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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●安全確保する、ね

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第266話 ニナ、格好良い……!




 ファイとティオ。2人の白髪が“不死のエナリア”に消えたことで、諸外国は“不死のエナリア”の攻略をするついでにファイ達を殺そうとしているらしい。


 そんな外国の動きに、アグネスト王国は目下、対応策を話し合っているという。にもかかわらず、どうしてアミスは一足先に“不死のエナリア”に来ることになったのか。


 ファイが考え込むニナに熱視線を送る中、当のニナはゆっくりと口を開いた。


「まだ年端もいかないファイさんとティオさんを助けよう、と。“お優しい聖女様”はおっしゃったのではないでしょうか?」


 ニナの推測に、今度こそアミスは琥珀色の目を丸くする。


「え、ええ、その通りよ……。ファイちゃんとティオちゃん。それぞれの身の上と年齢を聞いたノクレチア様が、わざわざ王女まで来て国王陛下に直訴したのよ」


 聖女である自分がファイたちを保護する。そのために“不死のエナリア”を絶対に探索するのだ、と。切実に訴えかけたそうだ。


「もう見ているから分かるでしょうけれど、ノクレチア様の治癒の魔法は非常に稀有で強力な才能よ。ファイちゃんとは別方向で、それこそ戦争を左右できてしまうほどに」


 彼女の反感を買うのは、王国としても歓迎すべきではないらしく、王国は渋々ながらこれを受諾。万一にも当代の“ノクレチア様”がエナリアで死なないように、使い勝手の良い王家――第3王女アミスティを護衛として付けたということらしい。


 つまりアミスは、ノクレチアのお守り役としてこの場に派遣されているようだ。


 だが、ノクレチアはいわゆる温室育ちで世間知らず。エナリアがどういった場所なのかも、教科書でしか知らないのだという。


「だから、エナリアの現実を知って、1日と持たずに音を上げる。そう思っていたのだけど……」


 言いながら、背後を振り返るアミス。彼女の視線をファイも追ってみると、そこには、血や泥で服や顔を汚しながら騎士たちと談笑するノクレチアの姿がある。


「正義感と純粋さを持ち、仲間のために身を粉にする……。ふふっ! なるほど。確かにファイさんと似ている気がいたしますわ!」

「でしょう? ほんと、目が離せないったらないわ」

「……?」


 ファイの知らないところで意気投合してしまっているニナとアミス。苦笑する2人が何を話しているのか。しょう時期ファイはあまり理解できてない。それでも1つ分かったことがある。


 恐らくノクレチアは自身の発言や行動が大きな影響力を持つのかを知らず、行動したに違いない。その無知さを、きっとアミスは良く思っていなかったのだろう。


 しかし、しばらくノクレチアと行動を共にするうちに、彼女がただのわがまま娘ではないことを知ったに違いない。


(だって――)


 ファイがそっと見つめる先。ノクレチアを見るアミスの瞳にはまぎれもない尊敬の念が浮かんでいたのだった。


「それじゃあ今度は私の方から良いかしら」


 攻守交代とばかりに、質問をしても良いかと言ってくるアミス。彼女の問いかけにニナが「はい、なんでしょう?」と答えたことで、アミスが口を開く。


「えぇっと……。2人はどうしてここに? 特にニナさん。エナリア主と言うのなら、あなたを倒せばそれこそ、探索者たちはエナリアの核まで一直線になってしまうけれど」


 エナリアの核。摩訶不思議空間であるエナリアを生み出すための(エネルギー)が凝縮して結晶化したものだ。


 その核があるからこそ、時空の狭間にあるとされるエナリアは安定して存在できるとされている。破壊されればエナリアは物質としての安定感を失い、やがて消滅する。俗に「エナリアの崩壊」と呼ばれる現象が発生するのだ。


 そのため、多くの場合、エナリアの中で最強の魔物であるエナリア主が核を守っている。エナリア主こそ、エナリア攻略を目指す探索者たちの、最後にして最大の障壁となるわけだ。


 そんなエナリア主であるニナが、浅い階層までやってきている理由は何なのか。ひいては、何か緊急事態がエナリアの中で起きているのではないか。アミスはそう考えているのだろう。


「さっきも言ったように、万が一今この瞬間にエナリアの核が破壊されるようなことがあれば、私たちも困ってしまうのだけれど?」


 エナリアがガルン人に監視されているなど、アミスはつゆほども思っていないのだろう。先に潜った探索者がニナの不在の間に核のある最後の間にたどり着いて、核を破壊してしまうのではないか。アミスは心配しているらしい。


 しかし、彼女の心配は、クスッと笑ったニナによって一蹴される。


「ふふっ、大丈夫ですわ!」

「……どうしてそう言い切れるの? このエナリアには少なくとも王国民が3人居るわ。そして、私も王女なわけで、国民の命を守る義務があるのだけれど?」


 納得できる根拠を示してほしい。そう言いたいのだろうアミスに、ニナは「だって」とおかしそうに笑う。


「あなた方が、ルゥさんやリーゼさん……。わたくしを含めた各階層の主を倒せるはずがありませんもの!」


 冗談などではなく本気で、ニナは言っているのだ。


 ファイであれば、ニナのその言葉がほかの従業員に対する信頼を示す言葉なのだと分かる。一方で、アミスと同じウルン人の視点から見た場合、ニナの言葉はひどく傲慢だ。


 ――あなた達ていどではこのエナリアを攻略できない。


 そんな、挑発にしか聞こえないだろう。実際、


「へ、へぇ~。そうなのね~……」


 そう答えるアミスのこめかみには、うっすらと青筋が浮かんでいる。


 が、ファイとは別のウルン人と話をできることに浮かれているらしいニナ。大切なお客様の質問に答えようと必死なのだろう。アミスの変化に気づく様子はなく、話を本題に戻すことにしたようだった。


