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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●強く、なろう

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第246話 もう、どうすれば……っ!




 誰も居ない廊下を全速力で駆けるミーシャ。進化する前よりもずっと身体は軽く、1歩の距離も大きくなっている。進化前と比べると、天と地ほど身体能力に差があった。


 一方でファイが予想していたように、身体の大きさと身体能力の変化に、ミーシャは戸惑っている真っ最中だ。


 以前のように足を動かすと地面につま先がひっかかるし、胸が少し大きくなったせいでその足元も見えづらい。踏み込んでみると予想以上に身体が動いてしまって、壁に肩をぶつけてしまう。


 手足の長さの違い。驚異的な身体能力の変化。それら身体の変化に伴う、骨や筋肉の激痛と混乱がミーシャを襲っている。


 だが、彼女が執務室を飛び出したのは、別に理由があった。


 目だけでなく耳をしきりに動かして追跡者が居ないことを確認したミーシャは、螺旋階段の昇降口へと身を滑り込ませる。壁に背を預けながら、半ば崩れ落ちるようにして床に腰を下ろしたミーシャは――


「はぁ、はぁ……あっぶなかったぁ~!」


 少し膨らみを増した自身の胸に手を当て、衝動がようやく落ち着いたことを確認する。


 目覚めてからずっと、ずぅっと、ミーシャを襲っていた衝動。それは他でもない、ファイを押し倒してめちゃくちゃにしたいという生殖本能だ。


(アタシ、もうちょっとあの場所に居たらファイのことを襲ってた……)


 床にぺたんと腰を下ろして螺旋階段を見上げるミーシャ。


 ミーシャ自身、自分がファイに懐いている自覚はあった。ただ、それは例えば「ファイに触ってほしい」だったり、「ファイの匂いを嗅いでいたい」だったり。獣人族の子供が親に向ける感情と同じものだったのだと、今ならわかる。なぜなら、


(アタシ、いま、ファイを交配相手に選ぼうとしてる……っ!)


 俗っぽく言うのであれば「好き」だろうか。ファイに触れてほしいし、触りたい。彼女の匂いに自分の匂いを混ぜたいし、自分も彼女の匂いをまといたい。


 ――ファイの自分のモノにしたい。


 自分がファイに求めていた“守ってほしい”という願いが発情期の今、もっと別の、醜い感情に変わっていることにミーシャは気が付いたのだった。


(けど、そんなのダメ……よね)


 伸ばしていた足をたたんで三角座りをしたミーシャは、自身の膝に顔をうずめる。


 まず、ファイはメスだ。同じくメスである自分がファイを繫殖相手に選ぼうとするなど、どうかしている。


 いや、女性同士の恋愛が成立することはミーシャも知っている。身近なところで言えばエシュラム家の姉妹だ。ユア、ムアたちは姉妹でありながら、両者のことを想い合っていたとミーシャは記憶している。


(あの(ガルル)たち……。いま思えば血縁と性別、2つのしがらみを超えてるって思うとぶっ飛んでるわね……)


 ともかく、ユア達の在り方について、ミーシャは理解していたつもりだった。


 だが、いざ自分が同じように同性のファイを好きになっているのだと気づくと、どうしても割り切れない。こんな自分はおかしい。いけないことだ。そんな思いが、ミーシャの頭をぐるぐると回っている。


 また、ファイには口癖がある。それは「私はニナの物」だ。


(ファイはニナの物で、アタシのじゃない……。そんなの、最初から分かってたことじゃない。バカなの、アタシ)


 黒い尻尾を揺らしながら、自身の中にある感情とどうにか折り合いをつけようとする。が、そんなミーシャの脳裏にふと、先刻のファイとのやり取りが思い浮かぶ。


 初めての発情期の衝動のまま、ファイにパッフをしてしまっていた時のこと。何を思ったのか、ファイがミーシャに接吻をしてきたのだ。


 かつて“子作り”について「接吻をすればできる」と説明したように、ミーシャの中では接吻という行為はかなりの重大案件だ。それこそ、一緒に家族を作ろうと言われたに等しい行為に思えてならない。


(発情中の獣人族が相手の性欲を促すのは知ってるし、獣人族のアタシと人間族のファイとでは赤ちゃんができないのも知ってる。……けど)


 ファイが何をどう思って接吻をしてきたのか、ミーシャには分からない。


「もうっ、ファイがあんなことするから……っ!」


 先ほど目が覚めてから今まで。ミーシャは何度、ファイに聞こうとしたことだろうか。昨日の接吻の意味はなんなのか。どうしてあんなことをしたのか。もっと言えば、自分のことを好いてくれているのか。聞きたくて仕方ない。


 ミーシャもファイとは長い付き合いだ。彼女がその問いにどう返すかなど分かり切っているからこそ、なお腹立たしい。


(どうせ「私は道具。好きはない」とか何とか言って。絶対に、本心を言ってくれないわ)


 いつだってそうだ。ファイは、自分は道具だなどという世迷言を言って本心を隠す。何が彼女にそう言わせているのかミーシャは知らないが、とにかくファイは自分の感情を言葉にすることをひどく嫌う傾向にある。


 それに、やはり、ファイの頭の中にはニナしかいない。


『アタシのこと好きなの?』


 そう聞いてもきっと、「私はニナの物だから」で一蹴されて終わりだろう。


 ファイは同性で、かつ、もうすでに心に決めた相手がいる。好きになってはいけないし、好きになってもどうせ拒絶される。それが分かっていてもなお、ミーシャの本能がファイを繫殖相手として選んでしまっている。


