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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●安全確保する、ね

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第264話 のくれちあ、さま




 “不死のエナリア”第9層、雨音の階層。床や天井から突き出した槍のような石柱。地面から生える夜光灯がぼんやりと照らす洞窟内にて。


 ファイとニナ。上下並んで仲良く岩陰から見つめる先には、探索者らしき一団の姿があった。


「止まりなさい」


 同じような鎧をまとった集団の先頭。(かぶと)を取った、鎧姿のアミスが鋭く号令をかける。


 すると、まるで全体が1つの生き物かのように隊列が動きを止める。一糸乱れぬ統一的な動きは、ファイの瞳を輝かせるのに十分な迫力と美しさがあった。


 と、魔物の襲撃から守るためだろうか。一団の中央辺りに2台ある荷馬車の陰から、細身の人影が歩み出てきた。


「アミスティ様? どうかなさいましたか? 急いで第13層? に行かなくてはならないのですが……」


 そうアミスに声をかけたのは、紫色を基調とする外套に身を包んだ女性だ。


 薄紫色の髪に、同じく淡い紫色の瞳。やや垂れた目元やフワッと柔らかそうな髪質もあって、どことなくおっとりとした印象を受ける。


 手に持った用途不明の豪奢な錫杖を慣らしてアミスに歩み寄った彼女。ウルンでもかなり立場が上のはずであるアミスに物怖じすることなく、アミスと向かい合っていた。


「ノクレチア様。第9層で階層の更新が発生したようです」

「階層の更新、ですか?」


 アミスの言葉に「なんです、それ?」と言うように首をかしげる女性。どうやら彼女はエナリアの内情には詳しくないらしい。


 彼女に対してアミスが階層の更新――ファイ達が言うところの階層の改造・改装――について説明し始める。


 どうやら今すぐにアミス達が動く様子はない。そう確認したところで、ファイとニナはアミス達から視線を切って岩陰に隠れ直した。


「ふむ。事情は分かりませんが、またしてもアミスさん達がいらっしゃってくれたようですわね」

「うん。それでどうする、の?」


 このまま撮影機の設置作業を進めるのか。それとも一度、エナリアの裏に戻るのか。ファイが、すぐ下にあるニナのつむじに問いかける。


 それに対して「そうですわねー……」と思案顔のニナがゆっくりと顔を上げたのだが、


「あっ……」


 まるで今、ファイとの距離感の近さに気づいたかのようにして小さく声を漏らした。


「……? どうかした、の、ニナ……?」


 ファイが上で、ニナが下。覗き込むような金色の瞳と、激しく揺れ動く茶色の瞳。2つの視線が至近距離で交錯する。


 その沈黙を破ったのは、天井から落ちてきた1滴の雫だった。


 上層、大樹林の階層にふんだんにある水がしみだしているとされている、雨音の階層の“雨”たち。清らかで冷ややかな水滴が、しゃがんだ姿勢のニナの膝で跳ねる。


 瞬間、我を取り戻したらしいニナ。


「はぅっ!? な、なな、なんでもありませんわぁっ!」


 焦ったように叫びながら、勢いよく立ち上がる。すると当然、ニナの頭上に居たファイの顔とニナの印象的なおでこがぶつかることになり――


「あぅ……」

「はうっ!」


 ――互いに痛みに悶えながら、ファイは鼻頭、ニナが(ひたい)を押さえてうずくまることになった。


 そんな漫才のようなことをしていれば、気配に敏感な探索者が2人を見逃してくれるはずもない。


「きゃわぁっ!?」


 ニナの悲鳴が聞こえてきて、ファイは慌てて彼女の方を振り返る。と、そこにあったのは、眼前に迫っていた細い剣を指先でつかみ取るニナの姿だ。


 そして、ニナに剣を突き付けていたのは、


「……えっ!? ファイちゃんに、ニナさん……!?」


 驚きのあまり素の顔と口調で叫ぶアミスだった。


「あ、アミス……。久しぶり?」

「え、ええ……。およそ3週間ぶりね、ファイちゃん」


 挨拶を交えながら、剣を引いてくれるアミス。一方のニナはと言えば、涙目で「し、死ぬかと思いましたわぁ~……」と弱音を吐いている。


 が、完全に不意を突いただろうアミスの剣技を、ニナは軽く2本の指で無力化したのだ。しかもアミスの剣が無事であることから、ニナはとっさに手加減をしたに違いない。ニナからすれば、武器を拳で砕く方が楽だからだ。


(あの一瞬でアミスって判断して、壊れないように剣をつまんだ……)


 改めて、自身の主人の規格外さを思い知らされるファイだ。


 そして、その化け物じみた反応速度を感じていたのはアミスも同じだったらしい。剣を鞘に納める彼女の手はわずかに、それでいて確かに震えていたのをファイは見逃さなかった。


