第253話 現状分析、ですわ
※いつもリアクションなどでファイ達を応援していただき、ありがとうございます。おかげさまで、本作の評価ptが500を達成してくれました。これからも、いただいた応援やご期待を励みとしながら、最後まで、ファイ達の姿を描いていく所存です。よろしくお願いいたします。
気分転換も兼ねてティオの素晴らしい音楽を堪能してから、しばらく後。
執務室に戻ったニナは、エナリア主としての仕事に戻っていた。
「むぅぅぅ~~~……」
唇を尖らせる彼女が見つめているのは、このエナリアに居る人々の数字を表したものだ。
(住民の方がおよそ1.2倍。従業員の数はほぼ倍、ですわね……)
前に調査をした時は、ファイが来る少し前だっただろうか。そのころに比べて住民・従業員共に増えている。具体的に、住民に関してはもともと196人だったのが、243人に。従業員は6人だったのが、11人になっている。
住民については、ミィゼルをはじめとした死者が2人。獣人族の小さな部族を中心とした新規流入者が33人。そして、このエナリアで新しく生まれた命が14人いる。特に妊娠期間が短く、双子や三つ子を産み落としやすいとされる小人族の人々が人口増加に寄与してくれているようだ。
人口の分布については小人族が最も多く89人。次いで多いのが獣人族で51人。第11、12層を中心に暮らす蜥蜴人族が33人。第13、14層に住む魚人族が28人。その次にようやく人間族で17人。樹人族が12人で、そのほか巨人族をはじめとする珍しい種族が13人いる。
アイヘルム王国内では総じて地位が高い角族の住民は、ニナが把握している限りでは存在しなかった。
(このエナリア生まれの新生児が、14人も……)
報告書にある「14」という数字を指でなぞるニナ。
新しく命が生まれたということは、住民たちがこのエナリアで生活の基盤を築いてあるていど前を向けるようになったということだろう。
このエナリアが子供を産んで育てることができる安全な場所になりつつある。そんな証拠に思えてならないニナ。
「ふへへ……」
少しずつだが着実に、みんなが“幸せ”を享受できる場所になっている。数字として確かに表れ始めた夢への一歩に、つい笑みをこぼしてしまう。
住民の増加は、各階層の魔獣の数を適正に保つうえでも欠かせない事項だ。
生きるためには食べ物が必要で、ガルン人の多くは魔獣を狩って食べる肉食生活をしている。
そして、植生豊かなこのエナリアには多種多様な魔獣が棲んでいる。おかげで、この程度の人口の増加であれば、食べ物が枯渇するようなことはない。むしろ、まだまだ魔獣にとっての捕食者であるガルン人が足りないくらいだった。
(一気に住民の方を増やしてしまいますと、それはそれで喧嘩や支配構造が生まれてしまいかねませんが……)
人が多く集まればその分だけ厄介ごとが増えるわけだが、多様性こそがエナリアのあるべき姿だとニナは考えている。人の数だけ考え方があるのは当然のことだろう。
ましてニナが目指しているのはガルン人とウルン人、文化どころか住んでいる世界さえも違う人々が幸せになれる場所だ。
(力で考え方を統一することもできるのでしょう。ですが、それはわたくしたちガルンの考えでしかありません。ウルンの方々に考えを押し付けては、必ず不幸になるウルンの方が生まれてしまいますわ)
いくら喧嘩をしようが死者が出ず、支配・被支配の構造が生まれず、最後には「まぁそんな考えもあるか」と小さく笑って妥協できる。そんな世界にこそ、人それぞれの“幸せ”が生まれるとニナは信じている。
もちろん、全員が笑って自分の理想を叶えていられる状態が幸せなことに違いはない。だが、自分の幸せの形について考え、知って、追求できる。それもまた、ニナの考える“幸せ”だった。
「ゆえに! ファイさんが心のない道具になる未来を選ぶのであれば、わたくしはそれを応援しなければなりませんわ! ……って、あわわわ!
自分に言い聞かせるように、ぐっと拳を握りしめるニナ。その際に人口の報告書もくしゃりと握りつぶしてしまい、慌てて広げることになった。
そんなニナが続いて目をやったのは、従業員に関する部分だ。
ファイが来るまで6人だった従業員。だがファイが来て、職人のロゥナたち3人が来た。さらにファイがフーカを連れてきてくれたことで、合計で5人も従業員が増えた。
(しかもミーシャさんも無事に進化を迎えてくださいましたわ!)
