別れの言葉
私はまず父さんの携帯に飛んでいった。
父さんは仕事中であり、書類にハンコを押している最中。私は父さんと声を上げると、父さんはハンコを押しながらこちらを向いた。
「なんだシグレ。仕事中に。また厄介ごとを持ってきたのかい?」
「私厄介ごとをもってくるって思われてんのかい。いや、まぁ、父さんにとっては悲しいか嬉しいかわかんない報告」
「……まさか」
と、父さんの手が止まる。察しがよくて助かる。
「私、多分そろそろ消える」
「…………」
「ま、そんなわけで別れの挨拶とか、迷惑かけた謝罪とかしておきたかったんだよ。世間でいう終活ってやつ」
「……少し待ってろ。あの肉体に」
「いれなくていいよ。私は死ぬさ」
「シグレ! どうしてお前は……」
「いうことを聞けないんだ、でしょ? 悪いと思ってるよ」
でも、あの肉体で生き延びるというのもなんか違う。
あの小太りの男が言うように、本来私のような奴は存在してはいけない。生命の循環から外れたような存在、本物であるか疑わしい私には存在意義なんてない。
だからこそ、死ぬ。それ以外の選択肢は多分ない。
「これは私が決めたこと。父さん、ありがとう。そしてごめんなさい。あの時、母さんたちにひどいことを言って帰らそうとしたこと。あれは一応反省してる」
「…………」
「まぁ、私が死んでも家には寒九がいるし、夜桜家は安泰だと思うよ。最後まで親不孝者でごめんなさい」
「…………」
父さんは顔を見せない。
私は言いたいことを言い切ったので、自分の携帯に戻ることにした。私って意外と交友関係少ないし、父さんたちには告げたのでもう誰かに言い残すことは多分ないだろう。
私は、今までのことを思い返してみる。いろんなことがあった。たしか3月28日。その日から私の電脳アバター人生が始まり、10月14日の日にエンドを迎える。200日、か。ちょうど。
「シグレくん!」
「シグレさん!」
と、ミノルの部屋に勢いよく入ってきたのは真田さんたちだった。
真田さんたちはものすごく焦った顔をしている。転んだのか、真田さんの膝は擦り剝けており、ミコトも髪がぼさぼさだった。
「死ぬって……どういうことだい!?」
「どういうことですか!? 死ぬって……」
「いや、文字通り。どうやら、私あと三日しかこの体持たないみたいでさ」
「……いや、本来なら一年もつみたいなんだよね。うちも大丈夫だと思って残り時間があるとは思わなかったけど。本来は365日はもつみたい」
「じゃあなぜ?」
「きっとゲームだと思う。ゲームに入ること、そして、他人の携帯に飛ぶアプリ……。あれでその、寿命が減っているみたい。さっきシグレが飛んだからか時間が減ったんだ」
「……ゲームやること、それ自体が間違いだったのか」
ゲームをやるからこそ寿命が減っていったというわけか。165日も。なるほどな。
「復旧も不可能……。うちが作ったシステムなんだけど、なんかわからないうちにプログラムが書き換えられてる……。まるで神様が決めたような感じに」
「……書き換えられてる、か」
「うん。本来うちは残り日数とか設定してないんだ。でも……なんか追加されてる」
「科学的ではなくて超常的の類になるけど……。でも、これは復旧もできない。データがもうない……」
電脳アバターとしての寿命、か。
「座して死を待つことしか私はできないわけだ。ま、じゃ、私からお前らにお礼の言葉でも言っておこうか。楽しかったよとだけいっておくよ」
「なにをそんな別れみたいに……! まだ道は……」
「ない。うちも嘘だと信じたいけど、もう復旧不可能な以上、助かる方法はないんだ……」
「……ミノルくんのプログラムの腕は多分日本国内を探しても随一ではあると思う。そんな彼女が無理だというのだ。無理なのだろう」
ミコトは私の前に立った。
「ボクのほうこそ楽しかった。また、来世で会おう」




