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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●ウルンで、お泊り

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第213話 なぜ、わたくしはここに?




 時間は少しさかのぼり、ファイがルゥを連れてニナの部屋へと向かっていた頃。


 ファイに宛てた置手紙をしたニナは1人、第20層の表側を歩いていた。


 つい先ほどまでニナが行なっていたのは、改造後の第9層の最終確認だ。通路が表側に露出していないかはもちろん、ファイから渡された設計図――エリュの落書き――通りに宝箱や罠が設置されているかも確認する。


 また、魔獣たちの状態も確認しなければならない。魔獣の数は多すぎないか。逆に、修復に魔獣が巻き込まれすぎたことで、特定の魔獣だけの数が減少。それにより、多様性が失われていないか。


 もし魔獣が多すぎるならあるていど数を減らす必要があるし、少ないのであれば培養室から連れてきたり、買い付けたりしなければならない。


 重要なのは、今回の改造がエナリア主たるニナの理念に基づいているのか、だ。


 ニナが思う、“不死のエナリア”の第9層に相応しい難易度になっているのか。宝箱に入れた物資は階層の難易度に合っているか。色結晶や夜光灯の場所は。景観はどうか。ニナにとって“お客さん”である探索者を意識しながら考える。


 一方で、第9層は狩りの場所として住民たちに人気の場所でもある。彼らが魔獣を狩っているときに探索者がやってきた際、隠れる場所はあるのか。


 そうした細かな塩梅を、ニナは己の感覚で調整する。


 もちろん他人に任せることができる作業ではなく、1人で階層全体を見て回る必要があるため時間もかかる。さすがのニナの体力と身体能力をしても、“少し”時間がかかる作業だった。


 それでも無事、作業もつい先ほど終わった。探索者を万全の状態で受け入れることができるようになったということだ。


 となると、残す作業は1つ。作業が終わるまで探索者たちを“通せんぼ”してくれていた第7層の階層主の間の扉を開けることだった。


 とはいえ、実はニナは階層主の間の扉の操作方法を知らない。


 エナリアのあらゆる決定権を有するエナリア主だが、1か所に権力を集中させすぎるとエナリア主の暴走を誰も止められなくなってしまう。


 ウルンのアグネスト王国においてエナリアが採掘場であるように、ガルンのアイヘルム王国でもエナリアは貴重な狩場だ。


 その狩場を失わないための仕組みが国によって様々ある。アイヘルム王国の場合は裁量権と実行権の分離だ。


 エナリア主がエナリアにおけるあらゆる決定権を有する代わりに、一部の重要な設備の稼働に関してはエナリア主とは違う人物をゲイルベルが選定、管理を行なう。そうすることで、エナリア主の暴走を防ぐ、安全弁を用意していたのだった。


 そして、実行権を有する人物は必ず、とある特殊能力を持っている。


 過去、ニナがファイに説明していた「記憶処理」。裏側の存在を知ってしまったウルン人に行なわれるその記憶処理能力を持つ人物が、往々にして実行権を有する者となる。


 また、戦闘を想定して相性も考えられている。基本的に、エナリア主が戦闘するとなったときに苦手となる種族や特殊能力を持つ人物が、実行権所持者に選ばれる傾向にあった。


 各機構を制御する方法をエナリア主に覚えさせないこと。また、相手がどのような人物で、どのような特殊能力を持っているのかを曖昧にすることで、エナリア主への抑止力としているのだった。


 もちろんニナも、事情はきちんと把握している。だが、誰がどのようにしてエナリアの機構を操作しているのかについては知らない――正確には覚えていない――状態だった。


 ただ1点。機構を操作する実行権を持つ人物との接触方法だけは知っている。


()いですか、わたくし。機構の操作をするときは、邸宅の遊び場を訪ねてくださいませっ!』


 覚書にそう書いてあったため、ニナはこうして第20層にある自身の邸宅を目指していたのだった。


「到着、ですわ!」


 懐かしい邸宅の前で胸を張るニナ。かつて両親やリーゼ、ルゥと共に過ごした思い出の場所だ。ふと押し寄せてくる郷愁を得意げな笑みの裏に隠して、ニナは両開きの玄関扉を押し開ける。


「ただいま戻りましたわ。お父さま、お母さま」


 見えてくるのは赤いじゅうたんが敷かれた天井の高い玄関だ。真正面にある量扉を開けば食堂が。2階の扉を開けば広間がある。続いて左右を見渡せば長く続く廊下があって、1階には侍女たちが、2階にはニナ達が使っていた部屋が並んでいる。


(ここも、探索者さん達からすれば“居住地”。いつかは彼らが探索して、場合によっては壊してしまう場所なのですわね……)


 普段は探索者の来訪を今か今かと待ち構えているニナ。だが、それは同時に、いつかはこの思い出の場所に探索者がやってくるということでもある。


 仕方のないこととはいえ、両親との思い出が踏み荒らされ、壊される光景を想像すると、ニナの胸はひどく締め付けられた。


「っとと! こうしている場合ではありませんでしたわ!」


 亡き両親に今の情けない顔を見られるわけにはいかないと、顔を自分で叩いたニナ。頬を腫らしながらも引き締まった表情に戻ったニナは、奥の食堂へと足を踏み入れる。


 横に長い机。ルードナム家では、侍女たちも一緒に食事をとることが珍しくなかった。単純に、主従を分けない方が効率的であること。また、ハクバ自身、自分が侍女たちに力で劣ることを自覚していたことが大きかったのだろう。


