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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●攻略する、ね?

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第147話 私の我がままを、許して!




 アミスがファイと一緒にエナリアに潜り始めて、ウルンではそろそろ1日が経っただろうか。


 “不死のエナリア”の全階層の地図は、前回の攻略の際に頭に入れてあるアミス。景色と共に、下の層への最短道程もきちんと把握している。しかも今回は少数精鋭で潜っているため、速度感もある。よって、光輪で3日かけた第10層までの道のりを、アミス達は1日で踏破してしまっていた。


 現在アミスは、フーカ、ファイ両名と共に第10層へと続く階層間の安全地帯で休憩中だ。


 幅5m、高さ10mほどの洞窟の壁に腰を下ろしたアミス。膝を抱えながら、迫る決戦の時に向けて思考を巡らせる。


 この先、第10の最奥には階層主の間がある。あれ以来、他の探索者組合がこのエナリアに挑んだという話も聞かない。となると階層主が倒されて更新されている可能性は低く、黒髪の角族が待ち構えていることだろう。


(この前は逃げられちゃったのよね。私だって気付かれたら、対策されちゃうかも……)


 前回の攻略で、アミス達は角族の階層主に逃げられてしまっている。もし相手がアミスだと気づいた場合、対策をされてしまっていてもおかしくない。


 とは言っても、所詮は黄色等級ていどの魔物だ。どれだけ対策をされようと、油断さえしなければ力押しがまかり通る。それに今回は、()()が居る。そう考えながらアミスが視線を送る先には、即席のかまどで魔獣の肉を調理するファイの姿がある。


 かまどはファイが使ってみせた〈ゴギア〉という岩や土を望む形に形成する魔法で作り上げたもの。鍋については、上層で見つけた探索者の遺品から拝借したものだった。


 ニナと共にエナリアで暮らしているからだろうか。ファイにはこのエナリアで食べられる動植物の知識が豊富にある。おかげでエナリアに潜って今回を含めて三度目の食事、その全てに苦労していない。


 ただし、例の高級な小刀を使って調理をする手際はまだ拙く、フーカの助力があってようやくといったところだ。ウルンでも何度か目にした食事風景においても、肉叉や小刀を使うファイの手つきにはわずかながらぎこちなさがあった。


(頭も良いみたいだし、日常生活に支障が無い程度には力加減ができていたから器用な方なのだと思っていたけれど……)


 どうやらファイは決して器用ではないらしい。


 ただ、当然だ、ともアミスは思う。細かな手指の動かし方は鋏を使ったり、字を書いたり。幼稚部から続く正しい教育の中で自然と身につくものだ。しかし、ファイは教育を受けていない。エグバや黒狼組員への取り調べから察するに、ファイが人生で握ったことがあるのは剣だけなのだ。


(身体の動かし方や戦闘感覚は磨かれたのでしょう。けれど生きるためには、細かなところはどうしてもおざなりになってしまう……)


 ゆえにファイは、頭が良くて不器用。そんな歪な成長を遂げたようだった。


 だとするなら、ファイがこれまでどれほど体力と神経を削って“今”――他者に迷惑が掛からない手加減や作法――を手に入れたのか。同じく白に近しい髪色を持つアミスだからこそ、よく分かるというものだ。


 幼少期から何度、アミスは人を傷つけてしまったことだろうか。


 ギュッと握ったフーカの手を骨折させてしまったり、嬉しさ余って抱き着いたフーカの肋骨(ろっこつ)にひびが入ったり。ごめんと謝って下げた頭がフーカの胸に当たり、鎖骨を骨折させてしまったこともある。


 複雑に神経が張り巡らされていて修復不可能と言われるフーカの翅を傷つけなかったのは奇跡だと、アミス自身も思うほどだ。


 黒髪ゆえに最弱で、けれども最愛の人を傷つけずに済むように、アミスも懸命に手加減の訓練をしてきた。無意識に“人並みの力”を得るために費やした時間は人生の半分――10年を軽く超える。しかも、長い歴史で体系化された手加減の手法と、それを熟知する専門家を雇ってもらってようやく手にした“人並み”だ。


(その人並みの力をファイちゃんはこの年で、誰にも教わらず、たった1人で手に入れた……)


 過酷な幼少期に身を置く中、不器用な少女がどれほどの努力の末に今を手に入れているのか。それを思うだけで、アミスの胸は締め付けられる。


(素直で、真面目で、不器用で……。世界を知らずに、手元にある小さな幸せだけを抱きしめている。そんなファイちゃんだからこそ、私は彼女に本当の幸せを知って欲しい)


 そして、そんな純粋なファイを利用しているニナを、アミスはどうしても許すことができそうになかった。


「――アミス、どうかした? 怖い顔してる、よ?」


 そう問いかけてきたのは、いつの間にかアミスの目の前にしゃがみこんでいたファイだ。普段と変わらない能面で、しかし、わずかに眉尻を下げて心配そうにアミスの顔を覗き込んでいる。


 他人の表情や感情の機微に敏感というのは、虐待を受けて育った子供の特徴だっただろうか。どこかで聞いたことを思い出しながら、アミスは心配をかけさせまいと首を振って笑顔を作る。


「いいえ、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけよ」

「……そう?」


 アミスの心の内を探るように、ジィッと金色の瞳でファイは見つめてくる。が、アミスも王族のはしくれだ。本心を隠して取り繕うこともまた、アミスにとっては当たり前でもある。


