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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●秩序を、守ろう

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第279話 だから一緒に、ね?




 野菜・植物の成長記録を終えたファイとミーシャは、“不死のエナリア”第4層の表に来ていた。


 ミーシャは別に変装をする必要がないため動きやすい格好。一方のファイは例によって身バレの可能性があるため、髪色を黄色に変えてダテ眼鏡をかけている。


 ファイの腰にはソライロカネ製の剣が。ミーシャの腰にはファイが来る以前の従業員に配られているという黒い小剣が差してある。


 2人の背中には背嚢が1つずつ。それぞれ、擬態用ピュレと撮影機数台が入っていた。


「それじゃあ行こう、ミーシャ」


 撮影機が入った背嚢を背負い直して言ったファイに、少し緊張した様子で「え、ええ」とミーシャが頷く。


 つい先日まで未進化だったミーシャ。探索者と不意に遭遇してしまった時の安全面も考慮して、ニナは彼女に表での仕事を割り振っていなかったのだという。


 つまり、ミーシャにとって表の仕事は今回が初めてということだ。


 分かりやすく顔や動きに緊張を映すミーシャ。いつの間にか彼女の手はファイの服の裾をぎゅっと握っていて、目や耳が激しく動いている。


 マィニィ達の手直しが行なわれて以降、一時的とはいえ“不死のエナリア”の攻略熱は高まっている。いうまでもなく、宝箱や色結晶の再配置が行なわれたからだ。


 その情報は少しの時間を経て探索者協会経由でアグネスト王国とその周辺国に広がったに違いない。


 過去、ファイが宝箱の補充で訪れたときとは比べるべくもない人の気配が、階層全体を満たしている。


 現にファイ達がこうして裏口から表に出る、つまりは付近の通路から探索者の気配が消えるまで、10分以上を要していた。


 探索者が増えたということは、ミーシャにとっては敵が増えていることと同義でもある。彼女の鋭敏な耳や鼻。エナリアのような暗闇でこそ本領を発揮する瞳。それら全てが、ミーシャの“敵”の存在を拾っているに違いない。


