第223話 じゃあ、ティオちゃんは?
※本文の文字数が約4,600字と、普段より多くなっています。読了目安は10分~です。
フィリスの町の中心地にある、町役場。その応接室――ではなく会議室に、アミスは通された。小さな応接室に王女であるアミスを通すわけにはいかないだろうという、役場側の配慮があったのだろう。
おかげで本来、100人以上は入るだろう会議室にアミスがちょこんといるという寂しい形になっていた。
そんなアミスはと言えば、もう自動二輪用の服ではない。襟と釦が付いた薄手の白い上衣に、長い丈の黒い下衣。上下ともにぴっちりとした折り目が刻まれたその服は、ちょっとした式典などに着ていく、礼装と普段着の間にあたる服だ。
また、男性らしい直線的な線を描く服に合わせて、髪も後頭部で丸く結わえられている。長い手足、普段とは違う凛とした印象の強い化粧なども相まって、今は男装の麗人といった装いだった。
と、アミスが四角を描くようにして置かれた机の上座に座った頃。会議室の隣にある控室へと続く扉から、ケイハが姿を見せる。
つい先ほどまでアミスを着つけてくれていた彼女も手早く着替えを済ませ、アミスと似た侍女用の礼装に身を包んでいた。
「ケイハ、さっきはありがとう。それから着替えも」
今はアミスとケイハしか会議室に居ないということで、口調などを普段のものへと変える。“さっき”というのは、白髪教の暴徒に襲われた時のことだ。ケイハが取り押さえてくれたことで、アミス自らが手を下すという事態にはならなかったのだった。
アミスとしてはいろんな意味で本当に助かったのだが、当のケイハはと言うと、
「い、いえ……。出過ぎた真似をしてしまいました……」
謙遜するように言って、アミスのもとへと歩いてくる。
「むっ……。そう? じゃあ貴方は王女の私が直接白髪教の信者に手を出して、民から……というよりは白髪教の奴らから宗教弾圧だ、なんて言われても良かった、と?」
「いえいえっ、そんなことはっ! あの、その……恐縮です」
むしろそれが分かっていたからこそ、ケイハは守ってくれたのだとアミスは分かっていた。ただ、いかんせん、フーカと比べてしまって自尊心が低いケイハだ。彼女がいかに優秀であるかを根気強く説いているつもりのアミスだが、まだまだ先は長そうだった。
「それで、どう? 逃げた白髪教徒は捕まえられたかしら? 罪状は誘拐未遂容疑でいけると思うけれど」
椅子の背もたれに体重を預けながらケイハに尋ねるアミス。
昨日。ゼムから届いた伝言を要約すると、「なんとなく怪しい憲兵がファイを迎えに来たから注意されたし」というものだった。
これがただの憲兵の言葉なら、アミス話半分に聞いていただろう。だが、ゼムは元騎士団長で、探索者組合の組合長でもありながら、定年まで生き残った人物だ。そんな彼の勘を、アミスは自分以上に信じている。
ゆえに無理をして急いで来てみれば、ちょうどファイ達が厄介ごとに巻き込まれたのだった。
アミスが見た限りでは、4人の教徒が逃亡しているはずだ。アミスもあの場で全員とは言わずとも、半数程度であれば捕縛できただろう。
ただ、先ほどケイハに言ったように、王女自ら臣民に手を出すと各方面がうるさい。渋々ではあったが、憲兵に役割を譲ったのだった。
いろいろと肩身が狭い王女としての立場に内心でため息を吐くアミスの隣で、ケイハが携帯の連絡事項を眺めながら報告してくれる。
「捕らえられたのは……半数の2人、ですね。ですが捕まってからは黙秘を続けているようです」
「あいつら、普段は一般人として生活しているものね。普通の格好に戻られたら、ね?」
「はい。一般人との見分けがつきません。なのでこれだけ時間がたってしまうと、もう……」
これ以上の捜索は難しい。続くはずのケイハの言葉を、アミスもきちんと理解していた。
