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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●階層主を、やってみる

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第234話 仲間を、探そう




 睡眠管理係ことフーカによる直近数日の睡眠の確認が行なわれた後、仕事のための侍女服に着替えたファイが向かったのは第11層にあるユアの研究室だ。


 今回の業務においてティオは危険かつ足手まといになってしまうため、第20層でニナ、フーカと共に待機してもらっている。恐らく今頃は、ニナとフーカにエナリアの中を案内してもらっていることだろう。


 仲良く話す“小さい者たち”の尊い光景を想像して移動していれば、あっという間にユアの研究室にたどり着く。


 礼儀にのっとり何度か扉を叩いたが、半応がない。そのためゆっくりと扉を開けて入室を伺うが、やはり返事はない。恐らく奥の実験場に居るのだろうと判断して、ファイはとりあえずユアの研究室県私室へと足を踏み入れる。


 相変わらず、何の音もしない静かな部屋だ。室内灯も暗めで、壁際にある資料棚の背表紙がかろうじて読めるかどうかという暗さをしている。


 だが、静かで薄暗いユアの部屋は、ファイにとってとても居心地がいい。育ってきた環境に似ていることもあって、まるで実家に帰って来たような――とはいってもファイの実家である黒狼の拠点はもう無い――安心感さえあった。


 また、ファイが居心地よいと感じるのは、かすかだが確実にユアの匂いがすることだ。


 ユアも基本的に数日おきの水浴びで済ませてしまう人物だが、だからだろうか。ユア自身の少し甘みのある匂いがするのだ。ファイはこの匂いが好きで、従業員が放つ匂いの中でも1、2を争う。


 人工的な香りなどと縁遠い生活をしてきたファイもユア同様、人に作られた匂いよりも自然に近い感触や匂いを好む傾向がある。その点、ガルンの獣人族とは匂いの好みが似通う傾向があった。


 そんなユアの研究室にある机の1つに歩み寄ったファイ。机の上に置かれていた透明な箱に入った青ピュレを取り出して、ユアと連絡を取る。


「ピュレ、音声はじめ。……ユア、ユア? 聞こえる? 遊びに来た、よ?」


 ファイが何度か呼びかけると、少ししてからユアからの応答がある。


『その声、ファイちゃん様ですね? どうしたんですか? 可愛いユアに会いに来たんですか?』

「そう」

『……そ、そうなんですね。わざわざユアに会いに……。殊勝な心掛けです、褒めてあげます』

「しゅしょう……? とりあえず、ありがとう」


 難しい言葉を使うユアに首を傾げつつも、とりあえず褒められたためにお礼を言っておくことにした。


「それで、ユア。実はお願いがあってきた」

『むっ。なんですか、ユアに会いに来たんじゃなかったんですか? ユアを騙したんですね、許せません』

「ううん、違う……よ? ユアに会いに来たのは、本当。ユアが可愛いのも、本当。で、用件もあった。だから、会いに来た」


 嘘は何一つ言っていないと、ユアにゆっくりとした口調で弁明するファイ。と、そんなファイの努力が通じたのかは不明だが、


『……分かりました。話くらいは聞いてあげます』


 ユアは聞く耳を持ってくれるようだ。


 通信用の青ピュレに向けてホッと息を吐いたファイは改めて事情を説明する。


 今回、ファイに与えられた仕事は「第7層の階層主」だ。


 というのも、ファイも知っている通り、現在“不死のエナリア”にはカイル達をはじめ、それなりの実力の探索者が多くやってきている。理由はマィニィによる臨時の立て直しの際に、上層の宝箱や色結晶が補充――探索者が言うところの「再生産」――がされたことにある。


 もともと再生産直後には、そのエナリアの人気は上がる傾向にある。深く潜らずとも、ある程度の収入が見込めるからだ。


“不死のエナリア”も例にもれず再生産の噂が広がり、やってくる探索者が増えているという。


 上層にピュレが居ないために正確な比較はできないが、通常時は多くて1日10人ほどだった来訪者が今は3倍ほどいるのではないか。ニナの父――ハクバが治めていた頃のエナリアでの数値を参考にニナが導いてファイに聞かせてくれた値だった。


 そうなると、問題になってくるのは階層主の補充だ。


 不死のエナリア“の場合、第7層は基本的に黄色等級の魔獣と、緑色等級以下の魔獣数体を取り巻きとして用意する。


 その魔獣は主にユアの実験場で用意されるわけだが、現在、ユアの実験場は魔獣が不足している。かつてファイがユアと「はじめまして」をした時に、ユアが自衛のためにファイに魔獣をけしかけ、返り討ちに遭ったからだ。


 恐らく今もユアは研究も兼ねた魔獣の生産を行なっているのだろうが、黄色等級以上の魔獣を生み出すにはそれなりに時間がかかってしまうらしい。


 結果として、普段よりも頻繁に第7層の階層主の間にやってくる探索者に対応できるだけの強力な魔獣が、いなくなってしまったようだった。


 そこで白羽の矢が立ったのが、ファイだ。


 白髪のファイであれば階層主には十分な実力を持っているし、戦闘にも、手加減にも慣れている。


『それにファイさんは獣人族の方に好かれやすい傾向があります。きっとユアさんの魔獣さんとも連携できるはずですわ!』


 今後も同様の事態になったときに、ウルン人が階層主を務められるかを試す。実験的な要素も含めた仕事なのだと、ニナは言っていた。


 ファイとしても、自分が関わることで魔獣による探索者の死亡数・死亡率を下げられるかもしれないこと。何より久しぶりに“戦闘”を主とした仕事であることもあって、秘かに燃えていたのだった。


