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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●王国民に、なってみた

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第219話 人には人の、もふもふ

※文字数が約4500字と、少し多めになっています。読了目安は9分~12分です。




 遠く。鳥たちが鳴く声と、窓かけ(カーテン)越しに照り付けるフォルンの光でファイは目を覚ます。


「んっ……。……?」


 見慣れない宿の天井を見上げながら、状況を整理したファイ。すると、昨日、自分が蒸し風呂で足腰立たない状態にされたことを思い出す。


 どうにかティオと一緒に部屋に帰ってきて、そのまま倒れるようにして眠ったはずだった。


(ウルンの蒸し風呂、すごい……)


 白髪である自分を追い込むウルンの蒸し風呂と、それをものともしないウルン人たち。改めて自分がウルン人を舐めていたのだと実感するファイだった。


 と、そうしてファイが昨日の回想をしていた時だ。もぞもぞと、ファイの布団の中で動く何者かの気配がある。


 ファイが布団をめくってみれば、そこには、


「う~ん……。お姉ちゃん~……♡」


 寝ぼけながらファイに抱き着いているティオの姿があった。どうやらファイが眠っている間に、布団に潜り込んできたらしい。


 腰まで届く白髪は一夜明けてフワフワを取り戻しており、何とも触り心地がよさそうだ。などと考えている間にも、気づけばファイの手はティオの髪の質感を確かめてしまっていた。


(おー、ふっわふわ……)


 他人の毛をモフモフすることには一家言あるファイだ。これまでも、ことあるごとに人や動物の毛を堪能してきた。そんな中でも、ティオの髪は細く、それでいて子供らしい髪のハリがあって非常に触り心地が良い。


(獣化したムア、ユアの次、くらい? ううん、でも、あの2人の毛はサラサラもふもふ。ティオはフワフワもふもふ。系統が違うから比べる、は、できない……かも?)


 モフモフが100あれば、同じ数だけモフモフがあるというのがファイの持論だ。その点、比べるなどという行為はむしろ、無粋なようにも感じる。


(人には人の、もふもふ……。うん、これが良い……ね)


 自分なりの結論を出したファイが、改めて布団の中のティオに目を向けると、


「ふふっ、くすぐったいよ~、お姉ちゃん」


 嬉しそうに笑う紫色の瞳と目が合った。


「あ、ごめん、ね。起こした?」

「ううん、大丈夫! それよりもっと髪、()いて? ティオ、これ好き」


 言いながらファイに抱き着く力を強くするティオ。彼女の小さな体でも、こうして力強く人を抱けば並の人間の背骨は折れてしまうのだろう。


 だが、ファイは違う。ティオと同じ白髪で、身体は極めて頑丈だ。だからこそ、ティオも目いっぱいファイに甘えられるのだろう。


「分かった。もう少ししたら、朝ご飯を食べよう」


 この後の予定を言いながら、ティオの髪を梳いていくファイ。


 正直、ファイにまだ空腹感はなく、ご飯はわざわざ食べなくても良いと思っている。だが、ティオは違うかもしれない。


 フーカの話では、ウルンでは普通、朝、昼、夜。それぞれの時間に三度、食事をとるのだという。であるならば、ティオにも普通の生活をファイは送らせる必要がある。


(だって私は、ティオのお姉ちゃんだから!)


 まだフワッとしか“姉”というものを理解していないファイ。だが、ティオは「寂しさ」や「運動音痴」など、ファイに“弱さ”を見せてくれた。そのおかげでファイは、フーカに対して抱いているものと同じ、圧倒的な庇護欲をティオに抱いていた。


