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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●戦うのは、得意……!

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第40話 このモヤモヤは、嫌じゃない




 触れるだけで火傷してしまうような蒸気が立ち込める“不死のエナリア”第20層の大広間。


 3mあったファイの氷の盾も、しばらくするとただの水へと姿を変えてしまった。


「はぁ、はぁ……」


 溶解していく氷の盾を眺めながら、荒く息を吐くファイ。彼女が有する魔素も、無限ではない。また、ウルン人の身体能力を向上させているのも血管を通して全身を巡っている魔素だ。


 そのため、もし魔素を切らすようなことがあれば、ファイは本当の意味でただの人間になってしまう。もしこの場で体内の魔素がなくなるようなことがあれば、即刻、エナ中毒で倒れてしまうことだろう。


(身体が、重い……)


 魔素による身体能力の向上の恩恵が低下していることを感じながら、それでもファイが見上げる先。そこには、悠然と宙に浮かぶ、金髪の女性の姿がある。


 ルゥとは違い、軽く湾曲しながら前面に突き出している青い角。気圧の差によって生まれる暴風を受けてなお、美しく舞う長い金色の髪。怜悧(れいり)な目元と淡い青色の瞳が、地上で立ち尽くすファイを冷たく見下ろしている。


 彼女の背中に生えている、巨大な青い翼。その大きさはルゥのもとは比較にならないほど大きく、翼開長(よくかいちょう)は5m以上あると思われる。尻尾も、先端だけが膨らんで尖っているルゥのもとは異なり、根本が太く先端に行くにつれて細くなっている。ファイが先日見かけた竜の尻尾とよく似ており、角と同じ深い青色の鱗で覆われていた。


 その尻尾を優雅に揺らしながらファイを見降ろしていた女性が、静かに口を開く。


「短く白い髪に、金色の瞳……。貴方様の名前をお伺いしても、よろしいでしょうか?」


 丁寧な口調で行なわれた問いかけ。しかし、そこには有無を言わせない威圧感がある。


 未だに消えない死の感覚に喉を鳴らしたファイだが、女性が着ているのは侍女服だ。恐らくこのエナリアの関係者であり、話し合えば理解できると、冷静でいることに努める。


「初めまして。私はファイ。……あなたは、リーゼ?」


 ファイがその女性が“リーゼ”であると推測できたのは、彼女が発する威圧感のおかげだ。ニナに勝るとも劣らない実力を持っているだろうことから、この“不死のエナリア”における最強の存在――リーゼという名の人物であると予想したのだった。


 そんなファイの問いに、ピクリと目元を反応させた角族の女性。


「……なるほど。無知であれども、愚鈍ではない。お嬢様がおっしゃっていたことは、こういう意味でしたか」


 言いながら、地面にストンと降り立ったリーゼ。この時ようやくリーゼが放っていた強烈な威圧感が消え去り、ファイも自由に呼吸ができるようになる。


 ときおり視界を遮る蒸気の中、髪を揺らしながらも静かに歩いてくるリーゼ。そして、ファイの数メルド先で足を止めると、(スカート)を両手でつまみながら、女性はファイに向けて深々とお辞儀をしてきた。


「初めまして、ファイ様。(わたくし)はリーゼ・ハゥゼレン・ブイリーム。ニナ様にお仕えさせていただいております」


 優雅というその言葉がピッタリと似合うリーゼの所作に、ファイは大きく目を見開く。


(きれい……)


 リーゼがまとう高貴な雰囲気は、ファイがこれまで見て・育ってきた不潔な環境とは対極にあるものだ。自分の知らない、美しいもの――礼節。その存在をリーゼから感じ取ったファイは、しばし彼女に見惚れてしまう。


「先ほどは敵襲と思い、御無礼をいたしました。大変、申し訳ございません。ご容赦いただけますと幸いです」


 そうしてお詫びをする姿ですら、ひどく画になる。しかも、冷たく思えた表情に突如として浮かんだ、親しげな笑み。たとえそれが苦笑だったとしても、ファイからすればやはり“きれいなもの”に思えて仕方ない。


「ファイ様? どうかなされましたか?」

「……っ! う、ううん……。なんでもない、よ?」


 お風呂の時と同様、自分がひどく汚い存在に思えて、少しだけ恥ずかしくなってしまうファイだった。


「それで、ファイ様。こちらで何を? 戦闘の気配がございましたので、わたくし(わたくし)はてっきりウルン人がここまでたどり着いたのかと思ったのですが」


 まだ湯気が立ち込める大広間を見遣りながら、ファイに尋ねてくるリーゼ。彼女の問いにファイが答えるより早く、湯気を割って弾丸のような速度で姿を見せたのはニナだ。


「リーゼさん! お戻りになったのですわね!」


 言って、ルゥに勝るとも劣らない豊満さを持つリーゼの胸に飛び込む。


 相手がミーシャであれば肉塊になるだろうニナの飛びつきだが、リーゼは髪と服の裾を揺らしながら優しく優雅に抱きとめる。そして、白い手袋をした手でニナの髪を()くように撫でると、


