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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●職人と、ならず者……?

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第122話 鍛冶場と工房と、小人




 金属同士がぶつかる甲高い音が響く薄暗い部屋。だからこそ、炉で熱されて白く輝く金属が異様なほどの存在感を放っている。金属の名前はフワード。ウルンでは空色金(ソライロカネ)と呼ばれ、“空”の階層を持つエナリアでのみ採掘される、水色の鉱石だ。


 その空色金を製錬したのち四角く形成した、水色の鋳塊(ちゅうかい)。並みの魔獣の牙をも通さない硬い金属の塊が、火花を散らす度に形を変えていく。輝きを失えばまた炉にくべられ、白く染まる。本来は人の力など意に介さないはずの金属が、人の意思に沿って形を変える。


 かれこれ1時間近くになるだろうか。炉からこぼれる赤い光に照らされるファイは“待て”の姿勢のまま、食い入るように目の前の光景を眺めていた。


鍛造(たんぞう)……。不思議で、キレイ……)


 まさに今、金属が自然のモノから人のモノへと変わろうとしている。自然へと感じる畏敬や神秘とは違う。人の意思と輝きに満ちた迫力ある光景に、ファイの金色の瞳が何度となく輝いた。


 と、鍛造の様子に夢中になっていたファイの耳が、こちらに歩いてくる軽い足音を拾う。見てみれば、暗い緑色の短髪の女性が、ファイのことを見下ろしていた。


「ロゥナ。どうかした?」

「おう、ファイ。ちょっとツラ貸せや」


 親指で後方を示したロゥナの言葉に、ファイも頷いて立ち上がる。すると、目線は一転。ファイのはるか下の方に、ロゥナの黄色い瞳があった。


 職人たちを取りまとめる女性、ロゥナ。浅黒い肌に、乱雑に切られた緑色の髪。やや吊り上がった目元には黄色の瞳が光る。耳は少しだけ先端が上に尖っているが、およそ人間族のものと変わりなかった。


 身長はファイが出会ってきた中でも最も小さい100(セルチメルド)ほど。あのミーシャやフーカよりもさらに20㎝ほど小さい。


 それは、彼女の種族が小人(こびと)族だからだ。成人しても90~110㎝ほどにしかならない。だがミーシャのように“子供”と言った印象を受けるかというと、そうではない。暑い部屋であるため薄着のロゥナだが、袖のない服から覗く腕には適度な筋肉が見て取れる。程よく引き締まった足腰は大人の女性の曲線を描き、声もミーシャやムア達よりも低い。


 大人の女性をそのまま小さくした、というのがファイの印象だった。


 ロゥナ達がここに来てから(こしら)えたのだろう。小人族用の小さな机や椅子を避けながらファイが薄暗い部屋を進むと、別の部屋へと続く扉にたどり着く。


 ロゥナが背伸びをして扉を開くと、そこはユアの部屋と同じくらい――ファイの個室を2つ合わせた広さ――の明るい部屋だった。


 香ってくるのは芳醇な木の香りだ。作りたてらしい木製の机や椅子、棚などが放つ良い匂いが、部屋を満たしている。ここも工房の1つであるらしく、金細工や装飾品の加工など、細かな作業はこの部屋で行なうらしい。


 人間族用と小人族用。それぞれある机のうち、人間族用の机に案内されたファイ。そこに並んでいたのは4種類の小刀だった。


「こん中で上層に相応しい質のもんはあるか?」


 椅子に立ちながらファイに聞いてくるロゥナ。


『ニナ様から上層用の武器防具を作って欲しいって言うのは聞いてんだ。けど、俺たちは“どれくらい”が良いのかが分かんねぇ。だからファイ。お前の意見を聞かせてくれ』


 それは自己紹介の後すぐ、ファイがロゥナに言われたことだ。それならば少しは役に立てるかも。そう思っていたファイだったが――。


(ど、どうしよう……。分からない)


