第158話 次のお仕事、は?
フーカの体調がすぐれないこと。また、ミーシャが眠気を抱えていることを察したニナによって、ファイ達3人には休憩――という名の睡眠――が言い渡された。
フーカにはひとまず、経過観察も兼ねてルゥの部屋の近くにあるという治療室で休んでもらうという。一方のファイは自室に戻り、約束通りミーシャと一緒に眠った。
そうして本来は嫌いな睡眠の時間をミーシャとのかけがえのない時間としつつ、体を休めたファイ。
ミーシャと共に起床して身だしなみを整え、ニナのもとへと向かう。と、ちょうど同じ頃、休息と検診を終えたらしいルゥとフーカが向こうからやってくるのが見えた。
「おっ、ファイちゃん。それからミーシャちゃんも。ども~」
「あ、ルゥ先輩。お疲れ様です」
従業員の中で唯一、ミーシャが面と向かって話せる相手がルゥだ。ファイがミーシャ本人から聞いた話では、エナリアでの仕事や読み書き計算を教えてくれたのがルゥなのだという。自然、ルゥには人見知りをしないようになっていたらしい。
「ルゥ、お疲れ。フーカはどうだった?」
ファイとしては、エナ中毒に見舞われていたフーカの体調がどうだったのかを聞いたつもりだった。しかし、ルゥから返ってきたのは思いがけない言葉だ。
「羽族ってガルン人には居ないから、めっちゃ面白かった!」
医療者としての知的好奇心を満たせたのだろうか。気のせいか、肌艶が良くなっているような気がする。
「……? えっと、じゃあ……。フーカ、大丈夫だった?」
途中でウルン語に切り替えてファイがフーカの方を見る。と、前髪の奥にあるフーカの顔は、よく見れば真っ赤に染まっている。やがてこらえきれなくなったのだろうか。その場で縮こまってしまった。
「あ、あんな所やこんなところまで見られちゃいましたぁ……! も、もうお嫁に行きません~!」
頭を抱え、現実を受け止めたくないという姿勢を見せている。ルゥの発言から考えても、彼女がルゥに良いように玩具にされたことが分かる気がするファイだ。
と、そんなフーカの姿を見て、ファイには2つ気付きがあった。
1つは服装だ。眠る前は、湯あみ着に上衣だけを纏うという奇妙な格好だったフーカ。しかし今は、細長い布や紐を上手く使って作られた、簡易的な服を着ている。さすがにもともとフーカが着ていた服とは比べるべくもないが、背中が大きく空いた構造など、服の作りは似ている部分がある。
ファイとフーカの服は今も絶賛洗濯中。乾くまでにはもう少し時間がかかるはずだ。
「ルゥ。フーカの服、は……?」
「あ~、それね。検診のついでに身体の大きさとか測って。獣人族の服を参考にしながら、ひとまずって感じ」
どうやらファイが眠っている間に、急ごしらえで作ったらしい。相変わらずの器用さを見せるルゥに「すごい」と、二度三度と瞬きを返したファイ。ルゥが「ふふん、そうでしょ?」と自慢げに答えたことで、次なる気付きへと思考を切り替える。
フーカに対する2つ目の気づき。それは彼女の体調だ。確かにルゥにさんざんな目に遭わされて落胆しているようだが、フーカの顔色が随分と良くなっているように見える。
「フーカ。エナ中毒はだいじょう、ぶ?」
「ふぇ? あ、はい。この方がくれたお薬を飲んだら、楽になりましたぁ。な、なのでファイさん。この方に感謝を伝えてくださいぃ……」
ルゥのことを見上げながら、フーカがファイに翻訳をお願いしてくる。
「ん。ルゥ。フーカが体調良くなったからありがとう、だって。どんなお薬使った、の?」
「うん? あぁ、えっと……。簡単に言うと体内のエナを無理やり排出させる薬……かな?」
一体なぜ、そんな薬があるのか。どんな用途の薬なのか。むくりと身を起こす好奇心の芽を回収してくれたのは、呆れた目をルゥに向けるミーシャだ。
「先輩、それ……。尋問用のやつじゃないですか」
ため息を吐くミーシャが、フーカに服用させた薬の本来の使い方を暴露する。
「シーッ! 本来はあんまり良くないお薬なんだから!」
「大丈夫ですって。ソイツ、ウルン人なんですよね? どうせアタシ達の言葉なんてわかりませんって」
「ねぇ、ミーシャ。じんもん、は、なに?」
「ファイちゃんは知らなくていい言葉だよ~」
結局ははぐらかされてしまったが、本来はあまり良い用途で使われない薬なのだろうことはファイでも分かる。その代わりと言うように、ルゥはエナ中毒の発生原因と対処法をかいつまんで説明してくれ。
「ウルン人のエナ中毒って、血中の魔素の量が減ることで引き起こされてるわけ」
エナは呼吸と共に少しずつ、体内に蓄積されていくのだという。ただ、水に溶けてくれる砂糖に限界があるように、血の中に含まれる“物”にも限界があるらしいのだ。
すると血の中にエナが取り込まれる分、ウルン人の活動源となる魔素が溶け込む量が減ってしまう。そうして頭痛やめまい、吐き気といった不調が引き起こされるらしい。
「ほら、この前の風邪で、アレの日はファイちゃんもエナ中毒なんだって分かったから。どうやったら楽になるかな~って考えて、リーゼ先輩に買ってきてもらってたの」
怪しいお薬について、そう締めくくったルゥだった。