 しかし――。




 朝食を済ませ、無事に宿を出たファイ。だが、彼女の表情は晴れない。その理由は、彼女の隣を歩くティオにあった。


「う~ん! いい天気! それじゃあお姉ちゃん、今からどこに……って、どうしたの、お姉ちゃん?」

「な、何でもない」


 不思議そうに顔を覗き込んでくるティオから、ファイは急いで目を逸らす。


「そう? 変なお姉ちゃん! ってか、ティオ、喉乾いちゃった。お姉ちゃん、自販機で飲み物買っても良い?」

「……っ!」


 ティオの言葉に、ファイは息を飲んだまま答えることができない。なぜならファイは「自販機」を知らないからだ。


 普段の彼女であれば、「自販機は何?」と聞いたことだろう。だが先ほど、朝食のため宿の1階にある食堂に出向いた時のこと。まだ食堂の仕組みに慣れていないファイが注文や会計に戸惑っていると、


『ここは任せて、お姉ちゃん! ……おばちゃん! これとこれ、く~ださい! お姉ちゃんもティオと同じでいいよね!』


 という一幕があった。また、そのすぐあと、ファイがお会計に戸惑っていると、


『あははっ、お姉ちゃん! そのお会計でそのお札は大きすぎ! これっ、この1,000G札使お? お店の人困っちゃうし』


 先にお会計を済ませていたティオが、手伝ってくれるという一幕があった。


 これまでもフーカやアミスなど、多くの人に支えられ、手伝ってもらってきたファイ。助けてもらうことそれ自体を“恥”だと思うことは無かった。


 だが、なぜだろうか。自分よりも年下で、しかもファイにとっては守るべき存在であるティオに助けてもらった時。


 ――ファイはどうしようもなく、情けなくなった。


 もちろんファイも、自分が無知であることは分かっていたつもりだった。だが、ティオに助けてもらった時、改めて自分が何も知らない・できないのだと思い知らされたのだ。


 守るべき存在に助けられなければならない。つまり自分は「弱い」のだ、と、ファイは無意識に思ってしまった。以来、ファイはティオに何かを聞いたりすることに臆病になってしまっていた。


 ユアの時と同じだ。ファイは弱い物への庇護欲と責任感が強いゆえに、自分より弱い存在に自分の弱さを見せることをひどく嫌う傾向にあった。


(じはんき、は、なに? 飲み物を買う場所? ひと?)


 ティオが口にした文面から、懸命に「自販機」の意味を探るファイ。


「……い、いい、よ?」

「やったー! じゃあ、はい!」


 言って、ファイに向かって手のひらを差し出してくるティオ。瞬間、またしてもファイの頭は「?」で埋め尽くされる。自販機の意味が分からないため、ティオが何を求めているのかが分からないのだ。


「え、えっと……はい?」


 一か八か、ティオの手を握ってみるファイ。


「……? お姉ちゃん、何してるの?」


 怪訝そうなティオの言葉と表情が、ファイの推測が間違っていたことの証明になる。


「あ、ぅ……」


 情けなさがあふれて、声として漏れてしまう。またしてもファイの中に湧き上がる無力感と、恐怖。ティオにこれ以上、無様な姿をさらしたくないという気持ちが、ファイの中で膨れ上がる。


 このとき初めてファイは「見栄」と呼ばれるものを、分かりやすく意識したのだった。


「え、っと……。えっと、ね。ティオ……」


 しどろもどろになりながら、懸命にどうやって誤魔化すのかを考えるファイ。そんな彼女を、ティオがジィーっと見てくる。まるで見つめ合っているファイの瞳から、何かを見透かそうとするように。


 気まずさから、ティオの目線からファイが逃げようとした、寸前で。


「あっ! ティオ、分かっちゃった!」


 ティオの「分かった」発言に、ファイの身体が硬直する。


 ティオはたまに、妙に鋭いときがある。例えばファイが“不死のエナリア”にいることを確信していたり、食堂でファイが何に困っているのかを瞬時に見抜いたり。妙な勘の良さを見せることがあった。


