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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●お届け物、だよ

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第65話 まだ、続ける?




 “不死のエナリア”第11層。その裏側にあったのは、障害物の無い半球状の空間だった。


 広さは直径500m(メルド)を超え、天井も表側と同じで300m近くある。そんな広い空間には、多種多様な魔獣たちが暮らしていたのだが――。


「し、死んでください、ザコのお姉さん!」


 ユアかも知れない桃色髪の少女の指示を受けて、その場にいた魔獣たちが一斉にファイのもとへと押し寄せて来た。


「ま、待って。私はニナから預かった荷物をユアに届けに来ただけ。戦うつもりはない」


 最初に襲い掛かってきた狼のような魔獣の群れをいなしながら、少し離れた位置にいる少女へと語りかけるファイ。しかし、少女は聞く耳を持たない。


「ど、どうせお姉さんもザコだから、ユアを利用するんです……っ!」


 言いながら彼女が(またが)ったのは、牙豹(ルーニャム)と呼ばれる体長8m、体高は2mを超える大型の猫の魔獣だ。牙豹という名前の通り2本の鋭い牙を持ち、その牙と爪を使った素早い攻撃を得意とする。美しい白銀の毛並みを持つ、赤色等級の魔獣だった。


「そんな、つもりは、ない。あと、私は、“弱いヤツ(ザコ)”じゃない」


 小型の魔獣たちの攻撃をひょいひょいとかわして少女の発言を訂正するファイを、少女は牙豹の背に乗ったまま見下ろしてくる。


「そ、それならユア自慢の魔獣さん達を倒してみてください……!」


 この場に居る魔獣を倒せたのなら話を聞いてやる、と。己の強さを証明して見せろと、少女はファイに言ってきた。


 なるほど。強さに固執するガルン人らしい考え方だと納得するファイ。同時に先ほどの声や一人称から、牙豹の背に乗る桃色髪の少女こそがユアであると確信する。


「この魔獣を全部殺せばいい、の?」

「ぜ、全部……!? に、ニナ様ならともかく、ど、どうせできっこないです! よ、弱いんですから、諦めて帰ってください!」

「ううん、多分できる。……本当にやっても良い、の?」


 ファイがここまで確認するのは、魔獣たちからの手加減を感じているからだ。


 確かにユアは魔獣たちにファイを殺せと命令していた。しかし魔獣たちは、あくまでもファイをけん制し、怖がらせるようにして攻撃してきているように見える。


 その理由もまたユアにあるのだろうとファイは予想する。


 ユアは何らかの手段――恐らくガルン人たちが持つ特殊能力――で魔獣たちを従え、ファイを襲わせている。一方で、言葉とは裏腹にユアはファイを殺そうと本気では思っていない。「帰れ」と言っていたことからも、ユアの狙いはあくまでも自分が“上位”であることを示し、ファイに言うことを聞かせることなのだ。


 きっとミーシャと同じで魔獣を愛しているのだろうユア。その魔獣たちを本当に殺しても良いのか。尋ねたファイに向けて、ユアは気弱そうな目元に怒気を宿らせた。


「い、今だって怖がって逃げてばっかりのクセに……。やれるものなら、やってみてください! ど、どうせ、ザコのお姉さんには無理――」

「分かった」


 了承は得た。これ以上の問答は不要。ファイとしては、あとはやるだけだった。


「〈ゴギア〉」


 ファイが魔法を唱えると周囲の土がめくれあがり、ファイの望む形――小剣へと姿を変える。そうして出来上がった土くれの剣を握ったファイは、


「ふんっ!」


 全力で虚空を薙ぎ払った。土くれの剣はそれだけで壊れてしまったが、最低限、風の刃を発生させることはできた。そして、その不可視の刃は黄色等級の魔物であるルゥを軽々と切り裂く威力を誇っていた。


 たった一度だ。


 ファイが剣を振っただけで、周囲に居た狼の魔獣を始めとする低級――青等級以下――の魔獣たちは一瞬にして両断され、物言わぬ死骸と化したのだった。


「……え?」


 左右色の異なる神秘的な目を大きく見開いて、ポカンとしている様子のユア。


 これでひとまず、自分がどれくらいなのかを伝えることはできたのではないか。そう思ったファイは、牙豹の背中の上で惨状を見下ろしているユアをまっすぐに見返して、尋ねる。


「……まだ、する?」


 これ以上は無駄な死を積み上げることになる。さらに言えば、魔獣はこの“不死のエナリア”における唯一の脅威であり、戦力でもあり、収入源であるというのがファイの認識だ。その魔獣を身内のいざこざで失うのは非効率的だと判断しての問いかけだった。


 そんなファイの問いかけに、「ひぅ……」と涙声で悲鳴を漏らしたユア。同時に、ファイと目が合っていることに気付くと、パチッと目をつむってその神秘的な瞳を隠してしまう。


(また?)


