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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●秩序を、守ろう

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第283話 道具に、お礼は要らない




 ファイが強盗たちを無力化してから少し。


「「「ありがとうございました!」」」


 助けた3人の探索者のお礼の言葉に、ファイはフルフルと首を横に振る。


「助ける、は、当然。お礼は必要ない。……それに、あなた達のためじゃない。ニナと、ミーシャのため」


 相変わらず能面ではあるものの、後半部分に少しの照れ隠しを入れるファイ。よく一緒にいる“誰かさん”の癖がうつってしまったのかもしれない。


(それに……)


 心のなかで言いながら、ファイは壁際で目を回している強盗たちに目をやる。続いて自身の拳に手をやった彼女は、握って開いてを繰り返す。


 強盗たちを昏倒させるにあたり、それぞれを殴りつけたファイ。


 その際には殺さないよう、当然のように手加減をしたわけだが、


(あの人たち、弱かった)


 ファイの攻撃に一切反応できないほどに、男たちは弱かった。


 さらに拳1つで果ててしまうくらいに、身体強度も低い。とても、ウルンで上位の髪色――紫と青――を持つとは思えない。


 と、なると、ファイに考えられる可能性は1つ。ファイ同様、男たちは髪色を偽っているのだろう。理由は言うまでもなく、襲う相手を萎縮させるためだ。


(ガルン人と一緒。あの人たちの場合は髪色で強がって、戦わないで勝とうとした……?)


 ファイの手に残る、強盗たちの身体の手応え。それはかつて、フーカをさらおうとしていた誘拐犯たちと同じくらい。良くて黄色髪といったところだ。


 彼らがあまりにも無抵抗に拳を受けようとしていたために、寸前でさらに手加減を強めたファイ。


(もし、手加減してなかったら……)


 当初の紫髪相当の力で殴っていた場合、強盗たちの腹部は吹き飛んでいたことだろう。


 思い出すのは少し前、ニナが森角兎に恐恐(こわごわ)と触れようとしていた場面だ。


 ふとした瞬間に相手を壊して、殺してしまう。ニナは日々、こんな恐怖と戦いながら人々と接しているのだろう。


(きっとコレが、ニナの居る世界なんだ、ね?)


 主人の生きている世界、ひいてはニナの考え方や想いの一端に触れられた気がして、ファイは静かに身体を震わせるのだった。


 と、そうしてファイが自身の“力”についての理解を深めていると、視線を感じる。


 見れば、結果的に助けることになった探索者たちがファイを見ている。どうやらかなり長い時間考え込んでいたファイを、心配してくれているらしい。


「……それじゃあ、ね」

「ま、待ってください!」


 寂しがり屋なミーシャを待たせている都合、早く戻った方が良いだろう。そう判断して足早にこの場を後にしようとするファイを、翅族の男性が呼び止める。


 翅族ゆえに身長はファイの胸の下ほどしかない。おかげでどう見ても少年にしか見えない彼だが、フーカと同じで、れっきとした成人男性なのだろう。


 確か名前は「ユート」だったか。男性の名前を思い出すファイが目を向けると、彼は必死の形相でファイのことを見上げていた。


「その……お名前を教えてください! 帝国に帰ったら、できる限りのお礼がしたいんです!」


 ユートの言葉に、背後に控えている森人族の女性と獣人族の女性が激しく頷いている。


 どうしても助けてくれたお礼がしたいといった様子の3人。


 だが、ファイが先ほど言った言葉に嘘偽りはない。助けた彼らからの見返りを求めたわけではなく、ただニナのため、ミーシャのために行動したに過ぎない。結果的に、彼らが助かっただけなのだ。


 ゆえに本気で、お礼など必要ない。


「名前はファイ。ファイ・タキーシャ・アグネスト。だけど、本当に。お礼はいらない……よ?」


 改めて首を横に振るファイに、しかし。


 目の前にいる3人はどうしてもお礼がしたい様子だ。それこそ、このまま断り続けても食い下がって来そうな熱量がある。


(どう、しよう……)


 万が一あとをつけられたりすると撮影機の設置作業に支障が出てしまう可能性がある。だからと言って、ここで「面倒!」と真正面から言えるファイではない。


 彼女は街で笑顔で配られる配布物をつい受け取ってしまうし、もしもナンパをされても仕事の邪魔にならない限りでついて行ってしまう。


 優しい、あるいはお人好しといえば聞こえもいいが、結局のところ押しに弱いのだ。


 ただ、繰り返しになるが、()()()()()()()()()のに、厚顔無恥にもお礼を受け取れるファイでもない。


 どうにかして彼らに納得してもらい、素直にウルンに帰ってもらえないか。少し考えたファイは、「あっ」と妙案を思いついた。


「そう、私は『光輪』に居る。だから、そこの組合長……アミスに言って欲しい」


 王国民になる手続きを行なっていた際、ファイの“後見人”としてアミスが付いてくれている。そして後見人とは、ざっくりと、ファイの保護者的なものだとアミスは言っていた。


(つまり、ウルンの私のことはアミスに任せればいい)