「はぁ~~~~~~……」


 重くて長いため息がミーシャの口からこぼれる。


 このやり場のない衝動と欲望は、果たしてどれくらい長く続くのだろうか。ミーシャにとって何よりつらいのは、これからしばらくファイと会えないだろうことだ。


(正直、次にファイに会ったら絶対にパッフしちゃう自信がある)


 いつもの軽いものではない。気絶する前にしてしまっていたような、唾液や小水を使った、激しいパッフだ。あるいは接吻までしてしまうかもしれない。


 今のファイは弱体化しており、一方のミーシャは彼女をねじ伏せるだけの力を手にしてしまった。


「…………。ファイを好きにできる……」


 成長してほんの少しだけ大きくなった自分の手を見るミーシャ。


 思い出すのはやはり、先刻の激しいパッフだ。生まれて初めての発情期の衝動のままにファイにパッフをしていたミーシャだが、もちろんその時の記憶はある。


 普段は絶対に敵わないファイが腕の中で暴れても、ミーシャの腕と足はびくともしなかった。


 苦しそうに身をよじるファイの姿も、困ったようなファイの表情も、普段のミーシャであれば絶対に見られない表情だ。


 そんな彼女の表情を見たとき、ミーシャの中には確かにあってしまったのだ。弱い相手を好きに(もてあそ)ぶ。強者絶対のガルン人としての本能がもたらす、圧倒的な愉悦と快楽が。


(アタシも結局、アイツら……部族の奴らと同じ人種、なのよね……)


 もしもあの時、ファイが接吻をしてくれなかった場合、自分はいつ、どこまでファイを(けが)してしまっていたのだろうか。そう考えると、ミーシャの全身がブルリと震える。


 そして、そんな自分を嫌いつつ、それでもなおファイを求めてしまっている今の自分が、ミーシャにとってはひどく気持ち悪く映る。


「ファイ、好き。好き、好き、好き、好き……大好き……っ!」


 小さな声で、普段なら絶対に口にできない素直な想いを吐露するミーシャ。悩みや思いは口にすることで軽くなると聞いたことがあったからだ。


 だが、どれだけ言葉にしようとも、ファイを求めてしまう衝動は消えない。むしろ「好きだ」と言葉にするたびに、より一層ファイを求める気持ちが強くなっていく気がする。


「これ……。この衝動を毎回乗り越えてるんだとしたら、アイツらはすごいわね……。初めて尊敬するわ……」


 怨敵である桃色髪の獣人族が居るだろう第11層を見上げて、ひとりごちるミーシャ。


 果たしてエシュラム家の彼女たちは毎度、どうやってこの強烈な性欲と向き合っているのか。この衝動の発散方法として何か良い方法はあるのか。抱いてはいけない想いをどのようにして受容、あるいは消化すればいいのか。


 ほんの数時間前まで子供だったミーシャには、分からないことが多すぎる。


(ほんとっ、なんで今なのよ……! こうしてる間にも、アイツにファイを盗られちゃうかもしれないのに……!)


 波打つ白髪を持ったいけ好かない少女・ティオに対して、心の中で悪態をつくミーシャ。


 ティオの存在がミーシャにとって、大きな刺激となったことは言うまでもないだろう。


 突然現れてファイの家族を自称し、あまつさえファイもそれを認めている。


 ミーシャが勇気を出して1歩踏み出したことで手にした、唯一安心できる場所――ファイの腕の中。そこにティオは、いともたやすく入り込んだのだ。しかも、“妹”という名前のある関係すら手にした状態で。


 そんなティオの存在に、ミーシャは焦った。自分の居場所が奪われてしまうのではないか。ファイに、別の人間の匂いがこびりついてしまうのではないか。


 ユアとのパッフ誤認騒動をきっかけにくすぶっていたミーシャの焦りが、ティオの登場によってついに花開いた。


 そして、ファイを奪われたくない。ティオに負けたくないという強烈な想いが、ミーシャにさらなる力への渇望を生み、進化を促したのだった。


 もちろん当事者であるミーシャはそこまで自分を客観視できていない。が、ティオが刺激になっただろうことはミーシャ自身も薄々感づいている。


 背が伸びてファイと目線の差が小さくなったし、体つきだって少しは女性らしさが出た。強くなって、少しはファイの役に立てるようになったに違いない。


「だけど結局、こんな情けない姿をファイにもティオにも見せたくなくて、ニナの部屋から逃げ出して……! 臆病で逃げ腰なアタシ自身は、なんにも変わってない……っ」


 悔しさと情けなさが目端からこぼれないよう、グッと奥歯をかみしめて言ったミーシャ。彼女が再び自分の膝に顔をうずめようとした、まさにその時だった。


「……?」


 ミーシャの敏感な耳が、ささやかな羽音を拾う。


 このエナリアで翼を動かして移動する人物は、ミーシャが知る限り1人しかいない。


(リーゼ、先輩……?)


 彼女が螺旋階段の上から、すさまじい速度で移動してきている。などと考えているうちに青い翼を広げるリーゼが姿を見せたのだが、


「うげっ」


 リーゼが抱えて運んでいる桃色髪の人物を見て、ミーシャがつぶれたカエルのような声を漏らす。


 この時、ニナの知らせを受けてわざわざ来てくれた――本当はリーゼが無理やり連行してきた――彼女こそ、ミーシャの悩みを緩和する救世主となることなど、この時のミーシャは知る由もなかった。




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