「と、なると。王女と分かってなお私に歯向かってくれたあの信者が鍵ね」
基本的な人権を保障しているアグネスト王国だ。非道な尋問は許されておらず、ゆえに未解決だったり、消化不良だったりする事件も多くある。
そんな中、唯一の例外が“王族への反逆”だ。
他国からの干渉の恐れもあるため、王族に歯向かったり危害を加えようとしたりした人物には“少々強引な取り調べ”が許されている。
今回で言えば反逆罪で捕らえた信者から、ファイとティオの情報を。そのほか、黒狼の残党から回収されていると思われる違法薬物のありかなどを聞き出したい。そんな思惑もあって、アミスはわざわざ最初に正体を隠して、一芝居打ったのだった。
しかし、ここでも白髪教はアミスをきちんと嫌な気分にさせてくれる。
「その男についてですが、連行中に暴れて逃走。自動車の前に飛び出して自害したそうです」
ケイハからの報告に、アミスが頭を抱えたことは言うまでもない。
「あいつら、ほんと……。生首の件と言い、覚悟ガンギマリ過ぎじゃない? できれば探索者にでもなって、国に尽くしてほしいくらいだわ」
「あ、あははは……」
アミスの苦言に同意するでも否定するでもなく。苦笑でもって受け流すケイハだった。
いずれにしても、町には少なくとも過激な思想を持つ白髪教が残り2人も居るということになる。
現状、どこの国にも所属していないファイは、白髪教にとって非常に魅力的な存在だろう。ファイはどこの国にも所属しておらず、法に守られても居ない。白髪教がファイを使って何をしようと、誰も口出しができない状態なのだ。
(ファイちゃんは女の子だし、子供も産める……。白髪教の奴ら、ティオちゃんのことを抜きにしても喉から手が出るほど欲しいでしょうね……)
ゆえに白髪教は、ファイの奪取に強引な手段を用いている。もしも宣誓書に署名されるようなことがあれば、ファイは王国民になる。つまり人権が国によって保障され、白髪教がファイに“何か”をすれば犯罪になるのだ。
今回の宣誓式のことを白髪教が知っているとは思わないが、この後も残った白髪教の人々が式を邪魔してきても何ら不思議ではなかった。
「ファイちゃん達を見守っている憲兵たちはなんて?」
「あっ、はい。そちらについては、えっと……。おおむね問題はなさそうです」
「おおむね? 曖昧な言い方ね?」
「は、はい。その……。憲兵の方々から各々、意見も添えられていまして……」
ファイ達が到着するまで暇であることには変わりない。手持ち無沙汰に、アミスは憲兵の意見とやらを聞いてみることにする。
「いいわ、聞かせて頂戴」
「はい。えっと……『本当の姉妹のようで微笑ましい、癒される』『ファイさんの2番目の服に1票です』『ティオちゃん可愛すぎ』『は? ファイちゃんの方だろ』といった声が届いています」
「…………」
憲兵たちも、きちんと見守ってくれているのだろう。見守ってくれているからこそ、服を買っているはずの彼女たちに関する意見が飛んできているに違いない。
「ええ。違いないんでしょうけれど……。どうしてかしら。その憲兵たちにファイちゃん達を任せるの、すごく不安だわ」
「どうされますか? 人員を交代してもらうこともできると思いますが……」
ケイハからの提案に、アミスは首を振る。
「いいわ、大丈夫。これ以上、憲兵たちに無理はさせられないもの。……まぁ、ファイちゃん達に何かあったときは、私と一緒にきちんと処罰を受けてもらうけれど」
優雅に紅茶を口に含みながら、言葉を添えるアミス。
だが、そんな彼女の心配も、10分もしないうちにファイ達が会議室に到着したことで杞憂に終わる。
「お待たせ、アミス」
「ふふっ、いえいえ。私たちもいま来たところです」
口調を王女のものにしながら軽く挨拶を交わしたアミスは、こちらに歩いてくるファイに目を向ける。
