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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
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第63話 一緒が、 いい




 カポーン、と。木桶が石づくりの床を叩く音がする。立ち上る湯気が視界を遮る中、ファイは1か月ぶりのお風呂に気分を高揚させていた。


 というのも、黒狼にいた間は基本的に、数日おきに与えられるボロ雑巾で身体を拭くだけだったファイ。髪も身体もべたつき、体臭も気になる。なんど「お風呂、入りたい」と思ったことだろう。極めつけは、ここに来るまでの道中、ファイの予想通りミーシャに言われてしまったのだ。


『ファイ。その、言いにくいんだけど……。アンタ、ちょっと臭う、かも』


 それはもう気遣いたっぷりの口調と視線で言われて、ついにファイの生まれたての羞恥心は限界を迎えた。脱衣所に着くとほぼ同時に服を脱ぎ捨て――ようとして貰い物だったとことを思い出し、丁寧に畳んで、洗い場に直行。


 見よう見まねで散湯器からお湯を出して髪を濡らして、「この後はどうすれば?」と固まったところにミーシャが駆けつけてくれたのだった。


 そして、ニナよりもさらに小さい彼女の手できれいさっぱり“黒狼での汚れ”を洗い流したファイ。彼女は自分をきれいにしてくれたお返しとして、ミーシャを洗ってあげていた。


 子供特有の艶のある金色の髪。とぅるんとした指触りの髪の間から顔を覗かせるのはピンと立った黒毛の耳だ。もはや見慣れたものとなりつつあるミーシャの頭が泡で包まれる様を眺めながら、ファイは自分がいつもしてもらっていることを再現する。


 最初は表面の汚れを洗い流し、次は頭皮に近い部分をもみほぐしながら洗い流す。ただ、ファイが力を加えすぎるとミーシャの頭がはじけ飛ぶ可能性がある。そのため、慎重に慎重を重ねて、ファイはミーシャの頭を洗ってあげていた。


「……ミーシャ、どう? 気持ち良い? 私、役に立ててる?」


 力加減や指使いに問題が無いか。目の前の小さな頭に問いかけてみると、


「ふ、普通よ、普通! 別に気持ち良くなんか無いんだからっ」

「……そう」


 どうやら問題は無いらしいと判断して、頭頂部から側頭部へと指を這わせていく。途中、耳の付け根を撫でてあげると「ふにゃぁ~ん……」と、実に気持ち良さそうな蕩け切った声が返ってきた。


「ファイちゃん~。ミーシャちゃんの頭を洗ってあげる時は、お耳にお湯とか洗剤とか、入らないようにしてあげてね~」


 そうファイに注意を促したのは、隣でニナの髪を洗ってあげているルゥだ。「ひ、1人で洗えますわゎっ!」と固辞するニナを「まぁまぁ。髪の毛だけ。先っちょだけだから」と流れるように椅子に座らせたのをファイはしっかりとその目で見ている。


 すると、どうだろうか。最初は嫌がっていたニナも、ファイが認めるルゥの洗髪技術によってなし崩し的に現状を受け入れていた。


(さすがルゥ。ニナのこと、よく分かってる)


 優しさのあまり他者の手を借りることを敬遠するニナ。彼女どうすればこちらからの申し出を聞いてくれるのか。長年の付き合いからルゥは知っているようだった。


 一方、ファイはニナのことをあまり知らないような気がする。自称“奇跡の子”であり、両親が他界していること。見た目にそぐわず恐ろしく強いことくらいしか知らないのではないだろうか。


(あとは、優しい。元気。可愛い。ほっぺはもちもち。髪はサラサラ。甘くて良い匂いもする。一緒にいると安心する。ぬいぐるみが好き。それから……あれ、意外とニナのこと、知ってる?)


 改めて考えてみれば、自分がニナの発言や一挙手一投足にきちんと目を配っていたことを自覚するファイ。


 また、それ以外の部分――なぜその年でエナリアの運営などしているのか。何やら訳ありらしいルゥ達レッセナム家との関係など。自分がもっとニナのことを知りたいと思ってしまっていることにも気づく。その理由はもちろん、


(私が道具、だから……?)


 ファイが道具であり、ニナが大切な()()だから。ファイとして主人のことを知ろうとするのは当然のことなのだが、なぜだかこの時はいつものように言い切ることができなかった。


「ファイ、どうかしたの?」


 考え事をしていたせいで手を止めていたファイを不思議に思ったのだろう。ミーシャが見上げるようにして背後にいるファイを見てくる。


「も、もしかして、さっき言ったこと、気にしてる?」

「さっき?」

「ええ……。その、アタシが気持ち良くないって言っちゃったこと……」


 眉尻を下げて申し訳なさそうにするミーシャに対して、ファイはわずかに表情を柔らかなものに変える。


「ううん。ごめん、ね? ちょっと考え事してた」

「そ、そう。それならいいわ。それと……大丈夫だから」

「……?」


 何が大丈夫なのか。こちらを見つめる緑色の瞳を見つめ返して、答えを待ってあげるファイ。ミーシャとの付き合いも少しずつ長くなっている。それに伴ってファイも、ミーシャの人となりも少しずつ理解し始めていた。


