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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●秩序を、守ろう

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第278話 幽霊と、幽霊族




「はっ!?」


 ガバッと音を立てて起き上がったファイ。と、かけられていた布団と見慣れた景色から、ここが“不死のエナリア”第20層の自室であることを理解する。


 だが、自分がなぜ自室で眠っているのかが思い出せない。


(私、なんで寝てた……? ミーシャに会って、お風呂に入ろうってなって……それから?)


 試しに自分の身体を匂ってみるファイ。すると、きちんと自然由来の洗剤の匂いがする。どうやらきちんとお風呂は済ませたらしい。


 ただ、今こうして身にまとっている服を着た覚えもなければ、その後に自室に戻った覚えもない。だというのに自分は怪我1つ無くここに居て、眠っていた。


「変な、の……」


 眠る前の記憶がすっぽりと消えている奇妙な感覚にファイはブルリと身を震わせる。と、その瞬間、ファイは天井を確認する。


 なぜかは分からないが、自分の脅威となる存在――敵がいるような気がしたのだ。


 しかし、ファイが天井を見てみても、そこにあるのは夜光灯だけだ。


 なんとなく気になって部屋の隅や寝台の下を覗いてみるが、やはり何も居ない。


「……変なの」


 ほかでもない自分自身に言って、布団から出ようとするファイ。と、その瞬間、ファイの布団の上できらりと何かが光った。


「……?」


 ファイがつまみ上げてみると、それは黄緑色の髪の毛だ。


 驚くべきは、その長さだろう。ファイがくるくると指で巻き取ってみた髪の毛は、優に5mを超える長さをしている。もはや髪の毛というより、極細の糸と言うべきだろう。


(でも私、すぐに髪の毛って分かった。なんで?)


 気になることはもう1つ。ファイの知り合いに、これほど長い髪を持つ人物はいないし、こんな髪色の人物もいない。


「……へん、なの」


 気味の悪い髪の毛をくず入れに放り込んで、ファイはミーシャが待つ上層へと歩を進める。


 そんな彼女を見送るように、部屋の隅にある通気口の中で何かがうごめいたのだった。




「――みたいなことがあった」


 ファイは自身の身に起きた不可解な現象について、事細かに説明する。


 場所は“不死のエナリア”第4層の裏にある『菜園』。話し相手はもちろん、ミーシャだった。


「な、なによ、ファイ……。アタシを怖がらせようったって、そうはいかないんだから!」


 牙をのぞかせてファイを見上げるミーシャが何をしているのかと言えば、植物の成長の記録だ。


 水や肥料など、何をどれくらいあげれば植物たちはより良い成長を見せてくれるのか。区画ごとに整備して、観察・記録しているらしい。


 培養室ではどの魔獣がどのような餌を好むのかなどの観察・記録も行なっていたミーシャ。ファイの中ではすっかり、記録用紙とにらめっこをするミーシャの姿が定番となっていた。


「あっ。ごめん、ね? ミーシャを怖がらせるつもりはなくって……」

「だから! 怖がってないって言ってるじゃない! まったく……」


 ぶつくさと言いながら、記録作業に戻るミーシャ。彼女の感情を読み解く手がかりである尻尾が彼女の足に巻き付いていることから、怖がっていることは丸わかりなのだが、ともかく。


