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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●階層主を、やってみる

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第232話 移動は、大変みたい




 謎の「エナリア式昇降機」なるものの見学のために、螺旋階段の1つにやって来たファイ。そこにあったのは、螺旋階段の踊り場部分にポツンと置かれた箱と、大きな車輪だ。車輪の上部には細い通路と、その通路に上るための梯子が取り付けられていた。


 その機械的な見た目にはファイも好奇心をくすぐられたのだが、ファイが目を輝かせた部分は他――車輪の中に納まっている、モフモフの魔獣にあった。


「(ジィー……)」


 ファイが“ソレ”と見つめ合う中、隣ではニナとロゥナ、フーカによる話し合いが始まった。


「これが、エナリア式昇降機、ですか……?」


 円形になっている踊り場の中央部分に置かれた箱。その隣にある車輪を順に見て、不思議そうに瞬きを繰り返すニナ。


 彼女に向けて使い方を説明するのはロゥナだ。とはいっても、褐色肌の職人による説明はひどく簡素なものだった。


「使い方は簡単だ。あの部分に食べ物を入れて、この箱に乗る。以上!」


 車輪の上部にある通路と、螺旋階段中央にある箱。それぞれを順に示して見せながら、説明を終えたロゥナ。だが、彼女も言葉だけの説明ではファイ達が理解しづらいことを分かっていたのだろう。


 フーカに目配せをすると、実際に装置を使ってくれるらしい。


「ろ、ロゥナさんが言ったように、まずはあの通路まで上りますぅ……」


 地上6mほどの位置にある通路に、梯子を使ってフーカとロゥナが上る。他方、ファイ、ニナ、ティオの3人はひょいと地面を蹴って通路に着地、しようとして。


「あ、あわわ……」


 目測を誤ったらしいティオが落ちかけたのを、ファイが素早く彼女の腕を取って持ち上げる。おかげでティオが落下するようなことは無かった。


 そうしてファイ達が降り立った金属製の通路は、人1人が通ることのできる細さだ。通路は巨大な車輪の真上まで続いていて、先端は漏斗(ろうと)のようになっている。


 先ほどのロゥナの話から察するに、漏斗の部分に食べ物を入れると、車輪の中に向けて食べ物が落ちる仕組みなのだろう。が、今は漏斗の先端は板でふさがれており、車輪の中に食べ物が落ちないようになっていた。


 すぐに梯子を上ってきたフーカたち。


「こ、この穴に食べられるものを入れますぅ。今回は事前に準備していたこの果物の切り身を、こうして……」


 先端の漏斗の部分に、準備していたらしい果物の切れ端を入れるフーカ。ファイとしては、フーカ自身が漏斗に落ちてしまわないか気が気でなかったが、さすがにそんな“ポカ”をやらかすフーカではなかったらしい。


「こ、これで準備完了ですぅ。あとはいったん地上に戻ってもらいましてぇ……」


 5人で通路から降りると、翅から燐光を散らすフーカが螺旋階段の中央に置かれている箱に乗り込む。


 2人くらいなら乗れるだろう箱に乗ったフーカ。よく見ればその箱には紐が括り付けられていて、はるか3,000mほど上にある天井から吊るされているようだ。


(もしかして……?)


 車輪と吊るされた箱。上下運動。なんとなく装置がどう動くのか推測が立ち始めたファイの視線の先。


 フーカが、乗り込んだ箱のすぐそばにあった台に取り付けられている小さい車輪を回し始める。と、漏斗の先端にあった板がズレ始め、漏斗に入れてあった食べ物が車輪の中に落ち始めた。


 瞬間、車輪の中にいた魔獣が食べ物をめがけて動き出す。


 先ほどファイを魅了した“ソレ”は、体長2mほどの大きな鼠だった。だが野鼠などと違って鼻先はあまり尖っておらず、チューリに似て全体的に丸い線を描く。


 また、ファイがつい興味を引かれてしまったように、その鼠の体表はフサフサの毛におおわれている。茶色と白の毛並みをした鼠の魔獣は、桃色の小さく短い手足を使って一生懸命、食べ物めがけて走り始めた。


 しかし、鼠の足元はクルクル回る車輪だ。当然、どれだけ鼠が走っても車輪しか動かない。だが、装置としてはそれが正解のようだ。


 鼠の車輪が回り始めると同時。フーカが乗る箱が上昇し始める。しかもその速度はかなりのもので、ファイが小走りで螺旋階段を上るのに匹敵する速度になりそうだ。


 魔獣が走って滑車を駆動させ、人が乗る箱を上昇させる。


 エナで動くウルンの昇降機を、魔獣をうまく使うことで発展してきたガルンの文化で再現する。ウルン人とガルン人が共生している“不死のエナリア”だからこそ生み出せる装置。それが、フーカとロゥナが作り出した「エナリア式昇降機」の正体のようだった。


「おー。これでフーカも階を移動するのに疲れない」


 フーカと言えば、1階層分の移動すらままならない体力をしている。その点、この装置があればフーカも楽をして安全に移動することができる。


 画期的だ、と、瞳に輝きを宿すファイ。だが、そんな彼女と対照的なのはニナとティオだ。


「なる、ほど……」

「なにこれ。昇降機の劣化版じゃん。ちょー前時代的なんだけど」


 ニナは何とも言えない顔で。ティオに至っては面白くもないと白けた様子を見せている。


 しかも装置を発明したロゥナでさえ苦笑を浮かべ、浮かない顔だ。その理由は、ロゥナに寄ってすぐに明かされる。


「見ての通り、開発を始めてちょっとしか経ってねぇ。なかなか思い通りのものが作れなくてなぁ。それに問題だって多い」

「問題、ですか?」


 聞き返したニナへの回答は、今まさに止まってしまった昇降機が教えてくれる。鼠の魔獣がもう漏斗から食べ物が出てこないと分かって走るのを止め、頬にため込んだ物を食べ始めたのだ。


