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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめまして、ウルン

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第48話 大好き……じゃないっ!

※ミーシャ視点のお話になります。一部暴力シーンがあるので、苦手な方はご注意ください。また、文字数が約4200字と普段より少し多めになっています。読了目安は8~10分です。




 探索者一行を追うファイの左腕の中。ミーシャは自分にとって少しずつ“馴染みあるもの”となりつつあるファイの温もりに身を任せる。


 ミーシャを抱くファイは、今日も優しい。


 ニナと互角に戦うファイの腕力だ。ファイが少し力むだけで、ミーシャなど簡単に潰れてしまうだろう。ただ、どうやらファイもきちんとその辺りのことを自覚しているらしい。


 出会った時も、今も。壊れ物でも触るかのように優しく柔らかく、ミーシャのことを抱いてくれる。


「…………」


 自身の匂いをこすりつけようと、ミーシャはファイの腕の中で身をよじる。


 自分でも驚くほど、ミーシャはファイに気を許してしまっている。この言われ方をするのはミーシャとしても不服なのだが、“懐いている”とそう表現されてもおかしくない程度には、ファイのことを気に入っていた。


 その理由について、実はミーシャ自身も分かっていたりする。


(きっとアタシ。自分とファイを重ねちゃってるんだわ……)


 先日、エサやりの仕事の時に聞いた、ファイの生い立ち。彼女の境遇はどこか、ミーシャと似ていたのだ。




 ミーシャの生まれは、アイヘルム王国の西部にあるダンダレムの森。獣人族の両親の間に生まれた1人っ子だった。


 ガルンの獣人族の多くは獣人族だけで部族を形成し、生活している。森で狩猟した獲物を部族のみんなで分け合い、時には狩りの訓練をしながら、エナリアでウルン人を殺す力を養う。部族で一丸となって、強者絶対のガルンを生き抜く。それこそが、ガルンにおける獣人族の基本だった。


 ただ、忘れてはいけないのが、部族の中でもガルンの文化がきちんと生きていると言うことだ。つまりは強い者が居て、弱い者が居る。


 従える者が居て、従わされる者が居る。


 ミーシャが生まれた家は、後者だった。生まれながらにして、(しいた)げられることが決まっていた。


「おっ、ちょうどいいところに! お前、俺たちの狩りの練習台な! 最近、ようやく獣化できるようになったんだ!」

「え、あっ……にゃっ」


 ミーシャの返答を待つこともなく始まった、“狩り”の練習。周りの大人たちは見て見ぬふりをする――わけではない。


 ミーシャを殴り、蹴る“強者”の少年たちに狩りの仕方を教えてあげるのだ。ここを殴れば相手はひるむ。ここをこうすると、相手は痛がる。実際にミーシャの腕をひねったり、殴ったりしながら、それはもう懇切丁寧に教育を行なう。


「いや……、痛い。や、やめて――」

「見ていろ。こうだ」

「~~~~~~っ!?」


 曲がらない方向に曲げられた手首。あまりの痛みに悶絶するミーシャ。


 どれだけ泣き叫ぼうが、痛がろうが、意味はない。ガルンでは弱者の言葉に意味はないのだ。むしろ「痛い」などと本心を伝えれば、暴力は加速してしまう。いつしかミーシャは強がりで本心を隠す癖がついてしまっていた。


 全ては、弱い自分がガルンで生きていくために。


 ただ、ミーシャや彼女の両親が特別なのかというと、そうではない。3:7くらいの割合で、練習する側・される側に分けられている。ミーシャは多数派の人々であり、ガルンではこのような不幸はありふれている。


 それゆえに弱い自分が強者に好き勝手されることをおかしいと思うことも無ければ、不満に思うことも許されない。もし不満があるのならば、喉元に食らいて自分が強いことを証明して見せろ。それこそが、ミーシャの暮らしていた部族の習慣だ。


 その点、ミーシャの両親は特異だったのかもしれない。自分たちだけでなく娘も(しいた)げられる現状と慣習に不満を抱き、“知恵”を持ってどうにか娘を幸せにする方法を探していたらしかった。




 その日は近くの家でボヤ騒ぎがあり、ミーシャを含めた立場の弱い人々が鎮火作業に駆り出されていた。いま思えば、ミーシャの両親が仕掛けた騒動だったのかもしれないが、ともかく。


『行くぞ、ミーシャ』


 部族の人々が混乱する中、そう言ってミーシャの手を引いたのは彼女の父親だった。腕力もなく獣化しても大して身体能力が上がらない。ついでに表情もほとんど変わらない。弱くて不器用な父だったが、部族の誰よりも優しかったとミーシャは記憶している


 煌々と燃える火に映し出された父の顔は、いつにもまして固かった。


「どこ行くの?」


 子供ながらに何かあると察したミーシャ。眉尻を下げて尋ねた彼女に答えたのは父と並んでミーシャの手を引く母だ。


「楽園。アイヘルムでそう呼ばれている場所よ!」


 ミーシャが不安そうにしたからだろうか。鮮やかな金色の髪をなびかせながら、笑う。どれだけ部族で痛めつけられようとも、決してミーシャの前で笑顔だけは絶やさなかった母。父と同じで1進化しかしていない弱者だったが、ミーシャの知る誰よりも気高く、格好良い人だった。


「ら、楽園……? 正気なの……っていうか、そもそもどこなのよ?」

「ルードナム家の人が運営する、アイヘルムでも指折りの規模のエナリアよ!」

「えなりあ? エナリア……!」


 部族でも限られたものしか行くことが許されない、ウルン人の狩場。そこでたくさんのウルン人を殺せば、進化して強くなることができる。もう痛いことをされなくて済む。その期待に、ミーシャの緑色の瞳がきらりと輝く。


