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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●お届け物、だよ

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第72話 さぁ、行くわよ!




 ファイがミーシャと共に眠りに落ちた頃。


 朝日が照らす港町フィリスのメイン通りを疾走する2人乗りの自動二輪車がある。いくつかの角を折れて目的地である巨大な穴が見えたと同時。後部座席に座っていた女性が素早く飛び降りて、地を滑りながら着地する。


彼女――アミスが保護帽(ヘルメット)を脱ぐと、美しい白金の髪が風に揺れた。


「ふぅ……」


 ひと息つきながらアミスが見下ろす大穴には、黒狼の拠点だった建物の残骸が転がっている。これなら埋めてしまって更地にする方が楽かも知れない。そう思いながらアミスが周囲を見回していると、現場の保全を行なっていたらしい憲兵の男が駆けて来て、膝をついた。


「アミスティ様。このようなところまでご足労いただき、ありがとうございます!」

「はい、ご苦労様です。早速ですが、ここで何があったのかを説明していただけますか?」


 そんな挨拶もそこそこに、アミスティは昨日ここで起きた事件についての説明を受ける。


突然の爆発。建物の崩壊。瓦礫の上で行なわれた白髪の少女『ファイ』と、黒狼組長『エグバ』のやり取り。そして突如現れた、強力な土の魔法を操る茶髪の少女。それら憲兵たちが地元の目撃者から集めた情報をまとめ、こうしてアミスに報告したのだった。


 金色にも茶色にも見える琥珀色の瞳を伏し目がちにしながら、憲兵からの情報に耳を傾けていたアミス。


「なるほど。して、その白髪の女の子……ファイさんはどちらに?」


 アミスがこの場を訪れた理由である少女の所在を尋ねる。というのも、爆発のせいで自体は大きくなってしまった。現場は生中継され、当然その映像には未発見だった白髪の少女も映っていた。この国だけではなく多くの人々が『ファイ』の存在を知ったことだろう。


 そうなると待っているのは、誰が彼女を手にするのかという血みどろの政争だ。


白髪は誇張抜きに金の卵を産む鳥でもある。あの手この手でファイを手に入れようとする輩が出てきても不思議ではない。実際ファイは一度、誘拐されているわけで。


(可能なら穏便に済ませたかったのだけど……)


 様々な悪意からファイを守るために、アミスは可能な限り早く彼女と接触して身柄を保護しなければならなかった。


 しかし、そんなアミスの心配は、憲兵からの思わぬ情報によって性質が変わることになる。


「そのファイという白髪様なのですが、実は茶髪の少女と共に“不死のエナリア”の方へと消えてしまったようなのです」


 白髪様。異次元の力を持つ白髪に対する畏敬が込められた呼び方だ。この憲兵も白髪という存在そのものを信仰しているのかもしれない。そんなことを考えながらも、アミスの興味は今しがた話題に上がった“茶髪の少女”に向いた。


「茶髪の少女というと、この大穴を開けたという?」


 アミスの確認に、憲兵は「はい」と頷いてみせる。つまり茶髪の少女は地面を陥没させたどさくさに紛れて、ファイを()()したらしい。


「昨晩から捜索しているのですが、未だ足取りは掴めていません」

「……念のために確認なのですが、“不死のエナリア”までの道中に身を潜められそうな場所などは?」

「エナリアの入り口周辺にかけて小さな雑木林はありますが……」


 どうやら昨晩のうちに調べられるところは調べてしまったらしい。


「――分かりました。ひとまず捜索を続けてください。また、町の人々には箝口令(かんこうれい)を出して、可能な限り他国への情報漏洩を防いでください」

「かしこまりました」


 敬礼ののち去っていた憲兵を笑顔で見送って、アミスは背後を振り返る。


「フーカ」

「――は、はい、アミスティ様ぁ」


 そこには、先ほどの自動二輪車を運転していた羽族の腹心――フーカの姿がある。アミス達の乗っていた自動二輪車は特注品で、市販されている物とは比べ物にならない速度が出る。時間を争う事態でもあったため、2人は他の組合員より先行してこの場に来ていたのだった。


保護帽を取って長い黒髪を躍らせたフーカは、片膝をついて服従の姿勢を取る。衆目もあるため、身分の違いを分かりやすく示さなければならなかった。


「これだけの大穴を開けられる魔法。知っていますか?」

「つ、土魔法〈ゴギア〉の系統で大規模な掘削を行なう魔法があったはずですぅ。ですがそれを行なったのは紫髪の老人でした」

「そうですよね……」


 魔法の適性は「黒→赤→橙→黄→緑→青→紫→白」の順で高くなる。そして、現場に現れたのは茶髪の少女。黄色と緑の間で、魔素への適性は良くて中の上と言ったところだろう。そんな少女がたった1回の魔法でこの規模の魔法を使用できるものなのか。アミスとしては、少し疑問だ。


 また、疑問と言えば少女の身体能力も気になる。聞いた話では、車よりも早い速度で走っていたらしい。ただ、基本的にその速度で走れるのは青色髪以上だ。言い方を選ばないのであれば、“茶髪”程度にそんな身体能力は無いはずなのだ。


