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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●戦うのは、得意……!

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第45話 “時間”は、大切




 勉強会を切り上げ、ここにやって来るらしい探索者たちへの対策を進めることになったファイ達。光輪と呼ばれる彼ら彼女らを“歓迎”するためには、やはり、光輪の情報が重要となってくる。


 適切な戦力と報酬を、適切な場所へ。エナリア運営の基本だった。


「探索者組合『光輪』。組合の等級は橙色等級。所属人数は50名。うち、探索者が20名。代々、アグネスト王国の息のかかったものが組合長となり、王国政府の手先としてエナリアの攻略に挑んでいるようです」


 リーゼが読み上げた光輪の概要にファイが静かに耳を傾ける中、リーゼの説明は続く。


「現在の組合長はギールという男性で、元王国騎士団長だそうです。探索者の内訳は、赤色等級が2名、橙色等級が3名、黄色3名、緑色が7名、青色が5名。以上が推定される光輪の戦力となります」


 そう言って、光輪に対する大まかな説明を終えたリーゼ。落ち着いた声色で淡々と語られた内容は、ファイにはとても聞き取りやすかった。ぜひとも真似したいと思えるほどに。


 道具にとって、報告も大切な仕事だ。その点、リーゼはファイにとって良き手本であるように思える。自身には無い“品格”を纏うリーゼへの密かな憧れもあって、ファイはリーゼの一挙手一投足に注目していたのだった。


「ご説明、ありがとうございます、リーゼさん。さて……」


 リーゼを労いつつ、手元の資料へと目を向けるニナ。普段、あるいは先ほどの勉強会で見せていた幼さとは一転、上座に座って議論を進める彼女の姿を見て、ファイは改めてニナがこのエナリアの頂点であることを実感する。


 と、そんなファイの視線に気づいたのだろうか。ニナがこちらを見て微笑む。しかし次の瞬間には表情を引き締め、一同を見回すようにして小さな口を開いた。


「気になるのは、どうして今頃になってわたくし達のエナリアの攻略に動いてきたのか、ですわね」


 問いかけというよりは独り言に近いだろうか。静かな書庫だからこそ大きく聞こえたのかもしれないニナの言葉にすかさず反応したのはリーゼだ。


「つまりお嬢様は、光輪の目的が攻略ではないと。そうお考えなのですか?」


 ぼんやりとしたニナの疑問を具体化し、論点を明確にしてくれる。おかげでファイも、主人であるニナが何について疑問を抱いているのかが分かりやすくなった。


「はい。ウルンではこのエナリアが赤色等級の判定を受けていたと記憶しておりますわ。ですが、光輪は1つ下の橙色等級。単なる攻略と考えるのであれば、いささか力不足に思えるのです」

「あれじゃない? わたし達がウルン人を殺さないって向こうも知ってるでしょ。だから舐めてかかってる、とか?」


 ニナの疑問に対して、ルゥが考えられる可能性の1つを提示する。


 ファイでもここ10年、“不死のエナリア”と呼ばれるこの場所ではガルン人による死者が出ていないことは知っている。その情報を把握したアグネスト王国が、攻略が容易なエナリアと考え、先遣隊として光輪を派遣しているのではないか。


 そうルゥは考えたようだった。


「なるほど……」


 光輪が斥候として派遣されている。そんなルゥの考えに、一定の理解を示したニナ。


『少し良いでしょうか、ニナ様』


 ファイの知らない声が聞こえて来たのは、その時だった。声がしたのは、ニナの目の前に置かれている青色のピュレからだ。光輪への対策会議を行なうにあたり、ここに来られない面々のためにニナが準備したものだった。


「はい、どうされましたか、ユアさん?」

『その点については追加で分かっていることがありまして――』

『ユア♪ な~にしてんの?』


 何かを報告しようとしていたユアと呼ばれていた少女の言葉を、不意に、もう1人の人物が遮った。


『ムア!? な、なんでここに……? じゃなくて、いま会議中で』

『えっ!? じゃあいまこれニナと繋がってるってこと!? ニナ~? 聞こえる~? 今からでも一緒に殺し合お~!』


 重苦しい会議の雰囲気を割くように聞こえて来た、姉妹と思われる2人のにぎやかな会話。やれやれと頭を抱えるのニナとリーゼ。他方、苦笑するルゥが姉妹に口を挟む。


「……ムアちゃん~? ちょっといま大切なお話し中だから、黙って――」

『は? ムアより弱いルゥちゃん先輩が指図してんじゃねぇよ、ざぁこ』


 ムアと呼ばれた少女の声に、ルゥが笑顔のままこめかみに血管を浮かび上がらせる。


「う~ん? 喧嘩かな? 喧嘩だよね? ニナちゃんの代わりにわたしが行ってあげるけど?」

『きゃっはは! 寝言は寝て言ってくださいよ、ルゥちゃん先輩! どうせこの前みたくムアに返り討ちに遭ってニナに泣きつく癖に」


 ムアの煽り文句にルゥの笑顔がどんどんひきつっていく様を、ファイは黙って見つめる。


「む、ムアちゃん~? 確かにわたしの方がちょびっとだけ弱いけど、一応、ニナちゃんの側仕えとしては先輩だし、2人を治してあげてるのは誰かな~?」

『だからちゃんとルゥちゃん()()って呼んであげてるじゃないですかぁ? 自分より弱い人に敬称付けてあげるとか、ムア、ちょ~優しい~♪』


 プルプルと震えながらも、それでも怒りを堪えているように見えるルゥ。


 ファイの知るルゥという人物は、かなり大らか人柄をしている。理解力があって、忍耐力もある。なかなか上手に言葉が出てこないファイと根気強くやり取りをしてくれる、そんな人物だ。しかし――。


