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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●ウルンで、お泊り

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第209話 へりくつ、だけど……




 着替えを済ませたルゥと2人、ニナの執務室へと向かうファイ。


「で? ファイちゃんは弱いままで良いの?」

「それは……」


 ルゥによる問いかけに、ファイはうつむくことしかできない。ルゥが言った言葉はまさに、現在進行形のファイの悩みでもあるからだ。


 ちらりと腰に差した剣を見遣るファイ。ロゥナが「試作品だ!」といって渡してくれたソライロカネを使った青白い刀身この剣は、ファイが全力で振っても壊れない上等な品だ。


 この剣を使えば、ニナの身体でも傷をつけることはできるだろうし、ニナの攻撃をさばくこともできる。つまり、ファイは決闘の時から強くなったと言える。


 ただ、“強くなる”ということは紛れもない変化だ。道具として、その変化を受け入れても良いものなのだろうか。


 少なくともファイは、自ら強くなる道具など知らなかった。


(ニナのために強くなりたい、けど……。それは本当に、道具……?)


 廊下の床を眺めて考えるファイに、ふと、ルゥの声が聞こえた。


「な~んて! まぁそれはわたしも同じなんだけどねっ」


 重くなりかけた空気を払うように、努めて明るい口調で言ったルゥ。数歩だけファイの前に出て後姿を見せる彼女に、ファイは問い返す。


「ルゥも同じ……?」

「そそっ! わたしもニナちゃんより弱いからね~。いつ、どうやったらあの小っちゃくてぷにぷにの身体を好き放題できるようになるかな~って、いっつも考えてるもん」


 などと遠回しに言っているが、ルゥもニナより強くなることを望んでいるということだ。


 ガルンの社会通念上、ニナより強くなれば彼女を好きにできるということになる。ルゥはニナより強くなり、屈服させようと思っているらしい。


 ニナの意思を無視するようなやり方で、ファイにはやや異質に見える。だが、それがガルンのやり方であり文化だということも理解している。


 そして、ガルンの文化に親しんできたニナも、最大限の妥協をもって自分より強い者の言うことに従うに違いなかった。


「ファイちゃんの方はどうなの? もしニナちゃんに決闘で勝ったら、な~んでも、言うこと聞いてくれるよ?」


 なんでも。そう聞いた時にファイの脳裏に浮かんだのは、ニナとの接吻だ。あの言葉にできない充足感を、幸せを、再び感じることができる。それも、好きな時に、好きなだけ、だ。


「ゴクリ……」

「あはっ♪ やっぱりファイちゃんにもあるよね、ニナちゃんと……し・た・い・こ・と♪」


 歪んだ笑顔で(たの)しそうに笑うルゥの言葉を、ファイは即座に否定する。


「な、ない! ニナは私の主人。私を使う、だから、私が使う、は、違う」

「あっ、ファイちゃん、照れて赤くなってるぅ♪ 可愛い~♪」

「ルゥ! 何回も言ってる! 道具に照れるはない!」


 言いながらルゥを追い越し、ちょうど見えてきていた螺旋階段を飛び降りるファイ。しかし、空中に逃げたファイの隣にはすぐ、蝙蝠(こうもり)のような羽を広げるルゥが並ぶ。


「逃げても無駄だよ~、ファイちゃん。ファイちゃんは変わらない……ううん、変われない道具で居続けるの? それとも、成長して強くなれる人間になる? なっちゃう?」


 追い打ちをかけるルゥの言葉に、やはりファイは答えられない。


 理想的な道具であることを目指して生きてきたファイだ。道具であろうとすることを否定するのは、ファイにとって、これまでの人生を、努力を、否定することに等しい。


 そして、ファイは自身の人生を否定したくない。


 黒狼で過ごした日々も、ニナと出会ってからの日々も、ファイにとっては嘘偽りなく幸せな時間だったのだ。


 確かに今の環境から振り返ってみると、黒狼での日々は“不幸”に該当するのかもしれない。それでも黒狼にいたときのファイは、確かに満たされていたのだ。あの時に感じていた幸せを、自分を、他でもないファイ自身が否定するわけにはいかなかった。


 と、なると、ファイは自身の変化を、成長を否定する必要が出てくる。


 ただし、これについてファイは、少しだけ自身の考えを整理できるようになっていた。


 約1,000m(メルド)の自由落下ののち、魔法で着地の衝撃を和らげながら地面に降り立つ。時を同じくして翼をたたみながら隣に降りてきたルゥに、ファイは目を向けた。


「私は道具。ニナのために考える道具、だよ?」


 そんなファイの答えに、ルゥはつまらなさそうに「そうなんだ」と言う。


「じゃあファイちゃんは強くなることを諦めるわけだ? でも、ほんとに良いの~? ニナちゃんを好き勝手できなくなるよ~」


 歩き始めたルゥの隣に、ファイも並ぶ。


「ううん、それも違う」

「……うん? どゆこと?」


 言いながら、青い瞳を瞬かせるルゥ。侍女服一式の1つである、可愛いひだをあしらった髪飾り。それに押さえつけられてもなおぴょこんと主張する1房の黒い髪が「?」の形に見えなくもない。


