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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●実験、してみる

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第155話 誰にやられた、の?




 アミスとフーカが話し合いを終えた後、ニナに付いてきてくれるといったのはフーカだけだった。


 フーカが残るのであれば“仲良し”のアミスも残るものだと思っていただけに、ファイとしては意外な結果だといえる。


 そうしてアミス達との接見・交渉は終わり、ファイは時間にして1日と少しぶりにエナリアの裏側へと戻ってきていた。


「下ろす、ね?」


 言ったファイが腕に抱えていたフーカをそっと地面に下ろしてあげる。


「え、エナリアに、こんなところが……」


 おっかなびっくり、周囲を見渡しながら2対4枚の美しい翅を揺らすフーカ。先ほど魔法を使ったために、いまは体内に魔素をため込んでいるのだろう。普段のように余剰の魔素によって燐光が漏れることは無い。ただ、脈打つように6色に輝きながら魔素を取り込む翅もまた、鮮やかで美しいものだった。


 夜光灯が照らす人工的なエナリアの通路を、物珍しげに見渡しているフーカ。そんな彼女に声をかけたのはニナだ。


「ようこそ我が家においでくださいました、フーカさん! ここがエナリアの裏側、ですわっ!」


 両手を広げ、屈託のない笑顔で自慢の我が家をフーカに紹介している


「早速フーカさんにもエナリアのご紹介を、と行きたいところなのですが……。申し訳ありませんが、一度着替えに戻ってもよろしいでしょうか?」


 苦笑するニナが見下ろしたのは、自身が身にまとっている服だ。先ほどまで剣が刺さっていたこともあって腹部を中心に血で汚れ、穴も開いてしまっている。


 せっかくのお客様だ。身だしなみを整えて迎えたいというニナのおもてなし精神だろうことは、ファイでも容易に想像できた。


「も、もちろんですぅ。えぇっと、ニナさんに付いて行けば良いんでしょうかぁ?」

「はい! ですが少し長い道のりになりますので、しんどかったらきちんと申してくださいませ」


 言ったニナが一枚着の裾を揺らしながら歩き出す。その背後に「は、はいぃ……っ!」と声を裏返させるフーカが続く。


 彼女にとって、まだエナリアは敵地なのだろう。これからどこに連れて行かれるのか。緊張を露わにするフーカに、ファイはわずかに眉を下げる。


 別れ際、アミスが見せていた寂しそうな、悔しそうな顔が、今もファイの目に焼き付いている。そんな顔をするのであれば、どうしてアミスは帰ってしまうのか。例の、王女という立場のせいだろうか。


 一緒に居たいのに、居られない。自身の汚れに気付いた時にニナのもとを去ろうとしたファイは、アミスが感じていただろうモヤモヤ――もどかしさ――を、痛いほど理解できる。


 ゆえにファイは、フーカを守らなければならないと思う。


 アミスに言われ、「ウルン人が弱い」という自身の(おご)りを自覚したファイ。ただ、それはそれとして、黒髪のフーカが弱いのは事実だ。ひょっとすると、ただの喧嘩であればミーシャやユアともいい勝負ができるかもしれない。


 そんなフーカが、ニナやリーゼ、ムアと生活を共にすることになる。先ほどファイがそうだったように、彼女たちが少し力むだけでフーカは大怪我を負ってしまうだろう。


(フーカは、アミスを「様」で呼んでた。で、アミスは王女、えらい人)


 その構図を自身の知識・常識と照らし合わせたとき、ファイの中でフーカはアミスの“所有物”だということになる。自分たちはこれから、フーカというアミスの所有物を預かる立場になるわけだ。


 となると、ファイ達はフーカを()()わけにはいかない。いつの日かニナが「帰って良し!」というその日に、きちんとフーカをアミスに返すことができるように。


(私がフーカを守らないと!)


 目の前で揺れる肩までの黒い髪と翅を見つめながら、むふーっとやる気に燃えるファイ。


 いつでも、何があってもフーカを守ることができるように。フーカの背後にファイがつこうとしたところで。


「あの~……。ファイさん?」


 先頭を行っていたニナが足を止めた。


 どうしたのだろうかとファイが目を瞬かせていると、ニナはクスッと小さく笑いをこぼした。


「コホン。ファイさん? 今のファイさんのお仕事は、なんでしたか?」

「えっ? 私の、お仕事……?」


 ニナに言われて、改めて自身のすべきことを思い出すファイ。アミスやフーカを連れて来ることではなかっただろうか。


(ううん、違う。それは私が決めたこと。私の考え。じゃあお仕事、は、なに?)


 ニナ達が待ってくれていることもあってじっくり時間をかけて、自身のこれまでの行動を振り返った彼女は。


「……あっ。お使い」


 自分がまだ、お使いの途中だったことを思い出す。らしくもなくファイが自身の使命を忘れてしまっていたのは、アミス達のことで頭が一杯いっぱいだったからだ。また、そもそも買うものを買ってエナリアに戻ってきた時点で役目を果たしたと思っていたからだ。


 ただ、買って帰るまでがお使いではない。買ったものを主人に届けるまでが、ファイの思うお使いだ。


「ふふっ、そうですわ。なので第1層に置いて来てくださったという撮影機を取ってきてくださると助かるのですが……」


 ニナに言われて、一瞬だけフーカを見遣ったファイ。彼女を1人にしても大丈夫なのだろうか。そんな思いがよぎったが、ファイ自身の考えや気持ちよりもニナから与えられた使命の方が今は大切だ。


