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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●王国民に、なってみた

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第220話 これが、ニナの悩み?




 白の紫の丁度の時刻(午前10時)。ファイとティオの姿は、フィリスの中心街にある町役場にあった。


 もともとは白を基調とした建物だったのだろう。しかし、海風で傷んで少し黄色っぽくなっている姿からは、かなり年季の入った建物であることが分かる。


 しかし、凝った意匠が施された外観や堂々とした佇まいは、“古びた”というにはまだまだ存在感がある。まるで歴戦の老人剣士のような威容を誇っていた。


 実は国の文化財としても指定されている、このフィリスの町役場。そこをファイが訪れた目的はもちろん、アミスに取り次いでもらうためだ。


 空調の効いた、広く涼しい館内。ファイは係員の案内に従う形で、他の住民とは違う特別な待遇――役場奥にある個室へと案内されていた。


 ティオと2人。質の高い緩衝材が詰められた柔らかな長椅子に座って待つこと少し。扉が開いてやってきたのはアミス――ではなく、丸っとした人の()さそうなおじさんだった。


「いやー、よく来たね~。ファイ・タキーシャ・アグネストちゃんだね~? どっこいしょ」


 机をはさんだ正面に座るおじさんに、ファイはこくんと頷きを返す。


「そう。私がファイ。この子がティオ。……あなたは?」

「あ~、うん、ね。ちょっと待ってね~」


 間延びした、独特の抑揚をもって話すおじさん。布の薄い柄物の服の胸衣嚢(ポケット)を探っていた彼は、小さな財布のようなものを取り出す。


 そして、1枚の紙を抜き取るとファイに手渡してきた。


「僕はね、この街の町長なんだね~」

「ちょうちょう? 町長が名前?」

「あははっ、違うよ~。ほれ、そこに書いてあるでしょ、僕の名前。名刺、知らない?」

「あ、えっと……」


 手元の名刺と呼ばれる紙に目を向けるファイ。だが彼女は最近ようやくガルンの文字が読めるようになってきただけで、まだ、ウルンの文字を読めない。


 ここでも普段のファイなら恥ずかしげもなく字が読めないことを明かすのだが、今はティオが居る。どうしたものか。ファイがティオに目を向けると、いつの間にか彼女はファイが持っていた名刺を覗き込んでいた。


 そして、


「へ~、おじさん。マルっていうんだ~!」


 名刺に書かれているらしいおじさんの名前を口にする。おかげでファイも、目の前にいる人物の名前がマルだということを理解した。しかも――


「そうそう、マルだね~。よろしくね~」

「おじさん、町長さんなんだ? このフィリスで一番偉い人でしょ、すごすぎっ!」


 ――偶然にも町長という立場にも触れてくれたため、ファイはマルがどのような人物なのかについても正確に把握できる。


(マル。ニナと同じ)


 一定の地域と集団を取りまとめる存在という点でニナとフマルとに共通点を見出しながら、ファイはマルの白髪へと目を向けた。


「マル。よろしく、ね。マルも白髪なの?」


 ファイはまだ、ウルンにおける白髪の希少性がどれほどのものなのか、理解していない。それゆえの問いかけに、マルは「違うよ~」と訛りのある声で言いながら首を振る。


「これは白髪じゃなくて白髪(しらが)だね~。ほら、僕。もう60近いオジイだからさ~」


 もともとは緑色の髪色なのだというフマル。加齢によって髪の色が抜け、白髪(はくはつ)ではなく白髪(しらが)に変化したようだった。


「おー……。髪の色、変わるんだ?」

「そうだよ~。王国は髪色を変えるのも自由だからね~。染めても良いんだけど、白って格好いいし強そうでしょ? だからさ~」


 ウルン人にとって白髪は憧れの対象でもあるらしい。また、マルの話から察するに、髪を染めて白にする人が居ても不思議ではないのだとファイは予想する。


「ただね~。白髪(しらが)のままにすると白髪教の人たちがおっかないからさ~。近々染めるつもりだね~」

「白髪教……。おっかない、は、怖いで合ってる?」

「そうだね~。ほら、あの人たち。白髪じゃないのに白髪にしてると殺しに来るからさ~」

「そ、そうなんだ……」


 かすかな驚きと共に、相槌を返すファイ。


 昨日、薬で無理やり眠らされたこと。ティオの両親を殺し、幼いティオを軟禁していたこと。また、前回は町に巨大鰐を放って人々を混乱させようとしていたこと。


 少しずつ、少しずつ、ファイの中で“聖なる白”という人々の評価が改められつつあった。


「それで、マル。アミスはどこ?」


 このままのんびりとウルンの常識などを学んでも良いのだが、それは所用を済ませた後だ。優先順位を間違えてはならない、と、ファイは本題に入ることにする。


「あっ、そうだったね~。あの方ならお昼ごろには到着するって連絡があったさ~。だから、あと2、3時間と言ったところだろうね」


 マルの言葉に「そっか」と返したファイは、今後の予定を調整する。


(アミスが来るまでに撮影機を買う。で、アミスとお話をして王国民? になって、エナリアに帰る)


 これで時間的にも無駄なく仕事を終えることができるはずだ。


(あとは……)


 ファイが金色の瞳で横目に見るのは、隣で手持ち無沙汰に足を遊ばせているティオだ。


 白髪教のもとに居るのが嫌だと言った彼女をひとまず連れ出したファイ。その勢いだけでこうして連れ回しているが、果たしてエナリアに帰るときにどうしようか。肝心なことに、今になって考えが及ぶファイ。


