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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●もう1回、行ってくる

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第137話 新世祭って、なに?




 喫茶店を出たファイとフーカがアミスと合流したのは、白の青の時刻が始まる頃。朝の8時過ぎのことだった。


「遅れてごめんなさい、フーカ、ファイちゃん。少し準備に時間がかかっちゃって」


 そう言って姿を見せたアミス。薄手の黒い上衣に、ゴワゴワした質感の青い下衣を合わせた簡素な服装だ。白金色の美しい髪は丁寧に結い上げられており、もはや芸術品のようでもある。準備に時間がかかった理由が伺える仕上がりとなっていた。


「改めてになるけれど、アミスよ。よろしくお願いするわね、ファイちゃん」


 ピンと伸ばされた背筋。余裕のある表情でファイを見つめる琥珀色の瞳。こうして改めてアミスを見ると、リーゼに感じるものとよく似た美しさがあるように感じられるファイ。いわゆる“気品”と呼ばれる所作の丁寧さに見惚れてしまいながら、ファイもひとまず挨拶を返す。


「うん。ファイ・タキーシャ・アグネスト。こちらこそよろしく、ね。アミス」

「ええ、よろしくね! それから――」


 フッと小さく息を吐いたアミスは突然、ファイに対して深々と頭を下げてきた。その行動はアミスの“友人”であるフーカにとっても予想外だったらしい。驚いた声で「アミス様!?」となぜか敬称を付けてアミスの名前を呼んでいる。が、幸か不幸か、ファイの意識はアミスへと向いていた。


「――この間はフーカを助けてくれてありがとう」


 ファイが見つめる先。頭を下げたままお礼の言葉を口にする。


「この間……?」

「ええ、聞いたわ。誘拐犯からフーカを助けてくれたのでしょう?」


 顔をあげてアミスが事情を教えてくれたおかげで、ファイもようやく何に対する感謝の言葉なのかを理解する。


「あ、えっと。『当然』……じゃなくて、当たり前? だから」


 ファイの言葉に、琥珀色の瞳をわずかに大きくしたアミス。まるでファイの真意を確かめるように、ファイの目をまっすぐに見つめてくる。だが、ファイは思ったことを口にしただけで他意はない。そもそもファイに言葉を偽るなどという器用な考え方など出来るはずもなかった。


 時間にして3秒にも満たなかっただろう。不意にフッと相好を崩したアミス。


「ふふっ! フーカから聞いた通りの子みたいね?」


 片目をつむり、隣に立つフーカを見る。


「ま、前にも言いましたよぉ。フーカだって、人を見る目くらいはありますぅ!」

「あははっ、ごめんなさい!」


 ふくれっ面で翅を羽ばたかせるフーカに、アミスがお詫びをいれている。どこか子供っぽく見えるフーカの姿は、ファイの見たことのないものだ。やはりアミスの同行を許して良かったと、早くもファイは確証を得る。


「で、フーカ? 今日の予定は?」

「あ、はいぃ、えっとですねぇ~……」


 ファイが喫茶店で話したことをフーカがまとめ、アミスに話し始める。その様子を眺めながらも、ファイの意識はフィリスの町の変化に向けられていた。


 ファイの気のせいかもしれないが、少しだけ町全体に緊張感が漂っている気がするのだ。


 確かに町に活気はある。露店が出て客を呼び込む声が飛び交い、人々が広場や道を行き交う。道路を自動車や馬車がせわしなく駆け抜け、人々の生活がよく感じられる。


 だが、その空気がどこかぎこちない。ニナが無理をして笑っている時に感じる違和感と似たものが、町全体を覆っているような気がする。


「……ちゃん? ファイちゃん?」


 目の前で振られる手のひらに気付いて、ファイは意識を目の前にいるアミス達へと戻す。


「どうかしたの? あっ、もしかして暑さでぼーっとしちゃったのかしら?」

「えっ? ううん、そうじゃなくて……。えっと、町がちょっと変、かも?」


 町を見渡したファイの言葉に、一瞬、アミスとフーカが息を飲む。が、すぐにアミスが「そうね」と相槌を打つと、


「ファイちゃん。あそこ。あの文字、読めるかしら?」


 言いながら、街灯にかけられている小さな垂れ幕を指さして見せた。


 まだウルン語の読みを知らないファイが首を振ると、今度は示し合わせたようにフーカが説明してくれる。


「あ、あそこには『新世祭(しんせいさい)』と書かれています」

「しんせいさい?」


 問い返したファイに小さく頷いたのはアミスだ。


「そう! ウルンでは1年の終わりにこうしてみんなで、お祭りをするの。今年も1年、無事に過ごせましたって。みんなで感謝して、お祝いするのよ」

「感謝して、お祝い……」


 正直、ファイにはあまりピンとこない概念だ。もちろんファイも黒狼で過ごす日々の中、時間や暦の概念はなんとなく把握していた。フーカからの教えも、知識の確認でしかない。自身がどれくらい生きているのか、大まかに何歳なのか。おおよその時間の概念。それらも独学ながらきちんと理解していた。


 だが、だからと言って1年を無事に過ごせたことを祝うと言われても「なにそれ?」状態だ。ファイにとって「1年」は言葉通りの意味で、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 新世祭に共感できずに考え込むファイを見かねたのだろう。口を手元にやってクスッと笑ったアミスが、流れるようにファイの手を取ってくる。


