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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●王国民に、なってみた

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第224話 ティオ、聞いて?




 ファイのアグネスト王国民になる宣誓式は、驚くほど何事もなく終了した。


 アミスに言われるがまま彼女が差し出した紙に名前を書き――ケイハが書いたものを真似した――、アミスに言われた場所に朱肉の付いた親指を押し付け、アミスの言葉をそのままオウム返しする形で宣誓をした。


 時間にして、10分もかかっていないだろうか。


「……私、ファイ・タキーシャ・アグネストは、アグネスト王国の理念に同意します。……で、大丈夫?」

「はい、ありがとうございました、ファイさん!」


 何が何だか分からないまま進んだ宣誓式。本当にこれでよかったのか尋ねるファイとは対照的に、答えるアミスの声は弾んでいる。


「これで私も王国民? ニナとアミスの約束は、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。お疲れ様でした」


 さしあたって、アミスとニナとの間に交わされた約束は履行されたこと。それさえ確認できれば、ファイとしては言うことなしだ。


 これでファイのウルンでの“やること”が1つ、果たされた。残すは最も大切なお仕事である、撮影機の大量購入だけだった。


「それじゃあ、アミス。また、ね?」


 用事も済んだため、早々に会議室を出ていこうとするファイ。だが、次に聞こえてきたアミスからの提案に足を止めることになる。


「ファイさん。お買い物、私が手伝わなくても大丈夫ですか?」


 そんなアミスの申し出は、正直、ファイとしては非常にありがたい。まだ会計だけでまごつくファイだ。前回はどうにか店員の話を聞くことで魔道具を買えたが、あの時は万一に備えてアミスとフーカが外で待ってくれていた。


 安心材料がある。だからこそ、ファイは勇気を出して1人で撮影機と投影機を買えたと言っても良い。その点、今回もアミスが見守ってくれるというのなら、ファイとしても非常に安心だ。


(……けど)


 ちらりとファイが横目に見るのは、ティオだ。


「王女様との挨拶が終わったから、次はー……撮影機を買うんだっけ? また2人っきりでお買い物なんだけど、幸せすぎるんですけどぉ~……♡」


 独りでぶつぶつと予定を確認しているティオの存在が、やはり、ファイの“甘え”をためらわせる。


(……ま、前は私だけでもお買い物ができた。だから、きっと、大丈夫)


 過去の成功体験を根拠に、ファイがアミスの提案を蹴ろうとした、直前で。


「――いえ、こう言い変えましょう、ファイさん。私と一緒にお買い物をしてくれませんか?」


 アミスがわざわざ、言葉を言い換えた。それは“提案”ではなく“お願い”だ。ファイがアミスの助力を乞うのではなく、アミスがファイに“してほしいこと”を伝えた。それだけの言い換えにすぎない。


 だが、たったそれだけのことに、ファイの瞳はきらりと輝く。


「いい、よ! 一緒に行こ、アミス?」

「ふふっ! はい。それじゃあまた少し着替えとお化粧直しをするので、時間をくださいね。ここで少し待っていてください」

「分かった」


 ファイが頷いたことを受けて、アミスは宣誓書をいかつい箱に入れているケイハを連れて控室に消えていく。


 今もそうだが、アミスは基本的に断定口調で話す。例えばニナであれば「時間をくださいませんか?」と聞いてくるところを、アミスは「時間をください」と明言する。


 本来は「はい/いいえ」の意思表示さえも抵抗があるファイとしては、非常にありがたい物言いだ。恐らく「ファイだから」と意図したものではなく、アミスの気質なのだろう。だが、いずれにしても、ファイの思い描く理想の主人としての在り方は、ニナよりもアミスの方に軍配が上がっていた。


「……けど、ニナの方が良い。だから、不思議」


 名前を口にするだけで温かくなる、ファイの大好きな主人。理屈では間違いなくアミスを選ぶのに、どういうわけか、ファイはニナの方が良いと思ってしまっている。


 不思議で、不可解で、それでいて嫌じゃない。奇妙な感覚に、ファイは優しい顔で目を閉じる。と、その時だ。ふと、殺気のようなものを感じたファイ。ゆっくりと目を開けて殺気がした方――隣を見る。と、そこには――


「(むぅぅぅ~~~……っ!)」


 と、あからさまに不機嫌な顔をしているティオが居た。


「ティオ? どうかし――んむ」


 ファイの呼びかけが終わるよりも早く。「お姉ちゃん!」と叫んだティオによって、ファイの唇がふさがれる。しかもティオは飛びつくようにしてファイに接吻をしてきたため、ファイは背中から倒れこむ形になってしまった。


 その衝撃で、きれいに四角く並んでいた長机と椅子の一角が崩れる。


 後頭部を床に強打したかすかな痛みをこらえるファイに馬乗りになって、ティオはファイの唇を何度も貪ってくる。


「お姉ちゃん……れろっ、お姉ちゃん、お姉ちゃん……んっ……!」


 ファイを何度も呼ぶその姿は、まるで、自分を見ろと言わんばかりだ。


「ファイちゃん!? 大きな音がしたけど、何かあった!?」

「ちょっ、アミスティ様! お着替えが途中です!」


 ファイが倒れた際に巻き込まれて倒れた机や椅子の音を聞いたのだろう。白い下着姿のアミスが控室から飛び出してくる。


 そして、仰向けに倒れるファイと、そこに馬乗りになっているティオを順に見た彼女は――。


「ティオさん。何をしているのですか?」


 ――ファイが思わず身震いしてしまうほどの底冷えする声と視線を、ティオに向ける。よく見ればその手には鞘に納められた剣が握られており、ティオの返答次第では抜きかねない勢いだった。