「えっと、ね。私は道具、だけど。やっぱり“まだ”人間でもある」

「そうだね。よく言えば成長途中。悪く言えば中途半端って言うね」


 辛辣な物言いをするルゥに、ついたじろいでしまうファイ。


「あぅ……。そう。でも、だからこそ、成長はしていい」

「ふ~む……。ははん、なるほど。つまりファイちゃんはこう言いたいわけだ。『自分はまだ完全に道具になり切れてない人間。だから、人間らしく成長しても良い』って?」

「……っ! そ、そうっ!」


 察しの良いルゥに、金色の瞳を輝かせるファイ。だが、続いたルゥの言葉につい眉尻を下げてしまう。


「ファイちゃんってば、卑怯だね。そういうの、屁理屈っていうんだよ?」

「あぐっ……。で、でもズルい、は、大事。ルゥが教えてくれた」


 日ごろ、彼我の実力差を埋めるために技巧派な戦い方をすることが多いルゥ。彼女の勝利にどん欲な姿勢は、どれほどファイの参考になっていることだろうか。


「うんうん、そうだね。わたしの武器は卑怯なからめ手だもんね~……。ファイちゃん、わたしを馬鹿にしてるな?」

「そんなことない。ルゥの戦い方は参考になる。ぜひこの先もズルい女でいてほしい」

「おいこら、それ本気で……言ってるんだろうなぁ~……。しかも、悪気なく……」


 ファイの言葉に、なぜかルゥが頭を抱えている。そんな彼女に、ファイは改めて自分なりの考えを伝える。


「私は道具……になりたい、けど。やっぱり、まだだから」


 そもそもファイは人間だ。そこから道具に“なろう”としている。つまり、変化・成長しなければファイは道具になれないはずなのだ。


 そして、ファイがなりたいのは主人の意図を汲んで、時に自ら考えて行動し、与えられた支持を完ぺきにこなせる道具だ。


 当然、無理難題を吹っ掛けられても応えられるよう、より強力な力と魔法を得る必要がある。武器もそろえて、人脈だって整えておかなければならない。


「優秀な道具になるためには、今の私じゃダメ。変わらないと、ダメ。だから……」

「ふむふむ……。じゃあファイちゃんは、少なくとも今は、“道具”じゃないんだ?」

「ちょっと違う。優秀な道具になろうとしてる、人間みたいな道具。心はないし、痛いもない。けど、今はできる道具じゃない……から。“強くなる”はする」


 不変で完ぺきな存在であるところの“優秀な道具”になる過程であるため、変化を甘んじて受容する。それがファイの答えだった。


「やっぱり、自分の都合の良いように解釈してるだけの、小賢しい“人間”じゃん」

「あ、ぅ……。ダメ……?」


 ルゥもまぎれもない、ファイの“持ち主”だ。彼女に否定されると、ファイは別の理論を考えなければならなくなる。だが現状、この理論以外に、道具であることを否定せずに変化を受容する――強くなる――ための“屁理屈”は思い浮かばない。


 果たしてルゥは、なんと言うだろうか。恐る恐る、それはもう人間らしく尋ねるファイを見て、ルゥは「ぷふっ」と噴き出した。


「まぁ、良いんじゃない? ファイちゃんが良いなら、今はそれで!」


 そう言って、明るい笑顔のままファイの答えに及第点をくれる。


「ルゥ……!」

「っていうか、人の生き方に口出すとか何様って話だしね。しかも、わたしの方が“上”ならまだしも、ファイちゃん、わたしより強いし」


 空気が微妙にならないように、だろうか。おどけた様子で、実にガルン人らしい考えを口にするルゥ。だが、彼女の言葉を今度はファイが否定する。


「違う、よ? ルゥも、私の持ち主。ルゥの方が、立場は上。私を好きにする権利がある。それに、ね……」


 言葉を区切ったファイを、青い瞳で不思議そうに見てくるルゥ。彼女に言葉の続きを言うべきか、言わざるべきか。数秒ほど悩んだファイだったが、ルゥはファイの初めての友人だ。彼女がファイを友人だと言ってくれた時のことを思い出しながら、ファイは勇気を出すことにする。


「その……。ルゥは私のことを考えて、言ってくれた、でしょ? だから――」


 自分は、たとえ道具であっても心配はするし手入れもする。そんなことをルゥはかつてファイに言ってくれた。


 今回の一連のルゥの問いかけも、彼女なりにファイを心配してくれてのことだろうこと。それは、彼女の言葉の端々に見られる優しさから、ファイでも分かることだ。


 ゆえに、道具に対する手入れの一環として、自分を心配してくれた主人(ルゥ)にファイは言わなければならなかった。


「――ありがとう」


 ルゥの、深い青色の瞳をまっすぐに見て言ったファイ。すると、見る見るうちにルゥの顔が赤く染まっていく。


「ちょっ……、ほんと、その純粋なのやめて……! わたしが焼かれるから……っ!」


 言いながら、ルゥが歩調を早める。ファイに顔を見られまいとしてのことだろうが、さすがのファイもこの時のルゥの行動の意図は読めなかった。


 すぐにルゥの隣に並んで、真っ赤に染まるルゥの横顔を覗き込む。そんなファイの視線に耐え兼ねたのだろう。ファイから顔を背けるルゥが、口を開く。


「も、もちろんファイちゃんのためでもあるけど! ファイちゃんの幸せを願ってるニナちゃんのためだからね、勘違いしないでよね!」

「……ルゥ、ミーシャみたい?」

「は、はぁ? 違いますぅ、ミーシャちゃんのアレは照れ隠しだけど、わたしのは本心……ほんとのことですぅ~」

「ううん。そうじゃなくて、お顔、真っ赤、だから」

「そっち!? もうっ、ほんと、この子と居ると調子狂うなぁ~……」


 力のないルゥのつぶやきが、静かな廊下にポツリと落ちた。




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