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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●野菜を、育てよう

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第204話 “ぱっふ”は、なに……?

※本エピソード、及び「パッフ」の解説がある次話では「失禁・小水」に関する表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。




 ファイの力をして押しても引いてもびくともしなかった扉。それを横に引いた途端、扉はあっけなく開く。


(自動じゃない、自動扉……)


 ウルンの魔道具量販店で自動扉を目にしているファイ。横方向に開く扉があることは知っていた。ただ、手動の引き戸は初めてだったため、軽く感動する。


 しかし、悠長に感慨に浸っている場合ではいらしい。ファイの正面から、どこか見覚えのある太い(ツタ)が伸びてきたからだ。


 素早く腰の剣を抜き放ち、蔦を切り落とすファイ。顔を上げると、ユアの実験場に勝るとも劣らない広い空間があったのだが、どういうわけか空間全体が緑一色に染まっている。


 その正体は、異様なほど巨大に成長してしまっている動物喰らいだ。


「ファイ! やっと来てくれた……っ!」


 蔦の攻撃を軽やかによけて短剣で迎え撃つミーシャが、ファイを見て歓喜の声を漏らす。半袖に短い丈の下衣姿のミーシャの全身は上気し、玉の汗をかいている。ファイが思っていたよりも長時間、ミーシャは動物喰らいの猛攻をしのいでいたらしい。


「ミーシャ。何があった、の?」

「それ今聞くこと!? か、枯れてると思って適当に切ってたら、奥の方にコイツが居て……」

「奥の方……?」


 ミーシャの言うことが正しいのであれば、この巨大な動物喰らいはこの空間の奥にいたという。しかし、今こうして入り口付近に居る。


 植物は地面に根を張っているため、基本的に動くことは無い。だというのに、この動物喰らいは何らかの方法で移動した問いことになる。


 異様なほどに大きく成長した本体。本来あり得ない移動を行なっている事実。これらから推測されるのは――。


「ファイちゃん様! その子、変異種です!」


 引き戸の向こう。廊下にいるユアが、左右異なる瞳をキラキラ輝かせながら答えを教えてくれる。


「げっ、陰険(ガルル)……。なんでアンタがアタシのファイと一緒にいんのよ!」

「ぷ、ぷぷ……。ザコ(ニャム)さんが何か言ってます……! そのまま動物喰らい(アパルム)の餌にでもなればいいんです……!」

「にゃっ!? 言わせておけば……!」


 戦闘をしながらもユアと口喧嘩ができているところを見ると、ミーシャも意外と余裕があるのかもしれない。とはいえ、相手は変異種だ。予想外のことが発生して、手遅れになってしまう可能性もある。


「とりあえずミーシャ。手伝う?」

「ファイ! さっきからアンタ、わざとやってるでしょ!?」

「……? ……あっ」


 ファイとしては手伝っても良いのかを聞いたつもりだったのが、聞きようによっては手伝う必要があるのかを尋ねたようにも思える。いや、むしろ今の聞き方であれば後者の意味合いの方が強くなるだろうか。


(言葉って、難しい……)


 1人反省するファイに、再び焦ったようなミーシャの声が聞こえてくる。


「ふっ、にゃっ! ふぁ、ファイ! 強く言い過ぎたのなら謝る! 謝るから、お願い、早く~……っ!」


 暴れまわる蔦をよけながら叫ぶ彼女の声でファイは今度こそ意識を切り替える。


「ファイちゃん様、その子はぜひ生け捕りにしてください! 植物系の魔物は貴重なんです!」

「はぁっ!? なに言ってんのよ! そんな、悠長な、こと。言ってる場合じゃないの!」

「そ、その子の貴重さが分からないなんて……。これだから頭もヨワヨワなザコ(ニャム)さんは……」

「こんの……っ! いいわ! そっちがその気なら、アタシにも考えがあるんだから!」


 言うや否や、蔦をよけていたミーシャがファイとユアのいる方に駆けてくる。ミーシャの緑色の瞳はしっかりとユアを捕らえていた。


 当然、獲物だったミーシャを追って動物喰らいの蔦が伸びてくる。


 このままいけばミーシャを追う蔦が、彼女の進行方向の先にいるファイとユアに向くのも時間の問題だ。


「ちょ、ちょっと……こっち来ないでくださいっ!」

「はんっ! アンタももう少し身体を動かした方が良いのよ、この自堕落根暗(ガルル)! だから2進化のくせして、アタシなんかに負けそうになるんじゃない! ……だっさ♪」

「わふっ!? い、言いました……ね! い、良いですよ! せっかくなのでユアが直々にあなたをボコして、動物喰らいのエサに――」

「〈ヴァン・エステマ〉」


 獣人族の2人が言い争っていると、突如、猛烈な爆発が菜園を襲う。その正体はもちろん、ファイが使った爆発の魔法だ。


 引き起こされた大規模な爆発が動物喰らいを襲う。ファイとしては動物喰らいに火を着けたかったところだが、水分を多く含んでいるのだろうか。火は着かない。


 しかし、爆発の衝撃で巨体が地面にたたきつけられるような状態になる。その隙をついて、ファイは続けざまに魔法を使用する。


「〈ブレア〉、〈フュール・エステマ〉」


 身体の周囲にしか火をつけられない〈ヴェナ〉とは違う、特定の場所に火種を作る魔法〈ブレア〉。さらにその火種を風の魔法で増幅し、動物喰らいを中心として巨大な炎の竜巻を作り上げた。


