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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●ウルンで、お泊り

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第212話 車には、乗っちゃダメ

※本文の文字数が4700字と多めになっています。予めご了承ください。読了目安は9~12分ほどです。





 ゼムと別れてフィリスへと向かう馬車に乗り込んだファイ。


 室内は意外と広く、人間族であれば余裕をもって6人。羽族の人々が居ても4人くらいなら座れそうな大きさをしている。


 進行方向を向いて座らされたファイの正面に、憲兵の女性2人が座った。


「出してください」


 茶髪を“馬尻尾”の髪型にしている女性が御者に言うと、(いなな)きと共に馬車が動き始める。


 あるていど整備されているとはいえ、でこぼこした街道だ。馬車が小石や木の根を踏むたび、軽い振動が室内にも伝わってくる。


 ただし想像以上に乗り心地はよく、車輪に巻かれている黒い緩衝材や馬車の揺れ防止機構のおかげで騒音も小さい。少なくとも車内で会話ができるくらいには、揺れや音は小さかった。


 ファイ、憲兵ともに口をつぐむ、静かな室内。窓から流れゆく景色をぼぅっと見るファイは、フィリスの町でアミスに教えてもらった「車」についての知識を思い出す。


 ウルンでは主に、道具を使った2つの移動手段がある。


 1つはエナで動く自動車。もう1つがファイ達の乗る馬車のように、動物が引く馬車だ。


『長距離を短時間で移動するときは自動車。町中だったり、時間に余裕があるのなら馬車が使われることが多いわね』


 そんな風に、アミスは説明してくれただろうか。


『特に自動車は便利よ。魔改造すれば、私たちが乗ってる自動二輪みたいに尋常じゃない速さで楽に移動もできる』


 フーカが緊急時に載っている自動二輪車は、風の魔法を使って搭乗者を保護する必要があるとはいえ時速300(キルロメルド)ほど出るという。ファイが何の“重し”もなく全力疾走したときよりも、さらに速い速度だ。その速度を維持したまま、1日近く走ることができるという。


『けれど、便利なものは高い。安い自動四輪車でも今は300万G(ガルド)を下らないし、普通のものは500万Gくらいはする。自動二輪車だって、最低でも100万Gくらいするわ』


 一般人がつつましやかな生活を1年間続けることでようやく、自動二輪車が。2年間続けることで自動四輪車をどうにか買えるという。


 しかも、せっかく苦労して手に入れた自動車たちも、ふとした弾みで簡単に壊れる。事故はもちろんだが、自動車が壊れる最も多い理由は凶暴な動物たちとの遭遇・戦闘らしかった。


『その点、馬車自体は一般的なもので大体10万Gくらい。壊れたときの金銭的な被害が雲泥の差なのよ』


 主に金銭面における馬車の優位性を説明してくれたアミス。


 ただし馬車にもきちんと短所はあるらしく、自動車に比べるとどうしても速度が遅い。


 また、何よりも、馬車を引くために調教された動物――輓獣(ばんじゅう)が必要なことが最たる短所だ。


 動物を調教しなければならないし、生かすためには食べ物も必要になる。馬車を維持・動かすのも、それなりにお金がかかるようだった。


 それでも、まだまだ王国では馬車の方が人気なのだという。


 ファイのように走って移動した方が早い人も居るし、使える魔法次第では移動に魔法を使う者も珍しくない。つまるところウルンでは、個人で移動する限りにおいて車が必要とされる機会は実は多くないのだ。


 大抵は各家庭それぞれが馬車だけを持っていて、必要な時に、必要な輓獣を借りる。そんな生活がアグネスト王国では一般的らしい。


『耐久性も燃費も上がって、自動車は徐々に普及しているわ。だけど、きっと。利便性と多様性がある限り、馬車がなくなることは無いでしょうね』


 アミスはウルンの車事情をそう締めくくっていた。


 そして今回、ファイが乗っているのが馬車だ。輓獣は馬で、中距離を時速40㎞ほどの速さで移動することができる。


 もちろん足で移動した方が早いが、馬車は大人数で楽に移動することができる。要は用途に合わせた車の使い方が大切なのだろう。そうファイはアミスの説明を改めてまとめるのだった。