 思えばファイはまだ彼女に、自分がエナリアに住んでいることやニナ達のことを話せていない。ティオの話を聞いてばかりで、自分のことをティオにはあまり話せていないのだ。


 ただ、まだ信頼が置けるとは言いづらいマルが居るこの場で込み入った話をするわけにはいかない。そう考えられる程度には、ファイも迂闊ではない。


 フーカやアミスにニナの情報を明かす時でさえ、ファイは慎重を期した。理由は、自身の軽はずみな行動が、ニナに悪い影響を及ぼす可能性があったからだ。


 ティオは探索者ではない。また、まだ子供で、知識はフーカやアミスには遠く及ばないだろう。つまり、ニナのところに連れ帰る利益よりも、エナリアの裏側の存在を知られてしまう不利益の方がファイにとっては大きく見える。


 ただ1点、人手が増えるという部分だけで言えば、ティオは恐らくニナの役に立ってくれるはずだ。白髪であるためにフーカのような行動制限もなく、初潮もまだということなので使用不可期間もない。


 社交性も高く、先輩従業員たちとも良好な関係を築くことができるだろうことは想像に難くない。


 問題は、ティオ自身が、果たしてエナリアに住むことをよしとするのか否か、だ。


「お姉ちゃん? どうかした?」


 黙り込んでしまったファイを紫色の瞳で不思議そうに見てくるティオ。


 もしも彼女をエナリアに連れていく場合、もれなくティオは幸せにならなければならない。


 なぜなら、ティオが幸せでなければファイが幸せでいられないからだ。幸福でいることが義務であるファイにとって、ティオをエナリアに連れ帰るとはティオを幸せにする義務を負うということ。ひいては彼女の人生に責任を持つということでもあった。


(けど……)


 正直、ファイにはティオを幸せにする自信がない。


 自分の至らなさについては他でもない、ファイ自身が誰よりも理解しているつもりだ。道具としては未完成で、人間としては精神も力も弱い。先日もルゥから「中途半端だ」といわれ、ぐぅの音も出なかった。


 そんな自分が果たして、ティオを幸せにすることなどできるのか。目の前の少女に笑顔でいてもらうことができるのか。


(……これが、ニナがいつも持ってる悩み?)


 エナリアにいる全ての人々を笑顔にしようとしているニナ。彼女が常日頃抱えているのだろう苦悩を垣間見た気がするファイだった。


「どうするね、ファイちゃん? アミスティ様がいらっしゃるまで、ここで待っているさ~?」


 フィリスの町長・マルからの問いかけで、一度思考を切り上げたファイ。丸の言葉に首を振って、ひとまずは役場を後にすることを伝える。


「ううん、ちょっとお買い物してくる」

「そうかい? 分かったさ~。じゃあアミスティ様が来たら連絡しようね~。連絡先、聞いても大丈夫~?」


 細い紐で首から提げていた携帯を見せながら、ファイ達に聞いてくるマル。


 思えば先日、ファイが会った気のいい探索者――カイルも携帯の連絡先を聞いてきた。フーカもよく携帯を触っているし、ひょっとすると現代ウルンにおいて携帯は誰もが持つ魔道具なのかもしれなかった。


「ごめん、マル。私は携帯を持ってない。ティオ……も、持ってない、よね?」


 昨日と今日、行動を共にしている中で、ティオが白髪教の家から何かを持ってきた様子はなかった。それでも念のため聞いてみたファイに、ティオもふわふわの長髪を揺らしながら首を振る。


「ううん、持ってくるの忘れちゃった~」

「うんうん、了解さ~。いくら白髪(ファイちゃん)でも王女様をあんまり待たせるの良くないからね~。昼過ぎには帰ってきてね~?」


 マルの忠告に頷いて、ファイはティオと一緒に部屋を出る。


「お姉ちゃん。お買い物ってどこ行くの、何買うの?」


 ファイの隣に並び、興味津々といった様子で聞いてくるティオ。


「遠隔撮影機。ティオ、知ってる?」

「えっ、何それ~!? ティオ、知らない! 教えて、お姉ちゃん♪」

「これくらいの大きさで、かくかくしてる。で、眼がついてて、それで見た景色を投影機っていう機械に映す」


 身振り手振りを交えながら、遠隔撮影機について説明してあげるファイ。表情こそ変わらないが、声はほんのわずかに自慢げだ。


 これまで、知識という面ではティオに先んじられてばかりだった。その点、こうしてティオに“教えることができる”という状況は、ファイにとって姉らしさ、強者らしさを示す絶好の機会だった。


「えっ、そうなんだ~! ティオ、全然知らなかった♪ お姉ちゃん、物知り~♡」


 尊敬のまなざしで見上げてくるティオに、一層、ファイの自己肯定感が回復していく。


「そ、そう? じゃあ一緒に撮影機、買いに行こう。私がティオに使い方、教えてあげる、ね?」

「きゃ~♡ お姉ちゃんとお買い物♪ 楽しみしゅぎなんだけどぉ~!」


 黄色い歓声を上げて抱き着いてくるティオ。世間知らずで不甲斐ない姿をさらしているのに、頼ってくれる。そんなティオに、ファイは救われる思いだ。


 気分よく、眉が少しだけ上向きの弧を描くファイと、そんな彼女の顔を小さな笑みをたたえながらじぃっと見つめるティオ。2人は町役場を出て、幹線道路を横断するための信号が変わるのを待つ。


 照り付けるフォルンの光が舗装された地面を焼き、蜃気楼が揺らめくフィリスの中心地。正午に向けて、気温もグッと高くなり始める。


 白い法衣を着た複数人がファイ達を取り囲んだのは、その時だった。




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