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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめまして、ウルン

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第59話 世界って、こんなにも――




「その、大丈夫……ですか? それ、良ければ使ってください」


 そう言って、自身が羽織っていたらしい赤い長袖の上着をファイにかけてくれた獣人族の女性。どうやらファイの服がボロボロなのを見かねて、服を差し出してくれたようだ。まさに渡りに船と言うように、ファイは急いで服に袖を通す。少し大きいが、気になるほどのものではなかった。


 そうして服を着て肌を隠すと、不思議とファイも少し落ち着いてくる。


「そ、の……。ありが、と?」


 消え入りそうな声で、それでもお礼を言ったファイに、女性は「気にしないで」と言って去っていく。と、今度は彼女と入れ替わるように人間族の親子もやってきた。そして、父親に抱かれた小さな少女が、


「おねえちゃん、だいじょうぶ?」


 そう言って、何かの花を1輪、ファイに渡してきた。細くて黄色い花弁がたくさんついた、キレイな花だった。


「え? あ……え……? ありが、とう?」

「げんきだしてね、きれいなおねえちゃん!」


 その親子を皮切りに、薄手の布や、飲み物・食べ物まで、次から次へと人が手土産と共に押し寄せてくる。


 ファイは渡される物をとりあえず受け取って、困惑と共に感謝の言葉を口にすることしかできない。そうして慌てるファイのそばで、クスッと笑う声がする。ニナだ。地面にぺたんと座るファイに視線を合わせ、大人びた笑顔で笑っている。


 素の自分を見られたことに無性に気恥ずかしさを覚えたファイが頬を少しだけ紅潮させる中、


「見てくださいませ、ファイさん」


 ニナはそう優しく諭すように言って、視線を巡らせる。周囲を、世界を見ろと、そう言うように。


 しかし、ファイの知る世界は、空っぽな自分を遠巻きにして笑うような、冷たく、暗いものだ。彼ら彼女らの視線を意識すると、ファイは一層、自分が何もないことを思い知らされる。


(怖い……!)


 ファイは無意識に自身の身体を抱いて、うつむいてしまう。と、そうして下を向いた視線の先。自身を囲むように大量に置かれた手土産が目に映った。さらにファイが自身に目を向けてみれば、獣人族の女性から貰った服を着ており、手には少女がファイに残して行った黄色い1輪の花がある。


 その全てが、ファイのことなど知らないだろう人々がくれた“優しさ”であり、“温もり”だ。


 果たして、自分の思う“世界の在り方”は本当に正しいのだろうか。ファイの中にあった恐怖は純粋な疑問に塗り替えられる。そうして生まれた好奇心のまま、ゆっくりとファイが顔を上げてみれば、そこには。


 いつの間にか周囲の視線からファイを守るように人の壁ができており、その向こうではエグバに向けて男性たちが飛びかかっていた。


「わたくし達はともかく、多くの人にとって銃は凶器であり、恐怖だったはずですわ。だというのに、これだけの人が、あなたのために動いてくださるのです」


 勇気ある人々が、この状況を作り出したのだと語るニナ。道具だから心配など必要ないと言うよりも先にファイの胸を満たしたのは、途方もない感謝の気持ちだ。


(そっか……。これが、世界(ウルン)、なんだ……)


 ファイが自らの意思で吹き飛ばした、黒狼という小さな世界と小さな幸せ。その向こう側に広がっていたのは暗く残酷な世界、などではない。


 明るいフォルンが照らし出す、色と温もり。何よりも人の優しさに満ちた世界だったのだ。


「ニナ」

「はい、なんでしょうか?」


 どうしたのだろうかとファイを見てくるニナに向けて、ファイは自身の気づきを口にする。それはいつだったか、命の大切さに気付いた時と同じ。いや、それ以上のもので――。


「ニナの言う通りだった。世界にはいろんなモノがある。美味しいもの。可愛いもの。きれいなもの……。私が抱えきれないくらい、たくさんのものがあるみたい」


 ファイがニナに示して見せたのは、人々がくれた数えきれない品々だ。衣服、飲料、食料、小さなぬいぐるみや、色とりどりの花。そのどれもがファイの知らないもので、しかし、色結晶のように輝いて見える。


