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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
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第115話 変態じゃない、はず




「とりあえず、死んじゃえ♪」


 声が聞こえた瞬間、ファイの頭部に向けてムアの足が迫る。とっさに腕を交差させて防御したファイだが、その身体は大きく後方に吹き飛ばされてしまった。


「……っ!」


 地面を滑って勢いを殺したファイが立ち上がった場所は、ムアから10m(メルド)以上も離れた場所だ。吹き飛ばされた距離だけで言えば、先ほど手負いの暴竜の尻尾攻撃よりも強力だということになる。


 その威力の攻撃を、ムアは予備動作のほとんどない蹴りだけで行なってみせたのだ。


(やっぱり、強い……!)


 完全に折れてしまった右前腕から、ムアへと視線を移すファイ。と、正面、遠くユアと暴竜の側に居たはずのムアの姿が、目の前にあった。


「ムアの蹴りに耐えられるとか、おねーさん、やっぱり頑丈ー♪ ……だったら~」


 再びファイに迫る、ムアの足。だが今回は、ムアの足が毛足の長い毛に包まれている。足先が白く、脛の辺りからはムアの尻尾と同じ黒色の毛をしていた。


 だが、さすがに二度も攻撃を受けるファイではない。ムアの回し蹴りを屈んで避けると、直上を通過するユアの足を蹴り上げる。ファイの柔軟性と崩れてしまった体勢にムアが()()()()()、左右色の違う目を見開く中、


「むんっ」


 今度はファイの蹴りがムアの腹をとらえる。肉と肉とがぶつかり合う湿った音が響くと同時、今度はムアの小さく軽い身体が遠くまで吹き飛んでいく。


「……あっ」


 つい反射的に全力で反撃してしまったことにファイが気づいた頃には、


「アッハハ! もっと! もっとムアと遊ぼーよ、おねーさんっ!」


 土煙を裂いてムアが()()()()で駆けてくる。その手足は獣のものになっており、桃色の肉球と白色・黒色の毛で覆われていた。


 彼女が楽しそうに浮かべる笑顔で、ひとまず無事であることが分かって一安心、などと言っている場合ではない。まさに獣のように四足歩行で地を駆けてきたムアが、手足を使ってファイに肉弾戦を仕掛けてくる。


 拳による突きも、蹴りも。ニナに匹敵する速度と威力を持つ。しかも、動物の手足となったムアの拳と足は、人間の頭大に肥大化しており、鋭い爪すらも備わっている。つまり、攻撃範囲は広がり、攻撃の質も人間との戦いとは異なる。


「わふっ、ふっ、ふわっ、ふぅっ!」


 手足全てを器用に使いながら、絶え間なくファイを攻撃してくる。手数だけで言えばニナを凌駕する勢いだ。


 そんなムアの攻撃には、ファイも防戦を強いられる。何せファイは今、右腕がほとんど使い物にならない状態だ。万全の状態ならともかく、両手足4つの“武器”を使って攻撃してくるムアに対処するには、片手だけでは手が足りない。


 1秒単位で劣勢になっていく戦況に、さすがのファイにも焦りを隠せない。


「ムア、待って。私は敵じゃない」

「あはっ、知ってるしっ!」

「……え? うっ……」


 ついにムアに肩を蹴られてしまったファイは、あえて蹴り飛ばされることで威力を殺す。ついでにムアと距離を取ろうとしたのだが、ムアはさらにファイを攻め立てる。吹き飛ばされたファイが体勢を立て直そうとする瞬間には、ファイの頭上にムアの(かかと)がある。


 ギリギリのところで後ろに跳んで回避すると、ファイの目の前にあった地面が大きく陥没した。


「じゃあ、なんで……?」


 仲間同士だと分かっているのに、どうして戦う必要があるのか。尋ねたファイに対して、


「そんなの、楽しーからでしょっ!」


 そう答えたムアは、陥没した地面から舞い上がる瓦礫を蹴り飛ばしてくる。しかも器用なことに、瓦礫を蹴り砕かないように膝を柔らかに使っている。おかげで、弾丸と化した瓦礫が次々にファイを襲ってきた。もし被弾するようなことがあれば、ファイでも骨折は免れないだろう。


(たの、しい……!?)


