第258話 どこに付けよう、かな
ニナに言われた通り、十分な睡眠をとることになったファイ。
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん!」
自室の扉の前で手を振るティオに見送られた彼女は、数刻後。ニナと共に、第12層の表に居た。
「さてっ! それではファイさん! 元気よく行きますわよ~!」
屈伸、伸脚、深呼吸。事務作業で凝り固まっているらしい身体をほぐすためだろうか。準備運動をしているニナを、ファイはパチパチと見つめる。
ファイがニナと一緒に仕事をするのは、かなり久しぶりだ。記憶が正しければ、前回はニナの散歩業務についていった時だっただろうか。それ以来の、ニナとの共同作業ということになる。
「頑張る、ね、ニナ」
「はいっ! 一緒に頑張りましょう!」
パッと笑顔の花を咲かせるニナにつられないよう苦労しながら、ファイとニナは『安らぎの階層』と呼ばれる第12層を歩き出す。
この階層と言えば荒野、山岳、湿地などなど。様々な動植物群系が存在し、恐竜をはじめとする多種多様な魔物たちが暮らしている。
天井にある巨大な夜光石が常時、階層全体を昼間のように照らしているため、大樹林の階層のように昼夜の区別がない。
そんな第12層の湿地帯にある湿地帯を歩く2人の格好は、戦闘を想定した格好だ。というのも今回2人は探索者に扮して作業を進める。そのため、エナリアをウロウロしていても違和感が無いだろう格好を意識している。
また、ファイの背中には撮影機などの作業用品が入った背嚢が。ニナの背中にはユアから預かった擬態用のピュレが詰められた背嚢が、それぞれ背負われていたのだった。
少し前を行く主人の後頭部を、ジィっと見つめるファイ。彼女の目の前で揺れるひらひら揺れるのはニナの白くて大きな髪留めだ。
ニナもファイも黒狼との騒動でウルン人に顔が割れてしまっている。そのため、ファイはダテ眼鏡で変装。ニナは大きな髪飾りで髪型を変え、心ばかりの変装をしているのだった。
「ニナ、ニナ。撮影機はどこにつける、の?」
普段と装いや雰囲気を異にするニナの背中を見つめながら尋ねたファイに、当のニナは茶色い髪を揺らして振り返る。
「ふふっ! ファイさん? ファイさんなら6つの撮影機を、どこにお付けになりますか?」
ニナは笑顔のまま、少し試すような口調で聞き返してくる。
彼女が口にした撮影機の数は、各階層に設置予定の撮影機の数だ。ファイがウルンで購入した撮影機の総数は80台。それを単純に12層で割った数となる。
しかし、広さも地形も階層ごとに大きく異なるのがエナリアという場所だ。
見通しの良し悪し、階層主の間や罠などの構造物に合わせて、設置する撮影機の多寡を決めるという。
(けど、絶対に設置しないといけない場所もある……はず)
少し考えた後、ファイはまず3か所、撮影機の設置場所の候補を口にした。
「えっと……。階層の入り口と、出口。あと……階層主の間のところ」
どのような探索者が何人やって来たのかを把握するために、まずは階層の入り口。同様に、次の階層にどのような探索者が来るのかを事前に把握するため、次の階層へ続く階層の出口が見える場所。
そして、階層主に挑戦しようとしている探索者が何人いるのかを把握するために、階層主の間の大扉が見える位置。
それぞれ3か所を理由も併せて説明したファイに、ニナが手を叩いて笑顔を見せる。
「その通りですわ! ここより下の層……第13層からはご存知の通り、ピュレさんたちが見守ってくださっていますが……っと」
近くの沼からとびかかってきた小型の鰐に対して、ニナが軽い裏拳を寸止めで放つ。その風圧だけで、鰐は自身がまき散らした泥ごと、どこか遠くへ吹き飛ばされてしまったのだった。
もしも拳が鰐を直撃していたなら木端微塵になっていただろう。ゆえにニナは、魔獣を殺してしまわないよう手加減をしたようだった。
(さすが、ニナ)
相変わらず規格外の身体能力と優しさを見せる主人の力にファイが瞳をきらめかせる。一方のニナはと言えば優雅に、何事もなかったように話を続ける。
「基本的にファイさんにおっしゃっていただいた3か所。また下の層では、ガルンとつながっている大穴に監視用のピュレを配置しておりますわ」
「そっか。下層には探索者だけじゃなくて、密猟者、も、居るから」
その流れでファイが思い出すのは、第15層。大量のピュレが並んだ通信室だ。エナリアの各所に配置した緑色のピュレを通して、エナリアの各所を監視。必要に応じて通信を行なう重要な部屋だった。
あの部屋の景色を思い出せば、ニナがどういった場所に監視網を置いているのか自ずと分かるのではないか。通信室の情景をうっすらと思い出したファイは、およそ監視の目を置く場所の目安を言い当てる。
「他にも、探索者が絶対に通る場所……攻略路、に、ピュレが居た」
自然にできているように見えるエナリアの通路が実は、意図的に整備されている。そのことを覚えていれば、次の階層に行くにあたって必ず探索者が通るだろう場所も想定できるわけだ。
「そこに設置したら、攻略・採掘中の探索者たちの様子も分かる……?」