 目の前に並ぶ見た目が同じ4つの小刀を前に、固まってしまう。


 もちろん武器に関して、ファイはずぶの素人だ。“質”と言われても、同じ見た目のモノを並べられてしまうと全然わからない。例えば刃こぼれをしていてくれたり、汚れていたり。分かりやすい違いがあれば、判断もできるのだが――。


「――ロゥナ様。こちらの武器は触ってもよろしいのですか?」


 固まることしかできなかったファイを助けてくれたのは、リーゼだ。彼女はファイとは別に先にこの部屋に通されていて、ロゥナ達が作る装飾品などを検めていたのだった。


「おう、良いぜ! ファイ、触って確かめてくれ。なんなら壊しちまってもいいからよ」

「だそうです、ファイ様。ぜひ手に取って、上層に置いておくに適切な武器の強度をロゥナ様に教えて差し上げてください」

「え? あ、うん。……分かった」


 リーゼに言われるがまま、4つ並ぶ小刀の左端にあったものを手に取るファイ。小さく「ん」吐息を吐きながら彼女が腕を振るうと、


「あ」


 もはや何の手応えもなく、小刀の持ち手が簡単に壊れてしまった。


「ご、ごめんなさい……」

「いや、良いんだ。次も同じようにやってくれ」


 ファイとしては気が引けるが、やれと言われればやるのがファイの性分だ。また別の小刀を手にとって、同様に腕を振ってみる。すると、やはりその小刀もまた、壊れてしまった。ただし、先ほどとは少し違う手応えがある。具体的には、いま振った小刀の方がわずかに頑丈だった――気がする。


 その後もロゥナに言われるがまま、全ての小刀を左から順に破壊したファイ。右の小刀になるにつれ、少しずつ、武器の強度が上がっていったのが分かった。


「掃除は(わたくし)の方で。お2人はどうぞお話の続きを」

「おうよ、ありがとうな、リーゼさん、……で、どうだファイ? 俺としちゃあ3本目くらいかなと思ったんだが」


 例によってどこからか取り出したちり取りと箒で武器の残骸を回収しているリーゼの横で、ロゥナとファイの会話は続く。


「うんと。“不死のエナリア”は赤色等級。上層は魔物も少ないし、多分、青色等級……。だとすると」


 黒狼と共に潜ってきたいくつものエナリアの記憶。そして“不死のエナリア”の現状と照らし合わせながらファイが指さしたのは、4本目の小刀だ。


「コレ、だと思う」

「お、そうなのか? 意外と良いもんが必要なんだな」

「うん。えっと、ね。確かにロゥナの予想通り、3本目くらいが“普通”。だけど、他のエナリアと一緒だと、人が来ない、から」


 ファイが把握しているこのエナリアの最大の問題点は、探索者にとって旨味が無いことだ。なまじ長く存続しているために上層の色結晶は取り尽くされ、先日までは宝箱の補充さえもままならなかった。当然、魔物に遭遇する危険性に見合う旨味は少なくなり、人が来なくなってしまった。


 そんなエナリアに探索者たちを呼ぶには、やはり、新しい“旨味”を創り出さなければならないとファイは常々思っていた。


(ウルン人がたくさん来れば、たくさんの情報が集まる。そうしたら、ニナ達もウルン人をたくさん知れる。何がウルン人の“良い”……幸せなのかを、知れる……かも?)


 相互理解こそが“幸せ”への最短の道のりである。それは、ニナの両親の馴れ初めを聞いたファイがぼんやりと感じていたことだ。


 お互いを知ることで、敵ではなくなる。話をする気になる。ミアとハクバと同じように、笑い合える。つまりはウルン人とガルン人が“幸せ”になれる。それこそが、ここ最近の目まぐるしい日々の中でファイが導き出した、ニナの夢の実現につながる道筋だ。


 そのためには、ニナ達だけでなくファイ自身も、もっとウルン人のことを知らなければならない。そしてニナ達がエナリアから出られない以上、ウルン人をエナリアに呼び込むしかない。その第一歩として、少しだけ品質の高い武器を宝箱に入れてはどうか。探索者としての目線から、そう考えたファイだった。


