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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●王国民に、なってみた

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第227話 もっとずっと、強かった




 非常に局所的な地震が、アグネスト王国南東の港町フィリスを襲った。それも、断続的に、何度も。


 だが、揺れの発生源は地殻変動ではない。高さ100m(メルド)を超える巨大な岩でできた人形が、ゆっくりと、町を練り歩いていた。


 超重量の岩人形だ。彼が歩いた場所にあった建物は見るも無残に破壊され、建物の中にいた人々がどうなったかなど言うまでもない。1歩踏み込むたびに軽く10を超える命が失われ、場所によっては数百に迫る死者が出る。


 突然現れては動き出した巨大生物――命はないため厳密には生物ではない――に、人々は逃げ惑う。フィリスの町はまさに阿鼻叫喚といった様相を呈していた。


 ただし、1か所だけ。岩人形が通ったというのに、奇跡的に死者が出なかった場所がある。


 それは、フィリスの町役場だ。国から歴史的建造物として認められていた瀟洒な建物は当然、全壊している。


 しかし、突如がれきが吹き飛んだかと思うと、ぽっかりと空いたすり鉢状の穴が現われる。そして、穴の底に居た100人近い人々は澄み渡る空を見上げると――


「「「おーーーーーー!」」」


 ――一斉に、生を喜ぶ叫びをあげた。


 そして、そんな人々を能面とドヤ顔。それぞれの顔で見遣るのは、2人の白髪の少女だ。そのうち、能面の少女――ファイが隣に立つもう1人の白髪であるティオに賛辞を贈る。


「ティオ、すごい。穴を掘る、は、考え付かなかった」


 あの質量に耐えられる土の壁も氷の壁も作れない。ゆえに、町役場に居た人々を救えない。半ばあきらめていたファイを救ったのは、地面を掘るという発想を教えてくれた、ティオだった。


「にっしし! でしょー?」


 渾身のドヤ顔で胸を張るティオのふわふわ髪を、ファイは全力でなでる。


 ファイ達は、〈ゴゴルギア〉で踏みつけに耐えられる人形を作ったのではない。人形を作る過程で大量にえぐられる地面の方を利用したのだ。


『地面のへこんでるところを踏むことは、できないもんね!』


 ティオに言われた時にファイの瞳がきらめいたことは言うまでもない。広さこそ数十メルド必要だが、深さは数メルドだけで良かったこと。また、決して大きくない町役場で、騒動に気づいた職員を含めた人々が待合室、および隣接した事務所に居たことが幸いした。


 おかげで踏みつけが行なわれるまでの10秒にも満たない間に、全員が入ることのできる大穴を作成。最後に瓦礫に備えてティオが〈ゴゴギア〉で穴にフタをすれば、即席の地下避難所の出来上がりだった。


「でもこれも、お姉ちゃんのおかげっ!」


 と、ファイに抱き着いてくるティオ。どういうことなのか。ファイが聞いてみると、ティオがこの穴の着想を得たのは、彼女が言うところの運命の瞬間――ファイが黒狼との因縁に一定の区切りをつけたあの場面にあったのだという。


 あの時、ニナは自分がウルン時であると見せかけるために、地面を殴りつけて大きく陥没させたことがあった。その光景から、ティオは今回の魔法で穴を掘るということを思いついたらしい。


「あの中継映像、録画して何百回って見てたから! まさにティオのお姉ちゃんへの愛が導いた結果だよね! はぁ~、超感動なんだけど~♡」

「うん。ティオ、すごい。えらい。可愛い。えっと、ちょーさいこー」


 ティオが良く使う言葉も交えながら、11歳の英雄をたたえるファイだった。


 だが、再び訪れた揺れですぐに気持ちを切り替える。こうしている間にも岩人形は町を練り歩き、町と人を壊しているのだ。


 ひとまずティオを抱えて穴を飛び出したファイ。ひょいひょいと建物の残骸の上を軽やかに移動し、(ひら)けた場所でティオを下ろす。穴に残した人々については各々の力で出てきてもらうことにして、ファイは町を破壊している岩人形を見上げる。


 巨体を支える岩人形の円筒状の足は大きく、1歩だけで直径20m近い範囲を瓦礫の山に変えてしまう。


 あんなものが歩き回れば町は破壊され、ファイにとって最も大切な場所――魔道具量販店がつぶれてしまうかもしれないのだ。


(私、まだ撮影機、買ってない!)


