第188話 とおせんぼ、だね?
“不死のエナリア”第9層、雨音の階層。波打つ床と天井から太い柱が生えたかと思えば、今度はこの階層の特徴でもある尖った石柱が飛び出してくる。鋭く尖った槍のような先端は、次々に魔獣たちを刺し貫いていた。
「に、ニナ……? この階層に、ガルン人とかウルン人は居ない、の……?」
もしもこの第9層にガルン人や探索者が居るのなら、魔獣たちと同じ末路を辿っているかもしれない。そう考えて青ざめるファイに、ニナがピュレを通して「ご心配には及びませんわ!」と声をかけてくれる。
『その階層のガルン人さん達には1つ下の階層に移動していただいておりますし、探索者さんもほぼ間違いなく居ないはずですわ!』
「……? ガルン人の方は分かる、けど。なんで探索者も居ないって言える、の?」
ファイの記憶が正しければ、この9階層は直径10㎞以上ある広い空間になっていたはずだ。ましてやこの階層には現状、映像用のピュレを配置することもできない。各所に散らばっているだろう探索者をつぶさに見て回るなど、たとえニナでも不可能なのではないか。
尋ねたファイに、ニナから返ってきたのはいつもの自慢げな息遣いだった。
『ふふんっ! さすがのファイさんでも、階層主の間がどうして存在するのか、その真の意味を理解しておられないようですわね!』
「階層主の間の、本当のわけ……?」
他のエナリアであれば、階層主の間の扉の性質――エナを充填するまで開閉できない――を利用して、その階層にとどまることができる最大限の実力を持つ魔物を配置。逃げ場のない状況を作り出し、確実にウルン人を狩る。それが階層主の間の役割だ。
一転、ガルン人がウルン人を狩ることが許されていないこのエナリアでは、下の階層に行くのに十分な実力があるかどうかを確かめる役割を担っていたはずだった。
ファイがアミス達とこのエナリアを攻略した時、第4層、第7層、そして第10層に階層主の間があった。それぞれ、草原の階層や大樹林の階層など、特徴と出現する魔物の傾向を同じくする階層の最下層だ。
環境が変われば出現する魔物も変わり、下層に近づくにつれ――ガルンに近づくにつれ――出現する魔物も強くなる。下の層に行くためには必ず階層主の間を通らなければならないため、実力を確かめるというニナの意図を考えたとき、階層主の間が存在する位置に疑問は無い。
(つまり、階層主の間で実力を見るって言ったニナの言葉は嘘じゃない。ただ単に“それ以外”がある感じ……?)
風の魔法でフヨフヨと宙を漂いながら考えるファイに、ニナが手がかりをくれる。
『ファイさん。階層主の間には、わたくしでもなかなか壊せない分厚く頑丈な扉がありますわ』
「うん。だから探索者は逃げられない、でしょ?」
『はい! ですが実はその扉、わたくしの方でも操作ができるのです』
それは、ファイもなんとなく予想できていたことだ。精緻な彫刻が施されていた扉は、どう見ても人工物だ。そしてエナリアにおける人工物など、十中八九、ガルン人が設置したものに違いない。ガルン人であるニナが扉を操作できても、何ら不思議はなかった。
階層主の間にはそうそう壊せない扉があって、それをニナが操作できる。この情報こそ、ニナがウルン人の探索者がこの階層に居ないとほぼ断言できる理由と繋がっていると見ていい。
静かなエナリアで思考にふけるファイが答えを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
「……そっか。ニナは今、“通せんぼ”してるんだ、ね?」
『ファイさん! 大正解、ですわぁぁぁ!』
ファイの言葉に、ニナが花丸をつけてくれる。
通せんぼ。つまりニナは今、この第9層に来るためには必ず通らなければならない第7層の階層主の間を、立ち入り禁止にしているのだ。
「エナが充填してないと、扉は開かない。先に行きたくても、扉は壊せない。探索者は、来られない」
『はい! 階層主の間の扉のエナの充填に時間がかかることは、探索者さん達もよく知っておられるところですわ。扉が開かなくても、疑問を持たれる方は居ないでしょう』
加えて先日のマィニィ達による補修作業のおかげで現在、このエナリアの上層には中身の入った宝箱と低純度の色結晶が大量に配置されている。自然、探索者たちは上層の探索に時間をかけているはずで、中層以降に足を踏み入れているものは少ないのだ。
『ここしばらく、第4層の階層主の間を突破された回数は片手で数えられるほど。まして第7層の階層主の間は、開かれてすらおりません。なのでその扉を閉めてしまえば……』
「確かに。探索者はここに来られない、ね」
ようやくファイも、ニナがこの第9層に人が居ないといった理由に納得ができたのだった。
『ついでに、ではありますが。この“通せんぼ”、実はガルン人の方にもできましてですわね……』
例えば密猟者など、ニナ達エナリア主の意図を汲まないガルン人たちも珍しくない。そんな彼らが上層に向かって暴れると、エナリアの運営に支障が出ることもある。
あるいは「魔物の遡上」と呼ばれる現象が起きれば、生態系に悪影響が出る。この前もルゥの姉・サラが第11層に行ってしまったことで、このエナリアは大きな損害を出したところだ。
そんな事態を防ぐ安全弁的な役割も階層主の間は担っているのだとニナは言う。
『もしも第15層、第12層にある階層主の間が無ければ、もっと被害が出ていたかもしれませんわ……』
