第237話 そんな時期が、俺にもあった
カイル・シュウェイバー、25歳。彼は、黄色等級の探索者組合『徒然』の組合長だ。
身長191㎝の人間族。ツンと立つほど短い橙色の髪。端正な顔の目元には、覇気のある茶色い瞳が光る。分厚い鎧の下には、彼の努力の日々の成果となる山のように盛り上がった筋肉が隠れていた。
性格は超が付くほど真面目。アグネスト王国の北東と国境を接する帝国『ノスヴェーレン』で有名な両親の背を追って幼少の頃から探索者を志し、15歳で独立。以降は幼馴染であるビータと共に設立した探索者組合・徒然の組合長として、10年近く活動してきた。
幼少のころから両親のもとで培ってきた戦闘の勘と鍛え上げてきた肉体。頼れる仲間たちと共に地道な活動を続け、たった10年で駆け出し探索者組合だった徒然を黄色等級まで成長させたのだった。
そうして急成長を遂げる徒然の活動理念はまさに、気の向くままに人助けをすることだ。
迷子の猫探しから村を襲う大きな動物の討伐まで、幅広く活動している。その姿はエナリアに潜る探索者組合と言うよりは、便利屋に近いだろう。
当然、“探索者”を志して徒然の門を叩いた新米探索者たちの多くは、研修期間でもある1か月と持たずに去っていく。
――俺・私がしたいのはこんなことではない。エナリア探索だ。
そう言って、数えきれない人材を徒然は手放してきた。
だが、ごくまれに。カイルとビータの慈善の精神に共感し、あまつさえ命を懸けてくれる“変わり者”だっている。
エナリアに潜っているだけでは絶対に得られない、各種雑務から得られる多種多様な経験と知識。また、人脈と名声。それらの価値を、早い段階で見抜いた者たちだ。
そうして、変わり者ではあるものの、幅広い視野で物事を考える先見の明をもつ者たちが少数集まった探索者組合。それが、徒然だった。
そんな徒然だが、理念とは別に、最終目標に定めている事項がある。それは“白髪の解放”だ。
人助けを理念とする徒然にとって、白髪の人々が置かれている状況は絶対に見過ごせない。
特に帝国では、白髪は生まれてすぐに徴兵されることになる。徹底的に軍事と戦闘を叩き込まれる彼ら彼女らに、自由など一切ない。生まれたその瞬間から、国のために尽くすことを強要される運命にある。
その徴兵制度のおかげで、国防面が整い、ひいては帝国が安寧を手にしていることはカイル達も理解している。
だが戦争など、ここ50年以上発生していない。
では現在、徴兵された白髪はなにをしているのかといえば、寝る間も与えられず日夜エナリア攻略に向かわされているのだ。
中でも、帝国にある唯一にして最大のエナリア――“破滅のエナリア”の攻略に、白髪たちは日夜狩り出されている。
ボロボロになりながら魔物たちと渡り合う白髪たちの姿を録画した映像を、国のために身を尽くす模範として嬉々として全国に放映する。そうして皇帝は自らの力と正当性を民に主張し、権威を強める。それがノスヴェーレンという国の現状だった。
そんな中、幸いにもというべきだろうか。カイルとビータが生まれ育った場所はアグネスト王国との国境付近だった。
自由を標榜する王国の風潮がわずかだが確実に町にはあった。おかげでカイル達は、人権を無視して白髪たちを酷使する帝国のやり方に疑問を持つことができた。
生来の人助けの精神と、投影機に映る血まみれの白髪たち。
物心ついた時にはもう、カイルの目標は「白髪の人々を助けること」になっていた。カイルにとっては、白髪の人々こそが、最も助けを必要としている人々だったのだ。
では、どうやって帝国にいる白髪の人々を助け出すのか。考えに考え抜いた末、カイルが導き出した方法。それこそが――“破滅のエナリア”の完全攻略だった。
ここで反逆――皇帝を殺そう――を思いつきもしなかったあたりが、カイルの人の好さを表しているだろう。
近隣諸国の中でも、最も攻略難易度が高いと言われている“破滅のエナリア”。出現する魔物は第1階層でさえ黄色等級以上。第5層の時点で赤色等級の魔物がゴロゴロいるようなエナリアだ。
当然、そんなエナリアで色結晶を採掘するためには“最強”である白髪を欠かすことができず、酷使されている。
だが、もともと白髪は、並みのエナリアであれば単独で破壊できてしまうほどの圧倒的な力を持つ。緑色等級以下の魔物であれば、白髪の肌に傷をつけることさえできないだろう。
赤色等級以上の危険なエナリアに送り込まれているからこそ、白髪たちは傷ついてしまう。裏を返せば、帝国から危険なエナリアさえなくなれば、白髪たちは傷を負うことはないはず。
そして帝国にある赤色等級以上のエナリアは、実は“破滅のエナリア”しかないのだ。
「つまり、“破滅のエナリア”を破壊すれば白髪の人たちを解放できる! そう思っていた時期が、俺にもあったな……」
