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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●実験、してみる

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第167話 まだまだ、ですわね!




 “不死のエナリア”第13層にある、ガルンへの出入り口。『ダンダレムの森』と呼ばれる鬱蒼とした森に程近い、開けた荒野にて。


「分かったらさっさとこいつらの娘とエナリア主を連れてこい。さもないと――」


 部族からの出奔者であるミーシャを追ってやってきた族長の男が、後方にいる仲間に合図をする。と、十字に組まれた金属の棒に(はりつけ)にされた男女に対して、複数の獣人族から暴行を加えた。


 それに対して暴行を受けている男女が――ミーシャの両親が悲鳴を上げることはない。それどころか、生理的な反応を見せることもない。もう“手遅れ”である可能性が高かった。


 痛む胸にそっと手を当てて俯くニナ。深く長い息を吐いて、自身の中にある感情を全て息として吐き出す。


「そう……ですのね。であればわたくしはあなた方に、感謝しなければなりませんわ」

「あ? 感謝だぁ?」


 問い返してきた男に、ニナは俯いたままコクリと頷く。


「はい。形はどうあれ、ミーシャさんにご両親と再会する機会を与えてくださったのです。きっと今の彼女であれば、お2人と向き合うこともできるはずですわ」


 もちろんニナはミーシャから、エナリアに来た経緯(いきさつ)を聞いている。その際、ミーシャは泣いていた。自身が弱く、両親に大切な言葉も言い残せなかった後悔が溢れたのだろう。


 ゆえにニナは、彼女がファイに懐く理由も分かるつもりだ。


 安心できる場所、頼れる存在が、ミーシャは欲しかったのだろう。子供のころ、甘えたい盛りの頃に両親と離れ離れになった彼女の痛みを、ニナはよく知っている。


 だからこそニナは、そんなミーシャの寂しさを埋めてあげようと努力した。


 結果的には構い過ぎて嫌われてしまったが、今はファイがきちんとミーシャの寂しさを埋めてくれている。ニナとしてはもう少しだけ、ベッタリするのは控えて欲しいが、ともかく。


 ファイという心の支えを手にした今のミーシャであれば、きっとこの状態の両親とも向き合えるはずだ。そして今度こそ、後悔を晴らして欲しいとニナは思う。


 ――ミーシャの両親を連れ帰る。


 また1つ、ニナがこの戦いで背負うものが増えた瞬間だ。


「おい、嬢ちゃん。御託はもういいんだ。ここのエナリア主が人間族ってことくらいは知ってる。嬢ちゃんの父親か母親がそうなんだろ? ほら、早く連れてこい」


 その言葉に、うつむいたままグッと奥歯を噛みしめるニナ。彼女の身体の横で、ガルンでも最高硬度を誇る金属で作られた手甲がきしむ音がする。


「可哀想に、震えてるじゃねぇか。……大丈夫だ。俺たちは優しい。きちんと嬢ちゃんのご両親に挨拶をした後は、嬢ちゃんもちゃんと後を追わせてやるから。だから、な?」


 あの日。両親が謀殺され、ルゥを利用したレッセナム家に対して抱いた感情と同じ、暗く重い感情がニナの中に溜まっていく。


 感情のままに行動しては、後悔だけが残ることをニナは痛いほど知っている。最後の判断は、理性で。自分に言い聞かせるニナだったが――。


「まぁ? 今はどんな奴が主人なのかしらねぇが、噂では色んな落ちこぼれどもを拾ってるらしいじゃねぇか! あのクソザコ(ニャム)も匿うくらいだ! きっと()()()()()()頭も残念な奴なんだろうよ!」


 父を愚弄する男の言葉に、ニナが黙っているわけにはいかなかった。


 発言の撤回を求めようと彼女が顔を跳ね上げた瞬間だった。


 空気が弾ける音がする。数瞬遅れて凄まじい衝撃波と暴風が押し寄せ、1つにまとめたニナの茶色い髪を激しく揺らした。


「きゃっ……!」


 思わず目をつむってしまったニナが次に目を開けたとき、そこにはもう忌まわしい族長の姿はない。


 その代わりにあったのは、惚れ惚れするほど美しい青色の翼を広げ、髪と尻尾を悠然と揺らすリーゼの姿だ。


「リーゼ、さん……?」


 呆然としたニナの呟きに、リーゼがゆっくりと振り返る。その顔には、相変わらず凛と済ました冷たい表情が浮かんでいる。だが、ニナはもちろん知っている。冷たく見える彼女の表情の奥に、計り知れない愛情と温もりがあることを。


「失礼いたしました、ニナお嬢様。つい」


 独断専行してしまったことを詫び、深々と頭を下げるリーゼ。


「ですが優秀な従者を輩出するブイリーム家の当主として、これ以上、主人への侮辱を許すわけにはまいりませんでした」


 そう言って頭を上げた彼女の顔には悪びれる様子も、後悔の念も浮かんでいない。


 彼女の言う「主人」とは、ニナという仕える相手という意味か、あるいはハクバという愛する人という意味か、両方か。いずれにしても、リーゼは感情ではなく、ただ己の信念にのみ従って行動したことが伺える。


「あ、いえ……。えっと、それよりも先ほどのお方は……?」

「あちらです」


 リーゼが左の方を手のひらで示す。見れば、10mほど先でむくりと起き上がる族長の姿がある。どうやら、拳か足か尻尾か、いずれかを使って族長の男を殴り飛ばしたようだった。


