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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●おさんぽ、お散歩

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第104話 それが、ニナの弱点




 “不死のエナリア”第16層。通称、不死の階層。ファイがニナに連れられて訪れたその場所は、ただひたすらに黒かった。


 まず、夜光石が1つもない。それどころか、色結晶すらも見当たらない。また、階層を形作る岩盤も黒い。そのせいか、ファイの特別な目をもってしても“薄暗い”と感じるほどに暗い空間だ。だが、ただ1つ。赤く光輝く光源がある。


「ファイさん。これをご覧くださいませ」


 ニナに目線で示された先。ファイは幅5m(メルド)、深さ20mほどの深い谷の底で発光し泡立つ、赤い液体を見下ろす。


「ニナ。これ、は?」

「血、ですわ」


 ニナに液体の正体を言われて、さすがのファイもわずかな驚愕を顔に宿してしまった。


「血……?」

「はい。わたくし、ニナ・ルードナムが葬ったレッセナム家。その他、関係者の皆様が流した血。その全てがここに収められていますわ」


 恐らく、ニナの言うことは真実なのだろう。現状、いまこの場所で彼女が嘘を吐く理由などどこにもないからだ。ただ、ファイは彼女の言葉をにわかには信じられない。なぜなら――。


「これ、全部……?」


 ファイが視線をあげると、赤く輝く血の谷が円環をかたどっている光景がある。その直径は100m(メルド)ほどだろうか。真上から見ればきっと、鮮やかな赤色をした指輪のようにも見えることだろう。


 その谷を満たすのが、人の血である。そう言われても、やはりファイは「そうなんだ」とすぐに返すことはできない。もしニナの言うことを信じるのであれば、一体どれくらいの人が――死人が――この谷を形作っているのかは計り知れなかった。


「果たしてどれくらいの人々の血があるのかは分かりません。ですが恐らく軽く1,000人は超えていると思いますわ」

「せん……? えっと……」


 指を折って数えてみたが、とにかく“たくさん”の人の血が使われていることだけは分かった。


 と、発光する液体が血であると分かった瞬間、ファイの鼻を嗅ぎ慣れた鉄臭さが突き抜ける。それだけでなく、谷を見下ろしていると死者の怨嗟の声が聞こえてくるようで――。


「ニナ!」

「大丈夫ですわ」


 いつの間にか背後に迫っていた人影に、ニナが軽く腕を振る。次の瞬間には人影の頭部が湿った音を立ててはじけ飛び、やがて形を保てなくなって崩れ落ちた。


「いま、のは……?」

「フワトーレナ。不死者と呼ばれる、人型の魔獣ですわ」


 ニナが言っている間にも、複数の不死者たちがファイ達を――ファイを襲いにくる。動きは緩慢で、うめき声も上げてくれている。そのため、他のことに気を取られていなければ接近に気が付かないことは無いだろう。


 ファイの推定では白か紫色等級の魔物。拳で強めに小突くだけでも倒せてしまうだろう。だが、いかんせん数が多い。しかも、倒して数秒もすればどこからともなく集まって来るチリのような何かが人型を形成し、不死者という魔物を生み出す。


 つまり、どれだけ倒しても無駄という、探索者泣かせの魔物のようだった。


 このままでは話どころではないため、ファイはひとまず風の魔法で自身とニナを覆う。そうして生み出された風に触れた端から、不死者たちはチリとなって消えていった。


「ありがとうございますわ、ファイさん。そして、改めてご紹介しますと……。ここは不死の階層。ゲイルベル様の許可なくルードナム家を潰そうとした罪人たちが暮らす場所。そして――」


 風の膜の中。ニナはファイの方に向き直ると、


「――わたくしの罪そのもの、ですわ」


 両腕を広げ、「しかと見ろ」というように示して見せる。風の魔法に髪をなびかせるニナの顔には、なぜか泣きそうな笑顔が浮かんでいた。


「ニナ――」


 思わず抱き寄せようと伸ばしたファイの手を、ニナがやんわりと払う。説明は、告白は終わっていないのだと言うように。


「両親を殺され、親友のルゥさんを痛めつけられたたわたくしは、怒りました。今のわたくしでも考えられないほど、それはもう怒ってしまいました。そして、幼かったわたくしは、最も単純で簡単な方法で事態の解決を図りました」


 それが“暴力”だろうことは、ファイには容易に想像できてしまった。


「幸か不幸か、ガルンにあるレッセナム家のお屋敷には祝宴などで何度か行ったことがあったのです。だから、ですわね……。“敵”の所在を知ることができてしまっておりました」