『てか先輩こそ、よく自分よりも強いムアに先輩呼びさせられますよね~? 厚かましい~♪』


 その瞬間、ルゥの怒りが頂点に達したのがファイでも分かった。


「お~い居場所は分かってるんだぞ、クソガキ? ユアちゃんの研究室だな? わたしが今度こそ先輩としての威厳を示しに行ってやるから待ってて――」

「ルゥ様」


 勢いよく立ち上がったルゥに、リーゼが一言。冷たい視線と共に、言葉を向ける。それだけで、ルゥの身体は魔法にかかったように凍り付いた。


「お座りください」

「あっ、はい」


 リーゼに言われた通り、背筋を伸ばして椅子に座り直したルゥ。なぜか見えない圧に背を押されるように、ファイもミーシャもピンと背筋を伸ばす。


 青い鱗でおおわれた尻尾を大きく揺らしたリーゼは続いて、ピュレの向こうにいるムアにも声を駆ける。


「ムア様。聞こえますか?」

『…………』


 先ほどまで饒舌にルゥを煽っていたムアだったが、声が聞こえない。その代わりに聞こえて来たのは、ユアの声だ。


『り、リーゼさん。「ムアは逃げた」とそう言うように、ユアの隣にいるムアは言っています』

『ちょっ、ユア!? なんで正直にゆーの!?』

『だ、だってユアも死にたくないもん! ユアを巻き込まないで――』

「そうですか」

『『ひぃっ』』


 リーゼの言葉に、ムアとユアが悲鳴を上げる。


「ではユア様。お隣にいるムア様にこうお伝えください。『のちほどお伺いします』と」

「あっははっ! ムアちゃんのば~か、ば~か♪ 調子乗るからリーゼさんの指導、受けることになるんだ~」


 ここぞとばかりにムアに挑発を返すルゥ。しかし、


「もちろん、ルゥ様もですよ?」


 直後に発されたリーゼの言葉に、「あ、うっす」と顔を青ざめさせて居住まいを正すのだった。


「失礼しました、お嬢様。続きを」

「あ、はい、ありがとうございますわリーゼさん。それでは……っと。えぇっと、何の話し合いでしたっけ?」

「こちらにいらっしゃる探索者の皆様をもてなす準備について、ですね」

「そ、そうでしたわね。それで、えぇっと……」


 気が抜けてしまったのだろうか。手元の資料をぺらぺらとめくっているニナ。


 相変わらず忙しい主人だと微笑ましく思うファイ。一方で、エナリアにとっては“敵”と呼べる存在がすぐそこまで来ているかもしれないというのに、これで良いのかと思わなくもない。


 ただ、今回に限らず、ガルン人の彼女たちは時間というものに非常におおらかだ。昼夜の感覚も睡眠も無いため、時間を気にするという感覚が無いのだろう。


 例えば、ニナ達が使う少し後というのがファイにとっての1時間後でもあれば、1日後であることもある。先ほど、数日越しに実現したガルン語の勉強会についても、ニナにとっては「あとで」の範囲なのだ。リーゼに会った時にニナがこぼした「しばらくぶり」など、恐らく数年という単位だろう。


 そんな彼女たちとは違う、時間というものに縛られているウルン人のファイだからこそ、ふと疑問に思えたことがあった。


「リーゼ。その情報、いつ、の?」


 ファイの質問を受けて、リーゼが資料に記載されているらしい日付を確認する。


「――帝歴415年。少し前のものですが、問題はないのでは?」

「そう……。わたしの記憶では、今は帝歴の423年。それ、10年近く前の情報だと思う」

「はあ……?」


 それがどうかしたのかとでも言わんばかりに、眉をひそめるリーゼ。やはり、彼女たちは知らないのだ。10年という歳月が、どれほどの変化をもたらすのかと言うことを。


 怪訝そうな顔をするリーゼの代わりに口を開いたのは、ニナだ。


「ファイさん、何か気になることでもあるのでしたら、言ってくださいませ」


 主人からの指示にコクリと頷いたファイは、自身の推測を口にする。恐らく、時間を気にすることができるウルン人の自分だからこそ言えるのだろうことを。


「10年前のその情報。たぶんこれっぽっちも役に立たない」

「「「「……え」」」」


 この会議の存在そのものを揺るがしかねないファイの言葉に、その場にいる全員が言葉を失ったのだった。




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