ミーシャと言えば、実は彼女自身も知らない血筋の能力があるという話をニナは聞いている。誰からかと言えば、ミーシャの両親からだ。
彼らがこのエナリアへの移住をニナに打診してきたとき、ミーシャの両親は自分たちが別の部族の長だったことを明かしてくれた。
獣人族は集団の長をしばらく務めていると、自分よりも弱い魔獣が本能的に懐く特殊能力が身に着くと言われている。
このエナリアで言えば、ユアが持っている特殊能力だろうか。多くの魔獣を従える彼女。目と目を合わせた魔獣たちとの意思疎通だけでなく、自身が持つ長としての風格が、魔獣たちに忠誠心を植え付けているとニナは予想している。
『あの子……ミーシャにも俺たちの能力が受け継がれているかもしれない!』
『今はまだ子供だけど、成長したらきっと多くの魔獣を従えられるようになります! だから、どうか、あの子だけでも……っ!』
そう涙ながらにエナリアへの移住を訴えてきたミーシャの両親。彼らの言葉が真実なのか、ニナには分からない。
しかし、試しに未進化のミーシャでもできるだろう上層の魔獣たちの管理を任せてみたところ、彼女は確かに小動物たちに懐かれていた。
(もちろんファイさんのように、ミーシャさん自身の気質が動物たちの懐きを促している可能性もありますが……)
もしもミーシャが集団の長としての能力を持っているのだとすれば、ユアやムアに並ぶ魔獣の管理人として、大いに期待できる戦力となる。
(これでミーシャさんもいよいよ、“見習い”卒業ですわね! ということは従業員が12人に……って、あら?)
12人。その従業員の数に、違和感を覚えたニナ。なにせファイが来るまで、従業員は6人だったというのがニナの記憶だからだ。
(リーゼさんに、ルゥさん、サラさん。ユアさんとムアさん……。あともうひと方は?)
ニナはエナリアの主で従業員ではないし、ミーシャは“見習い”で正確には従業員ではない。だというのに、ニナは確かに「従業員は6人だ」と記憶している。
では幻の6人目は一体、どこの誰なのか。
(ミーシャさんかわたくしを6人目に入れてしまっていたのでしょうか……?)
つまりは勘違い。自分であればその可能性を捨てきれないのがまた、ニナとしては悩ましい。だが、忘れているにしては、何かを忘れているとき特有の記憶の引っかかりがないのも確かなのだ。
恐らくは勘違いだろう。そう結論付けて、ニナは思考を先へ進める。
現状、このエナリアに足りないものについては先輩エナリア主である樹人族の女性・マィニィが教えてくれた。
彼女が書き記してくれた書き置きを机から引っ張り出したニナは、適正なエナリア運営に足りない人員を確認する。
(会計士、設計士、整備士、園芸家、獣医師。猟師に漁師……。足りないという意味では、医師もルゥさんおひとりでは大変ですし、ロゥナのご家族だけではどうしても武具の生産には限界がある……)
必須というわけではないが、例えば演奏家などの芸術家が居れば音楽や絵で従業員の疲れた心を癒してくれるだろう。
その点、ティオの芸術的才能であれば従業員の心身を癒すことができるだろうことは、先ほど改めて確認できた。将来的にはティオを従業員として雇う可能性についても、ニナは十分に視野に入れていた。
他にもこのエナリアならではの人員として、ウルン人を雇うにあたっての通訳も必要になる。可能であれば、医療に詳しいウルン人も欲しいところだ。
まだまだ人員は足りない。が、これでも前よりも人員は増えて少しずつ従業員たちに余暇が生まれ始めているのだ。
加えてファイがフーカとティオを連れてきてくれたことで、現状、「ウルン人とガルン人が共生する」という構図はきちんと保つことができている。
ミーシャとティオがよく喧嘩をしていることはニナも聞き及んでいるが、おおよそ円満なエナリア運営ができていると聞いている。
(と、なると、ですわ。会計など、わたくしが頑張ればまだどうにかなる部分は後にして……)
ニナが遠く見遣るのは、先日ファイが買ってきてくれた撮影機たちが置かれている第20層の倉庫がある方向だ。
撮影機を設置することさえできればすべての階層に監視の目が行き届き、最低限、このエナリア全体の安全確保ができるようになる。
安心無くして幸せなし。
ウルン人は魔物に、ガルン人はウルン人におびえずに済む環境が出来上がるわけだ。
一方で、撮影機には定期的な手入れが必要になるとフーカは言っていた。それら備品の整備をするためにも――
「差し当たり、整備士さんの伝手がないか。リーゼさんに聞いておくことにいたしましょう!」
ブイリーム家の当主として顔が広いリーゼに、新しい人員確保をお願いすることにするのだった。
そんな調子で独り、誰が見ていなくても喜怒哀楽を顔に映して書類の山を片付け続けるニナ。そんな彼女の書類作業に変化が訪れたのは、しばらく後のことだった。
控えめに四度、扉が叩かれる。続いて聞こえてきたのは、リーゼの声だ。
「ただいま戻りました、お嬢様」
「リーゼさん! どうぞお入りくださいませ!」
リーゼが帰ってきたということは、ファイも帰ってきたということだ。つい弾んでしまう心をそのまま声に乗せて入室を促したニナだが、
「失礼いたします」
「……!?」
1人で、それも侍女服を血で汚して帰ってきたリーゼを見て、大きく目を見開くことになった。