 初めて会った時もそうだが、なぜかユアは相手と目を合わそうとしない。それが彼女の癖なのか、それとも何らかの意味があるのか。考えようにも、ユアはファイに時間をくれない。


「い、言ったはずです……! 言うことを聞かせたいなら、ユアより強いって証明すればいいんです……っ! お願い、みんな!」


 言って、今度はファイの見立てで緑色等級の魔獣たちをけしかけてくる。その数は数十体を超え、よく見ればファイが知る魔獣とは少し違う特徴を持つ特殊な個体も居るようだ。恐らく彼らこそ、ニナの言っていた収入源となる魔獣たちなのだろう。


 そんな貴重な魔獣を殺さなければならない。巡り巡って、ニナの足を引っ張ることになる行ないに、ファイとしてはどうしても気が進まない。


 それでも――。


「〈ヴァン・エステマ〉」


 ファイの呟きと共にファイの周囲がはじけ飛んだ。


 猛烈な爆風と衝撃が一帯を駆け抜け、微かにエナリアを揺らす。その爆発で、またしても10を超える死が積み上がった。


『バルルル……。バルァ!』


 どうにか〈ヴァン・エステマ〉をしのぎ切った頑丈な魔獣たちが、立ち尽くすファイに襲い掛かって来る。が、この程度であればファイも素手で対処可能だ。拳を打ち込めば魔獣は弾け、蹴りを放てば遠くの壁まで飛んで行って血の花を咲かせる。


「ま、まだまだ……ですっ!」


 爆発で鋭敏な耳がやられてしまったのだろうか。牙豹の背中の上で目を回すユアが、なおも魔獣たちをけしかけてくる。数は多くないが、今度は黄色や橙色等級の魔獣たちだ。


 さすがにファイとしても武器無しの魔法だけで殲滅するには魔素が足りなくなる可能性がある。かといって、ここにある地面の素材で作った武器は柔らかすぎて、魔獣に有効打を与えられない。


 そのためファイは、魔獣の群れの中に居た象の魔獣、その長くて立派な牙に狙いをつける。本当なら牙豹の鋭く丈夫な牙を貰いたいのだが、さすがに複数の魔獣を相手にしながら赤色等級の魔獣を相手にはできない。


(大切なのは、順番)


 黒狼に居た頃も、武器を現地調達するのは当たり前だった。与えられる武器は脆く、ファイが振るえば簡単に壊れてしまったからだ。そのため、もっと頑丈な武器をその場で用意することもファイにとっては日常だった。


 迫りくる魔獣たちの猛攻を避けながら、象の魔獣へと肉薄するファイ。2本ある牙の1本を腕力だけでへし折ると、それを象の魔獣の腹に突き立てる。


 悲鳴を上げて倒れた象の魔獣から、もう1本牙を拝借。斬るのではなく突き刺すことを意識しながら、残す魔獣たちも無力化していく。ただし、相手は黄色等級以上の魔獣たちだ。同じ等級帯には、あの竜すらも居る。この頃から少しずつ、ファイの方にも傷が増えていく。


 それでもファイは戦い続ける。戦いしか取り柄のない自分にとって、弱い(ザコ)であることだけは受け入れるわけにはいかないからだ。“ファイ”という名の道具は優秀なのだと、他でもないファイ自身が証明しなければならなかった。


 そのまま戦闘が続くこと、1分と少し。


「まだ、続ける……?」


 自慢の侍女服を返り血で汚すファイはユアに尋ねる。その頃にはもう彼女の周囲には数えきれないほどの魔獣の死骸があり、足の踏み場もない状態になっていた。


「そ、そんな……!? こ、こうなったら……!」


 焦りを声ににじませたユアが指笛を鳴らすと、遠く、上空に控えていたらしい2体の飛竜が姿を見せる。


(黒飛竜……!)


 その魔獣は赤色等級の筆頭として名前が挙がる、空飛ぶ災厄だ。黒光りする鱗と、前足と一体化した皮膜のある大きな翼。鋭い足の爪や牙、個体によってさまざまな吐息などで攻撃してくる、非常に厄介な魔獣だ。


 本来は体長50mを超える巨体なのだが、上空からファイを見降ろすのは長い尻尾も含めて10mほど。黒飛竜の子供か、小型化された個体だと思われた。


 いずれにしても、ファイと同格の赤色等級の魔獣が2体。いや、ユアが乗っている牙豹を含めれば3体も居る。しかも、残りの魔獣が何体居るのかもわからない。現状、見渡す限りに魔獣は居ないが、黒飛竜のように上空などで待機されていたり、地中や秘密の通路などから新手が出てきたりする可能性もある。


(これはちょっと良くない……かも?)


 ファイはニナから必ず生きろという最上位の命令を受けている。その命令を果たすためには、ユアに荷物を届けるという命令を一時的に破棄することも視野に入れなければならなかった。




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