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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●観察しないと、ね

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第267話 “しょっぱい”も、大事




 結局、ファイ達がアミスにあれ以上詰問されることは無かった。


 どうしてニナがここに居るのか。散歩と言ってごまかしたが、本当は何をしていたのか。きっとアミスは気にしているに違いない。


 それでも彼女は、好奇心をおくびにも出さずに言った。


『じゃあ、私たちは行くわね。その……もし万一、第13層に行ったときは手加減をしてくれるとありがたいわ』


 まさか“不死のエナリア”が第20層まであって、本来ニナがそこに居ることなど考えられなかったのだろう。第13層で、また、と。そう言って、アミスはファイ達のもとから去っていったのだった。


 そうしてどうにかアミスをやり過ごしたファイ達はと言えば、変更した予定通り。アミス達の攻略の様子を、岩陰から見守っていた。


「ふむふむ……。初めての改装では、ああして地図を作りながら移動するのですわね……」


 ファイのすぐ隣で、ニナが興味深そうに頷いている。が、そんなニナの声は今のファイには話半分だ。


 ぽうっと、頬にわずかな熱を帯びるファイが思い浮かべるのは、アミスの姿だ。


『不肖、このニナ・ルードナムの全力をもってして、アミスさんの覚悟と力を試させていただきますわっ!』


 先ほど、ニナがアミスに向けて言ってくれた言葉だ。まるでファイを自身の所有物のように扱うニナの姿に、ファイの心が震えたことは言うまでもない。


 が、しかし。


 奇しくもニナがファイの心を揺さぶってくれたおかげで、直後のアミスの姿は一層、ファイには輝いて見えた。


『ふふっ! 良いわ、首を洗って待っていなさい、エナリアの(あるじ)さま! ウルン人の底力ってやつを見せてあげようじゃない!』


 自分を指先1つで殺せるかもしれない相手を前に、それでもアミスは、臆せず笑って見せたのだ。


 そうして、自分よりもはるかに強い相手に立ち向かうアミスの姿には、同じウルン人として。また、探索者として。誇りと尊敬の念を抱かずにはいられないファイ。


(アミス。格好良かった、な……)


 ニナに勝るとも劣らない、ファイの所有者としての輝きを見せてくれたアミス。


 改めてファイは思う。もしもニナに会うよりも先にアミスと会っていたのなら、きっと自分はアミスを主人として欲したのだろう、と。


(……でも)


 ファイは、すぐ隣に居る大切な主人の横顔を盗み見る。


 先ほどアミスに抱いた感情と同じものを、ファイはニナにも抱いている。そのうえで、ファイはニナを選んでいるのだ。


 なぜ、と、問われれば、ファイは答える言葉を持たない。理論上、ニナとアミスはファイにとって“同じ”はずなのだ。


(なのに、ニナが良い……。なんで……?)


 胸元できゅっと拳を握りしめるファイの服の裾を、不意にニナが引っ張った。


「見てくださいませ、ファイさん! 騎士さんが宝箱を開けていらっしゃいますわ! 喜んでくださるとよろしいのですが、どうでしょうか……っ!?」


 声を潜めながらではあるが興奮気味に言って、いつになく茶色くて丸い瞳を輝かせているニナ。


 思えば彼女が現在進行形で探索者たちの“攻略”を目にするのは、コレが初めてなのだろう。


 ピュレの監視がある第13層より下に探索者が到達したことは無いし、ニナが第10層以上で見かけた探索者たちは、もうすでに攻略された場所で色結晶の採掘をしていただけだ。


 先日の階層の改造をもってしてようやく、ニナが観測できる範囲にウルン人の“未知”が生まれたことになる。


 そんな未知の領域を探索者たちがどうやって埋めるのか。ひいては、どのようにして攻略するのか。


 相互理解のためにウルン人への飽くなき探求心を持つニナが前のめりになってしまうのも、仕方のないことだろう。


 ただ、実のところ、アミス達が本格的な“攻略”をしているのかというと、そうではないのだろう。


 というのも、ファイが知る攻略では、分かれ道などがあった場合、逐一その道のすべてをたどって地図に記すと言った作業を行なうはずだ。


 しかしアミス達はと言えば、基本的に前へ前へと進むだけだ。


 これではたとえ情報を持ち帰ったとしても、どこに宝箱があってどこに行き止まりがあるのか分からない。エナリアの探索を効率化することこそが“攻略”の目的である以上、アミス達の行軍は厳密には攻略ではないと思われた。


(それにこの階層は、通路が複雑。地図作りは必須で……うん?)


 設計図を基にエリュと共に拓いた経路を脳内に思い浮かべたファイは、あることに気づいた。


(そう言えば、エリュが作った地図。行き止まりがなかった……?)


