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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●改装作業、ちゅう

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第183話 ちっちゃい竜、見つけた





 この間ファイ達が何を行なっていたのかと言えば、お茶会と勉強会だ。


 ファイとフーカがウルンのことを教え、ニナ達がガルンの事情を教える。特にフーカによって語られるウルンの魔道具の数々はニナ達にとって目新しいものが多く、今後のエナリアの改良に生かすとのことだ。


 果たして今でも十分快適な――あくまでもファイの視点で――エナリアの暮らしが、どのように変化するのか。ファイとしては楽しみで仕方ない。


 一方で、やはりと言うべきだろう。新たな知見を持ち込むという意味では、ファイはてんで役に立つことができなかった。ただフーカとニナ達の話に聞き耳を立て、終始、知識を詰め込むだけの3週間になってしまったのだった。




 そんな状況で迎えた、修正作業終了の日。


 休憩明けのファイはニナから仕事を貰う前に、お手洗いを済ませておくことにする。尿意・便意を伝えるのが恥ずかしいからだ。もちろん彼女の場合、自身の意思を伝えることに抵抗があるだけで、お手洗いに行くことそれ自体への抵抗は無い。物事をありのまま受け止めるファイにとって、排便もまた、ただの生理現象でしかなかった。


 静かな廊下に、ファイの足音だけが響く。こうして廊下を歩いているだけでも、マィニィたち“希求のエナリア”の従業員たちが残して行った変化が見て取れるというものだ。


 まず、人気(ひとけ)が無くなった。ここしばらくは廊下を歩けば数人のガルン人とすれ違ったものだが、今は誰ひとりとしてすれ違わない。


 どうやらマィニィたち“希求のエナリア”の従業員たちは約束を果たし、作業が終わり次第、即時撤収したらしい。


 静かな環境で育ってきたため、静けさを好むファイ。少数精鋭で回っていた“不死のエナリア”の静かさが、ファイにとっては心地よかった。そのため、ここ最近のにぎやかさはファイにとって忌むべき変化だったはず。だと言うのに、どうしてだろうか。


(少しだけ寂しい……ね?)


 胸に空気が通ってしまったようなその感覚は、ファイが黒狼でニナに会えない時期に感じたものとよく似ている。


 以前と何かが変わったわけではない。元に戻っただけだ。にもかかわらず寂しさを感じる不思議を、ファイは静かに噛みしめていた。


 そうして寂しい変化がある一方、良い変化で言えば廊下がきれいになっている。


 普段は掃除用の白いピュレが各所を徘徊しているのが“不死のエナリア”だ。だが、どうしてもピュレによる掃除にはムラがある。ニナ達も分かってはいるらしいのだが、手が足りずに掃除ができていない状況だった。


 しかし、マィニィたちは掃除もしてくれたらしい。壁や天井、配管の上にあった埃や汚れはきれいさっぱり無くなっている。照明も明るくなっているように感じるのは、ファイの気のせいではないだろう。廊下全体が1段階ほど明るくなり、清潔感が増したような気がした。


(廊下、でも、この違い……。きっと他の所はもっとすごい)


 きれいになったおかげでファイの気分も高揚する。無意識のまま軽い足取りでお手洗いへ向かうファイは、ふと、正面に見慣れない角族の女性を見つけて足を止めた。


 身長はファイよりずっと高く、180㎝はあるだろうか。腰まで届く真っ黒な長い髪は艶やかに揺れ、上質な布のようだ。


「おや? 君は……」


 そう言ってファイを見つめてくるのは、吸い込まれそうに真っ黒な瞳だ。髪、瞳、服、そして尻尾。全てが黒い角族の女性だが、唯一、頭の後方に向けて伸びる2本の角だけは真っ白だった。


 適度なところで観察をやめ、まずは聞かれたことに答えるファイ。


「初めまして。私はファイ。ファイ・タキーシャ・アグネスト。このエナリアで働いてる。あなた、は?」


 まだ残っている“希求のエナリア”の従業員だろうか。あるていどの推測もしながら、コテンと首を倒す。そんなファイに対して、黒い角族は薄く笑ってみせた。


「うん、初めまして。君がファイなんだね。ニナから話は聞いているよ。我は……そうだな。ファヴちゃんとでも呼んでくれ」


 自身のことを示しながら言ったファヴに、ファイはコクンと頷く。


「分かった。えっと、ファヴは『“希求のエナリア”』の従業員?」


 迷子だろうか。であれば玄関がある多目的室まで案内してあげよう。そんなことを考えながら尋ねたファイに、なぜかファヴは目を瞬かせている。


「……ファヴ?」

「ああ、いや、済まないね。まさか本当に、それも愛称もなしで呼ばれるなんて思わなかった。生まれて初めてのことだから、驚いてしまったよ」


 口元に手を当ててクスッと上品に笑うファヴ。その姿がなぜかファイの中でリーゼと被ったのだが、本当に一瞬だったため気のせいだと流すことにした。


「ただ、そうか……。我が考えた我の愛称とファイの名前は響きが似てしまって良くないな」

「そう、なの?」

「そうだとも。皆が呼ぶときに混乱しても良くないからな。……だが、ファイはウルン人だと聞く。決闘をして名前を奪うわけにもいかない……」


 黒い手袋をしている手を(おとがい)に当て、思案顔のファヴ。ガルンでは名前すらも奪えるのか、と、ファイが静かな衝撃を受ける中、ファヴがふっくらとした唇を開いた。


「そうだな。ではこうしようか。我のことはベルちゃんと呼んでくれ」

「……? 『ファヴ』じゃなくて『ベル』?」


 名前に共通点が見られないため念のために確認したファイに、ファヴ改めベルが頷く。


「ああ、それで頼む」

「ん。分かった。それでベル。あなたは『“希求のエナリア”』の従業員、なの?」

「ふふっ、丁寧に同じ質問を繰り返す。真面目な君の性格がよく分かるね」


 果たして“真面目”という単語は道具に対する評価に当てはまるのだろうか。それとも道具として否定すべきなのか。ファイが悩んでいる間に、気付けば視界からベルが居なくなっていた。


