【期間限定EP~12/31】すぐ終わらせる、から①
※もうすぐクリスマスということで、本日から3日間(4話分)連続で、期間限定公開の閑話を公開させていただきます。オンタイムで本作を追ってくださっている方へ向けた特別なお話と思っていただければと思います。なお、期間終了後、本話は削除します。あらかじめご了承ください。
ウルンには新世祭と呼ばれるお祭りがある。
その年を無事に終えられたことを感謝し、針金で作った動物を軒先に飾り、色結晶を模した置物を置く。自分たちの生活を支えている動物や色結晶などを祀るのだ。
商店では歳末の特売が行なわれ、食料品店では地域に根差した期間限定の食べ物を用意する。そうして新たな1年に向けて、ウルンのみんなで機運を高めていく催しだ。
期間は場所によって異なるが、多くの場合は黒紫のナルン(12月)いっぱいを使って行なわれることが多い。
また、迎霊祭という催しもあっただろうか。
新世祭が動物に感謝するお祭りなのだとすれば、迎霊祭は野菜や果物と言った植物に感謝するお祭りだ。
その年に収穫された食べ物を目いっぱいに使って料理とお菓子を作り、美味しく頂く。豊穣の地を作り、守ってきてくれた祖先たちと一緒に。
時期は穀物類の収穫が終わる頃。アグネスト王国では例年、気温が下がり始める白青のナルン(5月)の最終週に行なわれることが多い。
町全体が活気づき、楽しげな人々を見ているとファイの胸も“ぽかぽか”になる。そんな「お祭り」という行事が、ファイは大好きだ。
ゆえに、ある日の仕事の後、雑談のついでにニナに聞いてみることにする。
場所は“不死のエナリア”第20層にあるニナの執務室でのことだった。
「ねぇ、ニナ。ガルンに『お祭り』、は、ない……の?」
「『お祭り』……ですか?」
ガルン語で祭りに該当する単語を知らないためウルン語で尋ねたファイ。その単語をそのまま繰り返したニナが、そっと筆を置いた。
「そう、『お祭り』。えっと、みんなで“ありがとう”を言う、あったかいこと……?」
自分なりの言葉で祭りについて説明したファイに、ニナが「大丈夫ですわ」と意味が通じていることを示してくれる。
「お祭り、ですわね?」
「お祭り、が、『お祭り』?」
「はい! みなさんで何かを感謝し、お祝いする……。そういった催し物のことですわ!」
ニナの説明に、ウルン語とガルン語を紐付けるファイ。そのうえで改めてニナに聞いてみる。
「そう。そのお祭り。で、ガルンにもある、の?」
「もちろんありますわ! ……ですが、突然ですわね? 何かございましたか?」
「ううん。ちょっと気になっただけ」
ファイが首を横に振ると、ニナがクスッと笑って見せる。
「ふふっ! 相変わらず、ファイさんは好奇心旺盛ですわね! その知識に貪欲な姿勢、わたくしも見習わないといけませんわっ!」
当たり前のようにファイのことを褒めてくれるニナ。
主人からの手放しの賞賛にファイが「あぅ」と下を向く、その目の前で。ニナはガルンに、というよりはアイヘルム王国にあるお祭りの1つを紹介してくれる。
「お祭りと言うと……もっとも有名なのは『建国祭』ですわね」
「けんこくさい……。国ができた、お祭り?」
単語を分解して意味を類推するファイに、ニナは「はい!」と元気よく頷く。
「初代ゲイルベル様がアイヘルム王国を建国なされた偉業をたたえるお祭りですわね」
「おー、ベル」
ゲイルベルと言えば「魔王」と呼ばれて恐れ敬われる、アイヘルム王国最強の魔物の通称だ。
当代のゲイルベルの本名は「ファブニル」だっただろうか。かつて出会った小さな黒竜のことを思い出しながら、ファイはニナに次なる問いをぶつける。
「建国祭だと何をする、の!?」
ウルンの新世祭や迎霊祭を例に挙げながら、祭りの詳細について。もっと言えば、どんなお菓子を食べるのか。つい瞳を輝かせて聞いてしまうファイ。
というのも、新世祭でも迎霊祭でも、ファイは大好きな“甘い物”にありつくことができた。そのため、ファイの頭の中では「祭り=甘い物を食べられる」という構図が完成していた。
だが、直後。
「ふふん……! 敵を“ぶっコロ”、しますわ!」
ニナが放った物騒な言葉に、ファイの目の輝きは一瞬にして消え去る。
「……え? ぶっころ……なんて?」
「ですから! 国内に居る敵を徹底的に殺すお祭り、ですわね! 別名、血祭りですわぁ~!」
ふと、ファイは思い出す。そう言えばガルンは、力と戦いこそが全ての世界なのだ、と。そんな世界の祝い事が、甘い砂糖にまみれているはずもないのだ。
「あ、うん、そうなんだ」
「はわぁっ!? ファイさんがいつになく無表情ですわ!?」
「ニナ、冗談は良くない。私は道具。いつだって無表情。それじゃあニナ。次のお仕事、は、なに」
祭りの意味も、内容も聞くことができた。話を切り上げて、次なる仕事を貰おう。そう気持ちを切り替えようとするファイに、ニナが得意げに言う。
「待ってくださいませファイさん! 諦めるのはまだ早い、ですわっ!」
「ニナ、おかしなことを言う。私は何も期待してない。だから諦める、も、ない。そもそも道具にはどっちもな――」
「戦闘!」