 恐らくほかの家よりも主人と侍女たちの距離が近かったのではないか、というのがニナの予想だ。


 少なくとも親友であるところのルゥの実家・レッセナム家では、従者が家の者と一緒に食事をするなどの粗相をすると、総じて人体実験の材料にされていたらしい。


 主従の垣根がないというのは良し悪しあるが、おかげでニナは幼少のころから従者であるルゥやリーゼと食事を共にできていた。


 母となかなか会えず、父親もエナリア運営で忙しい。そんな状況でもニナが孤独を感じずに育つことができたのは、ひとえに、主従の距離が近いルードナム家の気質のおかげに違いなかった。


(うぅ……。やはりダメ、ですわね。わたくし1人でここに来てしまうと、どうにも胸がきゅぅっとなってしまいますわ……)


 事あるごとに賑やかだった過去を思い出してしまうニナ。何度も顔を出す弱い自分に首を振ってさよならを告げ、ニナは食堂にある暖炉へと歩み寄る。


 この白を基調とした暖炉こそ、ニナの知っている“遊び場”だ。


 なぜここを“遊び場”と自分が言っているのか、誰が自分と遊んでくれていたのか、ニナは覚えていない。少し前、門を閉め切ってもらう際にも訪れたはずなのに、だ。


 それでも、この先で待つ人物がエナリアの各機構を動かす実行権を持っていることだけは間違いない。


「えぇっと……。確かここをこうして、それからこうで……」


 燭台や小さな置物、あるいは暖炉の柵などを特定の手順に従って操作した。すると、鈍い音を立てて暖炉が横にずれる。エナリアでもよく使われている原始的な機構で、隠し宝箱を設置したりするときに使われている。


 だが今回、横にずれた暖炉の下に姿を見せたのは階段だ。自ら緑色に発光する『光苔(ボヤム)』に照らされた階段は、かろうじて足元が見える程度の明るさとなっている。


「ふぅ……。わたくしの伝言所が正しければこの場所にどなたかがいらっしゃるはず……」


 ニナとリーゼしか入り方を知らない秘密の階段を1歩1歩下へ降りていく。


 すると、奇妙なことが発生する。ニナはただ単に石でできた階段を踏んでいるだけだ。にもかかわらず、彼女が踏みしめたその場所を中心に、青い光の波紋が広がるのだ。


 同時にニナの頭の中で、“消されていた”記憶がよみがえる。


 1つ階段を下りれば丸くなって眠る女性の影を。2つ階段を下りれば“彼女”の黄緑色の髪色を。3つ階段を下りれば“彼女”の種族を思い出す。そのまま、4つ、5つ、6つ……。ニナが波紋を広げながら薄暗い階段を下りていくたびに、どんどんと記憶が元に戻っていく。


 奇妙でありながら幻想的な階段の果て。踊り場に降り立った時にはもう、ニナは完全に“6人目の従業員”のことを思い出していた。


 自身の中にある欠損した記憶の欠片が埋まった喜びが、ニナの口角を緩ませる。


「ふふっ、そうでしたわ。幼少の頃はそれはもうた~っくさん、遊んでいただきましたわね」


 言いながら、目の前にある木の扉を押し開いたニナ。


 まず目に入ったのは、部屋中に張り巡らされた艶やかな黄緑色の髪だ。数十メルドはあるだろう長い髪が、蜘蛛の糸のように小さな部屋を満たしている。


 部屋に夜光灯はなく、相変わらず光苔のぼんやりとした明かりだけが頼りだ。それでも、部屋の中央にある髪の毛の(まゆ)を視認するには問題ない。


 艶やかな黄緑色の髪でできたその繭が彼女の寝袋だ。今も耳をすませば、眉の中からは安らかな寝息が聞こえてくる。どうやら折悪く、就寝中のようだった。


 ぼんやりと発光する繭に、静かに歩み寄るニナ。繭に浮かび上がっているのは女性の影だ。


 おなかの中にいる胎児のように体を丸めて眠っている彼女。ただし体の大きさは大人の女性そのもので、身長としてはリーゼとファイの中間あたりだろうか。身体の線も立派なもので、肉付きの良い胸とお尻の線がくっきりと浮かび上がっていた。


「ノインさん、ノインさん! 申し訳ございませんが起きてくださいませ!」


 遠目から何度か、繭の中にいる人物に呼びかけるニナ。『ノイン』はウルン語で“名無し”を意味する言葉だ。


 ノインは人々の負の念が集まって生まれる「幽霊(シーナム)」と呼ばれる存在だ。彼女の本名を口にすると災いが起きると言われているため、ニナは昔からこう呼んでいた。


「ノインさん! ……ノインさんっ!」

「んむぅ……。その元気いっぱいな声、さてはニナだなぁ~? ボクが寝てるときは起こすなって、何回も言ってるだろぉ~?」


 間延びした声で寝言を言いながら、繭の中でもぞもぞと動くノイン。ようやく起きてくれたらしい彼女に、ニナは挨拶をしたのち、自身の用件を伝える。


 果たしてそこかどれくらいの時間、どんなやり取りをノインとしたのか、ニナは覚えていない。


 ただ、次に気が付いた時にはもう、ニナはルードナム邸の食堂に居た。


「……はわぁっ!? ど、どうしてわたくしはお(うち)に……?」


 確か自分は階層主の間の扉を開けに来たはずだ。だというのに、どうして我が家にいるのか。


「扉を稼働させたことだけは覚えているのですが、どうやって……一度自室に戻って覚書を確認しませんと」


 こうしてニナは再び、ノインとの接触の仕方だけを知っている状態に戻るのだった。




※誤字のご報告、ありがとうございます。可能な限り無いよう、心掛けて参ります。

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