 そんなアミスの怯えに気づいているのか、いないのか。サッと立ち上がったニナが、


「あ、アミスさん! ご機嫌よう、ですわぁっ!」


 緊張を声ににじませながら、アミスに頭を下げる。


「わたくし、ニナ・ルードナムと申しますわ! 少し前、第10層でお会いしたのですが……」


 覚えてくれているか。確認するようにおずおずと顔を上げるニナを、再び驚きの表情で見ているアミス。だが不意に破顔すると、「コホン」と咳ばらいを1つ入れる。


 そして、王女アミスティとしての顔と口調を取り戻すと、


「はい、ご機嫌麗しゅう、エナリアの(あるじ)さま。このような無骨な格好でのご挨拶になってしまい、申し訳ございません」


 頭こそ下げないものの、軽く膝を折って挨拶に応えるのだった。と、ファイ達が挨拶を交わし終えたちょうどそのころ。


「アミスティ様~! どうかなさいましたか~!」


 遠く。薄紫髪の女性が、無警戒に大声で叫ぶ。


 忘れてはならないのは、ここがエナリアの中だということだ。大声で叫んだりすれば、虎視眈々と餌を探し求めている魔獣たちに「ここに生き物がいるよ~」と叫ぶことと変わらない。


 まして、ここは魔獣の多さが特徴の“不死のエナリアだ”。魔素供給器官という魔獣にとってのご馳走を体内にぶら下げているウルン人が「ここに居るよ~」と叫べばどうなるのかなど、言うまでもない。


「の、ノクレチア様! 何度も申し上げていますが、どうかエナリアではお声を潜めて……はぁ……」


 忠告したアミスだが、もう遅い。空中からは大蝙蝠(おおこうもり)の大群が。柱の陰からは岩蜥蜴や岩蛙たち。通路から聞こえてくる足音は洞窟狼(どうくつおおかみ)たちだろうか。


 一瞬にして、魔獣たちが押し寄せてくる。


「ニナさん。お話はあとでもよろしいでしょうか? 今はあの魔獣の相手をしたいのですが……」

「かしこまりましたわ! あっ、わたくし達のことはどうかお気になさらないでくださいませ。きちんと自分たちで、対処いたします」

「分かりました。……ではっ!」


 ニナの言葉に頷いたアミスは、ノクレチアと呼ばれた女性たちのもとへと帰っていく。


「それではファイさん! わたくし達もアミスさん達には負けていられませんわ」

「ん、ここは任せて、ニナはアミス達を見てて」


 ニナの目的は、この階層でのアミス達の動きの観察だったはず。そんな考えのもとに剣を抜くファイに、ニナは優しい笑みを見せてくれる。


「あら、そうですか? それではお言葉に甘えて、ファイさんに魔獣さんたちの相手をしていただきますわね」

「了解。ニナには血一滴、浴びさせない、から!」


 過去、魔獣を一網打尽にすることに注力するあまり、アミスを血まみれにして怒られてしまったことがあるファイ。同じ轍を踏まないのが、ファイの思う“優秀な道具”だ。が、ニナがそんなファイの事情を知っているはずもない。


「……? よ、よく分かりませんが頑張ってくださいませっ!」


 苦笑しながらも応援してくれるニナの言葉に元気をもらって、ファイは迫りくる魔獣たちに剣を振るった。


 そうして第9層でファイ達が大量の魔獣と戦いを初めて、少し。特段息を切らすこともなく、ファイは向かってくる魔獣の処理を終える。


(アミス達は……)


 かすかに浮かんだ汗を袖で拭ったファイが振り返ると、騎士と思われる人々がものの見事に魔獣たちを切り捨てている。


 また、最前線に立つアミスの活躍も見逃せない。白に近い白金髪の身体能力を生かして、他の騎士たちが1体魔物を屠る間に2体、3体と魔獣たちを(ほふ)っていく。


 隊全体を見ても、さすがにこの階層に来られているだけあって動きに危うさは感じられない。


 前衛は壁を作りつつ各々が自身の得物が当たらない位置に陣取り、後衛は最小限の魔法で前衛を援護する。


 遊撃と思われる人々は魔獣の死体を邪魔にならに位置に素早く移動させ、怪我人が出れば応援に駆けつけて撤退させる。


 そうして運ばれてきた怪我人を直しているのが、ノクレチアと呼ばれていた薄紫髪の女性だ。


 例えば今しがた運ばれていった男性は、岩蛙が持つ強酸の唾液を浴びてしまったらしい。鎧は溶けてしまい、露出した皮膚は赤黒くただれてしまっている。ルゥの傷薬1本分に相当するだろう大怪我だ。


 だが、錫杖(しゃくじょう)を持つノクレチアがやけどを負った男性の側に膝をついて患部に手を添えて、


「〈ノクレチア〉」


 魔法を唱えた瞬間、怪我をした男性の全身から淡い燐光が漏れ始める。


 恐らく、男性自身の活性化した魔素の光だろう。フーカの翅が漏らす光と同種のものにファイには見える。


 その魔素の光がやけどをした部位に集まって輝きを増し、すぐに消える。すると、気づけば男性のやけどの痕はきれいさっぱり消えてしまっていた。


「ありがとうございます!」

「いえいえ。これくらいしか私にできることはありませんから。騎士様も、どうかお気をつけて」


 ノクレチアが優雅に微笑みかけると、治療してもらっていた男性が分かりやすく鼻の下を伸ばしている。しかし、すぐに仲間の騎士に頭を叩かれて我を取り戻したらしい。荷馬車で手早く換装を済ませると、再び前衛へと戻っていく。


 ファイもかつてフーカに魔法について教えてもらった時に聞いただろうか。


 ウルンには珍しい固有の魔法があって、時に髪色に関係なく強力な魔法を使えるのだ、と。そして、ノクレチアがいま使って見せた「回復魔法」も、希少かつ強力な魔法だったはずだ。


 そして、人々はそんな奇跡の魔法を使える人に呼び名を付けていたはずだ。


(そう、確か――)




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