「そっか。えっと私のためにありがとう、ルゥ」
「お、おぅ……。そこで感謝されると、胸が苦しい……っ」
「でも私は道具だから。心配はいらない、よ?」
「おいコラ、わたしの心苦しさ返せっ!」
「あ、あのぉ、ファイさん? さっきから何の話をしてるんですかぁ?」
そんなやり取りをしながら、執務室へと足を踏み入れる4人。
「あら? 皆さんお揃いで……。……って、むぅ」
ファイ達が楽しく――もちろんファイには「楽しい」は無いのだが――会話しながら入ってきたことに、なぜか頬を膨らませているニナ。
と、そんなニナにいち早く反応したのはルゥだ。ファイ達の脇を駆け抜けていくと、椅子に腰かけるニナを背後から抱きしめる。
「ニナちゃん~! もうっ、やきもちなんて焼かなくても良いのに! 大丈夫、わたしの一番はニナちゃんだよ! だから思う存分、いちゃいちゃしようね~!」
「むぎゅっ!? る、ルゥさん! 息が……息ができませんわぁ~!」
やきもちとは嫉妬のことだっただろうか。自身の覚えた単語を整理しつつ、ルゥの豊満な胸で窒息しそうになっているニナをさりげなく助けてあげるファイ。
「ルゥ、ニナが死んじゃう」
「あははっ、大丈夫だよ~。ほんとに危なくなったら、ニナちゃん、力づくでわたしを剝がすから。ねぇ~?(むぎゅっ)」
「はぶぅっ!? ……ぷはっ! それはそうなのですが、できればルゥさんの方から自重していただけると助かりますわ」
親友に手荒なことはしたくない。ニナの配慮が伝わったのか、それとも満足したのか。ルゥもようやく、ニナへの熱い抱擁を解いたのだった。
改めて話し合いの雰囲気が出来上がったところで、ファイはさっそく切り出す。
「ニナ。次のお仕事、なに?」
睡眠という自身の身体の欠陥を補おうと、例によってファイはやる気と気力に満ちている。ただ、ニナもファイとの付き合いもそれなりの長さになりつつある。
「ファイさん、落ち着いてくださいませ。まずはフーカさんの体調を確かめるのが先ですわ」
「あ、ぅ……。それはそう。ごめん、なさい」
思わずシュンとしてしまうファイに苦笑しつつ、ニナはファイの隣に立つフーカへと目を向ける。そして言語をウルン語へと切り替えて、彼女の状態を確かめ始めた。
「フーカさん。体調はどうでしょうか?」
「は、はい。そちらの方……る、ルゥさん? のおかげで、だいぶん良くなりましたぁ」
そのフーカの発言で、ハッと気づきの顔になったニナ。
「そういえば、ルゥさんと、そちらのミーシャさんのご紹介がまだでしたわ! わたくしの配慮不足でしたわね。申し訳ございませんわ……」
「い、いえいえっ、そんなっ。フーカも来て早々にその、嘔吐してしまって……。すみませんでしたぁ……」
お互いに失態を晒すことでお相子としつつ、改めてフーカとニナ達が自己紹介を済ませる。ただ、その間も基本的に人見知りのミーシャはフーカに近づこうとしない。常に耳を立ててフーカを警戒しつつ、ファイの背後に隠れていた。
「さて、自己紹介も終わったところで、改めて。ファイさん。お仕事のお話ですわ」
「……っ!」
フーカに分かるように配慮してのことだろうか。ウルン語で話しかけてくるニナに、ファイは瞳をきらりと輝かせる。「お仕事、なに?」と興奮気味に尋ねたファイに再び笑みを漏らしつつ、ニナは次なる命令をファイに与えてくれる。
「フーカさんと共に、こちらの動作確認をしていただけないでしょうか?」
ニナが執務机の影から取り出したのは、大小2つの箱だ。一昨日、ファイがウルンで買ってきたその箱にはそれぞれ、投影機と撮影機が入っている。
「動きの確認……?」
「はい。これが正常にこのエナリアで動くのか。扱い方や運用の方法については、ウルン人であるフーカさんの方がお詳しいと思いまして」
なるほど。自分に同道させるためにフーカの体調を確認したのか、と、大きく頷きを返すファイ。彼女の隣でフーカが両こぶしを胸元に掲げて意欲を見せる。
「は、はい! ま、魔道具の使い方については、多少はお役に立てると思いますぅ! ……た、ただ、専門的な知識はさすがに持ち合わせてないですよぉ……?」
「ふふっ、使い方と運用方法さえ分かれば十分ですわっ!」
その問いかけをフーカとファイで肯定する。第1層の入り口を撮影機で見張るとして、何層までなら映像を投影できるのか。その実験をしてきてほしいとのことだった。
上層での作業になるため、ここに居るガルン人はエナ欠乏症になってしまう。その点、ファイとフーカであれば問題なく行動できるというわけだ。
さらに、この場にはもう1人。弱いからこそエナ欠乏症の恐れが小さく、上層での仕事を主に任されている人物がいる。いまもなお、ファイの影に隠れて尻尾を揺らしている“彼女”に、ニナは目を向けた。
「そして、ミーシャさん。申し訳ありませんが、ファイさんとフーカさんの案内とお手伝いをしてくださいませ! ……よろしいでしょうか?」
ミーシャに対しては何か負い目があるのだろうか。ファイ達に対する時よりも幾分か配慮を見せるニナの言葉に、
「…………。わ、分かったわ」
ミーシャもファイの影から頭だけを出して、了承の言葉を返したのだった。