 ファイがアミスのことを思い出している間にも馬車は雑木林を抜け、見晴らしのいい草原へと差し掛かる。時を同じくして、ファイの前に座っていて憲兵の女性2人が顔を見合わせて頷き合う。


 狭い車内だ。些細な変化にファイが何ともなしに目をやると、どういうわけか憲兵たちが服を脱ぎ始めた。当然、ファイの目は丸く見開かれることになる。


「……なに、してる……の?」


 そんな問いかけにも応えることなく、無言のまま脱衣を続ける女性2人。まるでさなぎを割って羽化するように。憲兵の服を脱ぎ捨てた彼女たちが着ていたのは、どす黒い血に汚れた白い法衣だ。


 顔を隠すように頭巾を被った彼女たちの頭部。ちょうど(ひたい)の辺りには青い糸で、女性の横顔が刺繍されている。


「「白髪様、お迎えに上がりました」」


 ファイのことをそう呼んで頭を下げた彼女たちは聖なる白(フア・ワタ)、世に白髪教と呼ばれる人々だった。


「……???」


 何がどうなっているのか。事態が飲み込めないファイの頭の中で、無数の「?」が飛び交う。


「白髪様。恐れながらファイ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 そう尋ねてくる、憲兵改め白髪教の女性。今は法衣についている頭巾を被っているせいで分からないが、茶髪の馬尻尾の女性だ。


「え? あっ、うん。良い、けど……。あなた達は憲兵じゃない?」

「はい。さすがファイ様、素早い状況把握、お見事です」


 ぜんぜん感心していない声で、ファイのことを持ち上げる馬尻尾の女性。と、彼女に続いたのはもう1人の女性だ。頭巾で隠される前は、鮮やかな赤い髪色をしていたとファイは記憶している。


「“不死のエナリア”の出入り口を監視していたところ、ファイ様が出てこられる姿を確認しました。そのため、同じ白髪様であるティオ様の命令のもと、ファイ様をティオ様のもとへご案内します」


 感情のない声で“これから”について語った赤髪の女性。彼女の言葉には、ファイの事情を尊重しようという配慮が一切見られない。その扱いはファイとしても喜ばしいところなのだが、今はニナからの仕事を全う中だ。


「あ、えっと、それは困る。私は役所に行かないと、だから」


 そう言って、同行できないことをきちんと伝える。


「……つまりファイ様は私たちと一緒には来たくない、と?」


 かすかに顔を上げ、頭巾のからわずかに顔をのぞかせる赤髪の女性がファイに聞いてくる。ファイを上目遣いに見る彼女の赤い瞳から放たれる眼光は、鋭い。


 断るのなら何をしでかすかわからない。そんな空気をまとう女性に、しかしファイが臆することは無い。


「私は道具、だから。『一緒に行き“たくない”』はない。……けど、早くアミスのところに行かないと、だし。撮影機も買わないと、だから」


 あくまでも優先順位の話だ、と言ったファイに、女性たちは「なるほど」と声を揃える。ただ、すぐに茶髪の女性がファイに進言してくる。


「ですがティオ様もファイ様にお会いすることを強く熱望されています。にもかかわらず、偽の白髪……白金髪である第3王女を優先するのは道理に反するのではないでしょうか?」