 しかし、部族に生まれ、部族の“しきたり”を身体に叩き込まれてきたミーシャの身体は、次の瞬間には恐怖で震えた。


「だ、ダメ! 出奔(しゅっぽん)なんてしたら、アタシ達殺されちゃう!」


 思い出すのは、ミーシャが今よりもさらに小さかった頃。同じ部族に居たミーシャの友人家族が失踪したことがあった。しばらく続いた捜索の後、失踪した家族は無事に帰って来たのだが――。


「……うっ」


 その後に行なわれた“見せしめの儀式”を思い出し、ミーシャの喉奥が熱くなる。


 その家族は暴力を受ける日々に耐え兼ね逃げ出す、“出奔”と呼ばれる行為をしたのだ。そして部族は、出奔という行為を断じて許さなかった。


 儀式を受けていた家族のうち、次女の女の子とはミーシャも友達だった。2人揃って練習台にされた後に「いつか強くなろうね!」と、そう言って笑い合ったこともあった。


 ただ、儀式が終わって物言わぬ死体となった彼女の顔と身体は、もう誰なのか分からないような状態になっていた。


 自分たちも、同じような目に遭ってしまう。


 その恐怖で足を止めそうになるミーシャを、それでも両親は無理やり引っ張ってくる。


「大丈夫だ、ミーシャ。先方……ニナ様とはもう話は付けてある。部族のことについては話していないが、エナリアの中に入りさえすれば彼女が守ってくれるはずだ」


 普段と変わらない淡々とした口調と表情で、ミーシャに言い聞かせてくる父親。


「い、いつ、どうやって……。点呼の時、お父さんもお母さんもちゃんと居たじゃない!」

「詳しい話は、あとで! いまはとりあえず、ほら……走って!」


 両親に言われるがまま、走って、走って。当然のように出奔がバレて部族の追っ手が迫る中、時には町の中を、時には荒野を駆けてようやくエナリアの入り口となる巨大な門が見えてきたところで――。


 ついにミーシャ達は、部族の追っ手に追いつかれてしまった。


 幸いにも、追っ手の数は4人と少ない。しかし、出奔という“逃げ”の選択肢を両親が選んでいる時点で、追っ手と両親の力関係など子供のミーシャでも分かった。


(そっか。アタシ達、殺されるんだ……)


 もし捕まれば、あの見せしめの儀式を受けることになる。いよいよ現実味を帯びた死の恐怖に、まだ幼いミーシャは失禁してしまう。恐怖で足がすくみ、動くことすらできない。


 しかし、両親は違った。


「行くんだ、ミーシャ」


 体長1.5mほどの黒い猫になった父親がミーシャに背を向けて、言う。いつものように、淡々と。それでいてミーシャを安心させるような、優しい声で。


「エナリアでも頑張ってね!」


 お茶目に片目をつむった母は、金色の毛並みをした大型犬へと姿を変える。どうやら両親はミーシャのために時間稼ぎをしてくれるらしい。


「お母さん、お父さん……!」


 自分よりも強い相手を前にしても怯えず、立ち向かう。このとき生まれて初めて、ミーシャは両親が強かったことを知った。力ではない。目には見えず測ることもできない“強さ”を、両親は持っていたのだ。


 ただ、ここで「私も一緒に戦う!」と言えるほど、ミーシャは強くなれなかった。


 ミーシャは知ってしまっている。暴力が、痛みが、死が、どのようなものなのか。物心ついた頃から始まった暴力の日々は、ミーシャをどこまでも臆病にしていた。


 見せしめの儀式を受けるのが、ただただ怖い。狂ったように拳を振るう大人たちを見るのが怖い。怖くて、怖くて、仕方ない。だから――。


「……っ!」


 ミーシャは何も言わずに、両親に背を向けた。ミーシャを愛して育ててくれた両親に「ありがとう」も「さようなら」も、「大好きだった」とも素直に言えないまま、子猫の姿になって駆け出す。


「「いつまでも、愛してるわ」」


 そんな両親から送られた言葉にすら、何も返せないまま――。




 そうして全てから逃げた先で、ミーシャはニナと出会い、ファイと出会った。


 自分とは違う理由で孤独を背負う、白髪の少女・ファイ。しかもファイの場合、ミーシャと違って両親の顔も知らなければ、“愛された”という経験すらない。それでいて偏屈で臆病な自分とは違い、素直で優しい。少し不器用なところや抜けているところもあるが、何事にも一生懸命に取り組もうとしている。


(それに何より、強い)


 それは力こそが全てなのだと身をもって知っているミーシャだから抱く、こそ揺らぐことのない信頼だ。


 一瞬だけ見えた、美しいファイの氷の魔法。指を振るだけで奇跡を生み出すファイの姿が、ミーシャにはひどく神々しいものに見えた。


 この人なら、気を許してもいいかもしれない。少しくらいは、甘えても良いのかも知れない。そう思ってしまっている子供っぽい自分を否定しようと、ミーシャはファイの腕の中で手足をばたつかせる。


「……? ミーシャ、どうかした?」


 挙動不審なミーシャに、ファイが美しい金色の目を向けてきた。ほとんど表情が変わらないくせに、ちゃんと彼女が心配してくれているのだと分かるからミーシャも不思議だ。少なくとも、父親の表情よりはずっと読みやすい。


「……なんでもないわ。気にしないで」


 それと、心配してくれてありがとう。まだまだ上手く言えない本心の代わりに、ミーシャはファイの腕や体に自身の身体をこすりつけるのだった。




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