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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●もう1回、行ってくる

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第142話 一緒に、しよう




 フォルンが西に傾き始める頃。ファイはフィリスの町の外れまで戻って来ていた。


 彼女の両手には投影機と撮影機が入った大小2つの箱が握られている。大破してしまった魔道具量販店とは別のお店で、ファイが買い直した品だった。


 また、もういくつか提げられている袋の1つには、ファイが着ていたルゥお手製の服が入っている。死んでしまった鰐と女性従業員を(とむら)う際、裳の裾を血で汚してしまったからだ。


 そのため昼食の後、アミス達の選んだ店で、アミス達の奢りで、ファイは服を着替えていたのだった。


 そうして銘柄物の半袖の上衣と、ピタッとした長い丈の下衣を身にまとうファイは、振り返る。


「今日は……。ううん、今日もありがとう、フーカ。アミス」


 今日1日、ファイの買い物に付き合ってくれた2人。荷物を地面に置いた彼女は深々と頭を下げる。と、頭上から返ってきたのは全然かまわないという2人の言葉だ。


「良いの。王国には『人助けは幸運の近道』なんてことわざもあるわ。当然よ」

「そ、そうですぅ。フーカ達も楽しかったので、お相子ですねぇ」

「アミス。フーカ……」


 結局、ファイがアミス達の提案――アグネスト王国民になるうんぬん――を蹴った後も、2人は変わらずファイのことを気にかけてくれた。


 何かを聞けばきちんと答えてくれるし、困った時もさりげなく手助けしてくれる。おかげでファイは一層ウルンのことを知ることができた。


(フーカも。アミスも。“良い人”、だった)


 お願いを聞いてくれない相手に、なおも優しく親切にすること。


 その難しさは、ファイも目の当たりにしている。例えば黒狼の組員たちだ。上位の人物の指示に従わなければ激しい暴力を受けていたし、ファイはファイでしばらく命令を貰えないなどの仕打ちを受けたことがある。人は相手が自分の想い通りにならないと不機嫌になることを、ファイはよく知っている。


 だが、アミス達は違った。


 ファイが「アグネスト王国の人にはなれない」と言った時、確かに2人は残念そうな顔をしていた。きっとファイの言動は、2人の望んだ答えでは無かったはずなのだ。


 無視されるか、罵倒をされるか。それとも、ちょっとした罰を受けさせられるのか。どんな仕打ちが返って来るのかと内心で身構えていたファイだったが、2人は午前中と変わらずに接してくれた。むしろどこか吹っ切れたような様子で、午後からは自分たちもアレコレ買うのにファイを連れ回してくれた。


(フーカも。途中から「アミスちゃん」じゃなくて、「アミス様」って言ってた)


 何か心境の変化でもあったのだろうか。アミスを呼ぶときのぎこちなさのようなものも抜けていて、より素に近いフーカを見ることができた。


 そうして気の置けない状況になったからだろう。心の底から楽しそうな笑顔を見せる2人には、ファイも思わず緩みそうになる口を(こら)えるのに必死だった。いや、ひょっとすると、笑ってしまっていたかもしれない。


 いずれにしても今日という日を通してファイは、フーカだけでなくアミスにも懐いた。2人はファイの中で「良い人」であり、信頼できる人となった。


「それじゃあ気を付けて帰ってね、ファイちゃん」


 少しずつ赤くなり始めているフォルンを背に、アミスが片手をあげる。この時になってなぜか、アミスの笑顔がぎこちない。その笑顔がファイの中で、自身の汚れを口にした時のニナの笑顔と被る。


 まるで何かを諦めるような、言い換えるなら覚悟を決めたような、そんな笑顔だ。


「ふぁ、ファイさん……。お、お気をつけて……」


 フーカなど、声が震えてしまっている。


 今生の別れとでも言いたげな2人の様子に、なぜかファイも胸が一杯になる。このままでは心が目端から溢れ出て来てしまう気がして、ファイは急いで地面に置いた荷物を持ち上げた。


「うん。……それじゃあ、また、ね」


 アミス達に背を向け、一歩、また一歩と帰るべき場所へと歩を進めるファイ。


 それでも、行きと違って帰り道を行く自分の足がひどく重いことはファイも自覚している。そして、その理由も分かっていた。


(私、迷ってる……?)