「…………。……うん?」


 ファイの知らない道理が出てきて、一瞬だけ思考が停止するファイ。そんなファイに、今度は赤髪の女性が畳みかける。


「ファイ様は同じ白髪様たるティオ様との約束を優先するべきです。いえ、しなければなりません」


 まるで当然だろうとでも言いたげな強い断定の口調で言ってくる。一方のファイは、彼女たちが語る道理が「異常なのだ」と判断できるほど、自分の知識を信用していない。


 ゆえに、何度も強い口調で言われると――。


「そう、なんだ……?」


 ひとまず言われたことを信じることしかできない。その代わり、きちんと理由は追及する。ウルンの常識とはどんなものなのか、理解を深めるためだ。


「えっと、どうして私はティオ? を優先しないといけない、の?」


 その問いに答えてくれたのは、茶髪の女性だ。


「……? ファイ様が白髪様で、ティオ様も白髪様だからです。白髪様は、下賤の民と関わってはならないからです」

「げせん? げせん、は、なに?」

「白髪以外の髪色の者です。本来であれば私たちとも言葉を交わすべきではありません」

「ですが安心してください。きちんと私たちはファイ様を送り届けたのち、自害しますので」


 “下賤”について教えてくれた茶髪の女性の言葉を補足する形で、赤髪の女性はそう言った。


「えっと、なんで関わっちゃダメ?」

「思考や御身(おんみ)が汚れてしまうから、ですね。白はとても汚れやすい色ですので」

「白は汚れやすい……。それはそう」


 赤髪の女性の言葉に頷くファイ。彼女もよく、白い上衣や下着を汚してしまう。逆に黒い衣服は汚れが目立たない。ファイが黒い下着を愛用しているのも、汚れが目立ちにくいからだった。


「つまり、白髪の私は汚れやすい、の?」

「そうです」


 根拠も何も提示することなく、ファイの言葉を肯定する赤髪の女性。彼女はさらに続ける。


「その点、白髪様同士であれば汚れることはありません。白に白を混ぜても、白ですよね?」

「白に白は白……。それも、そう」

「そうですよね。つまりファイ様は汚れることを避けるためにも、なるべく下賤の民とかかわるべきではないのです」

「汚れ……」


 ニナとお互いの汚れ――過去の罪――について明かし合って以来、汚れというものに敏感になっているファイ。


 きれいで可愛くて格好良いニナに使ってもらうためには、ファイはきれいでいなければならない。


(汚れる、は、良くない……)


 女性たちの度重なる強い口調のせいで、ファイの中にかろうじてあった常識の物差しが歪んでいく。


「ファイ様はお急ぎではない……ですよね?」

「うん? そう。急いではない」


 茶髪の女性の言葉に、コクンと頷いたファイ。


「であれば少しだけ……ほんの少しだけ、ティオ様のところに顔を出していただけないでしょうか? お時間は取らせませんので」

「人助けと思って、どうか」


 茶髪の女性、赤髪の女性から順に行われた懇願に、ファイは――


「ごめん、ね」


 それでも自分の中での優先順位を見失うことは無い。道具として振る舞っているときの彼女の意思は、そう簡単には揺らがない。それこそユアの時のように、ファイ自身に大きな負い目などがない限りは。


「私はニナの道具。“ニナのため”が、最優先。アミスに会うのも、ニナのため。だから、まずは役所? に行かないと」

「…………。……そうですか」


 ファイの返答に、間を置いて相槌を打った赤髪の女性。ただ、どういうわけか声には残念そうな色合いはない。


「ごめん、ね? 帰ったらニナに言うから、そのあとで――ぅっ!?」


 懇願を断ってしまった手前、ファイが誠心誠意、赤髪の女性に謝っていた時だ。チクッと、ルゥに尻尾を突き刺された時とよく似た鋭い痛みが、ファイの太ももを襲った。


 反射的に見てみれば、茶髪の女性だ。彼女がファイの太ももに注射器を刺し、内容物を注入している。


「なにしてる、の?」

「申し訳ありません、ファイ様。この罪はきちんと死をもって償います。ですがこれも、教義のため、白髪様のため」

「えっと……? だから、なに……して……りゅ、にょ……きゅぅ……」


 揺れる馬車の中。呂律が回らなくなったファイはそのままぐったりと座席に倒れる。


 このとき、ファイは以前のお使いの時にリーゼから言われたことをふと思い出す。


()いですか、ファイ様。知らない人にはついて行かない。何があっても馬車や自動車に乗らない。困ったときは大きな声で叫ぶ。少しでも怖いと思ったら逃げる・知らせる。この5つを守ってください』


 ガルンの子供に教える内容に「自動車」などを付け加えてウルン用に改良したものだっただろうか。


(リーゼの、言う通り、だった……?)


 次は気を付けないと。そんな小さな教訓を胸に刻んだところで、ファイの意識は完全に消失した。



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