「そうね……。新世祭の雰囲気を知ってもらおうかしら! 行くわよ、フーカ」

「アミスさ……アミスちゃん!?」


 フーカの声を背後に聞きながら、ファイの手を引くアミスはずんずんと歩道を歩き始める。


「まずは、アレね」


 アミスが近づいて行くのは、通りに面した青果店の軒先に飾ってあった置物たちの所だ。ファイもフィリスに来た時になんだろうと気になっていたため、改めて興味深く置物たちを見遣る。


「見ての通り、ここに並んでるのは動物たちを模した置物ね。ここは鹿と牛と……これは陸鯨(りくくじら)かしら? 私の家でも職人が作ったたくさんの置物を置くのよ」

「そうなんだ」


 説明を聞きながら、屈んで置物を間近に見るファイ。素材は金属の線だろうか。くねくねと曲げられて、器用に動物たちが象られている。また、色のついた管のようなものも巻き付けられている。続くフーカの説明によれば、この管はエナを通すと光るようになっているらしい。


「こ、こっちの飾りも光るんですよぉ?」


 そう言ってフーカが指さしたのは、色のついた透明な石柱だ。


「えっと。色結晶……の偽物、で、合ってる?」

「正解! 動物たちもそうだけど、色結晶は私たちの生活に欠かせない物でしょう?」

「そうみたい」


 ウルンのあらゆる動力を担っているのが色結晶だ。小さなエナ灯を点けるだけでも、色結晶が必要になる。青果店から漏れだす冷気も、店内の奥を照らす照明も、背後を走っている自動車も。全てが全て、エナを動力として動いている。


 ファイはあまり恩恵を感じたことは無いが、それでも。いま思えば黒狼の真っ暗な私室が快適な気温に保たれていたのも、空調のおかげなのだろう。でなければ、ファイは恐らく蒸し風呂状態で一生を過ごしていたはずだ。


「――つまり、私たちが生きるために必要なものを、飾る?」


 新世祭がここ1年の感謝と無事を祝うものであることと、アミスによる置物の説明。それらから導くことのできる“置物を置く意味”を言葉にしたファイに、アミスとフーカが分かりやすい驚愕を(おもて)にする。


「せ、正解。私たちを生かしてくれているモノたちと一緒に、新しい年を迎える準備をするの」


 改めて新世祭の意味を確かめるファイは、食事の前に「頂きます」をするのと似たようなものなのだろうかと推測する。


 食べた動物たちは死んでしまっていて、ファイ達の声は届かない。色結晶に至っては、生物ですらない。それらに敬意や感謝を口にしたとしても、意味はないのだろう。


 しかし、ニナ達も、フーカも食事の前に食材に感謝していた。その理由はきっと、自分たちが多くのモノ――人や食材――に支えられていることをきちんと自覚するためではないかというのがファイの持論だ。


 目の前にある命と向き合うための、ある種の儀式。自身が犠牲の上に生を得ている。その事実から目をそらさず、忘れないようにするための言葉が「頂きます」なのだろう。


 そして新世祭は、「頂きます」の大規模な形なのではないだろうか。


(みんなで“一緒”に、ありがとうを言う。それが、新世祭……?)


 最初にアミスによって説明されたお祭りの意味を、改めて自分なりの言葉でかみ砕くファイ。


 自分1人だけでは小さな声で、届かないかないかもしれない。だから人々が一斉に声をあげて、時にはこうして目に見える形で、「ありがとう」を声にする。


 届かない。意味が無い。そう分かっていても、感謝を忘れないために「頂きます」やお祭りがある。そう考えると、ファイの胸のあたりがジンと温かくなった。


「新世祭。すごい、ね?」


 色付き眼鏡の奥。屈んだまま金色の瞳をきらりと輝かせてアミスを見上げるファイに、しかし。


「ふふんっ。まだよ、ファイちゃん! 新世祭は何も動物を飾るだけじゃないの!」

「そうなの?」


 立ち上がりながら尋ねるファイの手を、再びアミスが握る。


 探索者らしい、ゴワゴワとした手。ファイと同じで長い間武器を握り、戦い続けてきた者の手だ。


「歳末だから大安売りしているお店も多いし、期間限定のお菓子だってあるの」

「お菓子!」


 つい声を弾ませるファイに何度目とも分からない驚きの表情を見せたアミスだが、すぐににやりと笑う。


「フーカ。この近くに甘味の美味しいお店はあったかしら?」

「…………」


 アミスに水を向けられたフーカから、返事が無い。どうしたのかと見て見れば、前髪の奥にあるフーカの赤い目は、ぎゅっと握られたアミスとファイの手に向けられている。


「フーカ? フーカ~?」

「は、はいぃ! あっ、お菓子の美味しいお見せですねぇ。事前調査済みです、アミスさ……アミスちゃん!」


 すぐに携帯端末を使って、どこかに連絡を入れ始めるフーカ。そんな小さな友人を信頼しきった表情で見つめるアミス。


 2人を見ていると、なぜだろうか。ニナとリーゼの姿が被ってしまうファイだった。




※『隔日更新のお知らせ』

 いつもファイ達の姿をご覧いただいて、ありがとうございます。これまで“ほぼ”毎日更新を続けてきた本作ですが、本日より5月の末をめどに、本作の更新を隔日(1日おき)にさせていただきます。理由といたしましては「同時に連載中のもう1つの作品の続きを書く時間的な余裕を作るため」となります。


 本当にありがたいことに、どちらの作品も愛してくださる方々が居てくださいます。エタらず、きちんと“終わり”まで登場人物を導くことで応援への誠意としたいという、私のわがままになってしまいます。ファイ達の姿をお届けするまで少しお時間を頂くこと、本当に申し訳ありません。何卒宜しくお願い致します。

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