「おい……。いきなりとは、ご挨拶だなぁ?」


 リーゼの攻撃で口の中を切ったのか、血を吐き捨てる男。油断なくこちらを見ながら、巨体を揺らして立ち上がる。


「いきなり……ですか? いえ、(わたくし)はあなたの言葉に応えたにすぎません」

「はぁ? 何言ってやがる」


 怪訝な顔をする男に、青い尻尾をゆらりと揺らしたリーゼ。


「あなたは先ほど、お嬢様にこう言ったではありませんか。母親を連れてこい、と。なので不肖、この(わたくし)がミア様に代わり、こうして参った次第です」


 自身の豊満な胸に手をやり堂々と、自分もまたニナの母親なのだと宣言する。


 そんなリーゼの姿に、言葉に。彼女の背後に守られるようにして立つニナの口角が自然と上がってしまう。


(そうですわよね……)


 自分が見て、学んで育ってきた母の背中はこれではないか、と。血のつながりという確かな証拠など無くても、リーゼと積み上げてきた時間が、思い出が、絆が、リーゼもまた母親であるという証拠になるはずなのだ。


(なのにわたくしってば、エリュさんに嫉妬して……。あまつさえリーゼさんはわたくしの本当のお母さまではない、などと……)


 大切なのは、リーゼが本当の母親かどうかなのではない。ニナ自身が、リーゼを母親だと思っている事実だけだ。そしてリーゼは間違いなく、ニナにとって“もう1人のお母さん”だ。


 寂しさのあまり、どうやら目が曇っていたらしいことにニナは気付かされることになる。


「……うふふっ! わたくしもまだまだ、ですわね!」


 小さく笑って自戒したニナは、ほぅっと息を吐く。気づけば暗く重い感情は消え去り、残っているのは大切なエナリアを守るという使命感だけだ。


(――いえ、違いますわね。お父さま、お母さま。そして、ミーシャさん。大切な人たちを愚弄されたことへの怒りは、捨てるべきではないはずですわ)


 冷静な怒りという矛盾した感情を抱えて、ニナはリーゼの背中から一歩横に外れる。ニナの視線の先には、体勢を立て直した長の男の姿があった。


 さすがは一族をまとめるだけあって、()()リーゼの攻撃を受けても男には大きな怪我はないように見える。むしろ面白いというように牙を見せて笑ったかと思うと、巨大な白虎へと姿を変えた。獣人族特有の能力――獣化だ。


 彼だけではない。追従していた獣人族たちもそれぞれ獣化したり、自身の得物を持ったりして臨戦態勢を整えている。


「お嬢様、ご準備を」

「はい、分かっておりますわ、リーゼさん!」


 いま目の前にはニナの大切な場所を壊そうとする輩が居る。


(いいえ。わたくしだけではありませんわ。わたくしの手を取ってくださった心優しい皆様の大切な居場所。そうなっている……そうなっていくはず、ですわ!)


 今やあのエナリアはニナだけのものではない。あの場所にいる全ての存在の命をニナは預かっているのだ。


 大好きな母にもう大丈夫だと伝える意味も込めて、自身の足でリーゼを追い抜いたニナ。今度は彼女に自分の背中を見せる立ち位置を取る。


「リーゼさん。あの方のお相手はわたくしが。リーゼさんはその他に対応していただいても構いませんか?」


 優しい反面、自分の中に強い芯を持っているリーゼ。自分とハクバを愚弄した長の男の相手を任せてくれるだろか。そんなニナの心配は、


「――かしこまりました」


 リーゼの短い返答によって一蹴される。頼れる母は、きちんとニナの中にもある怒りを感じ取ってくれたらしい。意趣返しをする機会を譲ってくれるようだった。ただし、ここで「ですが」と言葉を添えるリーゼ。


「もしもお嬢様の手に余るようでしたら、(わたくし)にそのお役目を譲っていただきますよう、お願いいたします」


 そう語るリーゼは相変わらず表情を変えないが、怒っていることには間違いない。もしもニナが男に手加減をするようであれば、リーゼが代わりに戦うという。


「うっ……。そうならないよう、精いっぱい頑張りますわっ!」

「はい。(わたくし)もお嬢様があの男との戦いに専念できるよう、精進いたします。……エリュ!」

「はい、お母さま!」


 リーゼに呼ばれて、エリュが慌てた様子で駆けてくる。


「戦闘中、隙を見てあそこにいる獣人族の男女を回収しなさい。戦うことは二の次で構いません」

「わ、分かりました!」


 母譲りの金髪を揺らして頷いてみせるエリュ。リーゼが言った獣人族の男女とは、金属の棒に(はりつけ)にされているミーシャの両親のことだ。


 何気なく言っているが、これからリーゼが相手にしようとしているのは100に迫る獣人族たちだ。


 普通であれば苦戦を強いられて当たり前なのだが、なぜだろうか。ニナにも、恐らくエリュも、リーゼが苦戦するとは微塵も思わない。


「さて、それでは参りましょうか!」


 表情を引き締めて、交戦的に笑うニナ。ここからはお互いの矜持と正義を賭けた戦い、戦争だ。そしてガルンでは、相手をねじ伏せる力を持つ者にのみ“正しさ”がもたらされる。


 フォルンの光が届かない暗黒の世界ガルン。静かに吹き抜けた風によって舞い上がった土埃が開戦の狼煙となった。




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