「あらあら……。はい。ただいま戻りました、ニナお嬢様」


 我が子を愛おしむような優しい笑顔で、帰還の言葉を言ったのだった。


「うふふっ! リーゼさんの香り! リーゼさんの柔らかさですわぁ♪」


 リーゼに甘えるように、彼女の胸に顔をうずめているニナ。初めて見る安心しきった様子の笑顔は、ニナにとってリーゼがどのような存在なのかを物語っている。


(きっと、私にとってのニナと同じ。とっても大切な人)


 リーゼにだけは見た目相応の幼さを覗かせるニナの微笑ましい姿に思わず口角を上げてしまうファイ。ただ――。


「お嬢様? ハクバ様、ミア様のために甘えん坊は卒業なさるのではなかったのですか?」

「しばらくぶりなんですもの! 今だけ! 今だけ、ですわぁ……」


 ベッタベタにリーゼに甘えるニナの姿を見ていると、何とも言語化しづらいモヤモヤとした感情を抱いてしまう。


(この感じ、嫉妬……? けど、この前の嫌な感じじゃない)


 ニナは努力せずとも強くなる。そう聞いた時に抱いた嫉妬と、いま抱いているモヤモヤがファイには似て非なるものに感じる。前回の嫉妬が暗く淀んだ感情だとするなら、今回のそれは、身体がムズムズとしてしまうようなくすぐったさがある。


 少なくとも、前回の嫉妬ように、反射的に拒絶しようとは思わない。むしろミーシャを見たときのような愛おしさすらあって――。


(……ううん。私に“好き”は必要ない。だからこのモヤモヤも、捨てないと)


 結局は首を振って自身の嫉妬を否定したファイは、それでも。


「聞いてくださいませ、リーゼさん! リーゼさんが居ない間にわたくし、ミーシャさんとファイさんという素敵なお2人と仲良くなりまして!」

「はい。……はい。うふふ、そうなのですね?」

「(…………。……むぅ)」


 ニナとリーゼが親しげに接する姿を、じっとりとした目で見つめてしまうのだった。


「ファ~イちゃんっ!」


 そうしてニナ達を見ていたファイに、背中側から覆いかぶさってくる人物が居る。その声と香りから、誰であるのかを見ずとも把握したファイは、


「……っ! ……どうしたの、ルゥ?」


 金色の目を、抱き着いてきた犯人へと向ける。そこには案の定、ルゥが居たのだが、


「見てたよ、ファイちゃんの魔法! めっちゃスゴかった~! もうちょっとでニナちゃんに勝っちゃってたかもだった! っと、その前に治療だね」


 最初こそファイに頬を寄せながら興奮した様子で話していたルゥだったが、力なく垂れさがるファイの左肩を見て治療を始める。


「まずは麻酔っと……。麻痺毒が効きづらいみたいだからちょっと痛いかもだけど、我慢してね」

「あ……ぅ」


 言いながら、先端がとがった尻尾をファイの腕に刺す。その時だけは激痛が走ったが、ルゥが何度か尻尾を脈動させると、ファイの左腕からほとんど感覚がなくなってしまった。


「で、あとはさっき使った傷薬を、直接患部に流し込みます。すると……あらびっくり、一定範囲内にある骨とお肉が、あるべき場所に戻って~、足りない部分は生成されるのでした~♪」


 歌うように言って、尻尾から注入される傷薬で治療を進めるルゥ。途端、ファイの左腕に鈍い痛みが走る。骨が元の位置に戻る際、肉を切り裂いて移動しているからだ。もし麻痺毒による麻酔が無ければ、それこそ痛みでのたうち回ることになっていたかもしれなかった。


 治療の様子を見ながら痛みを堪えるファイの気を逸らすためだろうか。ルゥが改めて、ニナとの戦闘について賞賛の言葉を口にする。


「ファイちゃん、やっぱり強かったねぇ~。わたし、白髪のウルン人を見かけるのも戦うのも初めてだったけど、びっくりしちゃった」


 ファイの頭を撫でて絶賛してくれたルゥだが、当のファイの表情は晴れない。その理由こそ――。


「でもニナ、手加減してた……」


 ニナが分かりやすく手加減をしていたことを、知っていたからだった。




※いつもご覧頂いて、ありがとうございます。以下、AIイラストを用いて作った、リーゼのイメージ画像です。ご参考にしていただければ幸いです。


●リーゼ

挿絵(By みてみん)

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