 命中しそうな瓦礫だけを素早く見極め、蹴り砕くファイ。そうしている間に地面に着地したムアが、再びファイに向かって駆けてくる。


「おねーさんだってそーじゃん! だってムアとおんなじにおいするもんねー!」

「ムアと、同じ?」

「そう! 戦うことが好きで好きで、仕方ない! そんな、変態の匂いさせてるもん!」


 再び始まる、ムアの猛攻。恐ろしいことに、ムアは一切疲れた様子が無い。髪と同じ鮮やかな水色の右目と、ムアの髪と同じ桃色の左目を爛々(らんらん)と輝かせ、じゃれ合うようにファイを襲う。しかもただのじゃれ合いではない。


 彼女は隙あらばファイの頭部を蹴り砕こうとしている。それはつまり、楽しみながら、本気で、ファイを殺そうとしているのだ。


「違う、ムア。私に“好き”は無い。あと、変態でもない。変態はルゥ」

「ルゥちゃん先輩がキモいのはムアも同感だけど、おねーさんに好きが無いのは絶対に、ウ、ソ♪」


 確信を持ったムアの発言にファイの動きが微かに止まる。その隙を見逃すムアではない。頭部、と見せかけてファイに頭を防御させ、がら空きになった脇腹へ全力の蹴りを叩き込んできた。


 ファイの体内で響く、骨が砕ける音。同時に口内を血の香りが満たす。


「う゛っ」


 ついこらえきれずにファイの喉から声が漏れてしまう。能面を保ってきた顔も、大きくゆがんだ。


「アハッ♪ おねーさん、良い顔~! 今度こそ、死んじゃえっ!」


 嬉しそうに笑ったムアが、痛みで身体を硬直させるファイの頭部へ必殺の蹴りを狙ってくる。しかし、直前で攻撃の足を止めて大きく後退して見せた。


 直後、ムアがもと居た場所を光球が通り抜けていく。どうやらムアは自身に迫る危機を察し、攻撃を中断したらしい。おかげでファイの頭が砕け散ることは無かった。


 体勢を整えるついでに顔をあげ、命の恩人へと目を向けるファイ。そこには、


(暴竜!)


 先ほどまで戦っていた黒毛の暴竜の姿がある。ファイと目が合うと、暴竜は天高く咆哮して自身の存在を誇示するのだった。


「うるさ~……。ちょっとユア! 何やってんの!? そいつのせいでこのおねーさん、殺せなかったじゃん!」


 遠く。壁際で泣きべそをかいている姉に、ムアが抗議の声をあげる。


「だ、だってムア、この子、ユアの言うこと聞いてくれなくて……」

「え、そうなの?」


 ユアの言葉に、驚いたというように立ち尽くすムア。だが、すぐにどう猛な顔で笑う。


「そうなんだ~! ユアの言うことを聞かない子なんて、要らないよね!」


 言いながら四肢を地面についたムア。ユアと同じで黒い尻尾を一度だけ揺らしたかと思うと、一瞬にして姿を消す。次に水色の狩人が現れた場所は、暴竜のすぐ目の前だ。その時にはすでに空中で姿勢は整えられており、必殺の回し蹴りが暴竜の大きな頭へと叩きこまれる――