 背嚢を背負い直したファイは改めて、あの岩人形を破壊することに決める。


 あの岩人形を動かす際、白髪教の男は“試練”と言葉にしていた。彼らの言う試練とは、白髪の圧倒的な力を民に示すものだったとファイは記憶している。


 そのために前回は巨大鰐を、今回は巨大な岩人形を、白髪教たちは用意したのだ。


(つまり、私とティオが居るから、あの岩人形が作られちゃった……)


 自分たち白髪が居たせいで、フィリスの町は破壊されていると言っても良い。ファイにとって今回のこともまた、“自分のせい”で発生したことになっていた。


 しかし、宣誓式の前のアミスとの会話を経たファイは、もう動けなくなることは無い。


 事態は起きてしまっている。犠牲も少なからず出てしまっている。痛む心は、ファイの中にある自責の念の表れだろう。


 それでももう、ファイが優先順位を間違えることは無い。事態を気に病んで動かないよりは、反省を生かして行動に移した方が何倍もマシ、というのが今のファイの考え方だ。


 もちろんこの考え方の裏には、どんな失敗もニナなら受け止め、時に叱ってくれる。そんなニナへの信頼があった。


 少し岩人形との距離は開いて、ファイとの距離は500mほどだろうか。


 相変わらず、高さ100mを超えるあの岩人形は大きい。フィリスにあるどこの建物よりも背が高く、しかも、その巨体が動いているのだから迫力は満点だ。


 だが、残念ながら“不死のエナリア”にある最も大きな構造物――第5層から第7層にかけてそびえたつ、大樹には到底及ばない。何なら、“少し大きな夜光石”がちょうど岩人形くらいだろうか。そう思うとむしろ、あの岩人形ですらもちっぽけに思えるのだから不思議だ。


(あれを壊すくらい、ヨユー)


 ユア、ムア姉妹の言葉を借りながら好戦的に笑ったファイ。先日、エナリアの修復を促すために用いた大規模な爆発の魔法〈フューティア〉を使うために、人気のない安全な場所を探す。


 が、そんなファイの努力は、意外な形で水の泡になる。


 始まりの変化は、岩人形の腰にあたる部分あたりで発生した、小さな爆発だった。


「……?」


 何事かとファイが見ているうちに、再び、小さな爆発が岩人形を襲う。それが人々の魔法による攻撃なのだとファイが理解する頃には、もはや数えることもできない多種多様な魔法が、岩人形を襲っていた。


 当然、攻撃によって岩人形の表皮は削れ、大小の岩塊が落ちていくわけだが、落ちていく岩の塊が途中で小さく砕かれていく。


 距離があるために詳細までは分からないが、人々が魔法や動物を使って空を飛び、空中にある岩塊に触れて魔法で細かな礫に変えているらしい。


 それでも取りこぼした岩については、付近の建物の屋上に居る探索者が各々の得物で細かく斬る、あるいは砕いている。結果として、岩人形破壊による影響はかなり小さくなっていた。


 そう。これまでずっと1人で戦ってきたファイはつい忘れてしまいがちだが、この町には、世界には、たくさんの人が居るのだ。そして彼らは例外なく魔法を使い、自衛することができる。


 もちろんその力はファイには遠く及ばないのだろう。だが、精いっぱい、自分の力を振り絞って生きている。自分の生活を守るために。


(そっか。私がしなくても、みんなができるんだ……)