 突然のことについ金色の瞳を見開いてしまうファイ。どこに行ったのかと周囲を見回してみると、足元からベルの声が聞こえた。


「ファイ、こっちだ」

「……? べ、る……?」


 声に導かれるままファイが視線を下ろしていくと、そこに居たのは黒飛竜を小さくしたような何とも愛らしい生物だ。


 体長は15㎝ほどだろうか。小さな翼に短い手足。お腹の部分以外は黒い鱗に覆われており、頭から純白の角が2本、生えている。そうした身体的特徴から、どうにかファイは目の前の幼竜がベルなのではないかという推測を導くことができたのだった。


「ベル。獣化した、の? 可愛い、ね」


 衝動のまま目の前にいるベルを両手で包み、持ち上げるファイ。ひんやりとした鱗の感触が何とも心地よい。


「そうだろう? 竜化と言うんだ。大抵の角族が2回目の進化で覚える能力だな」

「おー……」


 つまりリーゼやエリュも、竜化することができるということになる。そして獣化と同じような特徴を持つのだとすれば、五感が鋭くなったり、筋力が向上したりするのだろう。


「……あれ? でも私、りゅうか? した角族、見たこと無い、よ?」


 手のひらの上で行儀よく座っているベルを様々な角度から観察しつつ、自身の経験とベルの話のズレを指摘する。対するベルの回答は、至極単純なものだ。


「当然だ。竜化すると身体が肥大化して的が大きくなるし、動きも鈍重になる。竜化する利点がほとんどないんだよ」


 身体が大きくなって攻撃範囲や威力は上がるが攻撃は単調になり、敵の攻撃も当たりやすくなる。こと戦闘において、竜化は使いづらいものらしい。ゆえに角族は竜化を封印し、息吹や飛行能力を使って戦う。竜化などせずとも、脆弱なウルン人を狩るには十分な身体能力があるということらしかった。


「そうなんだ? ……で、ベル。あなたは『“希求のエナリア”』の従業員――」

「ファイ」


 ファイがもはや機械的にベルの正体を尋ねようとするが、またしてもベルによって話を遮られてしまう。こう何度も続いてしまうと、さすがのファイもわずかに、ほんの少しだけ「むっ」としてしまう。


「…………。……なに?」


 ファイがついじっとりとした瞳を手のひらの幼竜に向ける中、ベルが鋭く並ぶ牙を覗かせた。


「このまま我をニナのところまで案内してくれ」


 再三にわたる質問の無視に加え、どこまでも自身の調子を貫こうとするベル。彼女の態度にファイが腹を立てる――ことなど、あるはずがない。ましてや意識的か無意識化は分からないが、ベルは命令口調でファイに言ったのだ。


 たとえどんな命令であっても、ファイの身体はほぼ反射的に頷くように“作られている”。


「分かった」

「ん、頼んだよ。ついでに我のことは『拾った』と説明してくれ。くれぐれも人型の我の話はしないように」

「それも分かった。けど、ニナに聞かれたら全部答える」


 あらゆる物事に置いて、ニナの存在と言葉は優先される。命令系統で言えば次がルゥで、ベルはその次。ファイにとっては絶対的な考え方――であるはずなのに。


「ダメだ。我の言葉を優先せよ」


 見た目は可愛らしい幼竜のベルに言われた瞬間、なぜかファイは了承してしまっていた。


「分かった。…………。…………。……!?!?!?」


 自分の声が聞こえてようやく、ファイは自身の絶対的な信念が犯されたことに気付く。急いで修正を、と、思うが、なぜだか口が動かない。


(なん、で? ベルの能力?)


 手のひらに座る幼竜をジィッと見てみるが、大きなあくびをしている彼女にファイは“死”を感じない。つまり彼女はムア以下の実力者ということであり、その程度の魔物の能力であれば白髪としての身体機能でおよそ無力化できてしまう。


 ということは、特殊能力ではないのか。しかし、現にこうしてファイは口を動かすことができていない。一番はニナ。ベルじゃない。そう言わなければならないのに、言えない。それどころか、


「どうした、ファイ。早く我を案内してくれ」

「う、うん。……え!?」


 身体が無意識にベルの言葉に従ってしまう。


 この時ファイが動けなかったのは、戦士としてのファイの生存本能が手のひらの真っ黒な幼竜の正体に気付いていたからだ。


 ――魔王ゲイルベル。


 彼女がガルンでそう呼ばれて畏れ、敬われていることなど、ファイが知る由もない。


「ふふっ。良い子だね、ファイ?」

「あ、う……?」


 ベルの言うことを聞くことしかできないファイはまさに人形――道具――で、ファイが望む在り方だ。


 にもかかわらずこの時ファイの中にあったのは“幸せ”などではなく、困惑と疑念だけだった。




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