「ミーシャもそういう経験、ある?」


 しゃがんで作業をしているミーシャに視線を合わせるために、中腰になるファイ。


 彼女の質問に黒毛の耳をぴくぴく動かしたミーシャ。半歩だけファイの方に身を寄せてくると、口を開く。


「……あるわ」


 手元の紙に数値を書き込みながら、さりげなくを装って同じ体験をしたと語る。


「つ、通気口から変な音がしたり、お手洗いの最中に誰も居ない隣の個室で水が流れたり……。自分の部屋で寝てたら、急に足を掴まれたりとか、ね……」


 若干の呆れをにじませる口ぶりから察するに、ミーシャはかなりの頻度で怪奇現象に遭遇しているらしい。


 怖くないのか、などと、ファイが聞くまでもないだろう。先ほども、今も。ミーシャの尻尾の毛は逆立ち、自身の足に巻き付けられているのだから。


 思えば、ミーシャが頻繁にファイと一緒に眠ろうとしてきたのは、何も寂しいからだけではないのだろう。


 身の回りで恐怖体験が頻繁に起こっていたために、ファイの所まで逃げてきていたようだ。


 そう思うと、なぜだか無性にミーシャのことが愛おしくなるファイ。気づけば彼女の手はミーシャの頭上に伸びており、いつもの「よしよし」をしてしまっている。


「ちょっ、ファイ。何回も言ってるけど、別にアタシは怖がってないわ。どうせあんなの、どれも幽霊族のいたずらに違いないんだから」


 最後の区画に行くらしいミーシャの言葉に頷いて、ファイも彼女の後をついていく。この作業が終われば、今度はミーシャがファイの撮影機の設置作業を手伝ってくれることになっていた。