 当然、昇降機の上昇は止まる。見上げればまだ視認できる位置にフーカが乗っている箱はあり、宙吊りの状態になっている。恐らく上の階層の5分の1程度しか上っていないのではないだろうか。


「まずはこれだ。次の階までの食べ物を用意すると、俺たちの食事の10回分くらいが飛ぶ。つまり燃費が悪い。それに魔獣もその分の食事を食べられない」

「つまり現状、この装置で次の階層までは迎えない……と?」


 問題点について要約したニナの言葉に、ロゥナは「そうなんだよなぁ」と首を縦に振る。


「それにもう1つ問題点がある。上るのはまだ良いんだが、下りる方だ」


 この装置の場合、上りには適していても下りに適していないという。現状、フーカは地道に1万近い数の階段を下りるほかない状況のようだった。


「ふむ……。今後もフーカさんのように移動を苦にする方が現われるかもしれない。いえ、実際、ミーシャさんやユアさん達も多少は不便しておられるはずですわ。なので噂に聞く昇降機を、と思ったのですが……」


 あご先に手を当てて思案顔のニナ。これから先、従業員の負担を減らすための昇降機作りだったようだが、課題は山積みらしい。


 ただ、ウルン人とかかわらなければ昇降機などという発想も生まれなかったはずだ。ロゥナの腕と、フーカの知識。2つがあれば、実用化できるまでそう時間はかからないだろうとファイは思う。


「昇降機よりもエナリア内を走って移動する騎獣を用意する方が現実的でしょうか? いえ、ですが、魔獣がウルン人を襲う可能性もありますし……」


 エナリア主の顔で考え込むニナの格好いい横顔をファイが盗み見ていると、不意に服の裾が引っ張られる。見れば、青い顔をしているティオが居た。


「ね、ねぇ、お姉ちゃん。ティオ分かりたくないんだけど、もしかしなくてもここ……。昇降機ない感じ?」

「うん。無い、よ?」

「えっ。じゃあこれまで上の階に行くとき、どうしてたの……?」


 恐る恐る。そんな様子で聞いてくるティオの態度を疑問に思いつつも、ファイは隠すことなく答える。


「普通に、走って?」

「はぁぁぁ~~~!?」


 理解不能だと言うように叫ぶティオ。いや、実際、直後には「ありえないんですけどぉ!?」と叫んでいた。


「あっ、ごめんね、ティオ。冗談」

「冗談!? お姉ちゃん、冗談とか言えたの!?」


 ファイの言葉に出会って1、2を争う驚きを見せたティオだが、不意にほっと息を吐く。


「良かった~……。いや、まじで。この分の階段を上れって言われたら、ティオ、発狂してた。……で、お姉ちゃん。昇降機か自動階段はどこ?」


 キョロキョロと周囲を見回しているティオに、ファイは首をかしげる。


「だから、ティオ。昇降機も自動階段もない、よ?」

「えっ? だってお姉ちゃん、冗談だって」

「うん、走って上る、は、冗談。私は魔法を使って移動してる、よ?」

「…………。…………。……はい?」


 長い沈黙を置いて、やはり首を傾げたティオ。だが彼女はすぐに「はっ」とした顔をして見せると、ファイの顔、背後の試作段階の昇降機、そして今まさに階段を下りてきたフーカを順に見る。


 そのままゆっくりとファイの方に視線を戻すと、焦ったような顔で笑った。


「お、お姉ちゃん? 一応、念のため。万一のための確認なんだけど……」


 やけに長ったらしい前置きを疑問に思いつつも、真顔で「うん」と頷いたファイ。それを確認して、ティオが改めて聞いてくる。


「お姉ちゃんはどういう魔法を使って移動してる感じ?」

「うん? えっと、基本的には〈フュール・エステマ〉、だよ? こうやって……」


 ニナ達の迷惑にならないよう、高く跳び上がってから〈フュール・エステマ〉を使ったファイ。普段とは違って周囲に漏れる風も制御しながら、フヨフヨと宙を漂う。


 しかし、すぐに魔法を解除して、ティオの隣に降り立った。


「こんな感じ」

「ふ、ふ~ん? も、もしもだよ? もしもの話なんだけどぉ……。……それができないとしたら? なんて~……」


 乾いた笑いをこぼすティオの様子に、ティオの「分かっちゃった」ではないが、ファイもようやく察する。


 恐らくというよりは確実に、ティオは魔法による移動手段を持っていないのだろう。


 確かに彼女は白髪で、使える魔法は押しなべて強力なものになる。しかもティオの種族――森人族――は人間族よりも魔法が得意で、特に使うことができる魔法の種類が人間族よりも多いと言われている。


 だが所詮、使える魔法には個人差がある。ティオは〈フュール〉系統の魔法を使えないか、使えても自身の身体を浮かせることはできないのだろう。


 そうなると――。


「ティオ。私、もう1つだけ移動手段、知ってる」

「ほんと!? まじで!? 教えて、お姉ちゃん!」

「えっと、ね。自分を〈ヴァン・エステマ〉で飛ばして――」

「無理じゃんっ! いや、できるかもだけど、怖すぎて無理っ! うわーん! ティオ、お姉ちゃんが居ないとこの階層から上がれないこと確定したんですけど~!」


 運動音痴で、白髪なのに体力も人並みなティオだ。彼女もフーカに続き、エナリア内での移動に支障を抱える人員として名を連ねることになる。昇降機を求める切実な声がまた1つ、増えたのだった。




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