 しかし――。


「なるほどなぁ。確かにウルン人ってエサがたくさん来ねぇと、エナリアも存続できねぇもんな」

「……え」


 ロゥナがウルン人を食べ物(エサ)と呼称したことで、認識を改めなければならない人々がウルン人だけではないことを思い知らされる。


「他のエナリアとの差別化、独自性でウルン人を釣るのかぁ……。確かに、その視点から考えると、少しばかり良い武器と防具を用意するのもありか」

「ま、待って、ロゥナ」


 話を続けようとするロゥナに、ファイも慌てて待ったをかける。


「んあ? どうしたんだ、ファイ?」

「えっと、ね。ここではウルン人は食べ物じゃない、よ?」

「は? どういうことだ?」

「あの、ね。ニナには夢があって、ウルン人とガルン人が“一緒”する場所にしたくて……」

「あん? だからどういうことだって聞いてるんだろうが。なんでニナ様はウルン人と共存なんて酔狂なことしようとしてやがる。んで、なんでファイはウルン人をたくさん呼ぼうって考えてんだ?」


 食い気味に、矢継ぎ早に聞いてくるロゥナに、「あ、ぅ」と言葉にならない声を漏らしながら後退(あとずさ)るファイ。


 思えばこのエナリアでファイが会ってきた人々は、ファイの言葉を聞こうとしてくれた。想いや考えを言葉にするのが苦手なファイのことを理解し、辛抱強くファイの言葉を待ってくれた。もしくはファイが多くを語らなくとも察してくれた。


 しかし、全員が全員、ファイに都合の良い人ばかりではないこともまた、当たり前だ。


「おい聞いてんのか、ファイ? なんでウルン人を呼ぶ必要があるんだ? 一応、俺たちの“敵”でもあるんだろ? それにエナリアの核を壊されるかもしれねぇ。食料として見ないなら、来ない方がいいだろうが」


 しかもロゥナの強い語気がまた、ファイをどんどんと委縮させてしまう。何せファイ自身が嫌うほど、“素”のファイは卑屈で根暗で弱い。普段は道具としての矜持と自負で身を固めているものの、一皮むいた彼女はただの口下手な少女でしかない。


「だから、違くて……だから……」


 上手く言葉が出ないもどかしさ。順序だてて話すことの難しさ。ロゥナをイラつかせてしまっている申し訳なさ。自分自身の至らなさ。もはやファイに体面を取り繕う余裕はなく、ただただ困り顔で言葉を探すだけの存在に成り下がる。


 身長はファイの方がはるかに大きいのに、ロゥナに迫られるファイの身体はとても小さく、頼りなく見えたことだろう。


「あ~、もう! 話になんねぇ!」

「(びくっ)」


 ついに我慢の限界を迎えたらしいようなロゥナの言葉に、ファイの全身が硬直する。役立たず。そう言われた気がしたのだ。そして冷静さを欠くファイの頭は簡単に、あり得もしない“捨てられる”未来を想像してしまい――。


「ん!?」


 その瞬間、恐怖で震えるファイの頭が柔らかな感触に包まれた。




※いつもファイ達の日常をご覧いただいて、ありがとうございます。お恥ずかしながら『●お散歩、お散歩』の章にて、“不死の階層”の場所が「第15層」となっていました。正しくは「第16層」となります。ご参考までに、各階層につきましては、


第1層……洞窟の階層

第2層~第4層……草原の階層

第5層~第7層……大樹林の階層

第8層~第10層……雨音の階層

第11層~第12層……安らぎの階層

第13層~第15層……瀑布の階層

第16層……不死の階層

第17層……溶岩の階層

第18層……氷獄の階層

第19層……大空の階層

第20層……最後の階層


以上のようになります。次のお話でロゥナの参考AIイラストを公開させて頂ければと思いますので、よろしくお願いします。

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