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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●改装作業、ちゅう

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第187話 エナリアの修復、きのう?




 気づいた時には幼竜の姿に戻っていたベル。足元に居た彼女への恐怖心を能面の奥に隠して、ファイはベルを自身の頭の上に乗せてあげる。


『ふぁ、ファイさん? その……。ベルさんは……』


 同じ頃、肩に乗せたピュレから聞こえてきたニナの声に、ファイはこくんと頷いてみせた。


「大丈夫。無事だった。今、私の頭の上に居る、よ?」

『まぁっ! それなら良かったですわ! 次ははぐれないように、注意してあげてくださいませね』

「うん。あと、ニナ。ニナはベルのこと、知らない、の?」


 ファイですら“絶対に敵わない”と思えるような存在だ。強者に敏感だろうニナならば、実はベルのことを知っているのではないか。聞いてみたファイだが、ニナから返ってきた反応は(かんば)しいものではない。


『先ほどの小さな黒竜さんですわよね? だとするなら、わたくしの答えは否ですわ。ですが、真っ白な角と黒い鱗は魔王様と同じです。魔王様の血を引く、関係者さんかもしれませんわね』

「魔王……。確か、ゲイルベル……」

『はい! 圧倒的な風格に、凛とした佇まい……。先ほどの可愛らしい小竜さんとは対照的に、とぉってもきれいで、格好良いお方なのですわ!』

「なるほど……」


 頭上、ファイの髪の毛で遊んでいたベルをそっと掴み、眼前まで持ってくるファイ。念のためにニナとの通信を一度切っておいたファイは、ベルに尋ねた。


「ベル。あなたが、ゲイルベル?」


 金色の瞳で、ベルの黒い瞳をまっすぐに見つめる。この時のファイの声に恐怖の色は無い。不思議なもので、ニナと話すだけでファイはあらゆる負の感情を打ち消すことができる。


 それにベルから敵意を感じないのも大きい。たとえベルがファイを一瞬で屠ることができる存在であるのだとしても、ベルにその気がないのなら気にするだけ無駄だろう。


 下手に怯え、相互理解を拒んですれ違う。そんなことが続けば、敵対関係になってしまうかもしれない。


 であるならば、中立の状態である今のうちに対話を重ね、友好的な関係を築くのが効率的だ。もしもベルと良好な関係を築くことができれば、間違いなくニナの理想の役に立ってくれるだろう。


 ――ニナのために。


 ファイはガルンで魔王と呼ばれている存在と、真っ正面から対峙する。


 他方、尋ねられたベルはと言えば、


「そうだ、と、我が言ったらどうするんだい?」


 ファイの両手のひらの上。全てを吸い込む闇のような黒い瞳でファイをジィッと見つめている。ユアがファイの心を読むとき。また、ニナが大切なことをファイに話してくれる時と同じだ。ファイの目から、何かを読み取ろうとしている。


 それに対して、ファイも目を逸らさない。ありのまま、噓偽りのない言葉が、きちんとベルに届くように努める。


「どうする、も、無い。『そっか』で終わり、だよ?」


 別にベルが魔王ゲイルベルだったからと言って、ファイが何かをするわけではない。先の質問したのは、単なる確認だ。


「名前は大事って、ニナが言ってた。だから、ベルの名前を知る。それだけ」


 ニナがファイを黒狼から連れ出してくれたあの日。ウルンでの活動限界が迫る中、ニナは命懸けでファイの本名を確認していた。


 どうしてあそこまでしたのか。以前ファイがニナに聞いてみると、ニナは笑って言っていた。


『ファイさんに、自分が何者であるのかを知ってもらうためですわ』


 自分が何者で、どこで生まれ、両親からどんな想いを込めて名前を付けられたのか。それを知ることで、ファイが愛されて、望まれて生まれてきたことを知って欲しかったのだとニナは言っていた。


(「ファイ」は、組長が付けた名前。意味も組長のふるさとの言葉で「何もない/からっぽ」だって、フーカが教えてくれた、けど……)


 それでもやはり、エグバが意図と意味を込めてつけた名前なのだと思うと、ファイの胸は温かくなる。道具の視点から見ても、エグバの適当すぎる名付けはやはり、ファイにとって嬉しいものだ。


「名前は大切。私もそう思う。だから……ベルは、ゲイルベル、なの?」


 改めて、手のひらの上でちょこんと行儀よく座るベルに聞いてみる。そのまま、彼女の黒い瞳と見つめ合うこと、しばらく。


「ふふっ、バレてしまったか」


 いうや否や、ポンッと音を立てて人の姿に戻ったベル。真っ黒な一枚着姿のまま自身の豊満な胸に手を当ると、妖艶に微笑む。


「我こそはゲイルベル。第5代魔王ゲイルベルだ」

「そっか」

「…………。……ふふっ、本当にそれだけなんだね?」

「……? そうだよ。あっ、でも1つ、言わないといけないことがある」


 ゲイルベルが腰まで届く黒い髪を揺らして首をかしげる前で、ファイは深々と頭を下げる。


「ニナに、このエナリアの経営を任せてくれてありがとう。他にもたくさん、ニナを助けてくれてありがとう」


 ゲイルベルがニナを支援してくれなければ、間違いなくニナとファイは出会うことができなかった。出会ってからも、ゲイルベルが何かとニナに気を回してくれているという話はファイも聞き及んでいる。ベルもまた、ニナが夢を叶えるうえで欠かせない存在であるはずなのだ。


「これからもニナをよろしく、ね?」


 この先もニナの世話を見てあげて欲しい。ガルンの頂点に君臨する存在に堂々と“お願い”をするファイに、出会った時同様、面食らったような表情を見せたベル。それでもすぐに微笑むと。


