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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●秩序を、守ろう

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【期間限定EP~12/31】すぐ終わらせる、から②

※本文の文字数が5,200字と、通常より1,000字近く多くなってしまいました。申し訳ありません…。読了目安は10分~となっております。




  “不死のエナリア”第20層。多目的室。普段ニナが住民の面接などを行なう、直径300mほどの巨大な空間だ。


 ガルンのアイヘルム王国における建国祭(けんこくさい)。それを模した催しを体験するために、このエナリアで働くウルン人3人が集められていた。


 まずはファイ。続いて、ファイの肩に担ぎ上げられているフーカだ。


 第15層の裏にある工房でロゥナと打ち合わせをしていた彼女をファイが誘拐、もとい、連行してきた形だ。


 道中で、ニナとの間にどのような会話があって“こうなった”のか。ファイはきちんと説明したし、フーカも「そ、それは良い考えですねぇ」と賛成してくれていた。


 しかし、自分も祭りに参加させられると分かったことで、フーカの顔が一気に青ざめたことは言うまでもない。


 アイヘルム王国の建国祭についてニナが「無茶ぶり」と表現したように、建国祭は自分よりもはるかに強い魔獣を討伐して食べることが本旨となる。


 その祭りを体験するということは、もれなく強い魔獣と戦うということだ。


「い、嫌ですぅ! フーカ、死んじゃいますぅ! アミス様のところに帰れません~!」


 ファイに担がれた状態のままバタバタ暴れ、背中の翅から激しく燐光を漏らしているフーカ。いくら元探索者だったとしても、ちょっとした異文化交流に命を懸けることには激しい抵抗感があるようだ。


 そんなフーカに賛同するのは、同じくファイに連行されてきたもう1人のウルン人だ。


「ほんとそれなんだけど!? ティオ、戦うなんて無理むり! あったかいお部屋かえる~!」


 フワフワの白い髪を揺らしてファイの腕の中で暴れているのはティオだ。


 軟禁生活ながら戦闘とは無縁の生活をしてきた彼女だ。


 いきなりの実戦、かつ、相手は探索者だったフーカでさえも尻尾を巻いて逃げようとする魔獣だと分かれば、戦闘拒否はさもありなんといったところだった。


「フーカ、ティオ。これは建国祭。“みんな”で倒す、が、条件。それに、大丈夫。2人は私が守る」

「「い~や~だ~!」」


 ファイが2人をなだめながら見遣る先。天井付近でこちらの様子をうかがっているのは、蝙蝠竜(こうもりりゅう)と呼ばれる竜の魔獣だ。


 体長は7~8m。細く長い尻尾を入れると優に10mを超える大きな魔獣だ。


 体表は滑らかな黒い鱗に覆われており、暗闇に溶け込む容姿をしている。被膜のついた翼を持つ腕には鋭い爪が付いており、その爪を使って洞窟の壁や天井に張り付く事ができるようになっていた。


 顔つきは猫に似ているだろうか。逆三角形の頭には耳のような収音器官が付いており、夜目の効く赤い目と収音器官で獲物を補足。壁や天井から飛びかかってくる。


 エナの濃度が高い森や洞窟の階層で見かける、暗闇の捕食者だった。


「なお、もしもの時の安全管理は、我らがお母さんことリーゼ・ハゥゼレン・ブイリーム先輩! わたし、ルゥが実況、兼、衛生兵を務めます~!」


 いつかの決闘同様、ルゥが実況を務めるために部屋の隅に待機している。その隣にちょこんと座っているのはミーシャだ。


「か、解説はアタシ、ミーシャが……って、これ。アタシ達もまぁまぁな確率で死にませんか、ルゥ先輩?」

「そうかも? まぁでも、死んじゃったらその時はその時でしょ! 弱いわたし達が悪かったってことで」

「それは、まぁ、そうなんですけど……」


 今日も先輩後輩として仲良く実況席に座っている2人。そんな彼女たちのすぐそばに、リーゼが静かに控えている。


「リーゼ、リーゼ。……ニナ、は?」


 今回の催しの発起人である小さなエナリア主はどこに行ったのか。ファイが聞いてみると、リーゼは一度だけ目を閉じてから口を開く。


「ニナお嬢様は、通信室です。(わたくし)たちがこうしている間も、探索者(お客様)はいらっしゃっております。その監視をしなければいけませんので……」

「おっふ……。確かに」


 どこからか「どうしてこうなるのですわぁ~!」というニナの叫びが聞こえてくるようだった。


「っとぉぉぉ!? さっそく動いたのはキーステラだぁぁぁ!」


 ルゥが実況したように、ファイがリーゼの方を向いた隙をついて天井から滑空してきていた蝙蝠竜。特別な翼は滑空する際に発生する風の音を限りなくゼロにする。


 が、ファイはすぐに蝙蝠竜の接近に気づくことができた。その理由を明かしたのは、ルゥの隣で若干ノリについていけていないミーシャだ。


「ルゥ先輩、ノリノリですね……。こほん。キーステラは本来、薄暗い場所で暮らしています。ですが、この部屋には見ての通り大きな夜光石がありますからね。どうしても影ができるので、ファイも気づけたんだと思います」