 それらを愛おしむように眺めるファイの表情に、ニナも得意顔だ。


「ふふっ、そうでしょうとも!」

「うん。でも、ね? それだけじゃなくて世界は……ほら」


 そう言って、人を、町を、空を、フォルンをゆっくりと見たファイ。最後に改めてニナに向き直ると、


「とってもあったかい……ね?」


 気恥ずかしさと、言葉に尽くせない感謝。その2つが込められたその()()は、ファイが生まれて初めて自分の意思で見せた“表情”だった。


「ファイさん……っ! ファイさぁぁぁ~~~ん♡」

「ニナ? どうしたの――わっ!?」


 喚起の雄たけびを上げたニナが、突如としてファイを押し倒してくる。


「ふっ、ふふふっ……! いまなら少しだけ、ルゥさんの気持ちが分かる気がしますわ! これが愛おしさ! 愛! 本当の好き、の気持ちなのですわぁぁぁ~!」

「ニナ……? 落ち着いて――んっ」

「はわっ!? ファイさんから聞いたことのない可愛らしいお声が……っ! だ、ダメと分かっていましても手が勝手に……えいっ」


 ニナに再び脇腹をつつかれて、ファイはくすぐったさに身をよじる。


「あぅ……。そこ、ダメ、ニナ……。ふふっ……、くすぐったい」

「~~~~~~っ! え、エナリアまでお預けだなんて無理ですわっ! 今すぐここでファイさんを頂いて――」

「ファイーーー!!!!」


 ファイのお腹の上で鼻息を荒くし始めたニナの言葉を遮ったのは、遠く、男たちに取り押さえられているエグバの叫びだった。


 突然の叫びに喧騒は消え去り、静寂だけが場を満たす。そんな中にあって、続くエグバの言葉は良く響いた。


「その女を、ニナを殺せーーーっ!」

「……っ!」


 ファイにとっては絶対であるエグバからの命令に、ファイの顔が一瞬にして緊張する。次の瞬間には条件反射的に彼女の身体は動いており、


「えっ、ファイさ……きゃっ!」


 お腹の上で隙だらけだったニナと立ち位置を入れ替える。今度はファイがニナに馬乗りになる形になった。


「ファイ、さん……?」

「あっ、ごめんね、ニナ。すぐに退()く――」


 驚いたようにこちらを見つめるニナの茶色い瞳と呼びかけに、正気を取り戻すファイ。すぐにニナの上から退()こうとしたが、


「よくやった!」


 ファイがここ十数年、何よりも欲していた賞賛の言葉をエグバが口にしたことで、動きが止まる。そのままゆっくりと人垣の向こうにあるエグバへと視線を向けてみると、こちらを見て微笑んでくれているエグバと目が合った。


「くみ、ちょう……?」

「そうだ! お前は俺の言うことだけを聞く優秀な道具だ! だからその魔物を早く殺せ!」


 エグバのその言葉は、ファイ以外にもよく届いた。


「えっ。あなた、魔物なの……?」


 ファイを守るようにして立っていた女性が、組み敷かれているニナに問いかける。ニナを見る女性の視線や言葉に震えが含まれているのを、ファイは敏感に感じ取る。しかも怯えているのは女性だけではない。その場にいた多くの人々が1歩、また1歩とニナとファイから距離を取り始めたのだ。


 するとどういう訳か、ファイが感じていた人々の温もりが消え去っていく。逆にその場を満たし始めたのは、じっとりと重く冷たい、人々の猜疑心だ。


「えっ!? この女の子、魔物なの!? でもじゃあどうしてエナリアから出て活動を……」

「ほら、前にあったじゃない。ウルンでも少しだけ活動していた特異な魔物。この子もそうなのかも」

「いや、みんな冷静になれって! 最寄りの“不死のエナリア”からここまで車でも10分はかかる。何より魔物なら俺たちを襲わない理由が無いだろ!」


 ざわめきは少しずつその存在感を増していく。この状況をまずいと見たらしいニナが、ファイの股の下で必死に声を上げる。


「み、皆様! わたくしはちゃんと魔素供給器官を持っております! それにそこのお方がおっしゃっていたように、こうしてウルンでも活動を――」

「じゃあ魔法を使ってみやがれ、魔物が!」


 弁明するニナの言葉を遮ったのは、やはりエグバだった。彼の言葉に多くの市民が「確かに」と納得の声を漏らし、ニナが魔法を使うのを待ち始める。


 しかし、ファイは知っている。あくまでもガルン人として生を受けたニナは、魔法を使えない。念のために股の下に居るニナに目線で確認してみるが、ニナは困ったように笑うだけだ。


 ニナが魔物かも知れない。その疑いだけで、今やファイが魔物を庇う変人に。エグバが魔物を殺すよう説得している善良な市民に見え始めている。


(この状況を変えるには……)


 方法が無いことは無い。しかし、それを実行するためには、ファイが自らの意思で動かなければならない。


 先ほどエグバに言われた、優秀な道具というファイにとって最高の褒め言葉。その嬉しさが今もなお、じんわりとファイを満たしている。


 ――しかし、少しだけ自分に素直になったファイは、迷わない。


 先ほどは条件反射でついつい身体が動いてしまったが、現状、ファイにとって一番優先度の高い命令権を持つのは――ニナだ。いや、ファイの心が、ニナを一番にしたがっている。


 そして、大切な主人のために自分で考え、尽くすことができるのが、ファイの考える“優秀な道具”であることに変わりはない。


「ニナ」

「は、はい。どうしましょうかファイさん、って、なにを……」


 顔を近づけたファイに、キュッとまぶたを瞑ったニナ。そんな主人の耳元で、ファイは現状を覆す方法を口にする。


「えっ!? そ、そんなことで大丈夫なのですかっ!?」


 パチパチと瞬きをして驚きを口にするニナに、ファイは頷いてみせる。同時にニナの上から退くと、彼女に手を貸しながら立ち上がらせた。


「うん。魔法って、そういうものだから。どうせこの場に居る誰も、分からない」

「おい! 早く魔法を使ってみやがれ、魔物畜生! どうせできないだろうがな!」


 勝ち誇った顔で笑うエグバ。そして、訝しげに自分を見る人々に向けて、


「わ、分かりましたわ!」


 ニナは魔法を使ってみせると声高に叫んだ。




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