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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●ウルンで、お泊り

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第217話 私の、バカ!




 ファイが“不死のエナリア”から出てきた。そんな報告がアミスのもとに上がってきたのは、白赤のナルン(1月)も半ばを過ぎた頃だった。


「来たわね!」


 フーカの後任の次女頭・ケイハから報告を受けたアミスが、白金の髪を揺らして立ち上がる。


「ケイハ、今すぐフィリスに向かう準備を!」

「そ、それは困りますアミスティ様。午前中は各資料の確認と署名作業。午後には各探索者協会の査察。本日もアミス様には大切なご公務が――」

「そんなの後! 私に回ってくる業務なら、白髪の子を無事に王国に迎え入れること以上に重要なものは無いはずよ」


 ケイハの制止を振り切り、手早く外出着に着替えていく。


 実際、アミスに回ってくるのは基本的に、直接は国政にかかわらないことがほとんどだ。住民の要望をまとめたり、国の探索者組合をまとめたり。市民との距離が近いと言えば聞こえはいいが、言ってしまえば雑務がほとんどだ。


 もちろんアミスも自分に回されてくる仕事の重要性は理解しているし、日々、全力で国民の要望に応える努力はしているつもりだ。


 しかし、ファイの案件は違う。白髪の行方は(じか)に、国家の戦力・資源にかかわってくるからだ。


 これまで独自にファイの行方を追い、ついに王国民になるという口約束を取り付けたアミス。年末の議会でそれを報告した際、どれほど父たちを驚かせたことだろうか。


 もちろん姉2人や、弟を擁立しようとしている貴族たちによって詰めの部分――ファイが王国民になる宣誓書に調印すること――を、持っていかれそうになった。


 だが、どうにかアミスは食い下がり、今回のファイの取り扱いに関する事項を両親から任されるに至った。


(お姉さま達やマルウィン()には悪いけれど、腹黒な貴族と関わってるあの人たちにファイちゃんを会わせたら絶対にろくなことにならないもの)


 白髪を派閥に取り込むことができれば、様々な面で有利に立ち振る舞うことができてしまう。ファイの性格を考えても、簡単に周囲の人間に利用されてしまうことは想像に難くない。


 それに、ファイを探しているという白髪教の動きも見逃せない。もしも彼らにファイが拉致されるようなことがあれば、助け出すのに相当骨が折れるだろう。


(フーカのことを教えてもらうためにも、私は絶対にファイちゃんと会わないといけない!)


 白髪はどうしても厄介ごとに巻き込まれやすい。


 ファイに王都まで来てもらう、などと、悠長なことは言っていられない。王女自ら迎えに行っても国民が納得してしまう存在。それが白髪だった。


「ケイハ。貴方の仕事は私の願いを補佐すること。そうでしょう?」

「うっ……。言っておきますが、私はフーカさんほどアミスティ様に甘くありません。御身に何かあれば国民みんなが悲しみます。なので――」

「お願い、ケイハ」


 いつもフーカにそうしていたように、やや甘えた声で、すがるように相手を見る。きっと王女が侍女に対してするような振る舞いではないのだろう。


 また、立場上、アミスがケイハに命令すれば彼女は無理やりにでもアミスの言うことを聞かなければならない。もしも無視・拒否した場合は、よくて辞職、最悪の場合は死刑となってしまう。


 ゆえにアミスは命令ではなくお願いをする。決してケイハの意思をないがしろにしないように、配慮する。


 もちろん、王女の「お願い」だ。事実上、ケイハが拒否できないこともアミスは理解している。それでも大切なのは、万一ケイハが自身の意見を口にした時に、彼女が処分されないように気を付けてあげることだ。


 そうして意見できる雰囲気を作っていけば、いずれはケイハとも、フーカと同じように気の置けない中になれるとアミスは信じていた。


「…………。はぁ……。これがフーカさんが言っていた、アミスティ様のわがまま、なんですね……」


 長い沈黙ののち、声にわずかな呆れをのぞかせながら言ったケイハ。王族に対してそんな態度をすれば人によっては極刑ものだが、アミスが咎めることは無い。むしろ、わずかでも不敬な態度を見せられる、ひいては自分の意思を言える関係性を築けていることに、喜びすら感じていた。


 嬉しさ余って「ケイハ!」と喜んだアミスを、「ですが」とケイハが素早くけん制する。


「せめて各方面に連絡と公務の調整をする時間をくれませんか? その、私はフーカさんほど、優秀でもないので……」

「もちろん! あと、ケイハ。そう自分を卑下するものではないわ。フーカが優秀すぎるだけで、貴方はきちんと仕事をしてくれているもの。第3王女アミスティが、保証します」


 長年の付き合いのおかげだろう。フーカはアミスがいつ“わがまま”を言っても良いように、あるていど仕事に余白を作ってくれていた。


 余白と言っても、仕事量を減らすのではない。フーカが持ち前の知識と勤勉さでもって仕事を常人より早く終わらせていただけにすぎないのだが、ともかく。


 まだアミスときちんとした主従関係になって日が浅いケイハが、フーカと同様の仕事をこなせるはずもない。その前提で考えたとき、やはりケイハはきちんと業務をしてくれているとアミスは本気で思っている。


「胸を張りなさい、ケイハ・ミオ・アグネスト。貴方は私、アミスティ・ファークスト・イア・アグネストに仕える侍女の、頂点なのだから。……じゃないと、他の侍女たちも立つ瀬がないでしょう?」

