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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●野菜を、育てよう

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第198話 探索者に、会った




 順調に進んでいたファイとユアの植物採集に変化が訪れたのは、集める種が残り2つになった時のことだった。


「これは大花(トゥテム)ですね。自立活動する種を生み出して、寄生するための死骸を探す習性をもっています。種は中央にあるこの大きな花の真ん中。このヒダヒダの根元が全部そうで……」


 ぶんぶんと尻尾を揺らして種を回収しながら、大花について教えてくれるユア。この植物はユアも言っていた通り、手足の付いた3㎝ほどの種たちが厄介な植物だ。体中の穴という穴から相手の体内に入り込み、内臓を傷つけてくる。


 幸いなのは、種自体の機動力が低いことだろう。


 基本的に地上10㎝ほどまでしか跳躍できず、人の場合は立っていればまず体内に侵入されることは無い。たとえ足から登ってきても、ぴっちりとした下着をはいていればまず体内に侵入できないという。


 ただし、たまに風に飛ばされてきたり、野営中に横になったりすると口や鼻から。物陰で不用心に用を足していると、おしりから体内に入ってくることもあるようだった。


「これは何の役に立つ、の?」


 動物喰らいは、害獣駆除の役割があるのだという。ではこの大花も菜園において何か役に立つのか。ファイが聞いてみると、左右異なる瞳をらんらんと輝かせるユアが振り返る。まるでよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりだ。


「1つは果肉です! 見てください、ファイちゃん様! この花の部分、かなり分厚いと思いませんか!?」


 ユアが示して見せたのは、大花の名前の由来にもなっている直径30㎝ほどの大きな花だ。6枚の花弁を持つ赤黒い花の中央に黄色い種が密集しているのだが、注目すべきは花の部分。厚さは5㎝ほどあり、赤い断面からはみずみずしい水滴が漏れ出している。


 ユアの話では、この花1枚1枚が食べられるのだという。食感はキノコに近く、コリコリしているそうだ。伝聞系なのは、ユアは基本的に肉を好んで食べるために大花を口にしたことがないからだそうだ。


 つまりは野菜と同じで食用として、役に立つという。


「あとは自立活動する種も重要です。この種はしばらく適当に動き回ると活動を止めてその場で腐敗していくんですが、種にはたくさんの栄養が詰まっているんです。つまりは肥料になるんですね」


 植えて花をつけてくれれば、あとは勝手に周囲の植物に肥料をまいてくれる。それが菜園における大花の役割のようだった。


 こうしてみると、動物喰らいといい、大花といい。探索者の目線からすれば厄介な魔物でしかなくても、きちんとこの森を支える大切な役割を担っていることがよく分かる。


 それは植物だけではなくて、動物たちもだ。生きた動物たちは果肉と一緒に種を食べて移動し、やがてフンとして体外に排出されて植物の生息域を広げる。死骸についても、ある時はピュレの餌になり、ある時は植物の養分となる。


 一見すると何もない森には、ファイの目ではとらえきれないほど複雑な命の糸でつながっているのだ。


(これも、命の繋がり……)


 また1つ、世界の真理を覗き見た気がするファイだった。


 と、そうしてファイ達が植物採集に励んでいた時だ。不意にユアが外套から出ている桃色毛の耳をピンと立てたかと思うと、ファイに抱き着いてくる。


「ユア……?」

「や、やってしまいました……。敵が、来ます……っ!」

「敵……?」


 植物の採集と説明に夢中になって、何者かの接近に気づくのが遅れてしまったらしい。ファイが、ユアの桃色の髪の頭頂部から周囲に目を向けた時だった。


「おっ、やっぱり人が居た。戦闘の気配がしたけど、大丈夫か?」


 見知らぬ青年が、ファイの前に姿を見せた。


 身長はファイよりずっと高く190㎝ほどだろうか。ツンと立つくらいに短い髪の色は明るい橙色。身に着けているのは分厚く頑丈そうな鎧だ。背中に差してある大きな剣を使って戦う、前衛だと思われた。


 さらに彼の背後から、複数人の男女が現れる。総勢6人。羽毛の生えた翼をもつ羽族(翼族)がいることから、どうやらウルン人の探索者たちのようだった。


「どうしたのよカイル……って、嘘……っ!?」


 姿を見せた探索者の1人。耳の長い人間族(森人族)と思われる少女が、ファイを見て驚きの声を上げる。彼女の髪の色はやや暗い黄色。身長はファイより少し高い、160㎝半ばだった。


