未来を歩む
それからうちはわんわん泣いた。
シグレがこの世にもういないという喪失感、すべてを失った気分だった。うちはもう一度会いたくて、電脳アバターを開発して、この結果がまた失う結果となった。
作らなければよかった、あのときうちが受け入れられていたら二度もこんな気持ちを得る必要もなかった。
うちのつんざくような号哭が家の中に響き渡る。
三日、三日ぐらいかけて、お腹が鳴って、ようやくうちは何かを食べる気になった。もう何日も食べてない。うちはふらふらっと下に降りていき、カップラーメンを作る。
学校も無断で休んじゃったな……。
明日こそいかなきゃ。シグレはうちに生きろという枷を課した。ならばうちは時雨の分まで生きなくちゃならない。明日も、また明後日も。
「……いただきます」
私はカップ麺をずるずると啜った。久しぶりのご飯はとても美味しかった。醤油味のラーメン。このラーメンは今のうちにとっては豪勢な食事だ。
足りなかった栄養がうちの体に染み渡るのを感じる。うちは、そのままずるずると麺をすする。無言で、夜中に。すると、階段から誰かが下りてくる。
「姉ちゃん? 大丈夫かよ」
「ああ、うん。心配かけてごめん」
「……無理もねえだろ。カップ麺それしかなかっただろ? 買いに行ってやるよ」
「優しいね」
「そんなやつれた姉ちゃんを外に出したくないだけだっての」
「じゃあ……ラーメンをお願い」
「ん」
弟は部屋に戻って財布を手にして外に出たのだった。
うちは、なんとしても生きなくちゃ。時雨が私に生きろというのだから、生きる。いつまでたっても前を向かないと時雨が怒るだろうから……。
「……明日からまた頑張るぞー、おー」
自分を鼓舞し、奮い立たせた。
そして、十五年の月日がたった。
うちはプログラミング系の会社に就職し、アプリ開発などに携わる仕事についた。今ではプログラミング界の若き重鎮とまで呼ばれるくらいには偉い役職には着けた。
その私は、今日、母校でセミナーを頼まれている。進路に悩んだりする高校生たちに今の自分たちのことを話してほしいと言われていた。
「久しぶりだね、ミノルくん」
「元気してましたか?」
「お久しぶりでありますな」
「オヒサシブリ」
尊、茶子、春雨、ベルナデットの四人も呼ばれたらしい。
舞台袖で懐かしさもあり、最近の近況など報告していった。最初は尊からで、最後の大トリを飾るのは私のようだ。
尊は行ってくると舞台に上がる。
「ミノルさん。今日はシグレさんの命日ですね」
「そうだね。これ終わったら墓参り行くよ」
「私も行きますよ。春雨さんもいくでしょう?」
「もちろんであります。毎年、この時期には一応帰国してるでありますから」
「ワタシモ! キテル!」
「全員、墓参りはしてますよ。まだ忘れられませんから。30にもなって」
シグレはまだ忘れられていない。
そのことを知ってちょっとだけ嬉しいかもしれない。
そして、尊の演説が終わり、春雨、ベルナデット、茶子という順番が続き、最後は私になる。私は壇上に上がり、自己紹介をまず始めた。
今の就職先のことなど喋り、質問コーナーを設ける。様々な人から手が上がり、私は一人を指名した。
「先生の昔話を聞きたいです!」
「私の?」
「はい!」
「昔話か……」
じゃあ、話そうかな。
「私には、高校時代ちょっとだけ悲しい思い出があります」
「悲しい?」
「みなさん、電脳アバターというものは知っていますよね? 私はそれを開発し、友だちを復活させて仲良くしてました。一緒に話したり、ゲームしたり。それが思い出ですね」
あの時は楽しかった。
「その友達は、15年前の今日、亡くなりました。今でもその当時のことを思い出せます。何も食べる気力がなくて、学校も行けなくて、ただただ泣いてました。今でも泣いちゃうんですよ。思い出すと。楽しかった、今でも生きていたらなんて思っちゃうときも……」
と、私が少しあふれた涙をぬぐうと、壇上になにやら女子生徒が上がってくる。ちょっとだけきつい目つきをした女の子。
一年生の校章をつけている。
「こら、壇上に上がるのは……」
「先生ちょっと黙ってて。おいミノル。お前まだ泣いてんのかよ」
「……?」
「私が死んで吹っ切れたかと思ったのにまだ泣いてんのか! しゃんとしろよ! 泣くんじゃねえっての!」
女の子はそうまくしたてる。
私が死んで……? まだ泣いている……? その口調も、そのお叱りもまるで。
「し、しぐ、シグレ……?」
「そうだよ。姿かたち名前違うけどシグレだよ」
「シグレっ!」
私は思わず飛びついて、泣きまくった。
シグレだった。間違いなくシグレだ。雰囲気も、何もかもシグレ。
「なんでシグレ生きてるの?」
「生きてるっつーか、転生? なんか知らないけどよ、気が付いたら赤ん坊だったんだよ。不思議なこともあるもんだな……。なんか変な気分だ。大人のミノルを見るなんて」
「不思議だね! でもいいんだよ! 神様ありがとう! シグレとまた会えた!」
「シグレくん」
「ミコト。いいスピーチだったぞ」
「そんなこと言ってる場合か。おかえりだ」
「……ただいまでいいの? これ」
シグレが転生してまた会いに来た。
そんな摩訶不思議なことがあるのか。転生というものがあるのか。今はもうそんなのどうでもいい。たしかにシグレのぬくもりだ。
「ほら、ミノルは抱き着いてないでいいからさっさとしめろ! 変な注目浴びてんじゃんかよ!」
「シグレくんが壇上に上がってきたときから変な注目だと思うけどね」
「……それはまぁ。ただ、見てられなかったんだよ。泣いてるミノルは」
「そうですね。ミノルさん。よかったですね。シグレさんも」
「いや、私はよくないけど。異世界に転生してチートもらいたかったのに」
「照れ隠しですか?」
「……もちょっとだけある。ほら、ミノル」
「うん!」
私は立ち上がり、マイクを手にする。
「摩訶不思議なこともあるものです! 私は今ちょっと嬉しくて仕方ないです! えっと、まぁ、それだけ? ご清聴ありがとうございました!!!」
「しまらねえ……。オチもなにもねえ」
「それどころではないんだろうな」
「ミノルさんらしいといえばらしいですけどね」
「ま、そうだな」
私は舞台からはける。先生方も登ってきて、シグレを連れ去っていく。
「……またシグレと会えた」
そのことだけが幸せと感じた。
よかった。本当に良かった。もう会えないかと思った。けれど、会えた。神様のめぐりあわせだろうか。それとも運命というものだろうか。
私の切実な会いたいという願いを叶えてくれて感謝します。
これにて終わりです。
ちょっとだけ消化不良且つ、強引な展開もありましたが……。まぁ、そこは許してください。
死んで転生してまた会いに来るっていうことでした。人によってはバッドエンドかもしれませんがお許しください……。
次回作も一応ネタはありますが、もしかしたらVRMMOものではなくなるかもしれません。