 そうして答えを待つファイの真っ直ぐな視線に耐えかねたのだろうか。それとも、至近距離で見つめ合っているその状況に気付いたのだろうか。はっと息を飲んだミーシャが焦ったように正面にある鏡に向き直る。そして、鏡越しにファイを見ながら、


「その、ちゃんと、気持ち良い……わ……」


 消え入りそうな声であるものの、ファイの洗髪を褒めてくれるのだった。


「……そっか」


 ミーシャの勇気にそうとだけ答えて、再び髪を洗い始めるファイ。表情こそ変わらないものの、ミーシャの頭を撫でる指使いが優しくなったことは言うまでもない。


「(わしわし、モフモフ……)」

「ふふっ、あははっ、耳……くすぐったい!」


 身をよじるミーシャに構わず、彼女の頭と体をきれいにすることだけに専念する。そんな中、ファイがふと考えるのは自分とミーシャの関係だ。


 少なくとも“主人”ではない。最高命令権を持つニナにはミーシャの指示に従うようには言われておらず、ルゥのように友達とも言われていない。つまりファイにとってミーシャは“何物でもない”のだ。


(けど、ミーシャもニナとルゥと同じで、“大事”)


 庇護欲や親愛という言葉を知らないファイ。自分とミーシャの関係性について、ここからしばらく名前を探し続けることになるのだった。




 それからおよそ1時間半。お風呂から上がったファイは、ルゥから与えられた服に袖を通していた。


 各所にあしらったひだ飾り。動きやすさを優先させた丈の短い(スカート)。腰と太ももには輪っかのついた帯が付いており、武器や道具をいくつも携行できるように工夫されている。胴や胸には薄くて丈夫な金属板も仕込まれており、魔物の爪や牙から急所を守る鎧にもなっているという。


 極めつけは、ふんわりさと柔らかさを取り戻したファイの頭にちょこんと乗る髪飾りだ。こちらも服に合わせてひだ飾りがふんだんにあしらわれている。


 そう。ファイがいま着ているのはこのエナリアで働く人物である証となる、ルゥお手製の侍女服だった。


「どやっ! ファイちゃん用に繕った侍女服の出来栄えはっ!」


 自身は風呂用布1枚の姿で胸を張ったルゥ。


 それに対してファイは首をかしげることしかできないが、ニナは違った。


「可愛すぎますわぁぁぁ~~~!」


 肌着姿のままファイの周りを高速で移動しながら、侍女服姿のファイをつぶさに観察してくる。一方、自身も侍女服に身を包むミーシャは、


「さすがルゥ先輩、とってもファイに似合ってます」


 と、珍しく素直にファイの服についての所感を口にしていた。


「ふふんっ、そうでしょ、そうでしょ!? わたしのこだわりは……ここ!」


 そう言ってファイの裳の裾をたくし上げ、太ももを示して見せるルゥ。ふとももまでを覆う長い靴下がずれ落ちないようにするためだろう。腰の部分と靴下とをつなぎとめている細い帯紐を示して見せた。


「ファイちゃんの色白の足と長い黒の靴下の対比! それだけだとちょっと寂しいと思ったから付けたこの帯紐が、我ながら天才だと思うっ!」


 自身のこだわりを熱弁するルゥに激しく頷くのは、ニナだ。


「さすがルゥさん! 分かっておられますわ! 細いのに筋肉質なファイさんの長いおみ足の良さを存分に引き出してくださったのですわね!?」

「そう! そうなんだよ、ニナちゃん! しかもあえて裳の下に隠すことで奥ゆかしさも表現してみました!」

「ん~っ、天才! 天才ですわ、ルゥさん!」


 興奮する2人が言っている言葉の意味はファイには分からないが、楽しそうで何よりだと思う。同時に、ファイとしてはルゥには早く服を着て欲しいと。主人の1人でもある彼女が自分のせいで病気になることなど、あってはならないからだ。


 しかしファイの内情など知る由もないルゥは、鼻息荒くファイを見てくる。


「どう、ファイちゃん! 動きにくいとか無い!?」

「ない。けど、ちょっとスースーする……?」


 ファイが裳を履くのはこれが初めてだ。下衣(ズボン)とは異なって風通しのいい下半身には、わずかばかりの心もとなさを覚える。そのため、無意識に裳の裾を押さえてしまう。


「そこはちょっとだけ我慢して? 多分ファイちゃん、動き回ることの方が多くなると思うから」


 武器の出し入れなども考慮してのことなのだとルゥは言うが、別に下衣でも良いのではないかと思わなくもない。


(けど、ルゥが一生懸命、私のために作ってくれた。それにニナもミーシャも気に入ってくれてる)


 自分の意思などどうでも良いファイとしては、他の人が認めてくれているという事実だけで十分だ。


 ファイが脱衣所の洗面台にある鏡を見てみれば、ルゥやミーシャ、リーゼと同じ“侍女服姿”の自分が居る。 同僚たちと同じ服装をしているというだけで、なぜだかファイの胸は少しだけ温かくなるのだった。




※ファイ(メイド服)のAIイラストです。参考にして頂ければ幸いです。

挿絵(By みてみん)

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