鎧の金属音を鳴らしながら、うなだれるカイル。それに対して、やや暗い金髪の森人族の女性・ビータが決まり文句を返す。
「そうね。“破滅のエナリア”が攻略されれば、帝国は次なるエナリアを求めて戦争を仕掛ける。その時はまた、白髪の人たちが使われる……。根本的な解決にはならないのよね」
至極まっとうなビータの予想に、徒然の面々が頷く。はもはや“お決まり”となったやり取りだった。
カイル達が居るのは隣国、アグネスト王国にある赤色等級の“不死のエナリア”だ。
現在確認されているのは第11層まで。最近、黒色等級、ひいてはエナリア主かもしれない角族の魔物が確認され、最下層がついに見えたのではないかと噂のエナリアだ。
この第7層にある階層主を撃破し、第8層にいる魔物の素材を規定数持ち帰る。そして、“破滅のエナリア”に挑戦するために必要な“橙色等級”の探索者組合になる。それがカイルたち徒然の、今回の目標だった。
だが、どういうわけか階層主の間に続く大扉が一向に開かず、待機を余儀なくされる日々。
しかも、1週間ほど前に森角兎の暴走という謎の事態が発生。それ自体は無事に収束したのだが、直後、階層主の間の大扉が突然開いたことでほかの探索者たちに先を越されてしまったのだ。
こうなると、また数日間、大扉が開くことは無い。食料や武器を手入れするための物資が不足し始めていたため一度、地上へ帰還したのだった。
その後、フィリスの町で準備を整えてこうして第7層まで戻ってきたカイル達。だが、またしても折悪く別の探索者たちが階層主に挑んだ後だったらしい。大扉は固く口を閉ざしており、カイル達の挑戦を阻んでいたのだった。
基本的に、階層主の間に挑むのは探索者組合ごとであることが多い。
即席の徒党では連携がうまくいかないことも多く、魔法の誤射などで死人が出てしまった時の責任の所在などで揉めることが多いからだ。
また、万一知らない人物を徒党に加えた場合、その人物がカイル達を置いて奥――次の層に続く方――の扉を先に開けて逃げて行ってしまう可能性があるのだ。
そうなった場合、カイル達は正真正銘、死ぬまで階層主と殺し合わなければならなくなる。しかも次に前か後ろ、どちらかの大扉が開くまで階層主の間で待機しなければならなくなるのだ。いつまた強力な階層主が現われるともわからない、その場所に。
そんな事情もあって、階層主の間には自分たちの組合員だけで。また、信頼できない見ず知らずの他人を部屋に相乗りされないようにする。探索者たちにとっては常識だ。
ゆえにカイル達もこうして、大扉の前で駄弁りながらエナが充填されるのを待っていたのだった。
第7層の夜光石は一定の間隔で明滅する。ちょうど今は暗くなる時間で、カイル達は焚き火を囲っていた。
乾かしていた木の枝を火にくべながら、ビータが口を開く。
「とはいえ、“破滅のエナリア”がある限り白髪の人たちが帝国に使われ続けることには変わりないわ。だから、“破滅のエナリア”を壊すことが帝国にいる白髪の“今”を変えることには変わりないはずよ」
暗にカイルが掲げる目標は間違っていない、と。ビータは茶色い瞳を細めながら微笑む。
結局のところ、帝国にいる探索者たちの最終的な目標が“破滅のエナリア”の攻略であることには変わりない。攻略したい理由が人それぞれにあって、カイルの場合は「白髪の人たちを助けたい」という、青臭い理由だっただけだ。
「……そう、だな。変わると信じたいところだ」
幼馴染と組合員たちの優しい笑みに自身も笑みを返しながら、小枝を火にくべるカイル。
と、その時だ。ガチンッと、重いものがハマるような音がすると同時。小さな地響きが起きる。それは今まさに、大扉のエナが充填されて動くようになった証だ。
「――行くぞ」
カイルの声で、徒然の面々も瞬時に立ち上がって己の装備を整える。
幸いにも、カイル達のほかに探索者たちの姿はない。だがカイル達とは反対側――第8層から上がってきた探索者たちが扉に先に触れる可能性だってある。
そうなった場合、先に中に入った探索者がこちらの扉に触れるか、帰ってきた探索者たちが殺されて、一定時間が経つまで開かなくなってしまう。
同じ側にいる探索者であれば順番の配慮もできるが、階層主の間の向こう側にいる見えない誰かと順番の譲り合いなどできるはずもない。そこだけは、早い者勝ちなのだ。
(2週間以上待たされているんだ。頼むから開いてくれよ……!)
祈るようにして、カイルは大扉に触れる。と、ゆっくりと動き出す大扉。どうやら無事、カイル達は階層主に挑戦する権利を得たらしい。
こうなると、カイル達探索者がすることは1つ。階層主による先制攻撃を警戒することだ。
(さて……。この階層の階層主は、どんな奴だ……?)
カイルが目を細めて見つめる中。階層主の間に居たのは、奇妙な仮面をかぶったガルン人の少女と、彼女が従えているらしい2体の銀狼が居た。