 いくら生きて水分を多く含んでいると言っても、植物だ。高温かつ長時間、火にさらされた動物喰らいの身体には数秒もしないうちに火が付く。


 さらに、ミーシャが抜いて周囲に積まれていた雑草の山も、刈り残した下草も。周囲の植物全てが竜巻に巻き込まれ、お焚き上げの憂き目に逢う。


 やがて、


『ォァァァ……』


 断末魔の悲鳴のような音を残して、倒れ伏すのだった。


「ふぅ……」


 上空から降り注ぐ植物の燃えカス。熱気漂う菜園を見渡し、ファイは小さく息を吐く。続いて振り返れば、そこには、


「んにゃぁ……」

「くぅん……」


 突然の爆発音に三半規管をやられたのだろう。地面に倒れて仲良く目を回す、同僚2人の姿がある。


 今回はこうなることを狙っての行動であるため、特にファイが2人を見て悪びれることは無い。喧嘩をするのはいいが、時と場合を考えてほしいというのが正直なところだ。


 2人のもとへ歩み寄り、膝を折るファイ。


「ミーシャ、ユア。起きて?」


 柔らかさの中に張りのあるミーシャのほっぺと、ニナに負けず劣らずもちもちフワフワのユアのほっぺ。それぞれを軽くつまみながら、ファイは2人の気付けを促す。


 と、先に目覚めたのはユアだ。進化を経ているため、総合的ない身体能力で言えば彼女の方が“頑丈”だということだろう。


「ぁぅ……? み、耳がぁ~……、目が回ります~……」


 そう言いながらも、ユアが長い桃色の髪を揺らして身を起こす。


「おはよう、ユア。ごめんだけど、動物喰らいは燃やした。危なかった、から」

「そうなんですね~……。残念ですけど、了解です~……」


 言いながら、フラフラしていた頭をコテンとファイの方に預けてくる。


 また、同じころ。


「んにゃっ!? 敵は!?」


 ミーシャが跳ねるようにして飛び起きた。


「おはよう、ミーシャ。さっきの植物は、ちゃんと燃やした、よ?」

「そ、そうなのね……。それならよかったわ。……う~んっ!」


 地面に四肢をついて腰を上げる、伸びの姿勢を見せるミーシャ。寝起きの彼女が良く見せる、ファイからすればとても微笑ましい動きだ。


 そのまま少し、パチパチと瞬きをしながら状況を飲み込んでいたらしいミーシャ。だが不意に形のいい鼻を鳴らしたかと思うと、ジットリとした目をファイに向けてきた。


「……ファイ。アンタ、臭いわ」

「!?」


 匂いに対しては妙に敏感になってしまうファイの全身が、あからさまに固まる。


「く、臭い……!?」

「ええ、そう。しかもこの臭い……。アタシがおねしょしちゃった時と同じ……はっ!?」


 言葉の途中で尻尾をピンと立てたミーシャ。そのまま警戒するようにゆっくりと尻尾を揺らしながら、四つん這いでファイの方に向かってくる。


「すん、すん……。この小水の臭い、ファイのじゃない……。ってことは……っ!」


 先ほどのミーシャの「おねしょ」という言葉で、ファイは彼女が何のにおいを気にしているのかをすぐに察知する。


「えっと……。さっきユアが失禁しちゃった、から……。その臭い、かも?」

「やっぱり! ファイ、アンタ、ついにその根暗にパッフされたのね!?」

「ぱっふ……?」


 初めて聞く単語にファイが首をかしげている間に、ユアをファイから引きはがしたミーシャ。まだ目を回していたユアは「きゃんっ!?」と鳴いて、あっけなく地面を転がる。


 そんな彼女に構わずファイに抱き着いてきたミーシャは、地面を転がるユアに対して「シャーッ」とあからさまな敵意を向けた。


「もともとヤな奴だと思ってたけど……。人のものを取るなんて、最悪、サイテー!」


 これまでの、まだ余裕を残した悪態ではない。本気の悪意を持って、ユアを罵倒するミーシャ。


「ま、待って、ミーシャ。私はユアに何もされてない、よ?」

「そんなわけない! だってファイ、もう、ほとんどコイツの臭いしかしないじゃない……!」


 言いながらファイを押し倒し、抱き着いてくるミーシャ。そのまま、いつものように身体をこすりつけてくる。


 ユアの小水の匂いがすると言われても、ファイは彼女の小水に直接触れた覚えはない。可能性があるとすれば、着替えた彼女を負ぶった際、上衣か下着についていた小水がファイの服に染みてしまったくらいだろうか。


 少なくともファイの鼻では、小水特有の臭いは感じ取れない。しかし、獣人族である彼女にしか嗅ぎ分けられない匂いがあるのだろう。


「ぜ、全然ダメ……。アイツの臭いが取れない……っ! ファイはアタシの……なのに……って、えっ? あっ……」

「ミーシャ。私はミーシャのじゃなくて、ニナのもの……って、うん?」


 混乱したようなミーシャの声が聞こえた瞬間、ファイのおなかの辺りでじんわりとあたたかな液体が広がる感触がある。


 同時に、今度こそ、強烈な小水の臭いがファイのおなか――ファイのおなかに触れているミーシャの下腹部あたり――から匂い始める。


「え、あっ、うそ……。なんで……」


 自分の身に何が起きたのか分からず、混乱している様子のミーシャ。だが、次第に自身がファイのおなかで粗相をしてしまったことに気づき始める。


 そして、最初は羞恥で顔を赤くしていた彼女だったが、徐々にその顔は青ざめていき――


「ち、違うの、ファイ……。これは……ぐすっ、これは意図した、パッフじゃなくてぇ……、だからぁ……うぁぁぁん……!」


 混乱の極致に達したのだろう。黒毛におおわれた耳と尻尾をしおれさせながら、号泣し始めてしまったのだった。




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