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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●野菜を、育てよう

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第203話 それは、ヒミツ



 “不死のエナリア”第4層の裏側。エナリアの表側の周囲を囲うように続く回廊を、ファイはユアと一緒に歩く。


 途中、白い森角兎による“恩返し”騒動こそあったものの、無事に野菜と植物の採集を終えたファイ。あとは手に入れた種を、ミーシャへと届けるだけになっていた。


 ファイがユアを負ぶって広い森を駆け回ってきたこと。ユアが身体的・精神的な疲労を見せていることもあって、2人はゆっくりと菜園に向かっていた。


「疲れました……」


 耳と尻尾をしおれさせながらつぶやくユアに、さもありなんと金色の瞳を向けるファイ。


 先ほど、残ったタネ2種類を集めに行く中で、ファイは近くにいた探索者たちの様子を確認しに行った。理由は、自身が起こしてしまった森角兎たちの暴走の被害を確認するためだ。


 もしも怪我人などがいるのであれば、ニナにから「念のため」と渡されている傷薬で治療してあげることも考えていた。


 そんな折、ファイが最初に見かけたのがカイル達だった。当然と言えば当然で、ファイ達が休憩していたキノコ岩は、カイル達と別れたところの最寄りの岩だった。その後すぐに森角兎の騒動があったこともあって、カイル達はファイ達から最も近い探索者の徒党となっていた。


(カイル達……)


 枝の上、ユアを背負いながらカイル達の様子を確認するファイ。すると、ファイにおにぎりを分けてくれた人間族(森人族)の女性・ビータが、仲間に支えられて歩いている姿があった。


 足を引きずっていることから、足に何らかの怪我を負ったのだろうことが分かる。そして、つい先ほどあったときは怪我をしてなかったことを考えるに、森角兎との戦いで負傷したことは想像に難くなかった。


 彼らからは食事を分けてもらった恩がある。


「……ユア。行ってもいい?」


 背後にいるユアに聞いてみると、ユアはためらうような間を置いて頷いてくれる。しかし、自身は枝の上で見守っていると言ったため、ファイは1人でカイル達のもとへと向かうのだった。


「カイル、ビータ」

「ファイ!?」


 ファイが彼らの前に降り立つと、カイルが驚いたような顔を見せる。


「どうしたんだ? というか、ユアはどうした……? まさかさっきの角森兎の魔物行進で……!?」


 自分たちの仲間であるビータが怪我をしているのにもかかわらず、ファイ達の身を案じてくれるカイル。根っからの人の好さを見せる彼に、ファイは腰にひっかけている小物入れから傷薬を出しながら答える。


「ううん、ユアは離れたところで待ってる。それより、コレ」

「……? これは……回復薬か!?」

「そう。ビータ、怪我してるみたい、だから。さっき食べ物をくれたお礼。あと、ごめんねの代わり」

「それはありがたいが……。結構な高級品だろ? 大丈夫なのか?」


 聞けば、傷薬は最低でも5万(ガルド)ほどする高級品らしい。と言われても、まだまだ金銭感覚というものには疎いファイだ。麦餅が500個という計算もできないため、「?」と首をかしげることしかできなかった。


「えっと。これも縁? だから」


 前回会った時にカイルが言っていた言葉を使いながら、傷薬を渡すファイ。透明な細い管の中で揺れる緑色の液体とファイとを交互に見たカイルだったが、


「ファイ……。助かる、ありがとうな!」


 そう言って、傷薬を受け取ってくれる。


「あっ。それから。もしほかの冒険者に会ったら、残ったお薬を使ってあげてほしい」


 言って、ファイはもう1本持っていた傷薬をカイル達に渡す。


 できるならば確認できたすべての探索者のもとへ行きたいところだが、それはあくまでもファイ自身の意思でしかない。ファイは今、ニナから与えられた重要な仕事の真っ最中で、自身の欲望など無視されるべき状況にある。