「お? どうしたんだよ、ビータ」

「どうしたもこうしたもないじゃない! この子、白髪よ!?」

「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」

「いや、どうかしたのかって、アンタ……。白髪の子がこんな階層に出てくる魔物に手こずるわけないじゃない……」


 ビータと呼ばれる森人族の少女が、呆れたようにカイルと呼ばれた青年を見上げている。


「それにね、カイル。そもそもこんなところに、ウルン人の白髪がいるはずないわ。きっとガルン人で――」

「〈ブェナ〉」

「――失礼しました~!」


 どうやら怪しまれていると察したファイ。魔法で指先に小さな灯をともして見せると、ビータは一瞬にして態度を豹変させ、非礼を詫びてくるのだった。


「えっと、私はファイ。この子はユア。野菜と植物の種を集めてる」


 ひとまず自己紹介を兼ねて、カイルへと目を向けるファイ。それに対して、茶色がかった瞳を細めたカイルが頷く。


「そうなのか。俺はカイル。さっきも言ったけど、戦闘の気配がしたから救援に来てみたんだが……大丈夫そうだな!」


 屈託なく、歯を見せて笑うカイル。彼を含めた6人は、アミスたち光輪に続いてファイが親交を持つ2つ目の探索者たちだった。


「そうだ。女の子2人だと何かと物騒だろう? これも何かの縁だ。俺たちも、君たちの用事を手伝おうか?」

「「……え?」」


 カイルからの思わぬ提案に、ファイとビータの声が重なる。


 2人とも、驚いた理由は同じだ。“白髪”であるファイを心配する必要などあるのか、だ。


 特にファイは、まさか橙色髪のウルン人に自分が心配されるなど思ってみなかった。こと戦闘においては、あのアミスでさえもファイのことを心配することは無かった。にもかかわらず、カイルは「危ないから」とそう言ってファイのことを心配してくれる。


 ファイにとっては衝撃的な出来事であるとともに、何とも不思議な気分だった。


「ちょ、ちょっとカイル、アンタ本気で言ってんの!? さっきも言ったけど、この子、あの“白髪”よ!?」

「うん? おう、見れば分かる。だが、女の子だろ? 最近もエナリアで乱暴する男たちの噂を聞いたばかりだ。心配して当然だと思うけどな」


 ビータの抗議の声に対して、カイルはファイ達を心配する姿勢を変える様子はない。


「えっと……。良い、の? カイルたちはどうしてここに?」


 今度はファイが、カイルに聞いてみる。


 基本的に探索者は何らかの目的をもってエナリアにやってくる。一般的なものでは色結晶の採掘と、宝箱の捜索だ。


 カイルたちの仲間には運搬要員をはじめとする非戦闘員の姿がない。エナリアにとどまることができる時間は限られているということだ。


 自分たちを手伝う時間的・物的な余裕はあるのか。確認のために聞いてみたファイに、カイル達は素直にここにいる目的を明かしてくれる。


「ああ、大丈夫だ。俺たちはここに腕試しに来ただけだからな」


 聞けば、カイル達は、実績を積むために赤色等級のこのエナリアを巡っているらしい。


「いま私たち、橙色等級を目指しているの。で、そのためには協会が用意しているいくつかの事項があるんだけど、このエナリアの第8階層到達が要件の1つにあるわけ」


 そう教えてくれたのは、カイルと仲が良いのだろうビータだ。


「私たち、ノスヴェーレンにある“破滅のエナリア”に入りたいの。だけどあそこって黒色等級のエナリアじゃない? だから橙色等級からしか入れてもらえなくて」


 ノスヴェーレンという単語に、ファイは聞き覚えがない。ただ、“破滅のエナリア”には聞き覚え・身に覚えがある。なにせそのエナリアは、ファイが人生で初めて死にかけたエナリアだからだ。


「“破滅のエナリア”……」

「そう。だからさっさとここの階層主を倒して次の層に行きたいんだが……」


 そこでカイルが表情を曇らせる。というのも現在、()()()第7層の階層主の間の扉が開かないらしいのだ。


 彼らのほかにも、階層主に挑戦しようとしている探索者の徒党がいくつかあり、足止めを食らっている状態なのだという。


 そして、食料の調達や未発見の宝箱の捜索のために、攻略路から外れた場所も探索しているようだ。


(なるほど。だから……)


 ユアのことも考えて、アミスに見せてもらった攻略路から外れた場所を移動していたファイ。にもかかわらずこうして探索者と出くわしたのには、そんな事情もあったようだった。


「と、いうわけなんだ。それでどうだ、ファイ。それからユア。俺たちも階層主の間が使えるようになるまで手持ち無沙汰なんだ。だから、良ければ君たちの護衛させてくれないか?」

「報酬は、そうね……。植物採集をしているってことは食べられる野草に詳しいんじゃない? その情報と引き換えでどうかしら?」


 そう言って、ファイ達に協力を申し出てくれる。


 これはファイにとって、またとない好機だ。アミス達とは異なる探索者を観察することで、より深く探索者を知ることができる。ついでに、植物採集も安全に行なえるようになる。


 ウルンの知識だってそうだ。生きてきた場所や生き方が違えば、その人が持っている知識は異なってくる。現状、アミスやフーカなどの限られたウルン人からもたらされる情報しか持たないファイにとって、カイル達が持つ知識は非常に貴重だ。


(絶対に、ニナのためになる。……けど)


 ファイはこちらに笑顔を向けてくれるカイル達に向けて、首を横に二度振った。


「ううん、大丈夫。護衛、は、要らない」




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