 しかし。


「へ~……。王女様、そうなんだ? ティオ、分かっちゃった♪」


 ティオは、王女であるアミスの問いかけに答えない。むしろファイのおなかの上、アミスに向けて下舐めずりをして見せると、


「お姉ちゃん……♡」

「え、ティオ? まっ――」


 ファイの制止を無視して、熱い接吻を再開する。まるで、アミスに見せつけるように。


 瞬間、会議室に重い何かが落ちる音がする。首をティオにふさがれながらファイが視線だけで確認してみると、アミスだ。彼女が手から剣を落としたのだ。


 彼女の琥珀色の瞳は、濃厚な交わりをしているファイとティオの顔に向けられている。そして、ゆっくり、ゆっくりと。昨日見た夕焼けのように、アミスの顔の赤みは増していき、


「えっ、あっ……えっ!? ど、どういうこと!? ティオちゃんが、ファイちゃんに、で……だから、そういうのは、でも、ダメで……きゅぅ……」

「アミスティ様!?」


 見たことがないくらいに顔を赤くしたアミス。しまいには理解と羞恥が限界を迎えたのだろう。眼を回して倒れた彼女を、すんでのところでケイハが抱き留めた。


「あっ、あの、ファイ様、ティオ様……。アミスティ様はそう言ったことに対する免疫が、その、まったくないので……。なので、できればこの方の前では控えていただけると……」


 眉尻を下げながら気まずそうに言ってくるケイハに、「ちゅぱっ……」とファイの捕食を止めたティオが答える。


「あはっ♪ ティオ、分かっちゃったんだもん、その王女様のじゃ・く・て・ん♡ ティオ達の愛の時間の邪魔をした罰だしっ!」

「あ、愛……!? そ、その……あの……し、失礼しました~!」


 目を回すアミスを連れて、控室へと消えていったケイハ。勢いよく扉が閉まれば、会議室には静けさが戻る。


「……それじゃ、お姉ちゃん? 続き、しよ? あーん……」


 口を広げ、舌を出しながら顔を寄せてきたティオ。彼女の口とファイの口とが重なり合う直前。2つの唇の間に、手が差し込まれる。その手は、ファイの物だった。


「待って、ティオ。お話、しよう」

「……えっ、嫌なんだけど。お姉ちゃん、ティオとチュー、したくないの?」

「ううん、そうじゃない。そもそも私に『したい・したくない』は、ない」

「じゃあ、良いじゃん! もっとチュー、しようよ! ……もっとティオと気持ちよくなろ? もっとティオのこと、見て?」


 子供らしく、というべきだろうか。ティオが「自分を見て?」と言葉にした瞬間、ファイは長年エナリアで培ってきた独学の体術を用いて、ティオを組み伏せる。


「きゃっ」と悲鳴を上げて頭を打ち付けそうになるティオだが、そこはファイだ。きちんと彼女の後頭部を支え、ゆっくりと地面に下した。


 こうして立場は逆転する。地面に大の字になるティオを、四つん這いになっているファイが見下ろす形だ。


 ファイの眼下。驚いたようにこちらを見つめてくる紫色の瞳を、ファイもまっすぐに見返す。


「お姉、ちゃん……?」

「ティオ。私、ティオを見てる、よ? ほら」


 ティオの手を取って頬や目元に触れさせながら、無理やりにでも、自分がティオを見ていることを伝えるファイ。その行動の裏にあるのは、ティオに安心してほしい一心だ。


 白髪教の屋敷でも、今も。接吻をするときはいつも、寂しそうな顔をするティオ。だからこそファイはティオが両親の喪失による寂しさを抱えているのだと気づくことができた。


 彼女の寂しさを埋めてあげたくて、ファイは彼女の姉になっている。ゆえに、彼女が不安になるのなら何度だって接吻するし、いつまでだって見つめてあげるつもりだ。


 だが、先ほど、アミスに見せた表情は違う。彼女は寂しさでも、恋しさでもない。別の感情を乗せて、ファイに接吻をしようとしていた。


 ファイは、その感情の名前も、正体も知らない。しかし、人生の中で一度だけ、同じような視線をファイに向けてきた人物が居る。


 エグバだ。


 彼がニナと対峙した際、ファイに「ニナを殺せ」と命令したあの時だ。ファイを自分のものだと言うような彼の視線を、ファイはきちんと覚えている。先ほどのティオは、その時のエグバと全く同じ顔をしていた。


 だからこそ、ファイはきちんと言葉にしなければならない。ティオになかなか言えずにいた自分のことを、きちんと伝えなければならない。


「ティオ。よく聞いて、ね?」

「い、いや……嫌だし!」


 持ち前の直感で、ファイが何を話そうとしているのかが「分かっちゃった」のだろうか。いや、ひょっとするとずっと前から、彼女は気づいていたのかもしれない。


 それでもファイは、言葉にしなければならない。


「私はファイ。ファイ・タキーシャ・アグネスト。心がない道具。それから、ね?」

「や、やめて、お姉ちゃん……? ティオ、もうそれ以上聞きたくな――」


 目元にうっすらと涙をたたえながら不安そうに瞳を揺らすティオに、ファイは、自分が何者か。また、


「ニナっていう、大事な主人(ひと)が居る」


 誰のものなのかを打ち明けるのだった。




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