 まさか、自分の見栄も“分かられて”しまったのか。内心ビクビクのファイに、ティオは言う。


「お姉ちゃん、ティオと一緒に行ってくれるんだ! そうだよね、お姉ちゃんも喉、乾いてるよねー」


 言いながら、握ったファイの手を引っ張り始めた。


 そんな彼女の“勘違い”に、ファイがホッとしたことは言うまでもない。


「そ、そう。私も喉が渇いてた」

「だよねー! 大丈夫、ちゃんとティオ、分かってるから!」


 手を引きながら歯を見せて笑ったティオがファイを連れて行ってくれたその場所は、自動販売機の前だった。


 自動販売機。四角い箱には透明なケリア鉱石がはめられており、中の商品が見えるようになっている。商品にはそれぞれ番号と値段が書かれていて、客はお金を入れて番号を押すことで商品を購入することができる。


 ある程度の治安が確保されているからこそ設置できる機械で、自動販売機の数がその国の治安を示す、と、ファイはフーカから教えられていた。


 始めてのおつかいの時、ウルンの暑さにやられたファイは、フーカが自動販売機で買ってくれた冷えた飲み物で涼をとっている。ゆえにもちろん、自動販売機という言葉は知っていた。だからこそ、「自動販売機」とティオが言った「自販機」が同じものなのだとすぐに理解できない。


「えっ、自動販売機……?」

「そうだよ、自販機! お姉ちゃん、どれにするー? ティオのおすすめはねー、コレとコレ! めっちゃおいしいから。どっちにしようかなー……う~ん、でもなぁ~」


 自販機の前で悩むティオをパチパチと眺めながら、ファイは改めて知識を整理する。


(つまり、自動販売機と自販機は同じ……? 自販機は自動販売機を短くしただけ……。なるほど)


 昨日、出入り監視官であるゼムとのやり取りの中で、「探協」が探索者協会を示す略語であることを覚えていたファイ。どうやらウルンにはファイが想像していた以上に多くの略語があるらしいことを知る、いい機会となった。


「お姉ちゃん、自販機の使い方、分かる?」

「当然。ここにお金を入れて、番号を選ぶ」


 これまでティオに無知を晒していた手前、自販機の使い方を説明するファイの声にはどうしても自慢げな色合いが乗ってしまっていた。


「ふふっ、そっか! それで? お姉ちゃんはどれにする? ティオ、お姉ちゃんと一緒のやつが良い!」

「えっ、私が選ぶ、の?」

「そう! お姉ちゃんはどれが好き? 甘いやつ? シュワシュワ? あっ、もしかして香豆(マコ)茶みたいな苦いのとか? だったらティオ、ちょっと苦手かも……」


 早口にまくしたてるティオの言葉を聞きながら、ファイは自身が大の苦手とする“選ぶ”という行為に挑戦する。だが、今回は比較的、簡単だった。


「……じゃあ、これ」


 ファイが指さしたのは、ティオが先ほど「おすすめだ」と言っていた2種類の飲み物の1つだ。さらに言うと、2つのうち、ティオがより好きそうな方を選んだつもりだ。


(こっちを言うとき、少しだけティオの声が大きかったし、嬉しそうだった)


 いつでも、どこでも。ファイの判断基準は自分の中ではなく外にある。今回で言えばティオだ。彼女のためになる方。彼女が喜んでくれる方を、ファイは選ぶだけだった。


(ティオ、好きなの選んでって言った。だから私は、ティオが好きなものを選ぶ)


 ファイに選ばせるということは、選ばせた本人の趣味嗜好がおよそそのまま反映されるということでもあった。


「えっ、まじっ!? お姉ちゃんも『シュピッシュ』好きなの!? チョー運命感じるんだけど~っ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、全身で喜びを表現するティオ。可愛い妹の姿にかすかに目を細めつつ、ファイはシュピッシュという謎の飲み物を選ぶ。


 そして、近くの長椅子に腰掛け、ティオと並んで乾いた喉に“人生初の炭酸飲料”を豪快に流し込み、


「んぐっ!? ごふ……っ! なに、これ……!?」


 盛大にむせるファイ。そんな彼女を見て「あははっ! お姉ちゃん、面白い~!」と、楽しそうに笑うティオ。


 朗らかな時間を過ごす2人。


 だが、ただでさえ平穏な日常を送るのが難しい白髪が2人も居るのだ。世界は決して、彼女たちには甘くなかった。




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