 巨大鰐に対処したときも感じた“市民の偉大さ”を、この時改めて実感するファイ。人々が持つ生の輝きに触れられた気がして、金色の瞳はきらりと輝く。


 さらに次の瞬間、青空に銀閃が閃いたかと思うと、球体関節になっている岩人形の片腕が、ひじの辺りから真っ二つになった。


 直径10m以上ある、硬い岩でできた関節。それを一太刀で斬るなど、高品質の武器と圧倒的な膂力が必要になる。しかも肘があるのは地上60~70mの位置だ。飛び上がるのでは届かないため、魔法で支援しながら飛び上がり、足場のない場所で剣を振って岩を斬ったことになる。


 ファイがもし真似をしろと言われても、絶対に無理だ。


 果たして誰がそんな芸当をしているのか。ファイが剣を振って地面に落ちていく人物に目を向けると、フォルンの光を美しく照り返す禿頭があった。


 さらに視線を下に移すと、立派な口ひげが。さらに下へと目を向けると、恰幅の良いお腹が見えてくる。


「……ゼム?」


 見覚えのある初老の男の名前を呼ぶファイ。鈍重そうな身体つきでありながら軽やかに戦場を舞うゼムの姿をファイが目で追っていると、


「ファイちゃん、ティオちゃん、大丈夫!?」


 白金色の紙を揺らすアミスが姿を見せた。


「アミス。何してた、の?」

「遅れてしまって、ごめんなさい。少しだけ、使命を果たしていたわ」

「使命……?」

「ええ、そう。――今回の件の首謀者に違いない男を絶対に逃がさないことよ」


 アミスが言っているのは、ファイに生首を見せてきた翼族の男のことのようだ。彼を捕らえて今回の騒動の詳細や、儀式魔法が行なわれた場所、方法を知る。また、白髪教の調査を行なう。


「そうして今後、あいつらのせいで生まれる犠牲を減らすの。……たとえ、目の前にある人々の命を犠牲にしても、ね」


 少数の命を犠牲にして、将来の犠牲を減らす。それが王女アミスティとしての使命なのだ、と、アミスは語る。


「別にその判断を後悔はしていないし、間違っているとは思わないわ。何をどう偽ったって、結局、私はこの国の王女だもの」


 凛とした顔とたたずまいで、自分の行ないに後悔はないと口にするアミス。だが、その声にわずかに、やるせなさにも似た諦めの感情が見えた気がするファイ。


「ファイちゃんなら、ティオちゃんを連れて脱出する。そう確信していたのだけど、まさかこんな方法で市民を助けてくれるなんて……」


 表情を柔らかなものに変え、順々に穴から抜け出している市民を見遣るアミス。少ししてファイとティオに向き直った彼女は、表情を王女のものに変える。そのうえでファイ、ティオとそれぞれに目を合わせると、


「彼らを助けてくれて、ありがとうございました。この国の第3王女として、深く、お礼を申し上げます」


 そう言って、深々と頭を下げる。


 次に顔を上げた彼女の顔は、探索者としてものに戻っている。


「さて、それじゃあ騒動の後始末といきましょうか!」

「え、でも……」


 後始末というには、まだ騒動は収まっていないではないか。そう言おうとしたファイだが、先ほどから揺れが収まっていることに気づく。


 では揺れを引き起こしていた元凶である岩人形に目を向けてみると、


「おー……」


 いつの間にか足だけになった、元岩人形の岩だけがある。その岩も市民が使う魔法によって、ファイが瞬きをするたびに小さく、小さくなっていった。


「ね? ファイちゃん。私たちも案外、やれるでしょう?」


 白髪以外の人々も、協力すれば強大な敵を打ち倒せる。白髪以外を代表するように言って片目をつむるアミスの言葉に、ファイはゆっくりと頷く。


 この日、この時。ようやくファイは、かつてのアミスが言った「ウルン人はファイが思っているよりも強い」という言葉の意味を、理解した気がした。




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