「ふふ、ああ、任された。……ファイ。君がウルン人であることを、我は本当に残念に思うよ」

「ん、同意。私もベルたちと同じガルン人だったら、寝なくて良いし進化もできる。もっとニナの役に立てる、のに……」


 わずかに眉尻を下げるファイの言葉に、クスクスと上品な笑いをこぼすベルだった。




 魔法しかり、踏み込みしかり、殴りつけしかり。魔法や打撃を駆使して、ひたすらにエナリアを破壊していくファイ。探索者の存在に気を付けながら行なわれる破壊作業が30分ほど続き、ファイがここに来た当初の地形が丸っと変わる頃。


 “不死のエナリア”全体を大きな揺れが襲った。


「わ、わわっ……。ベル、捕まっててね?」


 ファイが、頭上、幼竜の姿のベルに話しかけると「ああ」と短い返事が返ってくる。彼女が髪の毛を引っ張る感触を確かめてから、ファイは降り注ぐ瓦礫と揺れから身を守るために風の魔法〈フュール・エステマ〉を使って宙に浮いた。


 そうして風の膜を纏いながら空を飛ぶファイの肩の上。


『来ました来ました、来ましたわぁ~!』


 青いピュレから、興奮した様子のニナの声が聞こえてくる。


 一体なにが「来た」のか。ファイが尋ねるよりも早く、変化は訪れた。


(エナリアが、波打ってる……!?)


 風の魔法で浮かぶファイの視線の先。硬く分厚いエナリアの岩盤が、液体のように波打ち始める。第9層の特徴でもある床や天井から突き立つ岩の棘も一瞬にして形を失い、地面に溶けるようにして消えていく。


 そうして視界を遮るものが無くなった第9層は、波打つ地面と天井、そして、物陰に隠れていた魔獣たちが見えるだけとなった。


「ニナ。何が、起きてる……の?」


 視界が通るようになったことで、魔獣たちからもファイが発見しやすくなった。これ幸いと言うように、宙に浮くファイに襲い掛かって来る魔獣たち。それらを適当にいなしつつ、ファイはニナに説明を求める。と、返ってきたのは得意げなニナの声だ。


『ふふん! よくぞ聞いてくださいましたわ、ファイさん! いまこのエナリアで起きているのは……』

「(ごくり……)」


 ファイが密かに息を飲む中、ついにニナが答えを教えてくれた。


『「自動修復」ですわ!』

「じどうしゅうふく……?」


 いくつもの“不可思議”を内部に抱え込むエナリア。階層を移動すればいつの間にか空の上に居たり、大海が広がる孤島にたどり着いてしまったり。常識では考えられないことが当たり前のように発生する。


 それら超常的な現象の仕組みは、エナリアとの付き合いが長いウルン人・ガルン人でも解明できていない。まさに人の手に余るエナリアの力だと言えるだろう。


 そんな“不思議”の1つに、エナリアの修復と呼ばれる現象があるとニナは語る。


『エナリアは短時間で内部に大きな損傷を受けた際、その部分を修復する機能があるのですわ』

「えっと、傷を治す……。怪我が治るのと一緒?」


 身近な現象と紐つけて例えたファイに、ニナが「はいっ!」と丸を付ける。


『ただし、わたくしたちの傷の修復が“元通り”になるのに対して、エナリアの修復は“生まれ変わり”なのですわ!』


 生まれ変わる。つまり、もとあったものと全く別の景色が創り上げられるのだとニナは言う。


 ただし、小さな傷ではエナリアは修復しないのだという。先日、ファイがエリュと挨拶をした時にできてしまった廊下の損傷が良い例だろう。あの時は、今のように地面が波打つようなことは起きなかった。


 また、ユアの実験場で黒い暴竜と戦った時もそうだ。地面には大量の穴ができ、天井や壁も暴竜が放つ光球によって大きく損傷した。それでも、エナリアが修復することは無かった。


『エナリアの形が変わってしまうほどの損傷……それこそ、ファイさんに行なってもらったくらいの大きな怪我をしなければ、寝坊助なエナリアは起きてくれないのですわ』


 ニナがそう言っている間に、天井や床の波が穏やかになり始める。凪いだ水面のようにまっ平らになった9層の床と天井が、泡立ち始めた。


「ニナ、ニナ。地面がブクブクしてる」


 金色の瞳を輝かせて状況を報告するファイに対して、ピュレの向こうに居るニナは冷静だ。


『なるほど。整地が終わったのですわね。次は地形の形成が始まりますわ。……ファイさん、これから恐らく地面や天井から岩が突き出してくると思います。十分にご注意を!』


 ニナが言った瞬間だった。


 泡立っていた地面や天井から、水柱のように岩がせり上がってくる。それは真っ直ぐに床と天井を結び、一瞬にしてこの階層を支える柱に変わった。


 不運にも柱の隆起に巻き込まれてしまった魔獣たちは、柱の中に飲み込まれてしまう。岩の中に閉じ込められた生き物がどうなったのかなど、ファイでなくても想像できるだろう。


 と、ファイの頭上にあった天井が泡立ち始める。


「(……っ!?)」


 ファイが気流を操作して風で浮く自分を移動させた直後、ファイがもと居た場所を流体の岩が通り抜け、太い石柱に姿を変えた。


 それら巨大な柱が出来上がると、次は第9層の特徴でもある先端の尖った石の棘が床と天井から生え始める。これについては宙に浮くファイを襲うことは無かったが、地面に居た魔獣たちがまたしても刺し貫かれたりしてしまっていた。




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