「アミスティ、様……」


 後半は少し茶目っ気を込めて言う。そんなアミスの態度に、くすんだ水色の瞳を大きく見開くケイハ。しかし、すぐに表情を引き締めると、


「はいっ! いつかフーカさんのようになれるように、私も頑張ります! それでは急いで、仕事を調整してきますね」


 そう言って、ケイハが急いで執務室を出ていこうとする。だが、彼女が部屋を出ていく直前、扉の向こうから入室を伺う扉を叩く音がした。


 アミスが頷いたのを確認し、彼女に変わってケイハが来訪者である侍女の1人と情報を交換する。やがて「分かりました。私の方からお伝えします」と侍女を見送ったケイハは、再びアミスに向き直った。


「アミスティ様。先ほどファイさんが現われたことを伝えてきた探索者協会員の男性から、伝言があるようなのです。しかし、内容が要領を得ず……」

「協会の人が? 珍しいわね……」


 王女に伝言を伝えようと考えるだけの胆力を持った人物は少ない。まして、それがきちんとアミスにまで届くのは異例中の異例だ。大抵はアミスに届く前に役所で処理されたり、内容によってはきちんとした文面になって届くことがほとんどだった。


(緊急事態だから、かしら……?)


 さっそく何かあったのか。嫌な予感がしつつも、アミスはケイハに(くだん)の伝言の内容を聞いてみる。


「いいわ、ケイハ。その協会員の言葉、聞かせて頂戴」

「は、はい。えっと……『アーたん、久しぶりだな。光輪ではうまくやれてるか? おじさんは今も心配で眠れない夜を――」

「止めて」


 ケイハによる伝言の複勝を途中で止めたアミス。頭が痛いと顔をゆがめながら、天を仰ぐ。


 アミスのことを「アーたん」などとふざけた名前で呼ぶ人物。そして、第3王女のもとまで伝言が届くような立場を持っている人物など、アミスは1人しか知らない。


「アミス様、続きは……」

「いい、必要ないわ。それよりもケイハ。今の伝言については可能な限り忘れなさい。アーたんという部分は特に、ね」

「えっ、ですが『アーたん』が誰なのか、や、話の続きについては……」

「大丈夫よ。本当に、大丈夫だから。それにケイハには、私のために、やるべきことがあるでしょう?」

「そ、そうでした……! それでは、失礼します!」


 ゆるく波打つ髪を揺らしながら部屋を出ていくケイハ。


 どうにか笑顔で彼女を見送ったアミスは1人になった途端、大きくため息を吐く。


「はぁ~~~~~~……。そういえばゼムおじさん、協会に入るとか何とか言っていたわね。完全に忘れていたわ……」


 前第3騎士団長――ゼム・オストニア・アグネスト。孤児でありながら近衛騎士団長まで上り詰めた、生粋の武人だ。同時にアミスの剣の師でもあり、光輪の前組合長でもある男だった。


 師事したころから王女であるアミスを孫のように可愛がり、同時に、容赦なくぶちのめしてきたゼム。


 今では生きる残るために自分を強くしてくれたのだとアミスも理解している。が、子供の頃はゼムの顔を見るだけで泣きそうになったものだ。


 いや、今でも、ゼムの立派な口ひげを思い出すだけで体中に幻の痛みが湧き上がってくる。だが、この痛みがアミスを強くしてくれたし、今もアミスを守ってくれているのも事実だ。


「そう……。出入り監視官になったのね、ゼムおじさん。のんびり余生を過ごせているといいのだけど……」


 窓に歩み寄って“不死のエナリア”がある南東を見遣るアミス。


 元騎士団長の彼のことだ。きっとファイの白髪を見ても驚くようなことは無かっただろう。それに万が一何かあったのだとしても、並みの協会員よりは注意深く物事を監視してくれていたに違いない。


(ゼムおじさんが居るならファイちゃんも安心……。……うん?)


 ここでアミスは、自身の失態に気づく。


 「アーたん」などという幼少の頃の黒歴史を掘り返されそうになった手前、焦ってケイハを行かせてしまった。だが、伝言の主がゼムで、彼がわざわざ何かをアミスに伝えようとしていたのだ。


 果たしてアミスの近況を知るためだけに伝言してきただけという可能性が――


(――あるから面倒くさいのよね!)


 内心で恩師に向かって声を荒らげるアミス。


 職務に当たっているときはまさに戦士然として格好よくすらあるゼムだが、私生活はアミスを孫可愛がりするばかりだった。親バカとはまさに彼のことを言うだろう。


 そんな彼のことだ。アミスが好きすぎるあまり、こうして連絡を取ってきた可能性も十分にある。


 ただし、状況が状況だ。もしもゼムが重要な何かを伝えようとしていたのだとすると、きっとその内容は無視するべきものではないはずなのだ。


「あ~、もうっ! 私のバカ!」


 言いながら急いで執務室を出るアミス。王城の長い廊下を見回してみるが、ケイハの姿は見当たらない。優秀な彼女は言葉通り、急いでどこかへ行ってしまったようだ。


「これでもし本当にくだらない挨拶だけだったら、かろうじて残っていた毛根、全部引っこ抜いてやるんだから! 覚悟していなさい、ゼムおじさん……!」


 言って、アミスもケイハを探して王城内を駆け回ることになる。


 まさか王国に8人しかいない白髪のうち、3()()もの白髪がフィリスの町にいるとは知らずに――。




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