「バイバ~イ♪」

「させない!」


 ――直前で。ファイが間に割って入り、左手でムアの蹴りの軌道を逸らす。結果、ムアの鋭い蹴りは暴竜の鼻先を軽く引き裂く程度に終わったのだった。


「ムア。この子はもう言うこと聞く。だから殺す必要はない」


 トンと軽く地面に着地したファイが、背後で倒れ伏す暴竜を示しながら言う。対するムアはと言えば、ファイから5mほど離れた位置に着地して尻尾を揺らす。


「あはっ♪ ムアより弱いくせに指図してこないでよぉ、ザコのおねーさん? ニナから強いって聞いてたのに、拍子抜け~」


 先ほどの戦いでもう既に彼我の実力差を測ってしまったしまったらしいムア。どう見てもファイを舐め腐った言動から見るに、どうやら自分は彼女に“下”に見られているらしいことをファイは察する。


 そして、どうやらムアのその考えをどうにかして改めてもらわない限り、ファイの意見には聞く耳を持ってくれないらしい。


 どこかの誰かとそっくりだと思い出すファイが、やや離れた位置――牙豹の陰に隠れてこちらの様子を伺っているユアに目を向けると、


「な、なんですか!? ユアにひどいことしようとすると、ムアとこの子が怒りますよ!」


 涙目になりながら、精いっぱいに強がっている。相変わらず()()()()()ユアから目線を切ったファイ。再び正面へと視線を戻せば、


「おつむヨワヨワで、戦いもヨワヨワとか。おねーさん、恥ずかしくないの~? 弱さに甘えるとか、ほんと、ザコ♪ や~い、ざぁこ♪ ザコのおねーさん~!」


 全力で自分の方が“上”なのだと。言葉と態度で分からせようとしてくる()()()()()ムアが居る。


 何度も何度も「弱い」「ザコ」と言われては、さしものファイにもわずかながら込み上げてくる感情がないわけではない。


 だが、怒りよりも先にファイが思い浮かべてしまうのは「どうして?」という疑問だ。なぜ2人はこのような“奇妙な”言動をするのか。理由も分かっていて、やはり2人がガルン人だからなのだろう。自身の力を誇示することこそが彼女たちガルン人にとって身を守る術なのだ。


 それを理解していると、不思議と、2人に対する怒りは込み上げてこない。むしろユアとムアの見た目が幼いこともあって、精いっぱいに強がろうとしている子供のようで微笑ましい。


 それでも。


「せっかく全力で遊ぶために半獣化までしたのに……。ほんと、おねーさんが弱すぎてつまんない~」


 ニナに使われる道具として、ファイが弱いと思われたままだとニナまで舐められてしまう可能性があった。だからこそファイは、自身の威厳の回復を図る。


「ムア、1つ提案がある」

「なに、ザコのおねーさん?」

「いまから、私より強いムアに、魔法を使わせてほしい」

「……まほう? なにそれ?」


 初めて耳にする。そう言いたげなムアの態度を受けて、ユアが遠方から助言を飛ばす。


「ムア! 魔法はウルン人たちが使う特別な力のこと!」

「そうなんだ~! ありがとう、ユア~! ……つまり、おねーさんもムア達の獣化みたいに、必殺技があるんだ?」


 教えてくれた姉に手を振ったムアが、改めてファイに向き直る。


「うん、そう。私が全力で魔法を使う。それをムアが受ける。それだけ」

「…………。……はぁ? なんでムアがそんなこと――」

「もしかしてムア。怖い、の?」

「――……はぁ?」


 たった一言。ムアをその気にさせるには、それで十分だ。


「ムアは私より強いん、でしょ? だったら、私の全力も余裕でとめられる、よね?」


 わずかだが、確かに。好戦的な目を向けて笑ったファイに、


「……あはっ♪ いーじゃん。その喧嘩、優しくてツヨツヨのムアが受けてあげる」


 ムアもニヤリと笑ってみせたのだった。




※いつもリアクションでの応援を、また何より、先日はとても励みとなる感想をありがとうございます。ムアの登場に伴い、以前より準備していたムア(左)とユア(右)のイラスト(AI)を公開させて頂きます。参考にして頂けたのなら幸いです。

挿絵(By みてみん)

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