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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●秩序を、守ろう

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第289話 役に立ってから、逝こうね♪




 そのガルン人たちは、飢えていた。


 食料がないのではない。ガルン人であれば誰しもが持つ、自身のさらなる可能性――進化を求める欲望に飢えていた。


 数は20人。獣人族8人。小人族6人と、人間族6人という構成だ。魔王ゲイルベルが治めるアイヘルム王国。その辺境に位置する名もなき町の商工会の面々だった。


 彼らはすでに、ウルン人の味を知っている。


 ずっと前。みんなで金を出し合って入場した、アイヘルム王国のとあるエナリア。階層の数も少なく、ウルンでは紫色等級。下から2番目の脅威度でしかないエナリアだ。


 内部のエナは薄く、入ることができるガルン人も限られる。そんな事情もあって、入場料も他のエナリアに比べると格安といえる値段だった。


 ゆえに、商工会の面々は“ウルン人”という獲物を求めてエナリアに()()ことにする。


 ある者は隣国からの脅威や魔獣から家族を助けてあげたい。またある者は、強くなって地位と財産を築き、魅力のある異性と交わって強い子を産みたい。


 他には、純粋にエナリアという場所への興味。絶品だという魔素供給器官を味わってみたい、などなど。


 様々な想いを抱える、ごくごくありふれた、ただのガルン人だった。


 その点、初めて登ったエナリアで駆けだしの探索者の徒党に出会えたことは、彼らにとって幸運だったと言える。


 ガルン人も進化するため、ひいては生きるために必死だ。逃げ惑う探索者を死に物狂いで追いかけ、あるいは罠にはめ、殺して食べた。


 その過程で商工会にも数人の死者が出たが、その代わりに生き残った者は皆、多かれ少なかれ魔素供給器官を食べることができた。


 それまでひもじい生活を強いられ、自然に迎える第1進化しかしていなかった彼らだ。ほんのひとかけらの魔素供給器官から得られる魔素でさえ、彼ら全員を進化させるのには十分だった。


 自分が作り変えられ、強くなる感覚。見えている世界が変わったのだと、感覚だけで分かってしまうほどの変化。


 その快楽を知ってしまうと、もう、進化を待っているだけの日々には戻れなくなってしまった。


 もっとウルン人を殺し、魔素供給器官を食べたい。さらなる進化を遂げ、自分だけでなく子孫も強くしたい。町を、家族を守れるだけの力が欲しい。


 かつてはささやかな願いでしかなかった欲望はいつしか“渇望”へと変わり、四六時中彼らを苦しめる。


 心と体が乾いて、乾いて、乾いて仕方ない。進化に飢えた彼らが再び狩場(エナリア)に向かうまで、そう時間はかからなかった。


 しかし、次も、その次も。探索者たちは見つからず、見つかっても逃げられてしまう。向かってきたかと思えば熟練の探索者で、返り討ちに遭う。


 それでも強さを、魔素供給器官を求めてエナリアに登り続けた結果、商工会の面々はお金も、仲間も、多くのものを失うことになった。


 さらに同じころ、ご用達だった紫色等級エナリアが崩壊した。言うまでもなく、探索者たちがエナリアを攻略したのだ。


 商工会の誰もが、頭では、もう引き際であることは分かっていた。


 ところが身体は、ウルン人の味を、肉のひとかけらで手に入れた力の快楽を覚えてしまっている。理性がダメだと言おうが、あり余る本能が簡単に理性を凌駕する。


 気づけば商工会の面々は、次の狩場を探していた。


 どうすれば、また、あの美味しい魔素供給器官にありつけるのか。


 飢える頭で考えた商工会の面々が白羽の矢を立てたのが、現在、許可のないガルン人の立ち入りが禁止されている異端のエナリアだ。


 そのエナリアで許されているのは魔獣の狩りと各種素材の採取だけらしい。だからだろうか。一級エナリアだというのに入場料も破格の安さで、今の商工会でもギリギリ払うことができる価格だ。


 だが、入場には必ず管理人――エナリア主――による面談が行なわれ、監視員が付けられるという。


 何を監視しているのかと言えば、ウルン人を狩らないように、だろう。ならばその監視員を殺せば好き放題できるわけだが、嘘か(まこと)か“家名持ち”が付けられるという。


 特別な能力や力を持つ“家名持ち”たち。市民では逆立ちしても勝てない相手だ。


 つまり、普通にエナリアに入っては、家名持ちに邪魔をされてウルン人は狩れない。“ウルン人狩り”に飢えた商工会に残された選択肢は、密猟のみだった。


 運が良いことに、そのエナリアには出入りを見張る門番が存在せず、入ろうと思えば誰でも入れるという。しかも従業員がほとんどおらず、内部ではほぼ好き勝手できると言うではないか。


 あまりにも密猟にうってつけなエナリアであることに、商工会の面々が運命を感じたことは言うまでもなかった。




 場所はアイヘルムの南西、急峻(きゅうしゅん)な岩場の一角。異端のエナリアの中腹、第13層に続く出入口の1つだ。


 商工会の1人が岩陰から入り口の様子を確認するが、事前情報の通り、門番となる強いガルン人も魔獣も居なかった。


「……よし、突入するぞぃ!」

「「はい、長老!」」


 長老と呼ばれた壮年の獣人族に続いて、()()()20人がエナリアへと足を踏み入れる。と、そこにあったのは静寂だけだ。それこそ本当に探索者など居るのだろうかと思える静けさだ。