「それで、肝心のわたくし達がここに居る理由ですが……お散歩、ですわ!」


 本来であればファイとニナは探索者として振る舞う予定だったのだが、アミスはファイの事情も、ニナがエナリア主であることも知っている。そのため、半分の真実を交えた回答をしたらしい。


 また、図らずもニナの回答はアミスにとって予想外だったらしい。


「お、お散歩……!?」


 驚きの表情を浮かべる彼女の顔からは、先ほど煽られた際の怒りの色が消えてくれていたのだった。


「貴方たちくらいになると、エナリアでさえも『ちょっとそこまで』気分なのね……。なら、その背嚢にはお昼ご飯でも入っているのかしら?」


 ニナの回答を半信半疑と言った様子で受け入れつつ、さらなる探りを入れてくるアミス。琥珀色の瞳が向けられているのは、中に撮影機や擬態用のピュレが入った背嚢だ。


 撮影機はともかく、擬態用ピュレなどは存在を知られるだけでも面倒なことになりかねない。もしも背嚢の中身を見られるようなことがあれば「これはなに?」となることは請け合いだ。


「この間ファイちゃんが買った大量の撮影機。アレの行方と用途も気になるところね。……ニナさんがファイちゃんに買ってくるように言ったそうだけれど?」


 畳みかけるように質問攻めをしてくるアミス。相手に考えさせる間を与えないような怒涛の()撃に思わずファイがうっすらと冷や汗をかく一方で、ニナはいたって冷静だった。


「ふふっ! アミスさん? わたくし達があなたに質問したのは『どうしてアミスさんがここに居るのか』だけですわ。そしてアミスさんもまた同じ質問をして、わたくし達は答えた。それ以外の質問に答える義理は、ありませんわよね?」


 そもそも答える必要がない、と、アミスからの質問を突っぱねる。


「あら。まるでやましいことでもあるような言い方ね、ニナさん?」

「人間誰しも、秘密や隠し事の1つや2つはありますわ。それを明かそうとするなど、人道にも品位にかけると思うのですが、いかがでしょうか? ……それに――」


 そう言ったニナが、不意に、いたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべる。


「――確かアグネスト王国は自由と権利を重んじるお国だったのでは?」


 王女が相手の黙秘する権利を侵そうとするのはいかがなものか、と。ニナは顔に意地悪な笑みを浮かべる。


 うふふっ、と、互いに笑顔を顔に張り付けて舌戦を繰り広げるらしいニナとアミス。


 こうした腹の探り合いでは、残念ながらファイは黙って見守ることしかできない。器用に嘘をついたりごまかしたりするのは、ファイの苦手とする領分だからだ。


 ましてエナリアというある種の国を預かるニナと、文字通りアグネスト王国を預かる王女のアミスの舌戦だ。ファイでは、2人が言葉の裏でどのような駆け引きをしているのかさえ見当もつかない。


 それでも、数秒とせずに「はぁ」とため息をついたアミスが白旗を上げたことで、ニナが言葉の戦いに勝利したことだけは理解できた。


「はぁ……。やっぱり苦手なことはするものじゃないわね。こういう腹芸はお姉様たちに譲るわ。私はこっちの方が得意だし、何よりも好きだものね」


 言いながらアミスが腰に差した剣を軽く撫でる。一方のニナも、


「それは、その……。残念ですわ……」


 ウルン人との話し合いが終わりを迎えたことを察して、裏表なく残念そうに肩を落としている。


 ただ、すぐにお互いの顔を見合って苦笑しあう2人の間にわだかまりのようなものは感じられない。


「とりあえず、ニナさんがここに居ても、すぐにエナリアがどうこうなるわけではないのね?」

「はい。それは約束いたしますわ」

「そう……。ついでに聞くと、ファイちゃん達を私たちに預けてくれるつもりは……?」


 今回、聖女と連れ立ってファイとティオの身柄を確保しに来たのだとアミスは言っていた。この場でファイの身柄だけでも確保できれば万々歳、ということなのだろう。


 しかし、ニナはアミスからの要求にゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。わたくしにも、このエナリアに暮らす人々の命と幸せを預かる義務がありますわ。ファイさんとティオさんが望まない限りは、アミスさんに2人を預けるわけにはいきません」

「まぁ、そうよね。……で、そのファイちゃんはというと」


 アミスに目を向けられたファイの答えは、決まっている。


「ごめん、ね、アミス。でも私は、ニナと一緒が良い、から……」


 この答えだけは偽るまい・隠すまいと決めているファイだ。たどたどしくも確かに、自分自身の意思を伝える。


 そんなファイの答えに「ファイさん……!」と目を輝かせるニナ。幸せをかみしめるように目をつむると、再びアミスに視線を向ける。その際、ニナが浮かべていたのは好戦的な笑みだ。


「ということですわ、アミスさん! なので、もしもわたくし以上にファイさん達を幸せにする力と自信があるというのなら、ぜひとも最下層までいらしてくださいませ!」


 啖呵を切ったニナは自身の胸に手を当て、アミスに向けてズイッと踏み込んで言うのだった。


「不肖、このニナ・ルードナムの全力をもってして、アミスさんの覚悟と力を試させていただきますわっ!」




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