階層の入り口と出口だけでは、“始まり”と“終わり”しか見られないことになってしまう。それでは死角も多く、中にとどまっている探索者の数や動向もほとんど見えない。
ゆえに設計で探索者の道のりを制限し、ある程度の間隔で状態を確認する。もしも窮地に陥っているようであれば、従業員やガルン人が影から助け舟を出すことだってできる。結果、魔獣による死亡率・探索者によるガルン人の被害を押さえられるのではないか。
そんなことを考えながら撮影機の設置予定場所について推測を口にしたファイに、
「その通り、ですわぁ~!」
ニナが笑顔で花丸を着けてくれる。
「本来であれば攻略路の整備はガルン人側の狩りのためですわ。ですがわたくしのエナリアでは、探索者さん達の様子を確認するために道を整備していると言っても過言ではありません!」
雑木林に入って木漏れ日を浴びながら、意気揚々と語るニナ。だが、すぐにファイの方を振り返って眉尻を下げる。
「とはいえ、この階層ともう1つ上……第11層はそうも参りません」
いつものように攻略路上に監視網を置くわけにはいかないのだと、ニナは言う。
どうしてなのか。その答えは、湿地を取り囲むようにして広がっていた雑木林を抜けたことで分かった。
ファイの目の前に広がるのは、数十キルロ先まで続く、果てしない荒野だ。ところどころに下草が生えていたり、木が生えていたり、岩が転がったりしている。が、基本的に死角となる場所がないのだ。
「監視用のピュレであれば、地面にポツンと居ても探索者さん達は不思議に思いません。ですが撮影機は目立ってしまいます。それに……ファイさん!」
「ん、だいじょう……ぶ!」
ファイが振り向きざまに剣を振ると、今まさに襲い掛かってこようとしていた爪竜――アミス達も戦っていた二足歩行の中型恐竜――3体の首が、胴体と別れを告げた。
「……あっ」
反射的に魔獣を殺してしまったことに、小さく声を漏らすファイ。恐る恐るニナを見るが、
「……? どうかなさいましたか、ファイさん?」
大きく丸い目をパチパチと瞬かせるニナが特段、魔獣を殺してしまったことを気にしている様子はない。
「ううん、何でもない。それより、『それに』の続きは、なに?」
剣の血を払って鞘に納めたファイは、ニナに話の続きを促す。
「そうでしたわね。こほん……。それに、この階層の魔獣さんたちは総じて巨大ですわ」
言ったニナが視線を上げる。ファイもつられて荒野を見渡せば、のんびりと闊歩する草食恐竜や動物たち、あるいは彼らを物陰から虎視眈々と狙う大きな肉食獣たちが見える。
「他の階層などと違い、攻略路上の死角や障害物が少ないのがこの階層の特長ですわ。なので撮影機を設置するには地面にポンと置くことにわけですが……」
「うん。魔獣たちが踏んづけちゃう、ね」
落とせば壊れてしまうような精密な機械だ。数百、数千キルログルムもあるだろう魔獣たちに踏んづけられれば、簡単にダメになってしまうだろう。同様に、木や岩に取りつけても魔獣同士、あるいは探索者と魔獣との余波で簡単に破壊されてしまう。
となると、設置するべき場所は自ずと決まってくる。
ファイが天井を見上げたのを見て、ニナが「正解ですわ、ファイさん!」と声を弾ませた。
「この階層ではあの天井……地上からおよそ250mの位置に取り付けようと思います」
「おー……。でも、大丈夫、なの?」
撮影機については、ファイも実験を通してある程度のことは知っている。中でも撮影機が詳細に映せる距離の限界が100m前後であることを、ファイはきちんと覚えていた。
天井に設置すると、探索者たちの細かな観察ができなくなってしまうのではないか。言葉足らずなファイの懸念を、ニナはきちんと汲み取ってくれる。そのうえで、苦笑した。
「こればかりは仕方ありませんわ。遠くとも、ぼんやりと人が何人いるか、などは把握できると聞いております。なので、探索者と思われる存在の動きと数を最低限把握できることを優先いたします」
そうして遠目から見える情報をもとに、探索者たちの状態を把握する。魔獣に囲まれているようであれば注意が必要だし、動きに奇妙な点があるのならば徒党の仲間が怪我をしているかもしれないと予想もできる。
少なくとも、見えないよりはマシということらしい。
また、階層の出入り口には普通に撮影機を設置できるため、探索者が来たこと自体はきちんと把握できる。
「第11、12階層は最も多くの住民の方が住んでいらっしゃる場所ですわ。もしもの場合は住民の方にお願いして、目視で探索者さんの状態を確認していただきましょう」
「なるほど……」
広大なエナリアの中の状態を完全に把握するなど、エナリア主であるニナにもできないという。
だからこそ、足りない部分は住民たちの手を借りて、可能な限りエナリアの現状を把握する。実際これまでも、ピュレの監視網がない階層の探索者の情報は、住民たちによってもたらされてきたらしい。
ニナは住む場所と環境を整えて、住民たちはエナリアの運営に手を貸す。そうした互助の仕組みが、このエナリアでは形成されているようだった。
「さてっ! それではファイさん! さっそく、撮影機の設置とまいりましょう!」