「ミーシャ。大丈夫、だよ? ミーシャは、私が守るから」


 自分の服を掴むミーシャの手をそっと取り、手をつながせるファイ。だが、ミーシャはフルフルと首を振ってファイの手を離す。


「あ、アタシなら大丈夫よ! 守られるだけは、嫌だから……!」


 震える声で、それでも1人で歩くというミーシャ。そんな彼女の覚悟を無下にできるファイではない。


「……分かった。でも、協力する、は、大事。だから一緒に……ね?」


 人には得意・不得意がある。ファイとミーシャで言えば、ファイが戦闘でミーシャが索敵を行なうのが最適だろう。


 ――つまり、保護者ではなく同僚として、この作業を行なっていこう。


 相変わらず言葉足らずなファイの想いがどこまでミーシャに伝わっているのかは分からない。


 しかし、美しい緑色の瞳を大きく見開いて「そうね!」と答えるミーシャの身体からは、幾分か緊張が抜けていたのだった。


 こうして始まった、ミーシャとファイによる撮影機の設置作業。


 第4層は草原の階層と呼ばれ、無数にある大小の半球状の空間と、空間同士をつなぐ細い通路で形成されている。


 下草の長さも場所によって異なり、くるぶし丈の物もあれば2mを超える背の高い草もある。


 草をかき分ける音で味方や敵の接近を知ることができる一方、草を割って出てくるまで相手の姿が見えない。不意の遭遇戦が最も多い階層だったとファイは記憶している。


 それら、階層の特徴でもある「草」の長さを主に調節してくれているのが、ファイもよく知る牛の魔獣・オウフブル達だ。


 彼らをはじめとする草食の魔獣たちが下草を食べてくれることで、草原の階層の下草の長さがちぐはぐになる。


 結果、見通しのいい場所・悪い場所が生まれる。エナリアにとって大切な“緊張と緩和”が生まれているわけだ。


 そして、豊富な餌を食べて成長した草食動物を肉食の魔獣たちが食べて力をつけ、探索者を襲う。


 やってくる探索者も多い階層ということもあって、このエナリアで最も生と死の新陳代謝が激しい階層だろうというのがファイの予想だった。


 そんな草原の階層で設置作業を進めるわけだが、基本的にやることはニナと行なっていたものとそん色ない。人目を忍んで通路や空間の要所にピュレと機材を設置していく。


 ただし、作業難易度は他の層と比べられないほどに高い。理由は言うまでもなく、探索者が多いのだ。


「ファイ、来るわ!」

「う……了解」


 これから設置しようとするときに、ミーシャの耳と鼻が探索者を探知する。そうして1つの探索者の徒党をやり過ごしても、すぐに別の探索者たちがやってくる。


 かと思えば設置予定場所の近くで休憩を取り始めたりして、ファイ達は仕方なく別の場所での設置作業へ移る。そんなことの繰り返しだ。


 また、ファイ達にとって想定外だったのは、探索者たちが積極的に接触を図ってくることだろう。


 特に女性が多い徒党を中心に、


「あなた達、2人だけ!? 大丈夫なの!?」

「うちらと一緒に来る!? ううん、おいで? 報酬もなくていいから!」


 こんな感じで、女性2人組でしかないファイ達を気遣ってくれるのだ。


 カイル達もそうだったが、どうやら探索者たちはかなり相互互助の意識が高いらしい。


 探索者たちが心配そうに話しかけてくれるたび、ウルン人の人情に触れた気がしてファイの胸が温かくなる。


 一方、極度の人見知りをするミーシャとしてはたまったものではないようだ。


 探索者が話しかけてくるたびにファイの背後に隠れ、毛を逆立てている。


 その警戒ぶりに探索者たちも気を遣ったのだろう。ミーシャに挨拶代わりの魔法――ウルン人であることの証明――を求める者はおらず、質問などもファイに飛んでくる。


 おかげでガルン語しか話せないミーシャが口を開く機会もなく、どうにかこうにか探索者たちをやり過ごすことができていた。


「けど、いつまでもこうはいかない、かも」


 階層主の間の前に続いて2台目。攻略路に当たる大広間の入り口で作業を続けながら、ファイはピュレの向こうに居るリーゼに事情を説明する。


『そうですね。ふとした弾み……それこそミーシャ様が驚いた拍子にガルン語が漏れてしまう可能性も考えられます。そう考えると、ミーシャ様が設置作業に同行するのは危険かもしれませんね』


 この先もうまくいくとは限らない。そして、万一の時に危険な目に遭うのはミーシャだ。仕事を頑張りたいという彼女の意思は尊重したいが、何よりも命が優先だ。


 ファイとリーゼ。2人でミーシャを裏に帰すことも視野に入れ始めていたころ。


「あなどる、だめよ、ファイ!」


 自慢の聴覚でファイとリーゼのやり取りを聞いていたのだろうミーシャが、抗議の声を上げた。


 驚くべきは、ミーシャが使った言葉がウルン語――アグネスト王国の言葉――だったことだろう。


「ミーシャ……!? ウルン語!?」


 思わず目を見開くファイに、ミーシャは少し誇らしげに胸を張る。


「ふふん、当然じゃない。アイツ……ティオとどれくらい喧嘩したと思ってるのよ」


 ティオと喧嘩ばかりしているミーシャ。一方で、お互いに言語を学び合う仲でもあったらしい。


 恐らく相手の分かる言語で罵り、効率的に自身の優位性を示そうとしたのだろう。が、事情はどうあれミーシャはウルン語を、ティオはガルン語をそれぞれ少しずつ習得しつつあるようだ。


『ミーシャ様、ガルン語になっております、ご注意を』

「にゃう!? きをつけるわ、ます」


 つたないながらも、ウルン語で話すミーシャ。まだ流ちょうにとはいかないだろうし、聞き取りも甘いだろう。が、それでも。


 ミーシャがウルンに歩み寄ってくれている事実が、ファイとしてはただただ嬉しい。ニナが目指すウルン人とガルン人が共に生きる空間が、少しずつでき始めているような気がするからだ。


「でも、やっぱりミーシャが話すのは危ない。基本はシッ、ね?」


 ファイが唇の前で人差し指を立てて見せると、ミーシャも渋々ながら頷いてくれる。


『……ファイ様。やはりまだ、人と話す機会のある仕事をミーシャ様となさるのは危険では?』


 ニナに関してもそうだが、身内に対しては少々過保護な気質のあるリーゼ。まだ進化を経たばかりのミーシャが、危険な“表”で仕事をすることが心配なようだ。


 もちろんファイも、ミーシャが危ない目に遭うのは見過ごせない。


「そうかも。……でも、ね、リーゼ。思い出したことがある」


 ファイがリーゼに教えたのは、ある日のフーカの話だ。


 まだフーカとの付き合いが浅かった頃。ファイはたびたび、ガルン語を漏らしてしまっていた。だが、フーカが最初に疑ったのは「アグネスト王国とは別の言語」だったらしい。


 このエナリアで主に使われているアイヘルム語にも種族によって訛りがあるように、ウルンにも数えきれない言語がある。


 そのため、たとえミーシャがガルン語を漏らしたとしても、それがガルンの言葉であると分かる者は居ないだろうとのことだ。


 もちろん相手がファイ達をウルン人であると思っているという前提こそあるものの、言葉からガルン人であると判明する機会は少ないとフーカは言っていた。


「だからもう少し……ね?」


 もう少しだけミーシャとの仕事を見守ってほしい。エナリアの次席ともいえるリーゼにファイは言い募る。さらに、


「あ、アタシからもお願いします、リーゼ先輩! アタシ、もっとファイとニナの役に立ちたいんです……っ!」


 きちんと自分の意思を伝えるためだろう。ガルン語でリーゼに訴えかけるミーシャ。しきりに動いている彼女の耳は、こうして話している間もきちんと探索者の気配を探ってくれている証でもある。


 死角の多いこの階層では、ミーシャの索敵能力は非常に有用だ。それはリーゼもよく理解しているようで、


『……かしこまりました。(わたくし)はただ、危険性を指摘しただけです。それを理解したうえでミーシャ様が続けると言うのでしたら、(わたくし)に異論はありません』


 あくまでもミーシャの意思を確認したかっただけなのだと言う。事実、彼女はミーシャに「帰ってこい」とは一言も言っていない。


「リーゼ……! ありがとう」

「ありがとうございます!」


 ファイとミーシャ。2人してお礼を言うと、ピュレの向こうでリーゼが珍しく照れたような気配がある。


『お礼を言われるようなことではないのですが……。コホン。お2人とも、くれぐれもお気を付けてくださいね。また、ファイ様。撮影機ですが、小指1本分だけ左に向けてください』

「あっ、うん」


 自分がまだ撮影機の設置作業中だったことを思い出して、急いで画角を調整するファイだった。




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