「――ということでユア。緑色等級の魔物はいない?」


 事情をかいつまんで説明し終えたファイは、改めてユアに用件を伝える。


『ファイちゃん様が階層主、ですか……。つまりユア達を見るだけで襲い掛かってくる野蛮で狂暴なウルン人と戦うんですよね?』

「うんと、ちょっと違うけど大体そう」


 ウルン人が「野蛮」「狂暴」である部分は否定しつつも、ウルン人と戦うというその点は合っていることを伝えるファイ。もしも緑色等級の魔獣がいない場合、手早く表で魔獣を“調教”する必要があるのだが、


『……ちょっとそこで待っててください。ユアが話を付けてきます』


 幸いにも、どうやらユアには当てがあるらしい。


『良いですか、ユアが戻るまできちんと良い子で待っててくださいね。そうしたらご褒美でユアのこと、撫でさせてあげます』

「うん。じゃあ待ってる、ね」


 そんな会話で途切れたピュレの通信。


 ユアに言われた通り、ファイは実験場へと続く鉄扉のすぐ隣に座って“マテ”をする。


 ふと気になったのは、魔獣をどうやって移動させるのか、だ。


 個体差はもちろんあるが、総じて魔獣は大きい。少なくともファイの隣にある鉄扉からでは、大きめの馬くらいしか出られないのではないだろうか。


 以前、アミス、フーカ両名と“不死のエナリア”を攻略した際、第7層の階層主として用意されていたのは体高5mを超える巨大な蛙だった。


 背中に穴が開いており、そこから30㎝大の小さい子供の蛙を大量に生み出す。親蛙自身は伸びる舌と毒をまとった粘液を散らし、子蛙がファイたち探索者を翻弄して隙を作る。対応を間違えると一瞬で徒党が壊滅するような厄介な魔物だった。


 だが、あの大きな蛙はこの鉄扉を通れない。


 下層と違って上層・中層にはガルンの出入り口となっている大穴もないため、一度ガルンを通すというような荒業も使えない。


 となると、最寄りのガルンの出入り口である第13層から広い通路を選んで移動させたのだろうか。だが、もしその方法で移動させているなら時間と手間がかかるし、何より目立つ。探索者に気づかれないよう隠密活動を厳命されている裏方の従業員が、そんな方法を選ぶとも思えない。


 魔獣の移動方法について、ああでもない、こうでもないと考えるファイ。彼女が答えを出すよりも早く、すぐそばにあった鉄扉が重い音を立てて開く。


 やがて見えてきたのは、髪色と同じ桃色をした三角形の耳だ。続いてユアの左右異なる瞳が、ファイの姿を捉えた。


「ふぁ、ファイちゃん様……。お待たせしました……」


 相変わらず通信時と対面時での態度の違いに驚きつつも、ファイはゆっくりと立ち上がる。


「ん、大丈夫。ピュレで話す?」


 ピュレ越しの方が話やすいのではないか。そう思っての提案に、扉から全身を覗かせたユアは首を振る。


「大丈夫、です……。……けどっ」


 言いながらテテテとこちらに駆けてきたユアはそのまま、ファイの背後に回って抱き着いてきた。この体勢であれば顔を合わせずに済むという判断だろう。


 ここまでするならピュレを使えばいいのに、どうして。ファイの疑問は、背後から聞こえてくるユアの呼吸音で解消される。


「すぅ、はぁ……。……ファイちゃん様。また知らない女の匂いをさせてます」


 ミーシャもそうだが、ガルンの獣人族は挨拶代わりに匂いを嗅いでくることがある。


 戦闘時は発汗などから相手の心境や体調を見抜くという獣人族。恐らくこうして出会い頭に匂いを確かめることで、相手の体調などを確かめているのだと思われた。


「そう? 多分、ティオの。ウルン人の森人族で、11歳。私の妹」

「ファイちゃん様の妹……? その割には匂いが似てませんね……すんすん」


 黒毛の尻尾を左右に揺らしながらファイの背中の匂いを確かめていたユアは、少ししてファイから身を離した。


「それで、ファイちゃん様。用件の方ですが――」


 顔を合わせていないからだろう。通信時と同じハキハキとした口調で話すユア。


「――こちらをどうぞ」


 そう言ったかと思うと、ファイの背中側から小さな手が差し出される。見てみれば、ユアの手には手のひら大の小さな檻が乗せられていた。


(これ……)


 その檻はずっと前、ファイがミーシャと培養室で仕事をしていたときに、森の中にある倉庫で見かけた檻と同じだ。


 不思議に思いつつもファイは檻を手に取ってみる。と、(かす)かだが確実に檻が動いた。


「わっ」


 驚きで危うく落としそうになりながらも、どうにか檻を空中で掴んだファイ。慎重に持ち上げて檻の中を覗いてみれば、檻の中には銀色の毛並みをした2体の狼が居る。置物や小物などではなく、きちんと自立して動いている。つまり、生きているのだ。


「ユア。この子たちが私の仲間?」

「はい。ユアの自信作の子たちです。詳細はあえて伏せますが、階層主の間に着いたらその檻を壊してあげてください」

「……? わ、分かった」


 珍しくもったいぶるユアに戸惑いながらも、檻を持ち上げて中を覗き込むファイ。と、少し警戒した様子でファイを見る狼たちと目が合う。


「さっきは驚かせてごめん、ね。私はファイ。よろしく」


 ファイがそう言ってみると、小さな2体の銀狼も、警戒しながらではあるがぺこりと頭を下げてくれたのだった。




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