 蝙蝠竜は基本的に、壁や天井からの奇襲を得意としている。その点、この明るい多目的室は蝙蝠竜にとって自身の長所を生かしにくい環境と言えるだろう。


「ですが、蝙蝠竜は隠密性を失っても空陸を問わない高い機動力があります。なので多分、ファイが最初に狙うのは機動力をそぐこと、じゃないでしょうか?」

「おっ、良い読みだと思うよ、ミーシャちゃん! 果たしてファイちゃん達はどう出るのか~?」


 ルゥ達の実況と解説を聞きながら、ひとまずファイは蝙蝠竜の飛びかかり攻撃を回避する。もちろん、フーカとティオを抱えた状態で、だ。


 機動力を売りにしている魔獣なだけあって蝙蝠竜の身体は軽く、着地の際の衝撃も大きくない。そのためひょいと避けたファイがよろけることもないのだが、問題はここからだ。


『ゲャァァァーーー!!!』


 四足歩行になり、地を這うようにしてファイ達に向けて駆けてくる蝙蝠竜。移動速度は想像以上に速く、牙豹並みだ。


(さすが、赤色等級の魔物!)


 目を血走らせながら一瞬で距離を詰めてくる蝙蝠竜。


 今回ファイに課されているのは建国祭の実演。つまり、魔獣の討伐だ。対話や心の通じ合いの道を模索することなく、ファイは鼻から“殺すこと”に重きを置いていた。


 問題は、両手がティオとフーカのおかげで埋まっていることだろうか。武器を使っての討伐ができないのだ。


 かといってフーカとティオを離れた場所に待機させると、2人の安否が気になって戦闘に集中できなくなってしまう。


(どうしよう、かな……)


 討伐の手立てを考えながら、蝙蝠竜の突進を再び避けるファイ。と、両脇からフーカとティオの悲鳴が聞こえてくる。


「ふぁ、ファイさん! 首が……首がもげますぅ~!」

「怖すぎ恐すぎコワすぎ! 無理寄りの無理なんだけどぉ~!」


 涙目になる2人を、ファイはひとまず抱え直す。具体的には翅があるフーカを負ぶって、ティオをお姫様抱っこする形だ。


 その間に、今度は壁からの跳躍でファイ達を狙ってきた蝙蝠竜の突進をファイは再び横に飛んで避けようとしたのだが、


「あっ」


 ファイの横移動の速さについてこられなかったのだろう。声を漏らしたフーカが、ファイの背中から落ちてしまう。そして、その場所はまさに、蝙蝠竜が降り立つ予定の場所で――。


「「〈フュール〉!」」


 両者、探索者として培ってきた勘による、一瞬の判断だった。


 フーカとファイ。2人が唱えた風の魔法により一瞬だが強い風が吹き荒れる。その風は蝙蝠竜の攻撃をわずかに逸らすにとどまったが、2人が狙ったのは蝙蝠竜ではない。フーカの方だ。


 発生した風に背中を押される形で宙を舞ったフーカ。彼女がファイの方に飛んできた直後、蝙蝠竜がフーカのいた場所に牙を立てている。


「〈ゴゴギア〉!」


 フーカが宙を舞う中、続けざまに魔法を唱えるファイ。


 すると、蝙蝠竜の四肢がある地面から岩の槍が突き立つ。うまくいけば蝙蝠竜の手足を貫通して機動力を大きくそぐことができるのだが、ここもさすがは赤色等級の魔獣と言ったところか。


 地面が盛り上がるわずかな予兆を感じ取ったらしい蝙蝠竜は素早く後退して、ファイが生み出した岩の槍を回避した。


「ファイちゃんの攻撃、失敗! けど、今の魔法の使い方、うまいよね、ミーシャちゃん?」

「ですね。うまくいけばキーステラの機動力を奪えてましたし、失敗しても最低限、フーカさんを助ける時間を作ることができるわけですもんね」


 自身の狙いをつまびらかにしてくるガルン人2人に内心で恐ろしさを感じつつ、ファイは飛んでくるフーカに背中を向ける。ファイの両腕はティオを抱きかかえるために使われているからだ。


 ここでファイの意図を察して背中に飛びついてくれる辺り。フーカも探索者として十全に経験を積んでいる証だろう。


 そして、彼女が探索者であり、魔法を使えるのだということを思い出したことで、ファイに光明が見えてくる。


「フーカ。アミスに使ってた強くなる魔法、使える?」

「お、〈オスティミリア〉ですねぇ? ですがあれは1日1回で、時間制限も――」

「大丈夫。すぐ終わらせる、から」


 フーカと話すファイの視線は、蝙蝠竜から離れない。というのも、“竜”と呼ばれる魔獣には共通する特殊能力があるからだ。それは――。


(きた、息吹!)


