尋ねたニナに、ピュレの向こうから怯えたような声が聞こえてくる。耳と尻尾をぺたんとさせて涙を浮かべるユアの姿をファイが思い浮かべる横で、ユアは報告を続けた。


『ち、違います! 天才のユアでも、そうそう簡単にピュレの開発はできません。だいたい、本来、魔獣開発は数十人、数百人と人数をかけて行なうものなんですから……』


 小さな声で文句を垂れるユアに焦りを見せたのは、ニナだ。


「は、はわわわ! 申し訳ございませんわぁ……!」

『ニナ様、本当に悪いと思ってます? これでもユア、寝る間も惜しんで研究しているんですよ?』

「あ、う……。その、ユアさんの献身ぶりには感謝しております。ですのでまた今度、美味しい燻製肉でもお届けさせていただきますわね!」

『……この間ファイちゃん様に届けさせた瓶詰肉そぼろ(1,000(ダルラ))より高いですか?』


 どうやらこの間ファイが運ばされた小箱の中身は、高級な肉だったらしい。と、ニナに断りを入れて会話に入ったのはリーゼだ。


「ユア様。アッズヘイム産の生燻製肉などどうでしょう? ムア様とお2人で食べられる量をご用意いたします」

『……まぁ、リーゼ様がそういうのでしたら、仕方ありません。ユアは優しいので許してあげます。では、報告を再開しますね』


 そんなやり取りを経てユアは“喜ばしい報告”を再開する。


 なんでも上層階で緑ピュレ――映像・音声共有機能のあるピュレ――の稼働実験をしていたところ、武装した一団がエナリアに入ってきたというのだ。しかもそのうちの1人は、以前にファイをウルンへと連れ去ったあの人物――アミスという名前のウルン人なのだという。


 現在はピュレが死んでしまって詳細な情報は掴めていないものの、またしても探索者組合『光輪』がエナリアにやってきたようだ。それも今回はきちんと武装し、本格的な攻略の準備を整えているらしい。


『現状、まだ準備段階なんだと思います。ですが本格的な攻略を始めるまであとちょっとなのではないかと』


 そう、報告を締めくくったユア。


「では早急に、おもてなしの準備をしなくてはなりませんわね!」


 探索者たちの来訪に歓喜しているらしいニナ。彼女にとって探索者とはもてなすべき対象であり、楽しんでもらうための“客”なのだ。しかもこのエナリアは10年以上をかけて彼女が整備をしている、思い入れの深い場所でもある。


 果たして自身の理想が、ウルンの人々にどのような形に映るのか。それを楽しみしているだろうことは塑像に難くない。


 一方、ファイとしては困った事態だ。赤色等級の探索者組合が、本腰を入れてこのエナリアの攻略に来た。それはファイにとって、ようやく見つけた帰るべき場所を失うことを意味する。何より、エナリアが完全に攻略されるとはつまり、エナリアの主であるニナの死と同義だ。


 そして、もちろんニナの死はファイの生きる理由の喪失――死を意味する。


(攻略させるわけには、いかない……っ!)


 こうなったら自分が上層に赴き、光輪の人々を蹴散らそうか。そう考えるファイだが、それを実行できない事情がある。それは――。


「ファイさん! 体調が悪いのですから、ここでじっとしていてくださいませっ! すぐに戻りますわ!」


 そう言って、ニナがリーゼを連れて執務室を去っていく。彼女を追おうとするファイだが、


「あっ、待って、ニナ――」

「ダメよ、ファイ。行かせないわ」


 そう言ったミーシャに、無理やり止められる。魔物としては紫等級ていどだろうミーシャに、だ。それはつまり、ファイが使用不可期間に入っていることを示していた。




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