(身体能力を向上させる固有の魔法がある……? けれど、この規模の魔法を使ってなお、継続的に魔法を使えるだけの魔素供給器官が“茶髪”にあるとも思えないし……)


 ウルンでは、悲しいくらい“髪色”であらゆることが決まってしまう。国によっては一定の髪色以下は奴隷にさせられ、強制的に肉体労働に従事させられることもある。選民思想のある国では、結婚・出産の自由すらも与えられていないことがあった。


 その点、幸いにもアグネスト王国はそう言った施策はされていない。しかし、生まれつきの髪色によっていかんともしがたい才能の差があるのも事実なのだ。


 そんな、どうしようもないはずの才能の差を努力だけで埋めた少女――フーカが、考え込んでいたアミスにとある進言をしてきた。


「あ、アミスティ様ぁ。ちょっと良いですか?」

「どうかしましたか?」

「こ、この場には、魔法を使った残滓がほとんどありません」


 2対4枚の透明の翅を揺らしたフーカ。彼女の翅は、大気中の魔素を効率よく吸収することができる。そのため、大気中に漂う魔素にひどく敏感だった。


 大規模な魔法を使えば大量の魔素が放出されることになる。現象を引き起こした後に残る、濃密な魔素。それが“魔法の残滓”と呼ばれるものだ。小規模の魔法であれば数時間もすれば霧散してしまうが、直径30m(メルド)もの穴を開けた大規模な魔法だ。数日間は魔素が濃い状態が続くはずだった。


 しかしフーカは、あるはずの魔法の残滓が無いと語った。


「それ、本当なの?」


 驚きのあまり“素”の話し方になってしまうアミスに、フーカが苦笑する。


「は、はいぃ……。というより、ここで嘘をついたら、不敬罪で殺されちゃいますぅ」

「ふふっ、それもそうですね」


 つまりアミスとしては信じられないが、茶髪の少女は魔法を使わず――身体能力だけで、この大穴を開けたということだ。


(となると、その女の子が使うのは強力な身体能力向上系の魔法ってことね。それなら車より速く走れたのも納得だわ)


 人によっては、特定の魔法しか使えない代わりに髪色を凌駕する魔法を使うことがあることも知られている。茶髪の少女もその可能性が高いとアミスは考えていた。


 しかも身体能力を向上させる魔法は原則、体内を巡る魔素の最大値を引き上げる性質を持つ。つまりは体外に放出される魔素も微量で、魔法の残滓も残りにくい。フーカの発言とも一致するものだった。


なおこの時、アミスの中に茶髪の少女――ニナが魔物だという可能性は浮かんでいない。“ウルンで活動できている”。その事実だけで、大抵のウルン人は相手が魔物である可能性を捨てるからだった。


「差し当たって、茶髪の女の子のからくりは分かりました。問題は目的だけれど……」


 ファイを誘拐した目的は何か。いや、もっと言えば、ニナが他国からの刺客である可能性をアミスは考えている。たまたま現場に居合わせて、騒動に紛れて貴重な“白髪”を誘拐したのだろう。


(そうなると、出入国の管理。それからフィリス近郊の海の哨戒も強めないと……)


 たった1人の少女の行方を追って、国が動く。白髪とは、それだけの価値がある存在なのだ。


 ただ、そうした内政については現状、アミスの管轄ではない。国王である母親や、次期女王である姉たちの領分だ。アミスはあくまでも現場に赴いて、事態に取り組むことが責務となる。その領分を超えると途端に、面倒な跡目争いに巻き込まれてしまう。


 一度大きく息を吐いて、王女アミスティとしての仮面を脱いだアミス。「さて」と目の前にいる無二の友人に向き直る。


「フーカ。レーナたちはいつ頃フィリスに到着しそう?」


 アミス達を追ってこの港町に向かっているはずの光輪の面々がいつ到着するのかを尋ねる。口調と態度を崩したアミスの意図を察したらしいフーカが立ち上がり、組合長としてのただのアミスに報告した。


「は、はい、アミス様。お、遅くとも今晩には到着するかと。ですが……」


 フーカが青い瞳で見遣ったのは、完全に倒壊した黒狼の拠点だ。自分たちがこの場に来た理由こそ黒狼であり、そこにいるかもしれないファイの保護だった。


 この場に居ないと分かった以上、引き返す方が妥当だろう。そう言いたげなフーカに、アミスは形の良い鼻を鳴らす。


「ふふっ、それならみんなを呼んでおいて正解だったわ!」


 言いながら歩き出したアミスの後を「あ、アミス様、どこに行くんですか?」と、慌てた様子のフーカが追う。


「ふふんっ! フーカ。そもそも私たち光輪は探索組合よ。そしていま、ファイちゃんを連れ去った犯人がエナリアに逃亡した可能性もある。……それじゃあ私たちがするべきことは何かしら?」


 朝日に照らされながら白金の髪を揺らすアミスが言わんとすることを、フーカはすぐに察してしまったようだ。


「……せ、せめて、十分な食料くらいは確保して行ってくださいねぇ」

「もちろん! さぁ、久しぶりのエナリア攻略よ! 腕が鳴るわね!」


 ファイの捜索と共に、目指すは未調査領域である11層以下。本格的なエナリア攻略に向けて、アミス達光輪の面々が動き出そうとしていた。




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