 壁に張り付いたまま真っ白な光を口内に溜め始める蝙蝠竜。


 竜種にとって必殺技とも呼べる息吹だ。使用される前に何か攻撃をして阻害を、と、ファイがどの魔法を使うか逡巡した次の瞬間、ファイに向けて一条の光線が飛んでくる。


(はやいっ!?)


 暴竜やリーゼが使う息吹とは違って威力も規模も小さい分、速射に優れた息吹であるようだ。そして、ファイはともかく、背中に居るフーカなどはあの息吹でも丸焦げになってしまうことだろう。


 想定外の速さで放たれた熱線に、ファイの反応が確かに遅れる。その遅れは速さを売りにした赤色等級の魔獣に対しては致命的だ。


「〈ヒシュカ・エステマ〉!」


 何とか即席の氷の盾を作るが、熱を一点に集めた熱線の息吹だ。氷の盾が形成される速度よりも、熱線が盾を溶かす速度の方が圧倒的に早い。


 息吹が到達するまでにファイが作ることのできた盾はほんの数十セルチ。3秒とかからず突破される――はずだった。


「ゔぁ、〈ヴァン・エステマ〉!」


 ファイの腕の中で声が聞こえた次の瞬間、爆発音とともにファイを襲っていた熱線が途切れた。


 ハッとしてファイが氷の向こうを見てみれば、壁から落ちていく蝙蝠竜の姿がある。背中から落ちていく姿を見るに、お腹の下で強烈な爆発が発生したのだろう。あの体勢では蝙蝠竜も滑空することができず、ただ墜落することしかできないだろう。


 そして、蝙蝠竜が墜落する原因となった爆発を起こし、ファイ達を救ってくれた立役者こそ、


「おっとぉ!? ここでまさかの伏兵、ティオちゃんだぁぁぁ~~~!!!」

「うそ、ティオ!?」


 実況のルゥが紹介し、解説のミーシャが驚いて言ったように、ティオだ。


「お、お姉ちゃんを守るのも、妹の役目だし……っ!」


 ファイの腕の中、涙目で言っている。


 ほぼ初めての戦闘で、何なら魔法を使うことさえ稀だっただろうティオ。すぐそこまで迫っている熱線という死はきちんとティオの身体を震わせている。


 それでもファイの自慢の妹は、姉を助けるために魔法を使ってくれた。


 成長期で未完成な“白髪”の力だ。爆発の威力も、ファイの〈ヴァン・エステマ〉と比べるまでもない。


 しかし、ファイを窮地から救い、同時に、ファイ達にとって必殺の魔法を使うのに十分な時間を作ってくれた。




「――〈オスティミリア〉!」




 ファイの背後から聞こえたフーカの言葉が、ファイに魔法の翼をくれる。


 もちろん実際に翼が生えたわけではないが、なんとなく、自身の生物としての格が上がった気がするファイ。


(コレが、フーカだけの特別な魔法……。すごい)


 自分の中から力があふれてくる奇妙な感覚だ。今の自分であれば、肉体自慢のニナやムアにも引けを取らない近接戦闘ができる気がするほどの全能感がある。


(もしかして、コレがガルン人の進化の感覚……かも?)


 などと、あまりのんびり考えごとはしていられない。


 フーカは先ほど、〈オスティミリア〉には使用制限があると言っていた。具体的にはどれほどなのかは知らないが、これだけ強力な魔法だ。フーカが使い渋っていたことから考えても、決して長くは無いだろう。


 ファイの両手はふさがっていて、武器は使用できない。ファイが使えるのは己の頑丈な身体だけだ。


「けど、今、なら……〈フュール〉!」


 フーカたちを守るための風の魔法を使い、グッと足をためるファイ。


 彼女が地面を蹴った次の瞬間、ファイが元居た場所と墜落する蝙蝠竜とを結ぶ黄金色の線が引かれる。ファイが移動した軌跡だ。


 そして、落ち行く蝙蝠竜の頭部に向けて、飛び蹴りを放つファイ。必ず攻撃は命中するし、この攻撃で相手を仕留められるという奇妙な確信さえもあった。


 刹那の間、ファイの金色の瞳と蝙蝠竜の赤く血走った瞳が交錯する。


 忘れてはならないこととして、これは模擬建国祭だ。戦闘後、倒した魔獣を美味しく頂くまでが祭りとなる。したがって、


(美味しく頂く、ね?)


 蝙蝠竜と刹那の約束を交わしたのち、ファイの足裏が蝙蝠竜の頭部を捉え、壁と一緒に蹴り砕いたのだった。




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