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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●攻略する、ね?

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第148話 みんなで戦うは、難しい……




 “不死のエナリア”第10層。雨音の階層と呼ばれるその場所は、ファイにとって思い出深い場所だ。天井から滴る水滴が各所に水たまりを創り出し、突き立つ夜光石の光を反射している。足元はツルッと滑らかな石でできており、気を抜いていると――。


「ひゃわぁっ!?」


 フーカのように滑って転んでしまうことになる。幸い、隣に居たファイがフーカの肩を支えたことでフーカが身体を打ちつけることは無かった。


「フーカ、大丈夫?」

「は、はいぃ。大丈夫ですぅ……きゃっ!」


 脇の下に両手をいれてフーカを持ち上げ、彼女の体勢を整えてあげるファイ。と、ファイ達の前方、第10層の道案内をしていたアミスがこちらを振り返って声をかけてくる。


「フーカ、ファイちゃん。大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫ですアミス様ぁ」

「もう。心配させないで頂戴」


 心配と呆れが混じるアミスの言葉に、「えへへぇ~」とフーカがだらしなく相好を崩している。


 ウルンではどちらかと言えばフーカがアミスを支えているように、ファイの目には見えていた。だが身体能力が関係しているのだろうか。エナリアに入ってからは、アミスがフーカを気にかけるような場面がよく目立っていた。


 順調に目的地である第13層への歩みを進めていくファイ達。


 第10層は、エナリアによくある広間と通路という作りではない。どこまでも続いて良そうな広い空間を太い石柱が支えている。


(そういえば。こうやって通路を整備する人も本当は居るんだっけ……?)


 エナリアの裏事情を知っているファイだ。“不死のエナリア”にある20個の階層の全てに、ニナ達ガルン人の思惑が詰まっている。それを知って改めて階層を見てみると、探索者を苦しめるいくつもの工夫が見て取れる。


 たとえば、地面や天井からは槍のように尖った岩がいくつも突き立っている。地面の槍は探索者たちの視界を遮る壁に。天井にある自然の槍はささやかな雨音を奏でる一方、足音や鳴き声など魔物の気配を押し隠す。ジメッと湿った香りはきっと、獣人族たちの鋭敏な五感すらも欺くだろう。


 それでいて、まるでここを通ってくださいと言うように整備された道がいくつかある。「エナリアはそういうものだ」と思っているウルン人は当然、疑うことなくその道を進んでいく。そうでなくても、道を外れて視界が悪い部分を行くのは探索者にとって都合が悪いからだ。


(そうやってウルン人が通る場所を制限して、狩る……)


 ある時は魔獣を配置して探索者を消耗させる。またある時はガルン人を配置して、正真正銘、ウルン人を狩らせる。こうして改めてファイが表を歩いてみれば、エナリアが“ウルン人の狩場(ナーダム・パル)”と呼ばれていることを痛感させられるようだ。


 こうしたエナリアの「設計」にもまた、専門の人々が必要なのだという。


(で、その設計思想? に、探索者の目線が要るって。ニナは言ってた……はず)


 思考を一度切り上げ、顔をあげるファイ。一番前には白い鎧姿のアミスが。その少し後ろには、フーカの美しい翅がキラキラと余剰の魔素を放出している。


 ファイの中でもはやアミス達が従業員になることは確定事項だ。果たして彼女たちはどのような形でニナに協力してくれるのだろうか。こんな自分にも優しく接してくれるアミス達のことだ。きっとニナ達とも良好な関係を築くことだろう。


(私が、アミス達の先輩……)


 たくさん教えてもらう立場だった自分が、アミス達に教える立場になる。そう考えると、なんだか面映ゆくなってしまうファイ。


 一方で、ファイの中にあるのは疑いようのない寂寥(せきりょう)だ。


 知識という面では間違いなく、アミス達の方が自分よりニナの役に立つだろうことはファイも分かっている。最初こそファイはニナとアミス達とをつなぐ橋渡し的な役割を担うことになるだろう


 だが、アミス達がエナリアでの生活に馴染んだあかつきには、ニナはウルンに関するあらゆることをアミス達に任せるだろうというのがファイの考える未来だ。知識も、人脈も。身体能力以外の何もかもが、アミス達の方が優れているのだから。


(そうなったら、きっと私はニナに必要とされなくなる。モヤモヤ……だけど)


 道具であるファイにとって、自分のことなど二の次、三の次だ。大切で大好きな主人(ニナ)のためであれば、たとえ自分が「不要だ」「要らない」と言われる未来であっても選び取る。それが“優秀な道具”としてのファイの矜持――なのだが。


『今までありがとうございました、ファイさん。ですがもうアミスさん達がいらっしゃるのでお役御免、ですわ! ご機嫌よう~』


 アミスとフーカの肩に手を回して嬉しそうに微笑むニナの姿を想像すると、少しだけ。ほんの少しだけ泣きそうになるファイだった。


 と、ファイが内心で泣き笑いしている間にも、事態は刻一刻と変化していく。エナリアで思考だけに集中する危険性など、ファイでなくても知っているだろう。


「ファイちゃん!」

「ん、大丈夫」


 突然飛んできたアミスの声にも、ファイは冷静だ。右足を振り上げる勢いで、その場で一回転したファイ。すると、天井からファイを狙っていたらしい巨蝙蝠(きょこうもり)と呼ばれる蝙蝠の魔獣がはじけ飛ぶ。


 巨蝙蝠は翼を広げた大きさが1mほどの大きな黒い蝙蝠だ。尖った牙には毒があり、噛まれてしまうと身体が痺れてしまう。そうして動けなくなった獲物を集団で襲い食い殺す、洞窟の狩人たちだった。