 それに、今すぐにフーカがどうこうなるとも思えない。


「分かった。取ってくる、ね?」

「はい! では執務室で、お待ちしておりますわ」


 ニナの笑顔に頷きを返して、ファイは一度、第1層に荷物を取りに帰ることにした。




 そんなファイが買ってきた物を執務室に持ち帰ると、フーカが真っ青な顔をしてうつぶせに倒れていた。




「…………。…………。……!?!?!?」


 しばらく状況を飲み込むのに時間がかかったものの、フーカに何かがあったことは察したファイ。撮影機を始めとした戦利品の入った箱と袋を部屋の隅に置き、急いでフーカを抱き起す。その際、フーカが苦しそうなうめき声をあげたため、どうやら息はあるらしいことは分かった。


「ふ、フーカ! 大丈夫!?」


 フーカの前髪を払ってあげながら尋ねたファイ。と、その時にようやくファイは、フーカの顔全体に薄っすらと(あざ)があることに気付く。化粧で上手く隠されていたようだが、エナリアに入って1日以上が経ち、汗もたくさんかいた。化粧が少し落ちてしまい、地肌が露出してきたようだった。


 実のところ、どうしてフーカが前髪を長くしているのか疑問だったファイ。目に髪は入るだろうし、視界も遮られる。せっかくの可愛い顔も隠れてしまうし、百害あって一利なしのはずなのだ。


 だが、ひょっとするとこの痣を隠すためだったのかもしれない。そして、“所有される者”としての立場をフーカと同じくしていると思っているファイ。なぜフーカが痣を隠すのか。その理由は分からずとも、意図は分かるつもりだ。


(きっと主人(アミス)のため、だよね?)


 痣を見られるとアミスに何かしらの不都合がある。だからこそ隠しているのだろう。痣の存在からファイがフーカの前髪の理由を推測していると、フーカの長いまつげが震えて赤い瞳が顔を覗かせる。


「ふぁ、ファイさん……」

「フーカ! ……大丈夫? 誰にやられちゃった、の?」


 別にこのエナリアの誰かが意図してフーカを昏倒させたとは思えないが、世の中にはうっかりというものが存在することをファイはよく知っている。それこそファイが、フーカを殺しかけてしまったのだ。


 フーカの身体強度を考えると、ファイの知る全ての人物が被疑者になる。


 ただ、ニナやリーゼなどが「ついうっかり」をしてしまうとは考え辛い。となると、人見知りをしてしまったミーシャが飛びかかってしまったのか。それともムアが興味本位でじゃれついたのか。可能性は低いが、ユアがピュレなどで見慣れないフーカを見つけ、魔獣をけしかけた可能性もある。


 そう言えばロゥナたち小人族の戦闘力はどれくらいなのだろうか。自称せっかちなロゥナが早とちりをしてしまった可能性もある。


「獣人族? 髪とか耳の色は? 見た目は?」


 下手人の特徴を尋ねながらフーカの気を持たせようと身体を揺すってあげるファイ。


 だが、その時ふと我に返る。果たして自分は犯人を知って、どうするつもりなのだろうか、と。おかげで冷静を取り戻したファイの頭は、すぐに自分がするべきことを思い出す。


(ルゥを、探さないと!)


 ただ、もう既に手遅れだったことを、ファイは直後に知る。


「ふぁ、ファイさん……。い……ると……きます」

「……?」


 消え入りそうな声で発されたフーカの声を聞き取ろうと、フーカの口元へ耳を寄せるファイ。そうして聞こえるようになったフーカの声は、


「いま揺すられると、吐き、ま……あっ、無理ぃ……。おぇぇぇ」


 限界を訴えたフーカの声が聞こえた瞬間、フーカが嘔吐してしまった。


 当然、彼女を抱え上げ、あまつさえ顔を寄せていたファイは甘酸っぱい液体を真正面から浴びてしまう。


 そうして見事、フーカともども汚れてしまうのだった。


(……べちゃべちゃ)


 時を同じくして執務室の扉が開き、ニナとルゥが姿を見せる。恐らくフーカの変調を察したニナもファイと同じ思考を巡らせ、ルゥを呼びに行っていたのだろう。


 2人は部屋に入って来るや否や、吐しゃ物に塗れるフーカとファイを順に見て「遅かったか」と頭を抱えている。


「ルゥ。フーカは何? 大丈夫?」


 自分ではなくフーカの顔を拭ってあげながら、ルゥにフーカの容態を確かめるファイ。


「えっと……。さすがにその子がウルン人だからすぐにこれって言うのは難しいけど……」


 普段とは違い鼻と口を布で覆ったルゥ。吐しゃ物に触れないように気を遣って移動しながら、ファイに抱かれるフーカの様子を確認していく。


「意識は……うん、あるね。それにニナちゃんの話だと頭痛と吐き気ってことだし……。えっと……持病とかってありますか?」

「フーカ。持ってる病気、は、ある?」


 ルゥの問いかけを翻訳したファイの言葉に、フーカはゆるゆると力なく首を振る。


「なるほど……。体調を崩した時機から見ても、間違いない……と思う。もちろん、後で検査はするけど――」


 簡易的な検診を終えたルゥが下した診断。それは、


「――エナ中毒、かな」


 ファイもよく知る病名だった。




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