「幽霊族……。ウルンに居る幽霊とは違う、よね?」

「うん? えぇっと……ウルンの幽霊って、どんなものなの?」


 野菜たちを踏まないよう(うね)の間を歩きながら、ファイはウルンに居る幽霊とガルンの幽霊族の違いについて整理する。


 まずウルンに居る幽霊も幽霊族も、発生する原因は同じだ。


 死んだ生物の魔素――ガルンの場合はエナ――が何らかの理由で大気中に高密度でとどまり、発光現象として現れることがある。俗に残痕(ざんこん)と呼ばれる現象だ。


 そうして空中にとどまった魔素が生前の姿をとって動くようになる現象を、ウルンでは幽霊と呼ぶ。


 ファイがなぜそんな知識を持っているのかと言えば、この幽霊現象はエナリアで発生しやすいと言われるからだ。


「幽霊は魔素の塊。空気と一緒で、殴ったり蹴ったりはできない。けど、魔法は使える」


 しかも幽霊たちは自身の同族を増やそうと、生きているものであれば人であれ動物であれ、積極的に攻撃してくる。


 人が性交渉で増えるように、幽霊たちにとっては殺害行為が一種の繁殖行動になるからだ。


 そうして積極的に攻撃してくる幽霊への対処もまた、ファイは黒狼にいた頃によく行なったものだ。


「空気と一緒ってことは、攻撃できないのよね? ウルンではどうやって倒すのよ?」


 目的の畑に到着して早速資料をまとめるミーシャに、ファイは少し鼻息を荒くする。倒し方、つまり戦い方はファイの得意とする分野だからだ。


「幽霊は魔素の塊。風の魔法とか、爆発の魔法で吹き飛ばす。他にも、幽霊には魔素供給器官がない。だから――」

「魔法をたくさん使わせれば、自然に消えるってわけね」

「あぅ……」


 自分が“ドヤ”できる場所をあっけなくミーシャに見抜かれて、肩を落とす。そんなファイを、植物とにらめっこするミーシャが見ることは無い。


「ということは、憑依するのも同じって考えていいのよね?」

「う、うん、そう。ウルンだと大体、死んだ自分の身体に憑依することが多い」


 幽霊の中には、物理的に干渉してこようとする者たちも居る。そんなときに彼らが使うのが、死体だ


 生前の自分の体格に近い死体に自身の魔素を吸収させ、一体化して操る。


 そうして幽霊は魔法だけでなく物理的に世界に干渉できるようになる。同時に、自身にとっての命ともいえる魔素を使わなくても、殺害行為ができるようにもなるわけだ。


「でも、憑依した幽霊を倒すのは簡単。殴って、切る。それだけ。……こっちは14㎝だから、7ウロン」

「んみゃ、枝豆は7ウロン、了解よ。……話を聞く限りだと、ウルンの幽霊は物に憑依しないのね?」

「それは、そう。だって物に魔素はない、から。もともと魔素が入る空間がない場所に魔素を入れる、は、できないん……だと思う」


 植物の背の高さを測りながら幽霊の話を続けるファイとミーシャ。


「でも、そっか。たまに鎧だけで動いてる魔物も居る。それがもしかして……」

「そうね。ファイの理屈が正しいなら、鎧なんかの無機物で動いている幽霊はみんな、ガルンの『幽霊族』なんでしょうね」


 ファイによる幽霊の説明を受けて、ミーシャがガルンの幽霊族との違いを教えてくれる。


 最もわかりやすいものは、知性の有無だろうとのことだ。


 知性に乏しく人を攻撃するウルンの幽霊とは違い、幽霊族は生前に等しい理性と知性を有している。


「それと、幽霊族の人たちは特殊能力として一定範囲内にある物を動かすことができるの。確か『領域』とか『念動』なんていったかしら」


 わざわざ肉体を得ずとも、攻撃できる。であれば、攻撃されにくいという長所を捨てて肉体を得る必要もない。


 そのため、ガルンの幽霊族は肉体――無機物であるため正確には()体ではない――を得ないことのほうが多いようだった。


「なるほど……。幽霊族は物を動かせる。だから私やミーシャに、こっそりいたずらした?」

「そうに決まってるじゃない!」


 ファイが導いた結論に、ミーシャが食い気味に反応する。


「だって、もしそうじゃなかったら、アタシ達が体験したのって……」


 説明のできない出来事。本当の怪奇現象になってしまう、と、ミーシャは耳と尻尾をしおれさせる。


「ゆ、幽霊族の本体はぼんやりと発光するエナよ。四六時中明るいエナリアの裏側だったら、姿もほとんど見えないわ。だから……」


 半分は自分に言い聞かせるように、自身が体験している奇妙な現象について結論付けたミーシャ。


 彼女を怖がらせないためにも、ファイがミーシャの結論を否定することは無い。その代わりに、


「ミーシャ。幽霊族はどれくらいの範囲の物なら動かせる、の?」


 幽霊族が持つという特殊能力についての理解を深めることにする。


「詳しくは知らないわ。ただ、幽霊族もなんでも動かせるってわけじゃないみたいなの」

「え、そうなの?」

「ええ。幽霊族になる前……例えば自分が持っていた物とか、遺品とか。縁が強いものだけしか動かせないって聞いたことがあるわ」


 逆に縁が深ければ、住んでいた家の家具だったり、家そのものを動かしたりもできるという噂があるとミーシャは言う。


「実際、アイヘルムをずっと東に行けば、幽霊族の王様が治める国があったはずよ。その王様、国中にある物全部を動かせる、なんて言われてるわ」

「おー、すごそう……」


 まだ国という概念があいまいなファイだ。広い範囲の物を動かせる、くらいの認識でしかない。それでもベルと同じで、ガルンで「王」の名を持つ魔物だ。黒色等級でさえも生ぬるい強さを有していることだろう。


「まぁ、そんな数百ケロンも離れた場所の物を動かせる化け物なんて、一握りでしょうね。大抵は、数十、よくて数百メロンが関の山なんじゃない?」


 1ケロンが2㎞、1メロンが2m。アイヘルムで用いられている単位を口にしながら、普通の幽霊族について説明してくれたミーシャ。


 幽霊族が物体を操れるのだとすれば、ミーシャの周りで起きている現象にも説明がつく。一方で、ファイの記憶が抜け落ちていることにはこれと言った原因究明はできないままだ。


 お風呂場で何があったのか。どうして自分は自室で眠っていたのか。ファイとしては分からないことばかりだが、


(幽霊族……。会ってみたい、な)


 このエナリアに居るのかもしれない“見えない同僚”への好奇心に、瞳を輝かせる。まさかその同僚に自分が気絶させられたなどと、つゆほども思わないまま――。





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