「そうなんだ?」
そうしてファイとニナが話しているうちに、第9層の変化が完全に止む。
風の魔法で宙に浮くファイが見下ろす先に広がるのは、新しく生まれ変わった第9層の姿だ。
とは言っても、石でできた柱と棘しかないのが第9層の特徴だ。これが上層の大樹林の階層だったりすれば、湖の位置や植生も変わったのかもしれないが、第9層には変化の目印となるような構造物もない。
だというのに、ファイはこの階層が変化前とは違うことをきちんと把握できている。その理由を宙に浮いたまましばらく考えていたファイが、ひとまず地面に下りようと思った時だった。
「……あっ」
ファイは、自分が降り立つのに適した“道”が無いことに気付く。
通常、エナリアには必ず“道”がある。それは例えば幅の狭い洞窟だったり、草原であれば下草のない街道であったり。まるでここを通ってくださいと言わんばかりの道がある。
(その道が、ない)
ニナと出会ったばかりのころ、彼女はエナリアがガルン人によって造形された空間であるのだと教えてくれた。ゆえにファイは、エナリアにある不自然な道が、ガルン人の作ったものだということを知っている。
だが、ニナはこうも言っていた。エナリア自体はあくまでも自然にできたものなのだと。
つまり、いまファイの目に映っているのは、誰の手も加わっていない、ありのままのエナリアの姿だということになる。
「ニナ。ぐにゃぐにゃが終わった」
『むっ、了解いたしましたわ。恐らく、もうそろそろ担当の方が到着する頃だと思います。それまで、もうしばらくお待ちくださいませ』
「担当のひと……? ニナ、これから何をする、の?」
そもそもの話、なぜこうして第9層の自動修復・生まれ変わりを行なわなければならなかったのか。その理由を聞いていなかったことを思い出したファイ。手近な石柱の隙間に降りながら、ニナに尋ねる。
『あら? そう言えば申し上げてりませんでしたわね』
「そう。『第9層を壊してくださいませっ』って、言われただけ」
『うふふっ! ファイさんのわたくしのマネ、全然似ておりませんわ……ふふっ!』
「そ、そんなことない。マネは得意、の、はず……」
記憶力には自身があるファイだ。ニナが言った言葉も、表情も、語気も。完全に再現した自信がある。だが、思えば以前、ルゥの前でニナのマネをした時も笑われてしまった。
ひょっとして、自分のモノマネはいまいちなのだろうか。ファイが密かに自信を喪失していることなど知らないだろうニナが、本題を続ける。
「これからファイさんには、第9層を作り直していただきます」
具体的な内容で言えば、上層から次の階層に続く穴までの道を作ること。また、宝箱がある空間を作ったり、そこに通じる道を作ったり。罠の設置などもしていくのだとニナは教えてくれる。
(やること、いっぱい……!)
モノマネの自信喪失から一転。どう考えても多い作業量に、ファイの金色の瞳はらんらんと輝く。
労働狂いの彼女だ。休暇の間はニナのために勉強会をしていたが、どうしても鬱憤が溜まってしまっていた。しかもウルンについての知識はフーカと比べるまでもなく、ぜんぜん役に立つことができなかった。
そうして溜まっていた心的負荷が、ファイのやる気に薪をくべる。
「あれ、でも。壊し過ぎたら、また、じどうしゅうふくしちゃう?」
道を作るには石柱などを大量に破壊することになる。そうなると、またしてもエナリアの自動修復機能が働いてしまうのではないか。そうなれば、せっかく作った道も全てが無駄になってしまう。ファイの懸念を、ニナはピュレの向こうで肯定する。
『そうですわね。ですが、わたくしはこうも申し上げたはずですわ。短時間に、大規模な破壊が起きると、エナリアが自動修復するのだ、と』
「……なるほど。じゃあ、ゆっくり壊せば良い?」
『さすがファイさん! その通りですわ!』
ファイの言葉を、ニナが再び肯定してくれる。
『ですが、どれくらいの期間で、どれくらいの破壊活動をすると自動修復をしてしまうのか。素人のわたくし達には分かりませんわ』
そこで専門家の出番なのだという。
「ニナが言ってた、えっと……設計士さん?」
『はい! 裏・表に関わらずエナリア内部の造形を行なう、美と実用性の職人さん、ですわね!』
「おー、なんかすごそう」
ニナが何を言っているのか半分ほどしか理解できなかったファイだが、とりあえず設計士と呼ばれる人が凄いのだろうことは分かった。
ただ、ファイの知る従業員たちの中に設計に携わる人は居なかったはず。ということは新しく従業員がやって来たのか、それともマィニィのように臨時の助っ人なのか。
ファイというご馳走を目がけてやってくる魔獣を適当にあしらいながら待つことしばらく。やがてやって来たのは、ファイが見知った人物だった。
【※明日、更新をお休みするかもしれないお知らせです】
いつもファイ達を応援していただいて、ありがとうございます。お恥ずかしながら夏バテのせいか、なんなのか。4日連続で39度後半の高熱に見舞われておりまして、なかなか執筆がままならない状況です。病院で診察を受けお薬を処方してもらい治療中ですが、なかなか熱が引かず……。明日の熱次第では昨日同様、更新できない可能性があります。申し訳ありませんが、何卒、よろしくお願いいたします。まだまだ暑い日も続くようです。皆さまも、ご自愛ください。