「……良いか、ヌシら。ワシらの狙いはウルン人(ナーダム)だけじゃ。魔獣との戦いはできる限り避けつつ、上を目指すぞぃ」


 長老の指示のもと、改めて自分たちの狙いを確認した彼らは足早に上層を目指し始める


 この時に彼らが使用するのはエナリアの地図だ。


 管理人の意向にもよるが、多くの場合、エナリアには有料の公式地図がある。


 どこに罠があって、どこに宝箱があるのか。地形の特徴なども含めて紹介し、どこでウルン人を待ち伏せて狩れば良いのか。来場者であるガルン人に知らせ、円滑な狩りを行なってもらうのだ。


 ただし、防犯上の観点から、裏口などが記されることは無い。もしもそれらを記載すれば、エナリア主の居場所やエナリアの核の所在が判明してしまうからだ。


 ガルン人たちは、エナリアに“裏”があることは知っている。が、そこにどうやって行くのか、や、詳細な構造については明かされていなかった。


 なお、実はこうしてガルン人が狩りのために持ち歩く地図が、ウルン側の攻略を大きく手助けしていたりする。俗に「落とし物」と呼ばれる、ガルン人を殺した時に得られる戦利品だ。


 ガルン人が身に着けていた武器や防具だけでなく、こうした詳細な地図も、エナリアの出土品として高値が付くことが多かった。


 その点、密猟者たちが今いるエナリアはガルン人の狩りを禁止しており、市販されている地図は採集に特化したものとなっている。


 上層に向かう道などは記されておらず、「ここで美味しいキノコが取れますわ!」「この泉は絶景ですわ!」など、狩りには一切不要な、ふざけた情報が載っているだけだ。


 しかし、少し前までは普通に“ウルン人狩り”ができたエナリアだ。当時の詳細な地形を記した地図も多く市場に出回っており、密猟者たちもその地図をもとに移動している。


 ゆえに、彼らの侵攻は管理人――ニナ・ルードナム――が思うよりもずっと速い。


 地図にある通り、魔獣の密集地を避ける道程を通り、迷路のように入りくねった道も正解の道だけをたどっていく。


 そうして順調に歩みを進め、遂に密猟者たちは第10層の階層主の間までたどり着いた。


 呼吸で感じる大気中のエナの濃度からして、そろそろ自分たちの実力に等しい階層であることを察する密猟者たち。


 ここからは適当に魔獣をいなして探索者を待ち伏せる。そして、ここに来るまで魔獣たちと戦い疲弊したウルン人を襲い、殺し、食べるだけだ。


 密猟の、なんと簡単なことか。


 顔を見合わせてほくそ笑む彼らの前に立ちはだかったのが、巨大な両開きの門だった。


 これまで階層主の間があるエナリアに登ったことがなかった彼ら。目の前にある巨大な扉の威容に気圧される。


 それでも、この先に獲物である探索者たちが居るのだ。進化欲に促されるまま、密猟者たちは大扉を押し開ける。


 と、そこで密猟者たちは、こちらを見つめる大きな蛙の魔獣2体。そして、


「はぁ……。まさかお客さん達より先に、害獣たちが来るなんてね~……」


 上空からこちらを見下ろす巻き角族の少女と相対することになった。


「まぁ、でも。ちょうど試したいお薬もあったし、ちょうどいっかっ♪」


 先端がぷっくりと膨らんだ特徴的な尻尾を揺らし、愉しそうに、妖艶に、舌なめずりをしている少女。


 彼女が何を“愉しみ”としているのか。


 これまでも、今も、“弱者”であり続けている密猟者たちが察せないわけもない。


 まずい。そう気づいたときにはもう、密猟者たちの身体は動かなくなっている。角族の少女がまき散らしたららしい麻痺毒のせいだ。


 地面に倒れて指一本動かせず、中には呼吸困難を起こしている者さえいる。そんな密猟者たちを、地上に降りてきた巻き角族の少女は笑顔で見下ろしている。


「ニナちゃんを困らせる人はみ~んな、わたしの“敵”! で、わたしは敵に容赦はしないのですよ~……っと」


 そんなことを言いながら少女が豊満な胸の谷間から取り出したのは、錠剤や注射器の入った小さな箱だ。


「これね、いつかニナちゃんに使ってあげる予定のお薬たちなんだ~。こっちが動けなくなっちゃうやつで~、こっちが肌の感度を上げるお薬! ちょっと触れるだけで……ビクッてなっちゃう♪」


 箱に入った薬の説明をしながら、密猟者たちの方に歩いてくる少女。彼女は集団のまとめ役である長老と呼ばれた獣人族の側で膝をつく。


「でも、お薬って分量とか強さとか間違えちゃうと、死んじゃうこともあるの。他にも飲み合わせとかでも、予想外の効果が出ちゃったりする。だから、死なせる前にちょこぉ~っとだけ、実験させてもらうね?」


 密猟者という敵にさえ、無邪気に笑いかける少女。


 だからと言って、瞳孔が開ききった彼女が見ているのは長老ではない。いつか自分のものにするという“誰か”だ。


 そんな彼女の狂気に対し、しかし、密猟者たちは異論を唱えることも、震えることさえも許されない。自身の未来を察して、顔を青ざめさせることしか許されていない。


「怖がらなくても大丈夫! 神経は麻痺させてるから痛くないし、なるべく苦しくないようにもするから! ……だから、わたしの夢を手伝ってから()ってみようねっ♪」


 真っ暗な闇を青い瞳に宿した少女は、可愛らしい笑顔のまま。自らの実験に付き合ってくれるという優しい協力者たちに“お薬”を処方する。


 エナリアの安全弁とも呼ばれる“階層主の間”に入って、2分弱。密猟者たち20人はあっけなく、強者の餌食になるのだった。




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