 今回も例にもれず、30近い群れを成しているらしい巨蝙蝠。さらに2匹、3匹と襲い掛かって来るのだが、


「ふっ……ふぅっ!」


 そのことごとくを、ファイは武器も使わず手足だけで葬っていく。そんな彼女の腕に庇われているのは、フーカだ。なるべくファイの戦闘の邪魔にならないよう、頭を抱えたまま身体を縮こまらせていた。


 この時、また、これまでも。ファイがルゥから預かった小刀を使わないのは“万が一”があっては困るからだ。


 確かにルゥの武器は頑丈で切れ味も鋭いが、ファイが得意とする武器はあくまでも剣となる。


 もしも慣れない小刀を使って壊したり、手からすっぽ抜けて失くしたりしてしまうようなことがあれば、ルゥに合わせる顔がなくなってしまう。


 幸いにも、この階層の小型の魔獣たちであれば身体能力だけでも押し切ることができる。危険と見返りを考えて、ファイは武器を使わない選択肢を選んでいるだけだった。


 それにしても、押し寄せてくる魔獣が多い。


 エナリアはそれぞれに特色があるのだが、ファイの知る“不死のエナリア”の特徴は圧倒的な魔獣の多さだ。その認識はアミス達も同じらしく、こればかりはファイの思い込みということでもないらしい。


 少し足を止めればどこからともなく魔獣がやってきて、小競り合いになる。その間にも魔獣は次々にやってきて、消耗戦を強いられることになる。ガルン人という脅威が居ないというのに“不死のエナリア”が攻略されず放置されていた理由こそ、まさにこの魔獣の多さが原因なのだそうだ。


『前に私たちが来た時も、いつも以上に速度感を持って攻略したの。だって足を止めると、絶え間なく魔獣が来ちゃうから』


 とは、最短道程を駆け抜けながらアミスがファイに教えてくれた“不死のエナリア”の攻略の基本だ。


 旨味が少ないためにウルン人に放置され、ニナの奇抜な方針のせいでガルン人たちにも見放された“不死のエナリア”。人という外敵が居なくなったぶん魔獣たちは旺盛に繁殖してしまい、もとより多かった魔獣たちは異常なほどの量になっている。


 さらにこの場所には、ファイやアミスという最大級の魔素供給器官をもつ存在がいる。魔獣たちにとってはご馳走だ。ガルン人と違って本能に忠実な魔獣たちは、見境なく2人の“白”を襲って来ていた。


 最初は「ちょっと多いな」程度だった巨蝙蝠たちも、いつの間にか数えるのも億劫な数になっている。


(たくさん居すぎる、は、良くない。ミーシャもユアも言ってた!)


 どう見ても異常繁殖している巨蝙蝠たち。このままではエナリアの“せいたいけい”に悪影響が出かねない。エナリアの管理をする一員としても、ファイが今回の事態を見逃すことはできなかった。


「フーカ、動かないでね」

「は、はいぃっ」

「ん。……〈ヒシュカ〉!」


 手近な2体の巨蝙蝠を討伐した瞬間、氷の魔法を唱えるファイ。5秒を数える間に空中に作り上げられたのは、無数の氷の槍だ。そうして生まれる氷の槍を、


「〈フュール〉!」


 風の魔法で作り上げた竜巻に混ぜ込む。すると、竜巻に巻き込まれた巨蝙蝠たちが次々に氷の槍によって切り刻まれていく。ファイとフーカを中心に、螺旋を描きながら天井へと昇っていく氷塊の混じる竜巻。やがて風が止み、空中に氷の粒がキラキラと輝きを放つだけになった頃。


 あれだけ居た巨蝙蝠たちの群れは、きれいさっぱりいなくなっている。しかも風で吹き飛ばしたために、死骸も血もファイ達に降りそそいでくることは無かった。


「(ふんすっ)」


 一仕事終えたと鼻を鳴らすファイは、魔法に巻き込まれないようお腹のすぐ近くに抱き寄せていたフーカへと目と意識を向ける。


「フーカ。怪我、ない?」

「は、はい、おかげさまでぇ。ありがとうございますぅ」


 落ち着き払った声でファイを見上げているフーカ。彼女も探索者であり、魔獣との戦闘では怯えるようなか弱い性格をしてはいないらしい。


 フーカの無事を確認したファイは続いて前方。剣で巨蝙蝠たちに対処していたアミスに目を向ける。と、そこに居たのは、白い鎧を巨蝙蝠たちの血で汚すアミスの姿だ。


 返り血こそ浴びているものの、目立った傷は見えない。だというのに、アミスは剣を手に静かに立ち尽くしている。何かを堪えるように。


 どうかしたのだろうか。ファイが首をかしげると、ようやくアミスは剣を鞘にしまう。そして、開閉可能になっている兜の前面の部分をパカリと開いた。そこにあったのは、引きつった笑みだ。


「……ファイ・タキーシャ・アグネストさん? 次から魔法を使う時は、私にも配慮してくれると助かります」

「魔法……? ……あっ」


 言われてようやく、ファイは先ほどの風と氷の魔法にアミスを巻き込んでしまったことに気付く。また、丁寧な口調ながら怒りのこもったアミスの声を聞けば、アミスが鎧を血で汚しているのがファイのせいらしいことも分かる。


「うっ……。ごめんなさい」

「はい。分かっていただければ……。分かってくれたのなら良いわ。けれど、場合によっては人が死んでしまうから。そこだけは、お願いね?」

「うん……」


 1人で戦い続けてきたファイにとって、徒党を組んでの戦闘はまだまだ慣れないものだった。




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