「ファイさんも着替えたんですね?」
「そ、そう……。その、昨日と同じ服で、汗もかいてた、から」
どういうわけか恥ずかしそうにしているファイの姿を意外に思いつつ、アミスはファイの格好に注目する。
着替える前の彼女は、白の半袖上衣に薄く葉っぱの柄の入った紺色の裳という装いだった。だが、着替えを済ませた彼女は、黒の上衣に透け感のある深い緑色の長い裳を身にまとっている。もともと履いていた膝上丈の裳に比べて丈は長くなっており、少しだけ大人しさが漂う服装だった。
そんなファイの少し後ろを歩くのが、ティオだ。
(あの子が、ティオ・ミオ・アグネストちゃん……)
着替えたティオは、黄色地の半袖上衣に、“作業着”から発想を得た肩紐のある青色の下衣を履いている。丈はかなり短く、やや細く見える太ももの大部分が露出している。まだ初等部の高学年らしい彼女だからこそできる“若い格好”だろう。
ティオも紛うことのない、7人しかいない王国民の白髪だ。ファイが現われるまで、もっとも新しく生まれた白髪だった。いや、ファイが加わって8人となったとしても、ティオが最も若い白髪であることには違いなかった。
彼女についても当然、アミスたち王国は生活状況を随時、調べている。
(確か幼少の頃に白髪教信者の叔父によってご両親が殺されて、遠い親戚に殺されたのだったかしら……?)
まだ11歳でありながら両親を目の前で惨殺され、孤児になっているティオ。例にもれず白髪としての宿命の中で生きているらしい。
(しかも彼女を引き取った親戚家族も白髪教で、彼女も白髪教としての英才教育を受けて育っている。ゆえに要注意人物だって、そう聞いていたけれど……)
考え事をしているうちにファイと一緒にアミスのところまでやって来たティオ。
「わっ、本物の王女様だ……っ。お姉ちゃんほどじゃないけど、きれいな人~……!」
アミスを見て、宝石のようにきれいな紫色の瞳を輝かせる姿は純真な子供そのものだ。
「こんにちは、ティオさん。先ほどは挨拶ができなくて、申し訳ありませんでした」
「ううん……じゃなかった。いいえ、王女様! ティオは全然気にしてません! ティオのほうこそ、王女様にお見苦しい物をお見せしてすみませんでした……」
ぺこりと素直に頭を下げる姿からも、白髪教に感じる“邪悪さ”や“危うさ”のようなものは感じられない。年相応に礼儀を知る、“普通の子”だ。
王女として、人を見る目には自信があるアミス。だからこそ、ティオの普通さが逆に気持ち悪い。
(目の前で両親がめった刺しにされている光景を見せられて。そのうえ、ちょうど感受性が高まる年齢で白髪教の教義を教え込まれた子が、“普通”でいられる……?)
例えばファイは素直で良い子だが、異常であることには違いない。劣悪な環境で育ったとは思えない素直さの裏には、地頭の良さに起因する異様なまでの吸収の良さと、悪意を感じ取ることができない歪んだ感性。そして、異常なまでの利他的な考えがある。
おかげでファイはどんな状況でも絶望することなく、適応しようとできてしまう。
他人に自身の命から人権から全てを預けることで、自分は一切の躊躇も、恐怖もなく、言われたことを実行する。実行してしまう。まさに使い手次第で色を変える真っ白な少女。それがアミスのファイに対する評価だ。
(じゃあ、ティオさんは……?)
白髪は例外なく“変わった人”になる。残念ながら、そういう宿命にある。ゆえにきっと、目の前にいるふわふわ白髪の少女もまた、歪んだ部分を持っている。
(できればファイちゃんみたいに、まだマシな歪み方をしてくれていると良いのだけど……)
警戒心と、猜疑心。また、辛い人生を王国でも送らせてしまっていることへの申し訳なさ。あらゆる感情を王女としての笑顔の裏に隠して、アミスは2人の白髪と向かい合った。