ニナが口にした単語に、ファイの眉がピクリと動く。なにせ、戦闘こそが自身の価値のすべてだと考えているファイだ。彼女が砂糖と命令以外に求めるものがあるとすれば、それは間違いなく戦闘だった。
「……戦う?」
「そう! 戦闘ですわ、ファイさん!」
立ち止まって聞き返したファイに、今が好機とばかりにニナが話を続ける。
「先ほども申し上げた通り、建国祭は国民総出で敵を滅ぼす催しですわ。その“敵”とは、国内を荒らす困った魔獣さんたちなのです」
血祭り、などという物騒な単語をニナが使うせいで見落としそうになっていたが、思えばニナは建国祭について嬉しそうに話していた。
彼女は過去、自らの手で多くの命を奪ったことをひどく後悔している。そんな彼女が、“誰か”を殺すことを嬉々として語るはずもない。
むしろ、誰かから“幸せ”を奪う困った魔獣を討伐する。だからこそニナは建国祭を声高に紹介したに違いなかった。
「そっか……。困った魔獣を倒す、は、大事……だね?」
「お、おっしゃる通りですわ!」
瞳に輝きを戻したファイに、ニナもホッとした様子で椅子の上で姿勢を正す。
そこから改めて、ニナが建国祭について教えてくれる。
およそ“しばらく”――ウルンで言えばざっくりと隔年――おきに、魔王から討伐する魔獣についての指示が各都市に出されるのだという。
「過去、ファイさんにも魔王様から無茶ぶりがございましたでしょう? あれと同じような指示が、各都市や村々に届くのですわ」
「無茶ぶり……? ……あっ」
ファイが思い出したのは、第18階層でリーゼと一緒に放冷石を採集した記憶だ。
氷獄の階層と呼ばれる第18階層は極寒であることに加え、エナ濃度がかなり高い。当然、厳しい環境で生息している魔獣たちは皆、強者ぞろい。押しなべて赤色等級以上の魔物ばかりだ。
ウルン人が単独で挑むような階層ではなく、入念な準備と十分な人材を持って攻略しなければならない。そんな階層に、ファイはベルの指示でポンと放り出されることになった。
幸い、ファイの身を案じたリーゼが同席してくれた。が、自身の身に余る魔獣たちとの連戦でファイは疲弊。最終的に死にかけたのも、ファイにとっては良い思い出だ。
「確かに死にかけた……」
「こ、心なしかファイさんが嬉しそうに見えるような……?」
ニナの言葉を受けて、ファイは急いで表情を取り繕う。
「気のせい。死にかける、も、怪我をする、も、良くない。……違う?」
上目遣いに確認したファイに、ニナが「違いませんわ!」と首を振る。
「何があっても、きちんとお身体を大切にしてくださいませっ!」
つまり、怪我しないようにしながら敵を殺したり、仕事をこなしたりしろ。ニナの言葉をそう解釈するファイ。
そして、怪我をしないように立ち回るというのはかなりの苦労と無茶を強いるものだ。
(ニナ。“難しい命令”くれた……♪)
道具として信頼してくれているような気がして、ブルリと身を震わせるファイだった。
「話を建国祭の方に戻しますと、なにも魔獣を討伐するだけがこのお祭りではありませんわ。むしろ魔獣を討伐した後……強い魔獣を討伐した者たちで分け合い、食べることこそが本質なのですわ」
そんなニナの声ですぐに気持ちを切り替えたファイ。建国祭がただ魔獣を殺すだけのお祭りではないことに、内心でホッと息を吐く。
これはファイの感覚の話でしかないが、ただ殺してポイッとするのと、殺したものを食べること。両者を比較したとき、なんとなく後者の方が“ぽかぽか”するのだ。
食物連鎖という命の輪をおおよそ理解できるようになったファイ。食事は、誰か・何かの死を最も有効活用するための行動であるように思えて他ならなかった。
「国民を困らせる魔獣さんは大抵、とっても強いですわ。つまり彼らは多くの進化を経た個体。体内には進化のために蓄えられた、あるいは進化で余った中立状態の魔素を有しております」
「なるほど。それを食べて、自分の力にする……」
普段はいがみ合い、時に殺し合う関係のガルン人たち。だが、建国祭の時だけは協力し、強い魔獣を狩る。他でもない。より多くの魔素を得て、自身が強くなるために。
なお、建国祭に拒否権は無いとニナは言う。参加しなければ国民としての資格を失い、魔王の庇護を受けられなくなる。そうなれば、待っているのは他の“強者”からの蹂躙だ。
ゆえに国民たちも死ぬ気で祭りに参加するらしい。参加しようとしまいと待っているのは死のみ。であれば、討伐して自分が強くなる可能性もある祭りへの参加を選ぶものが圧倒的に多いようだ。
世界が違えば、祭りの在り方も違う。
戦闘と進化が全てのガルンだ。魔王という圧倒的な存在のもとで一致団結して強者を倒し、血肉を食らう。そして、己の力の糧とする。
最初は物騒に思えた建国祭も、ガルンの文化を反映した、ガルン人らしい祭りであるようにファイには思えた。
「――そうですわ!」
パチン、と。ニナが手を叩いた音で、ファイは意識を現実へと引き戻される。
どうかしたのか。ファイが瞬きと共に見つめる先で、腰に手をやって胸を張るニナが声高に宣言した
「ファイさん! 折角ですので他のウルンの方も交えて、今から模擬建国祭をいたしましょう! 異文化交流、ですわ~~~!」