 その点、カイル達を含め、この階層にとどまっている探索者の最終的な目標地点は階層主の間だ。状況が落ち着き次第、恐らく階層主の間周辺に集まることになるだろう。


 その際、もしも怪我人が居たのなら、使ってあげてほしい。そうファイは言ったつもりだ。


「えっと、使用期限は1日だけだから。なるべく早く使ってあげて、ね」


 どうせ仕事も終わりが見えている。1日経てばただの酸っぱい水になるのであれば、カイル達に使ってもらおうと思ってのことだった。


「回復薬を、2本も……!? 本当に良い……いや、恩に着る。ありがとう、ファイ。ビータの治療に必要な分以外は、他の探索者に配る。約束する」

「うん、よろしく、ね。もうすぐ階層主の間も使えるようになるはずだから、扉の前に行っても良い、かも?」


 ファイが言うと、カイルが茶色い瞳をパチパチと瞬かせる。


「どうしてそう言えるんだ?」

「それは、えっと……そう、秘密」


 立てた人差し指を口元に持っていくファイ。何でも出てくる衣嚢(いのう)について尋ねた際、尊敬するリーゼが見せてくれた「秘密」を表す身体表現だ。


「お、おう、そうか」

「ん。それじゃあ、ね」

「あっ、待ってくれ、ファイ」


 用件も済んだためその場を後にしようとしたファイを、カイルが呼び止める。


「良ければ携帯の番号でも教えてくれないか? 今度、お礼がしたい……って、これじゃあナンパになってしまうな」

「ナンパ……? は、知らないけど。ごめん、カイル。私は携帯がない。だから教えられない」


 期待に応えられないことにわずかに眉尻を下げながら、首を振ったファイ。それに対し、カイルは苦笑しながら「そう、だよな」とファイのことを許してくれた。


「あっ、けど。フィリスの町にはよく行く、から。その時に会ったら、いろんなこと、教えてほしい……な?」


 新たな知見を得るためにも、ウルン人たちとの繋がりはきちんと持っておかなければならない。先生としてカイル達は信用できそうだ、と、判断しての提案だ。


「そうか。俺たちもここでの用件が済んだら、フィリス経由で王都に帰るつもりだ。もし街で見かけたら、ぜひ声をかけてくれ」


 快くうなずいてくれたカイルに「それじゃ」と能面のまま手を振って、ファイは今度こそカイル達と別れるのだった。


 この後、ユアと合流し、無事に植物系の魔物を討伐して種を集めたファイ。隠し扉から裏に戻って、第4層の菜園を目指すことになるのだった。


 そうして、場所を第7層から第4層に移して、現在。濃緑色の外套の頭巾を脱いだファイと、白い半袖の上衣に下半身を外套で隠すユア。ユアの案内のもと、2人は黙々と菜園への道のりを歩く。


 もともとファイもユアも、口数が多い方ではない。エナリアの裏に張り巡らされた通路には、2人の足音が響く。


 身長158㎝のファイと、138㎝のユア。様々な人を診てきたルゥをして「足が長い」と言われるファイに対して、ユアは少し胴長だ。


「(トントントン)」

「(テテテテテ……)」

「……? (トン、トン、トン)」


 ファイの服の裾を掴んで懸命についてきていたユアの歩調に、ファイは当然のように合わせる。もちろんファイに「合わせてあげる」などという考えはなく、ただ息をするように自然に、他人に自身を適合させる。


 黒狼の中でも、ファイの使()()()には個人差があった。10人いれば10人の主人の意図がある。


 自称“道具”として、彼ら彼女らの意向を汲んできたファイにとって、他人に合わせることなど朝飯前だった。


 そうしてあからさまに歩調を緩めたファイを、ユアはジィッと見上げてくる。彼女が何か言葉を発することは無い。今までよりもほんの少しだけファイの方に寄ってきて、肩が触れそうな位置を歩くだけだ。


 ファイも、何かを言うことは無い。時々ユアの顔つきや息遣い、歩調を確認しながら、静かに歩く。


 まさに、沈黙。


 それでもお互いの体温を確かに感じ合いながら、ファイとユアは身を寄せ合って歩き続ける。やがて――。


「あっ! あそこ……です」


 ユアが指をさしたのは、鉄製の両開きの扉だ。その上には「菜園室」の札がかけられている。あの扉の先で、別動隊だったミーシャが耕地作業を進めてくれているはずなのだ。


 果たしてミーシャはもう、作業を終わらせてしまっただろうか。それとも、まだ作業を続けているのだろうか。続けているのなら、ぜひとも手伝いたい。働きたい。


 やる気をにじませるファイがユアと共に扉の前にやってくると――


「な、何よ、まだやるって言うのっ!?」


 ――シャーッと唸って何者かを威嚇するミーシャの声が聞こえてきた。


「……ファイちゃん様。嫌な予感しかしません。帰りましょう」


 一瞬にして回れ右をしてファイの服の裾を引っ張ってくるユアだが、残念ながら膂力はファイの方が上だ。


「ううん、ダメ。きっとミーシャ、困ってる」

「い、良いんです、あんなくそザコ(ニャム)さん、どんどん困ればいいんです……!」


 ミーシャに対しては相変わらずの態度を見せるユアに、わずかに眉尻を下げるファイ。


 前回、ミーシャとユアによって繰り広げられた従業員最弱決定戦。そこで善戦したミーシャを、ユアは認めてくれているのではないか。かすかに期待していたファイだが、やはりそう簡単にはいかないらしい。


(人間関係、難しい……)


 などと、ファイが心の中で言っている間にも、


「んにゃっ!? ちょっ、やめ……やめなさいってば!」


 かすかな振動とともに、必死さをのぞかせるミーシャの声が聞こえてくる。


「……ユアはここで待ってて、ね。すぐに戻る、から」

「あぅ……。分かりました……」


 ユアが扉のわきの壁に背を預けて座り込んだことを確認して、ファイはゆっくりと扉を押し開く。が、扉はびくとも動かない。


「……?」


 それならば、と、手前に引いてみるが、やはり扉は開かない。


「???」


 恐らく緊急事態なのだろうミーシャ。ファイとしては早く助けに行ってあげたいのだが、いかんせん扉が開かない。


 もう少し力を込めて押して、引いて。それでもびくともしない扉に、ファイがひそかに「むっ」としていた時だ。


「ふぁ、ファイちゃん様……。それ、引き戸……です」


 ユアが少しかわいそうなものを見るような目で、ファイのことを見てくる。


「引き戸……?」

「そうです。こう、横に扉を引いてみてください」


 ユアの言葉に戸惑いながらもファイが扉を横に引いてみると、先ほどまでの死闘はどこへやら。あっさりと扉は開いたのだった。



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