 赤い光に顔の下半分を照らされながら、改めて当時について語るニナ。自身の腕を抱いて痛みを堪えるような彼女の表情や仕草からは、計り知れない悔恨の念が見て取れる。


「でも、ニナはルゥに毒を飲まされたん、でしょ?」

「はい。ですが、なぜか死んでしまうことはありませんでした……」


 その理由についてニナがルゥから聞いた話では、


『わたしの唾液と毒が反応して弱体化したんだと思う! 運命だよね!』


 とのことだったらしい。とにかく、意識は朦朧としていながらもニナは動くことができたらしかった。


「そうして怒りのまま、前後不覚の状態でレッセナム家に乗り込んだわたくしは……」


 そこで強く唇を噛みしめたニナだったが、小さく首を振って核心に当たる部分――自身の罪を告白する。


「わたくしは、レッセナム家の方々をすべからく平等に、殺してしまいました」


 そう語る声は震えていた。


 口元と目元には、笑みが浮かんでいた。


 そうしてニナは笑いながら、泣いていた。


「両親からいただいて、リーゼさんに育んでいただいたこの大切な力を、拳を、足を! 一時の感情のみで(けが)してしまったのですわ……っ!」


 次第に声の震えは大きくなり、どうにか咲かせていた笑顔の花は形を失っていく。その代わりに増えるのは、ニナの足元に落ちていく透明な雫の数だ。


「この中には、お父さま達の謀殺に無関係の方も多くいらっしゃったはずなのです……。いえ、むしろ関係者の方はほんの一握りだったはずですわ! なのに、わたくしは……。わたくしはっ!」


 冷静に考えれば“敵”でも何でもない無辜(むこ)の使用人たちもろとも、全てを亡き者にしたらしいニナ。


 ポロポロとこぼれ落ちる涙を止めてあげたくて、ファイは必至に言葉を探す。


「け、けど。ニナは頭がフワフワしてた、でしょ? だから……」


 ファイも黒狼に居たときに、薬物という毒による酩酊(めいてい)感を知っている。何もかもがどうでも良くなって、1つのこと、薬のことしか考えられなくなる。ニナもそんな状態だったのであれば、仕方ないのではないか。


(ううん、絶対にそう)


 だからニナは悪くない。ファイがそう言葉を続けようとするも、ニナは大きく首を振る。そうして乱れた髪を整えることもなく、ニナは自嘲気味に笑ってみせた。


「それも含め、わたくしの弱さ……罪なのですわ、ファイさん。当時のわたくしには、もう既に“力”がありました。それこそ、気付けばレッセナム家の方を全員、殺してしまえるほどに」


 いくら非戦闘系の人々が揃うレッセナム家だったとしても、1,000を超える人々をニナはたった1人で殺したのだという。


「そんな力を持っていたわたくしには、同じくらい心の強さが求められていたはずなのですわ。にもかかわらず、自制することができませんでした……。紛うことなく、わたくしの弱さが、この光景を作り出したのです」


 過去を噛みしめるように、胸元でぎゅっとこぶしを握ってうつむいたニナ。だが次に顔をあげたときには、どこか吹っ切れたような笑顔があった。


「どうでしょうか、ファイさん! これでもわたくしは、キレイでしょうか!? 」


 自身の罪を全てファイに話した。あとのことを決めるのはファイだとそう言うように、薄い胸を張る。もちろんニナのその言動が空元気であることはファイも分かり切っている。


(だってニナ、震えてる……)


 そうでなくとも、涙を流した目元は赤く腫れてしまっている。それでも誰の力も借りずに、一生懸命に、自分だけの足で立っている。


 もし彼女が生粋のガルン人だったのなら、彼女が涙を流すことも無かったのだろう。先ほどニナ自身が言っていたように、ガルンでは弱いことこそが罪なのだから。命を奪われる方が悪いという、強者絶対の考えを持っている。


 だが、ニナは“奇跡の子”だ。ガルンの文化に親しみながらも、残念ながら染まり切ることができなかった。ウルン人であるファイをただのエサではなく人として見てしまっていることが、何よりの証拠だろう。


 それゆえに1,000を超える命を奪ってしまった罪の意識にさいなまれ続けている。だが、誰かを頼ろうにも、彼女は天涯孤独の身だ。リーゼやルゥという家族は居る。だが、ニナが語った罪を背負える人物は、ニナ自身しかいなかった。


(そっか……)


 ファイはこの時ようやく、出会った時から感じていたニナへの“危うさ”の正体を知る。


 語るだけで震えてしまうほどの自身の罪を真正面から受け止めることができる。震えながらも自信の罪を言葉にできてしまう。罪の重さを自覚してなお、周囲の人々の支えを跳ねのけて自分1人の足で立ててしまう。さらには、自身の罪と常に向き合いながらも他人を思いやることができてしまう。


 それら全てがニナ・ルードナムという少女の“強さ”だ。


 だが、その強さこそが。


 完全無欠にも思えるニナの弱点であることをファイは見抜いた。





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