 いまファイの中で揺れている、とある思い。これをアミス達に言うべきなのか、ファイは悩んでしまっていた。


 もしこのまま別れれば、いつまたアミス達に会えるとも分からない。


 知識、戦闘、何より道具として。ファイはまだあらゆる面において中途半端で、覚えることややることがたくさんある。


 ましてや最近の“不死のエナリア”は大きな転換期を迎えようとしている。ロゥナたち職人が来たことで宝箱の補充物資が整い始め、上層の宝箱の補充業務も活発化することだろう。


 さらに、こうしてエナリアでも稼働する撮影機と投影機も手に入れた。もし上層を見張ることができるようになれば、新たな業務も増えるかもしれない。相も変わらず人手不足のニナのエナリアだ。きっとファイも業務に忙殺されることだろう。


 この機を逃せば、次にウルンに来るのはかなり先になる気がしてならないファイ。


 エナリアが充実するということは、探索者にとって魅力的な場所になるということだ。当然、“不死のエナリア”の完全攻略を目指す探索者組合も現れることだろう。


 そうなったときに攻略の筆頭に上がるのは実力のある探索者たち。アミスたち光輪も名前が挙がることだろう。


 ウルンでの友人2人が、ニナ達と殺し合う。いや、理論上ニナ達にはアミス達を殺すことができないため、アミス達が一方的にニナ達を殺すことになる。その光景を想像してブルリと震えてしまった自分を自覚した時、ピタリとファイの足が止まった。


 いま確かに、ファイは恐怖したのだ。だがファイにとって本来それは、あり得ないことだ。


(――私は道具。 “怖い”、はない)


 しかし、事実としてファイは今身を震わせてしまった。それはいま思考している自分が、弱い素の自分だからではないだろうか。


「……そっか。うん、そう」


 ファイが考えるべきは、ニナのためになるかどうかだ。様々な事柄を考えることが求められる。しかし、“悩むこと”は求められていない。


 魔道具量販店で見かけた魔道具や、アミス達が使っていた携帯端末。高速で思考するそれらの道具だが、彼ら道具が悩んだところをファイは一度たりとも見たことが無い。瞬時に答えを導き、使用者へと示していた。


(私は道具。考える道具。……けど、“悩む”は無い!)


 悩むなど、道具としてあり得ない。


 ニナのためになるか否かだけを考えたとき、ファイの中で簡単に答えが出た。


「「あの!」」


 振り返ったファイと、こちらに駆けてこようとしていたアミス。呼びかける声が、奇しくも重なった。


 距離にして10mほどだろうか。色の系統の似たお互いの目が見開かれ、わずかな沈黙が落ちる。


「……えっと。どうした、の?」


 先に口を開いたのは、ファイだった。自分の言いたいことではなく、まずは他人・相手の言葉を聞く。ファイの中では当然だった。


 しかし、アミスの方は今日1日中そうだったように、ファイを優先してくれる。大きく息を吸い込んだかと思うと、ファイをまっすぐに見つめてくる。王国民にならないかと言ったあの時と、同じ表情だ。


「いいえ。まずはファイちゃんの話を聞かせてちょうだい」


 意図的なのか、無意識の癖なのか。アミスは時折こうして、ファイがゾクッとしてしまう命令口調を使う時がある。もしニナと会うよりも先にアミスに会っていれば、あるいは。そう思ってしまうほどに、アミスはファイにとって魅力的に映る。


(けど、私はニナの物。ニナが、良い)


 そっと胸に手を当てて自分の中のフォルンの熱を確かめたファイは、アミスに向き直る。そして――




「アミス。フーカ。今から私と一緒に“不死のエナリア”を攻略しよう」




 ――アミスとフーカ両名を、ニナのもとへ案内することに決めた。


 だが、生温かい海風が駆け抜けた後、アミス達が漏らしたのは


「「はい?」」


 理解不能を示す声だった。


「え、えっと、ファイちゃん? 私たちの勘違いじゃ無ければなんだけど、“不死のエナリア”ってあなたが今、住んでいるところ……よね?」

「うん、そう。ニナが居る」

「あ、ぅ……。ふぁ、ファイさん? 知らないかも知れないのでお伝えしますとぉ。エナリアを攻略してしまうと、そのエナリアは崩壊しちゃいますよぉ……?」

「うん。それも知ってる、よ? エナリア、消えてなくなっちゃう」


 アミス、フーカによる確認のそれぞれに、ファイは首を縦に振る。そのうえで改めて言う。


「だから私たちで、途中……第13層まで攻略しよう。そうしたら多分、いろいろ? 上手くいく、と、思う」

「「???」」


 ファイの言いたいことが伝わっていないのだろう。2人で顔を見合わせて、首をかしげているアミス達。そうだろうとファイも思う。何せファイもまだ考えがまとまっておらず、上手く説明できている自信が無いからだ。


 ただ1つ。ファイは自分が思い違いをしていたことを知っている。ファイがニナにアミス達を会わせるのではない。ニナがアミス達に会うかどうかを決めるのだ。道具であるファイはそのお手伝いをするに過ぎない。


「第13層まで行ったら確実にニナが見てくれる、から。会ってくれる……かも?」


 ニナに会えるかもしれない。その一言で、アミス達の顔に一瞬にして緊張が走った。




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