 自分の心の内を読み解ける人物など両親も2人の姉にも不可能だ。もしいるとするなら、誰よりも長い時間を共にしているフーカしかないだろう。


「……そっか。えっと、ご飯ができる、かも?」


 しゃがんだまま、背後を視線で示すファイ。そこには出来立ての汁物をお椀に注ぐ、フーカの姿がある。気づけば辺りには良い匂いが立ち込めており、アミスのお腹も小さくクゥっと鳴いた。


「そう、呼びに来てくれたのね。ありがとう!」


 アミスが今度こそ本心からの笑顔で言うと、「う、ううん……」と恥ずかしそうに目線を逸らすファイ。お礼を言われ慣れていないのだろうことが手に取るようにわかる。その可愛らしさにアミスがファイを見つめ続けていると、こらえきれなくなったのだろうか。


「ふ、フーカ。お手伝いする」


 誤魔化すように言って、ファイは足早にアミスのもとを去って行ってしまった。


 せっかく作ってもらった料理を冷ますなんてもったいない。アミスも立ち上がって、下衣についた土埃を払う。そうしてフーカたちに合流すれば、たった3人の食事会の始まりだ。


「「「頂きます」」」


 今回、ファイとフーカが作ってくれていたのは、肉と野菜たっぷりの白汁(しろじる)だ。主となるのは第4層に居たオウフブルという牛の魔獣の頬肉。そこに、第5層~第7層にかけて存在する大樹林で取れた野菜を合わせ、(めす)のオウフブルからしぼった乳を合わせる。


 調味料を持ち込んでいないため味付けは岩塩だけになってしまうのだが、野菜から染み出した旨味と肉から出た脂、乳のコクが見事に調和している。


「さすがフーカね! 味も栄養も抜群。英気を養うのにピッタリ!」

「そ、そうですかぁ……? それなら良かったですぅ……!」


 燐光を散らしながら嬉しそうに身をよじる腹心を眺めながら、アミスはまた一口、白汁を匙で頂く。他人の、仲間の笑顔を見ながら食べる食事の、なんと美味しいことだろう。


「ファイちゃんも! 食べられる食材を見つけてくれてありがとう。誰かに聞いたの?」

「うん。ミーシャが教えてくれる。あと、ルゥも。野菜がどこにあって、どんな見た目か。ちゃんと教えてくれる」


 いつになく饒舌にニナの仲間について語るファイの顔は、どこか誇らしげだ。


 ファイは賢い。また、アミスやフーカは積極的にウルンの常識について教えたつもりだ。ファイが自身の置かれている状況――誘拐されていること――の異常性について、理解していてもおかしくない。だというのに、果たして自身を誘拐している人々を、こんな口調で、顔で、話すことができるだろうか。


 ――ファイは心の底からニナ達と共にいることを良しとしているのではないだろうか。


 ふとよぎった考えを、アミスはゆっくりと首を横に振って振り払う。


 たとえファイが現状に満足していたのだとしても、それは何も知らないからだ。以前の、黒狼に居た頃よりもマシな現状が魅力的に見えてしまっているだけに過ぎない。


 もしくは、自身の心を守るために「今が幸せなのだ」と錯覚してしまっている。人は順応の天才だ。たとえどのような環境に身を置いても、心を環境に合わせることができる。そうした心の動きによって、ファイは今が幸せに見えてしまっている。


(そうに違いない……はずよ……!)


 アミス自身、ファイを保護して教育することに迷いが無いと言えば嘘になる。知ることが必ずしも当人の幸せになるとは限らないのだ。たとえ他人から見ればどれだけ不幸な状況にあったとしても、その人が満足しているのであればきっとそれも1つの“幸せ”の形に違いない。


(私のやろうとしていることは、ファイちゃんに私の考えを押し付けるようなもの。有難迷惑なのかもしれないわ……。いいえ、間違いなくそうなのでしょうね)


 きっとファイは、救われることを望んでいない。現状維持こそが、ファイの幸せなのかもしれない。


 それでも、と、アミスは思う。


 たとえファイが望まなくとも、ファイにどれだけ嫌がられようとも、アミスはファイに教えたい。幸せには様々な形があって、たくさんの選択肢があるのだ、と。


 そうして知った複数の道から選び取る答えこそが、アミスの思う“幸せ”の形だ。


 きっとファイは幸せになる途中で、不幸を感じることだろう。迷い、悩むことになる。だからこそ、アミスは彼女を救う――今ある幸せを取り上げる――者として、必ずファイを今以上に幸せにしなければならないと考えている。


(ファイちゃん。私が必ず、貴方(あなた)を幸せにしてあげるから……。だから貴方(あなた)を助けたいっていう私の我がままを、許して!)


 まさか自身の考えが憎き誘拐犯と全く同じで、しかも誘拐犯はずっと前から同じ想いであることなど知る(よし)もないまま。


「ぷはぁっ! 美味しい、おかわり!」


 決意と共に、お椀に入った白汁を飲み干すアミスだった。




【今後の更新につきまして】

※いつも応援していただいて、本当にありがとうございます。本日より週に5日程度の更新(可能であれば毎日更新)に頻度に増やそうと思います。祝日もなく憂鬱な6月を乗り切るささやかな楽しみの1つとして、ファイ達の姿をお届けできるよう、努められればと思います。

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