 視界の悪い階層であれば幾重にも通路を張り巡らせ、探索者を足止め・翻弄するものと思っていたファイ。


 だが、思い返してみれば、この第9層は全ての通路が必ず、どこか別の通路につながっていたように思う。


 通常では小部屋のような場所に置かれている宝箱でさえ、細い通路の脇にひっそりと置かれていたはずだ。


「ニナ。なんでこの階層には行き止まりがない、の?」


 エリュがどこまでニナの意図を汲んだのかは不明だが、あからさまな通路設計にはニナの意図が含まれているはず。


 そう思って聞いてみると、ニナがアミス達から目を逸らすことなく教えてくれる。


「この通路の設計自体は、どちらかと言えば住民の方のためですわ」


 彼女によると、もしも行き止まりがあった場合、この階層に狩りに来ていたガルン人の住民たちの逃げ場がなくなってしまう可能性があるからなのだという。


 また、逃げ場がなくなるというのは探索者たちも同じだ。もしも強い魔獣に追われていても、必ずどこかに逃げ道がある。そんな状況をニナは作っているのだという。


「ですが、こうして実際に見てみますと、やはり欠点もありますわね」

「欠点……?」


 ファイの質問に頷いたニナは再びアミスたち騎士団に目を向ける。


「見てくださいませ、ファイさん。通路が必ずどこかとつながっている。ということは、常に前後から陸上の魔物が襲い掛かってくる可能性があるということですわ」


 もしも行き止まりのある一本道であれば、通路とつながっている方だけを警戒すればいい。最悪、封鎖しても良いだろう。そうして陸上の魔物の脅威を取り除くことができれば、探索者たちは休息をとることができる。


 しかし、現状、探索者たちが休息を取る場所を作り出すためには最低でも前後の道を封鎖・警戒しなければならない。


 実際、現在進行形でエナリアを行くアミス達も、隊列の前後で数名の騎士が陣を組んで警戒に当たっている。


 ましてアミス達のような大所帯になれば隊列は縦に長くなり、いくつもの丁字路・十字路と交差する。そのたびに、脇道を警戒するための騎士たちが駆り出されるわけだ。


「お手軽に気を休める場所がなくなる。これは盲点でしたわね……」


 衣嚢から筆と紙を取り出したニナが、手早く反省点を書き記している。そんな主人に、ファイは道具としての一意見を言うことにした。


「けど、ニナ。これでいい……かも?」

「あら、ファイさん。それはどういう……?」

「あ、うん。えっと……ね?」


 かつてファイも、アミスやフーカと改造前の第9層を訪れたことがある。その際に感じたのは、「変わらない」――つまりは退屈だ。


 第8層~第10層。この3階層は、地形も地質も気候もほとんど同じ“雨音の階層”だ。


 自然、生息している魔獣も似通っている。さらに同じような通路が続くとなれば、どうしても代わり映えのない攻略体験になってしまっていた。


 だが、現在はどうだろうか。


 まずは、通路の設計だ。第8、10層では、ファイが考えたように行き止まりなどもしっかりとある“普通の迷路”だった。


 そんな中、行き止まりが無い、回廊のような迷路が第9層にある。それだけで「雰囲気が変わった」と感じることができるだろう。


 他にも、ファイがエリュと協力して掘った穴に雨水がたまって生まれた地底湖は必見だ。


 ニナに聞いてみると“水浴びをするため”と“食料となる水生の魔獣を放流するため”らしい。そんな地底湖なども、第8層や第10層には見られない。


 第8層と第10層には良くも悪くも遊び心が無く、正しく狩場として設計されているようにファイは感じた。一方、ニナが重視するのは狩りではなく“住民の生活”と“攻略体験”だ。


 様相や設計思想が異なる階層が、ちょうど中間地点にある。それだけで、探索者たちは目新しさと程よい緊張感を持つことができるに違いないとファイは思う。


「甘いばっかりも良い、けど。ちょっとしょっぱいがあった方が、もっとおいしい……よ?」


 自分なりの言葉で、どうにかニナが作った今の第9層の重要性を伝えたファイ。自分でもうまく例えられた自信があっただのだが、さすがに言葉足らずだったらしい。


「も、申し訳ございません、ファイさん。わたくし、ファイさんが何をおっしゃっているのかサッパリ分かりませんわ……」


 正直に分からないと言ってくれる主人に、「あぅ」と眉尻を下げてしまう。だが、それもつかの間だ。なぜなら、


「ですが、ふふっ、ファイさんが大丈夫とおっしゃるのであれば、もう少しだけ様子見をいたしましょうか!」


 ニナがファイの言葉を信じる、と、そう言ってくれたからだ。


 嬉しさのあまり金色の瞳を輝かせるファイだが、同時に照れ隠しも兼ねて聞いてしまう。


「その、いい……の?」


 無知を自覚しているからこそ、こんな自分の言葉を信じても良いのか。聞かずにはいられないファイに「良いのです!」と、ニナはクスッと口元に手をやって笑う。


 そのうえで改めてファイに向き合うと、コホンと咳ばらいを1つ。


「コホン……。ファイさん? わたくし、申し上げたはずですわ。ファイさんごときが何をして、何を言おうとも。何を信じ、どう行動するのか。それを決めるのはわたくしですわ」


 ファイごとき。その言葉で、ファイの全身が震えたことは言うまでもない。「ニナ……!」とつい頬を赤らめてしまうファイに、なぜか当の主人は引き気味に苦笑しているが、ともかく。


「な、なので……ファイさん! これからも思ったこと。感じたことがありましたら、きちんと申してくださいませ! 他者の意見を聞きつつも己の物差しで判断する……。それだけの器量と分別はあるつもりですわ!」


 そう言って主人として振る舞ってくれる優しく格好良いニナ。彼女の言葉に、この時ばかりは「分かった!」と声を弾ませてしまうファイだった。




※第259話~261話にかけての「ムア」↔「ユア」の誤字のご報告、本当にありがとうございました。また、修正前の本文を読んでくださった読者さま、混乱させてしまい申し訳ございませんでした…。以後、同様のことがないように気を付けてまいります。

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