 ファイの中でアミスは“頼れる人”だ。それこそ、彼女に任せておけば万事解決するだろうという絶対的な信頼感がある。


 ゆえにファイは、面倒なことはアミスに丸投げすることにする。


 この時、下の階層で今もなお聖女のお()りという面倒ごとを押し付けられているアミスがブルリと身を震わせたことなど、ファイが知る由もない。


「光輪ですね! ファイさん。それから、光輪のアミスさん……分かりました!」


 目を輝かせ、グッとこぶしを握るユートの言葉に頷いて、ファイは改めてこの場を後にしようとする。


 が、そんな彼女を「待ちな」と再び呼び止める声がある。今度はユートの背後に居た獣人族の女性・モイカだった。


「ファイは白髪なんだってな。自由に動けてるってことは、王国の人間でもあるんだろう。でも、賊たちとの話からしても世間知らずらしい。だから一応、アタイから忠告だ」

「忠告……。注意することを言うこと……?」


 単語の意味を確認するファイにモイカは「ああ」こくんと頷く。


 そこからファイが教えてもらったのは、現在、この“不死のエナリア”にあるよくない噂だ。


 あるていど探索者がやってくるようになったことで、先ほどのように探索者を狙った犯罪がこのエナリアで散見されるようになっているという。


「知っての通りこのエナリアでは、ガルン人っていう、本来なら厄介な敵が居ない。しかも、第4層までは魔獣の質も低くて、アタイ達みたいな青色等級……中堅になりたての探索者でも比較的安全に探索ができる」


 そんな事情もあって、現在、探索者協会では青色等級になりたての探索者に積極的にこのエナリアを勧めているらしい。


「さらに、この“不死のエナリア”は赤色等級のエナリアです。浅い階層でも大きな見返りがある高等級のエナリア。実際、数日でこれだけ色結晶が取れたんですが……」


 そう言って眉尻を下げるのは、森人族の女性だ。彼女が止めた言葉の続きを、ファイは特に気にすることなく引き継ぐ。


「油断した?」

「くっ……。お恥ずかしながら、その通りです……」


 歯嚙みする森人族の女性の話では、本来は日帰りの探索の予定だったらしい。が、少し脇道を行けば色結晶がたくさんあってしまった。


 そのため欲をかいて3日間も滞在することになったという。当然のように疲れは蓄積し、判断力は低下。隙を見せたところをあっさりと賊に見抜かれ、襲われてしまったようだった。


「協会の方からも、犯罪が増えているという忠告はあったんですけどね……」


 後悔を顔ににじませるユート。心なしか背中の2枚の翅も、しおれているように見える。


 ただただ運よく命拾いしたことを理解しているからこそ、深い後悔と反省をしているようだった。


「ん。本当に、無事で良かった」


 ユート達を見てわずかに目を細めるファイの言葉もまた、慰めなどではなく本心だ。


 もしもミーシャが居なければファイが男たちの悪意に気づくことは無かった。ユート達は強盗たちに殺されて――不幸になって――しまっていたことだろう。


 まさか、探索者の敵が魔物だけではないなどと考えもしなかったファイ。「犯罪者」という不幸の種を見逃してしまっていたかもしれないことに、静かに身を震わせる。


 そんな彼女の震えを、恐らくモイカは別の意味でとったのだろう。


「もし探索を続けるなら、他にも賊が居るかもしれない。注意しておいた方が良いよ」


 そう言って、改めてファイの身を心配してくれる。


 やはり探索者(ウルン人)は優しく、温かい。


 しかし、今もなお気を失って地面に転がる強盗たちのように、エナリアに不幸をもたらす“悪者”も少なからずいるようだ。


 その点、悪者たちの存在や動向を把握するためにも、やはり撮影機の存在は欠かせないらしい。


「大事なこと、教えてくれてありがとうユート、モイカ。それから……?」

「ハルゥよ、ファイちゃん」

「ん、ハルゥ。気をつけて帰って……ね?」


 最後の1人、森人族の女性の名前もきちんと聞いておきながら、ファイもペコリと頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ! 必ずアミスさんを通して、光輪の方にお礼の言葉と品を贈っておきますね!」

「うん。……あ、でも」


 ファイは、自分の名前を出さないようユート達に伝えておく。


 優しく、律儀なアミスのことだ。もしもお礼がファイに対するものだと判明した場合、彼女はエナリアまで届けに来てしまうかもしれない。


 だが、ファイは自分のために誰かが何かをするという事があまり好きではない。


 道具は見返りを求めない。道具らしく一方的に尽くすことこそがファイの本懐だ。


「絶対に、私の名前は出さないで」


 ファイの言葉に少し怪訝な顔を見せたユート達。それでも助けたファイ本人が言うのなら、と、一定の納得を見せてくれる。


 これで、いつもお世話になっているアミスに少しだけ恩を返せるだろうか。


 金色の瞳を煌めかせたファイは、今度こそ、ユート達と別れる。この時、彼らが追ってきていないことを確認するのも忘れない。


(追ってきて……ない。良かった、納得してくれた)


 悪者である強盗以外は誰もが幸せになるだろう形で幕を引けたことに、ほっと息を吐くファイ。そのまま、ミーシャを待たせている小さな空間に戻った彼女は、しかし。


「……あれ?」


 待ってくれているはずのミーシャの姿がどこにもないことに、疑問の声を漏らすことになった。




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